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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


ハンマーエンジェルスの装備品 [2007年08月29日(Wed)]
能登でも柏崎でも日本海に面した集落はとにかくブロック塀だらけ。それら地震によって隣家にもたれ掛かったり、道路に倒れ通行の妨げになったりと危険な状態になったブロック塀や壁などを、安全に確実に取り除いている、いまや被災地で話題の謎の集団「ハンマーエンジェルス」。その装備の基本はあくまで大ハンマーですが、その他の装備品を参考までご紹介します。因みに、これ全てが軽トラック一台に収まってしまいます。そして何よりどんどん技術レベルが上がっているんです。


ハンマーエンジェルス(T)
ハンマーエンジェルス(U)

【人力工具系】
大ハンマー、片手ハンマー、バール、金テコ、掛矢、鳶口、スコップ、鉄筋カッターほか

【動力系】
エンジンカッター、エンジンピック、チェーンソー、小型発電機、軽トラユニック、電動サンダーほか

【その他の資機材】
誘導灯、手箕、水道ホース、ロープ、延長ドラム、レンチ・ドライバー等工具類、無線機、梯子・脚立ほか

【消耗品】
土嚢袋、ブルーシート、焼き番線、燃料、紐、ガムテープ、ビニールテープなど

そのハンマーエンジェルスの名づけ親で技術アドバイザー、小千谷「SVTS風組」の頭です。そして資材ストックや宿泊場所も提供いただいています。
DRT2007(山古志梶金)にて(重機系講師)


※ハンマーエンジェルスは特定の団体・組織ではなく、技術系災害ボランティアとして志を同じくする者たちの集りで、個人或いは、さまざまな団体に所属する○○○○な人たちです。あの中越地震を切っ掛けにして誕生した、新たな災害ボランティアの「カタチ」です。

活動風景はこちらからも!
未だ被災地は [2007年08月27日(Mon)]

中越沖地震被災地の状況は復旧・復興が進む中で、技術系のボランティア活動はまだまだ継続されています。残暑が続く中、本当にお疲れ様です。

http://akatsuki-blog.jpn.org/mt2/2007/08/92.html
https://blog.canpan.info/kizuna/

(北京にて)
日の寄進 [2007年08月22日(Wed)]

中越沖地震で設置された西山にある災害ボランティアセンターでひのきしん隊長野隊の宮本隊長にお会いできた。
先の能登半島地震や今回の中越沖地震にて、赤紙家屋禁止に対して例外として活動を行っているボランティア組織があります。その団体は災害救援に関した活動を行っている方にはあまりにも有名な「天理教災害救援ひのきしん隊」です。
私たちとは1998年の南東北豪雨水害にて白河において活動拠点を共にしたころからのお付き合いです。ひのきしん隊さんの活動は当然ボランティア活動ですが、重機やダンプなどその装備の充実と日頃訓練された活動の内容から行政と直接交渉し、自己完結型で活動することが主でした。しかし、能登・中越沖ではボランティアセンターと連携を取りながら、一般ボランティアが対応できない危険を伴う活動を中心に行っております。
これまでの災害でも、一般のボランティアさんが手を出しにくい現場を、個人的にお願いし処理いただいたことも沢山ありました。これからも同じ赤紙に拘る災害救援仲間として共に手を携えて行きたいと思います。
最近は災害でのボランティア活動が新聞などで取り上げられることがありますが、ひのきしん隊さんがメディアに出ることはあまりありません。特定の宗教団体だからなのか、目立たない地道な活動がそうさせるのかはわかりません。ですから一般にはあまり知られていない凄い人たちなんです。

PS:よく仲間から「ひのきしん」の意味を聞かれることがあるのですが「ヒノキ神」ではなく、「日の寄進」ということを聞いたことがあります。つまり「日々の奉仕活動(ボランティア)」とのことです。

