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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


あの町は今は・・・ [2008年07月21日(Mon)]
先月、成都から北北西に60キロほど入った通済鎮という町を訪ねた。画像は地震から1ヶ月後の町並みです。地震の前は川沿いに開けた長閑な町だったことが容易に想像できる風光明媚なところでした。小じんまりとした商店街と下町風の路地裏の通り。中心部には人の姿は全く見えなく、町のバスターミナル広場にテントがぎっしりと張り詰められ住民は不衛生で不便な生活を強いられていました。
被災者の表情はとても暗く、直接話を聞くことすらできなかったことを思い出す。あれから3週間経過しているが、今はどんなんだろうかとふと考えたりする。
中国の急速な経済成長は、古いものを壊し新しい町づくりを積極的に進めている。この地震でも、復興再生の全ては中央政府の指導を受けた地方政府政府の計画によって進められることになる。

四川大地震の活断層の長さは200キロをゆうに超え、被害面積は150km×150kmと日本の関東全域をすっぽりと呑み込むほどの大きさ。もしも大都市成都にも被害が及んでいたらと考えると身が縮む思いだ。

日本列島も大地震を起こす幾つかのプレートの上にあり、活断層も列島のいたるところに存在する。ほんの一部ではあるが四川大地震被災地を回り、災害に強い建物とひとりひとりの防災意識の大切さを改めて感じる。





テント村の風景【2】 [2008年07月04日(Fri)]
災害が起きた場合、その処理が上手くいくいかないは行政の「拙速性」にあるといいます。実はこの拙速性が自治体の最も不得意とされるところで、特に緊急救援期のような時間に制限が加わる場合、その結果において明暗をわけることになると専門家は指摘しています。
四川大地震における市政府の「抗震救災」の進捗を見ていると、正に拙速性に富んだところも多く見受けられるのです。この点は日本も大いに学ぶべきことではないかと思うのです。

解放軍が撤退した後も不自由しないようにとレンガでカマドを作る兵士たち


不足しているとも言われるテントですが、こちらでは未使用テントがご覧のように山積みされていました。


人民解放軍の支援活動を動画でどうぞ!

テント村の風景【1】 [2008年07月04日(Fri)]
四川大地震の激震地の綿竹市。その郊外にある清平郷にある被災者が暮らすテント村です。テント村のは工場の敷地内に作られ、日本でもお馴染みの仮設トイレ、解放軍による炊き出し、簡単な診療テント、市政府の出先事務所などが設置されていました。





綿竹市抗震救災志願者指揮中心が所管する志願者服務站。日本で言うところのいわゆるボラセンです。

工作是成功! [2008年07月03日(Thu)]
先日中国からの出国時にトライした無線機の表示ですが、今回は携行品チェックのために別室に呼ばれませんでしたので、一応成功したのかなと思ってます。
そして、四川大地震で被災を受けた、四姑娘山の麓の村に行っていた助さんとコーゼンさんは、昨日無事日本に戻りました。

現地での様子は現地でボランティア活動をするMASA君のサイトからどうぞ!
http://ameblo.jp/masanori0615/entry-10112309161.html



四姑娘山の村も [2008年07月02日(Wed)]
助さんとコーゼンさんが成都でボランティア活動をしている日本人と一緒に向かった四姑娘山の麓の村。成都から12時間かけて4000メートルの峠を越えて漸く到着したとの連絡があった。その話では村の8割は倒壊し、トレッキングポーターや土産物屋などの観光で成り立っていた村はその機能を失い、出稼ぎをせざるを得ない状況とのことです。

◇参考:
四姑娘山は四川省成都市から西北220キロの日隆鎮に位置し、地震などの問題がなければ車で約9時間ぐらいで行ける。4連峰あるから、四人の娘の山と名付けられた。名前通りに四姑娘山(海抜6250m)の他に三姑娘山(海抜5664m )、二姑娘山(海抜5454m)、大姑娘山(海抜5355m)と四川省横断山脈の四つの雪山からなっています。特に四番目の四姑娘山は絶壁が切立つゆえに登山家の夢に憧れてる登山聖地です。


成都でユーラシアを自転車で横断している若者と出合った。彼は人との出会いをとても大切にしている。今回のチベット問題から成都で足止めをくい、その間、被災地でのボランティア活動に汗を流している。そんなMASA君のブログをご紹介します。(ブログトップの後方黒のTシャツの青年)
ぼくの「地球」を走る旅

そして、成都における被災地支援ボランティアの拠点となっているのが、「成都老瀋青年舎」です。旅の疲れを癒してくれる、安らぎと自由の最高の宿でした。
http://www.gogosc.com/
四川大地震義勇隊 [2008年07月02日(Wed)]
日本でもしもこの規模の地震が起きていたら・・・・。今の日本人にこんなにも強く生きていくことができるのだろうか?
(今回の四川省被災地での活動をYouTubeでどうぞ!)



携帯はこちらから
無線機の持ち込み [2008年07月01日(Tue)]
今回の四川大地震における飛行機での移動で、国際線・国内線とも携行荷物でセキュリティチェックで常に引っかかるのが活動で使用する無線機。確かに赤外線カメラに写った画像を見ると怪しいものにも見えないこともない。内容を説明し箱を開けさせられる場合と、開けなくてもよい場合があった。
今回はそれを学習し、内容説明用にデジカメで無線機を撮影し、尚且つ無線機が入っているとの表示をしてみました。

果たしてうまくいくかどうか・・・・・・


鉄軍来了 [2008年07月01日(Tue)]
人民解放軍には7つの陸軍大軍区がある。今回の四川大地震による救済活動には歴史的にも勇猛果敢で知られ、その名も「鉄軍」と称される済南大軍区が大量動員し激甚被災地での任務についている。因みに鉄軍の兵の総数は24万人。この大軍区一つで日本の自衛隊総数に匹敵する。
中国の軍事力をまざまざと見せ付けられた四川大地震被災地です。





北京到着なのだ! [2008年06月30日(Mon)]

成都から北京に立ち寄り少しの仕事を終わらせ明日帰国する。気になるのは岩手・宮城内陸地震被災地である栗駒のこと。四川省のかなり田舎でも日本での内陸地震のことを話す人がいたことに驚いた。なんとかイチゴの救出作戦が成功して欲しい。

北京オリンピックを間近に控え、首都空港も新しくなったヨーダ!
慢慢走、再見! [2008年06月30日(Mon)]
今回の四川大地震の被災地での活動。本当に多くのことを学ばせていただいた。折に触れ、また機会があるごとに書いていきたいと思います。




この歳になってこんな目にあるとは残念で残念でと。でも頑張れるような気がしてきたと話し、涙を浮かべ何度も何度も強く握手をしてくれた高さん。復興は長い道のりです。ゆっくりゆっくりいきましょう! 復興是很長途的路、慢慢走!慢慢走!

多くの日本の若者が日中友好の懸け橋となって被災地で活動している。このような若者がいる限り日本と中国の関係は一衣帯水であり続けると確信できた。
ありがとうございました。
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