※上の画像は柏崎の友人が以前に撮影した日本海に沈む夕日です。
自衛隊への疑問 [2007年08月20日(Mon)]
災害が起きると自衛隊が出動する。中越沖地震でも多くの自衛隊車両を見た。自衛隊法のことはよく分りませんが、素人なりに沢山の疑問を感じることが多い。その単純な疑問を能登の時も含めて羅列してみました。

1)災害時でも概ね一般道を走るのですが車両がいちいち巨大で重量がある
2)その巨大さが渋滞の原因にもなるし、その重量は駐屯場所のグラウンドなどはボコボコにしてしまっている
3)お風呂、炊き出し、給水が主な任務のように見えるが、被災者の炊き出しに来て、隊員はコンビニで弁当を買っていた。のであれば始めから民間の業者に依頼したほうが被災地復興のための民業の活性化につながるように思うし、自衛隊も来なくて良いのであれば税金も無駄にならないように思う
4)給水係りへの1個の弁当配りに道幅いっぱいの大型車両で配達していた
5)隊員が携帯電話中で車両を停止させ大渋滞を招いていた
6)どんなところでも、ものものしくヘルメットを被っている
7)赤紙に入るのに本部への伺いを立てて、許可を得てからでないと対応できないと聞いたことがある

中越沖地震では何名の自衛隊が活動していたのだろうか?そしてその予算は如何ほど買ったのだろうか?お風呂に一人入るのにいくらのコストになっているのだろうか?炊き出しは一食いくらになっているのだろうか?と疑問は沢山あるのですが、

ともあれ、自衛隊さん、お暑い中を本当にご苦労様でした。

非公式で曖昧の大切さ [2007年08月20日(Mon)]
災害救援活動では杓子定規にはっきりと線を引けないことが多い。そのほうが都合がよいと思うのです。例えば人命優先であったり、弱者救済優先であったり、二次災害防止であったりと、それがモノサシになればよいと思うのです。そんな曖昧さが実は随分助かっていることもある。その反面、規則や法律で縛ってしまうとかえって不公平感がでて、救援活動の本質を見失ってしまうことも多くある。

ボランティアセンターでの被災者からの対応は原則「赤紙不可」でありながら、実際には対応させていただいているグループ(通称:丸特隊)もあったりします。永遠に解決しないであろう赤紙家屋へのボランティアの突入問題について、こんな非公式な組織をVCとの緩やかか関係を持ちながら、育てていくこともまた必要かと思います。

丸特隊の活動はこちらからどうぞ!
北海道から [2007年08月19日(Sun)]
今回の第二次中越沖地震支援での活動のアシスタントとなっていただいた札幌で障害者を支援する団体HOPグループあてんどの滝さん。共に夕張支援を行う仲間です。この地震直前に行われたDRT2007にも参加していただいた、もの静かですが根性のある女性です。

夕張支援の一環として北海道当別で行われた足湯講習会での成果が、中越沖地震被災地で役に立つとは。長岡技大ボルナツ主催の刈羽村仮設で行われた足湯会にて。

現場での支援活動の状況を見に立ち寄っていただいた、DRTの講師、SVTS風組の頭に緊張しながらお茶のサービス

腕が日焼けでゴーヤのように腫れた時も、優しく氷で冷やしてくれました

灼熱の現場でも瓦礫と奮闘

DRT2007での滝さん

実は今回、被災地入りして最初の夜に現場で使う道具類の整理を行っている時に、腰をギクッとやってしまい、車の運転から重い荷物の運び出しは殆ど滝さんにやっていただきました。5日間ありがとうございました。お陰様でだいぶ良くなりました。そして今回も活動の拠点を提供いただいたトライネットさん、ありがとうございました。
擦り切れた皮手袋 [2007年08月18日(Sat)]
8月17日(金)現在の避難所の数は27か所、385名。因みに閉鎖数82か所。今日の午前中は現場作業から離れ、前回関わらせていただいた地域を回りながら、復旧状況などを見て回りました。その地域の中に番神地区があります。この地域の方が移り住む予定の仮設住宅は現在建設中で、いまだ不便な避難所生活が続いています。

この地区を歩いていてある住民の方から「あの時のボランティアさんですね」と声を掛けられ、そしてとても嬉しく思ったことがあります。それは、その方がボランティアが忘れていった汚れた皮の手袋を大切に取って置いてくれていた事です。住民の方のボランティアに対する思いが伝わってくる出来事でした。

汗が染み込んだ決してきれいなものでもなく、そしていつ取りに来るでもなく、そんな擦り切れた皮手袋を大切に取っておいてくれてました。ありがとうございました。

このチェーンソー用にクッションのついた手袋の持ち主は・・・・・。
そう、この人です。
オールとちぎの要 [2007年08月18日(Sat)]
そんなオールとちぎの荒くれどもを取りまとめているのは、実は女性の方なんです。

椎谷地区を縦断する幹線道路の危険な状態からの開放もやってのける

そんなオルトチをまとめる青木さんです。椎谷の区長さんも笑顔がこぼれるひと時。

ロジステックをしながら、道具を握り現場でも

最近ボケネタにされているK隊長ですが、これが本当の姿です。危険な箇所は自らが陣頭に立ってスタッフに的確な指示を!

土壁の色と区別がつかないほど真っ黒に日焼け
ハンマーエンジェルス(U) [2007年08月18日(Sat)]
とちぎVネットの災害部門。ご存知、独立型の救援ボランティア組織「オールとちぎ隊」。足湯から被災現場の丸特隊と幅広い活躍です。そのオールとちぎのハンマーエンジェルスです。現場隊長は勿論、平成の那須の与一こと桑原誠隊長です。

オルトチの人間重機、なべちゃん

中越地震の時は坊主頭の美術が得意な高校1年生。あの時の看板書き高校生は3年後はこの逞しさ。6人兄弟姉妹のT君です。

基本通りに膝を使った鉄筋カッター操作もしっかりと

多彩な職種の組み合わせもオルトチの持ち味

そして、危険だったブロック塀もオルトチに掛かればこのとおり

中越地震当時から関係の深い川口町木沢地区にある、通称「木沢ハウス」を拠点に毎日柏崎・刈羽などへ通っています。
避難所の整理統合 [2007年08月17日(Fri)]
仮設住宅への入居が始まり、避難所の整理統合が始まっています。
あることがご縁で避難所で暮らす、こんな家族が居ることを知りました。お母さんと息子さんの二人暮し。お母さんは80歳を越える年齢で息子さんは障害を持った身体。住まいは当然のことながら「赤紙」が貼られ、中に入ればもういつ崩れてもおかしくないような家でした。近所の両隣の方も崩れることを心配されています。素人目にみても「全壊」のように思うのですが、行政からは「半壊」と判定。調査員は中に入らず外からの判断だったとのことです。
そして現在は仮設住宅には入れず、統合された避難所暮らし。家を解体するほどの経済力もなく、かといって行政が全額負担で解体は行わず。この程度の話はそう少なくないように思うのです。このような状況を行政はどう対処するのか見極めたいと思うのです。
その家の危険度から考えても、そういつまでも放置しておける問題でもないように思えてきます。実際中に入って見ましたが、建っていることが不思議なくらい相当やばい感じでいた。

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今日いっぱいで柏崎の椎谷地区での丸特隊の活動は終了です。危険箇所が取り除かれた地域となり明日から一般ボランティアの対応が開始されます。丸特隊の皆様、本当にお疲れ様でした。そして明日からは西山門柱移動隊としての任務が待っています。

椎谷地区最終日のハンマーエンジェルスのスナップです。

第一ゲート通過失敗を笑ってごまかすK隊長「ありゃ!」

作業の合間に海水浴客を見守る臨時ライフガードたち

なぜか突然、原発に向かって歩き出したK隊長
「まだ隠している事があるんべ!」(栃木弁で)

最終日、ついに「スカシエンジェルス」も登場。腰痛の影響からハンマーをスカシに!