CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


元気な心を [2007年10月11日(Thu)]
以前、柏崎市のある町会の会長さんから元気な心を頂戴した葉書です。仲間のボランティアを代表して受け取ったものです。避難生活が続く中、貴重な時間をさいて投函していただいたのでしょう。


先の泉田知事の議会での発言に思いを馳せながら、机の隅に置いてあったのを改めて読みなおしております。
被災地で迷惑な人 [2007年10月05日(Fri)]
先の泉田知事発言の記事を受けて、今回の中越沖地震での活動で唯一不愉快だった出来事を紹介させていただきます。

私たちはボランティアセンターの了承のもとに、ある赤紙家屋が多く占める地区で活動をしていました。住民からのニーズは区長さんとの連携によりスムーズに極めて順調に行われていました。しかし、あるとき区長さんが非常に困った顔をして私たちのところにやってきました。

「住民からの要望は県から派遣されている私が受け、ニーズ票に書かせ、私がボランティアセンターにFAXをしますので、勝手な行為は困ります」と県職員が言っているとのこと。

書かせたニーズ票をFAXでボランティアセンターに事務的に送っても、当然「赤紙」地域なので出来ませんと返ってくる。その彼女が勝手に決めた愚かな行為を諭すために、県の詰所のある集会所を訪ね、名刺を出し素性を証し説明にあがると、何が不機嫌なのか、ここは事務所ですから入らないでください。との対応。礼儀の知らない可哀想な方だな思いながらも、真夏炎天下で被災者のために大ハンマーを振っているボランティアがいる中で、県の役人は驚くほど冷房の効いた部屋での公務?に怒りを通り越し悲しみすら覚えたのを思い出します。

しかし、ボランティアへの要望を詰所のある集会所までいちいち持っていくほど住民には時間はなく、そんな状況であるからこそ私たちがこの地区に入って活動している所以なのにと思いつつ、面倒で迷惑な素人が来たなと、思いながらもそこは区長さんを立ててハイハイと指示に従うしかない。その時の区長さんのつぶやきは、「住民が助かること、喜んでくれればそれでいいごて!」と嘆いていました。住民へのサービスを旨とする公僕が権威を振り回す現実をみて本当に情けなく思いました。

翌日現場作業をしていると、交代の年配の県職員の方が来られ、「引き継ぎ事項でボランティア活動の要望受付というのがあるが、全くあがってきませんね」と親しげに話しかけてきました。そこで私は「住民は県の詰所がある集会所まで行って要望を伝えるほど暇ではなく、なのでボランティアが集落を一軒一軒御用聞きに回って、一つひとつ問題や要望を解決しているんです」と言ったら、「そうですね、それが一番良い方法ですね」とのたまう。

勘弁してくださいよ怒。現場の足を引っ張って一番混乱させてるのは貴方達(県職員)なんですよ(怒)※これは心の声です。

敢て「機転の利く素晴らしい年配の県職員が居る」ことも含めの、超不愉快だったエピソードを書かせていただきました(ぺこり)
知事、柏崎市対応を批判 [2007年10月05日(Fri)]
10月3日新潟日報朝刊記事より

柏崎市対応を批判 泉田知事
ボランティア受け入れ「外の人材嫌がる」

「柏崎市は人材が外から入るのを嫌がり、現場に目をふさいだ」−。
中越沖地震のボランティア受け入れなどについて、泉田裕彦知事が二日の県議会で同市の対応を厳しく批判した。
市町村のボランティアセンターのあり方を問われた泉田知事は「歯がゆい思いをした。県内のボランティアのコーディネート(調整)は十分ではない」とこぼし、「刈羽村はNPOで現場を知っている人が入り、うまく回っていた。一方、柏崎はコーディネートする人材が外から入るのを嫌がった」と指摘した。
自身が同市の避難所で会った高齢者夫婦が「あっちえし、家の中はぼろぼろだし、疲れて動かんねえ」と漏らしたとして「それなのに『ボランティアをこれ以上受け入れる必要はない』と報告が上がってくる。現場をわざと見ないようにしている。」と非難。
また、災害対策全般でも「基礎的自治体(市町村)の対応が問題だという話を国などから聞いた」と述べた。
これに対し柏崎市の会田洋市長は「事実関係の確認ができない中ではコメントは差し控えたい」とした。


なんとも腑に落ちない記事です。柏崎市の復旧復興にボランティアセンターと協力して救援活動にあたったものとして残念でなりません。その理由として、

1)柏崎、旧西山そして刈羽の3地区に災害ボランティアセンターが臨時に立ち上がりボランティアの受け入れを行っていたが、3地区を比較するに柏崎と他の2地区では面積や被災家屋の数から言っても規模が違いすぎる。
2)柏崎の災害ボランティアセンターには県外の多くの災害系NPO・NGOもその運営に深く関わっていたことも確認している。であるが、新潟はこの約3年の間に7.13水害と中越地震と未曾有の大災害を2度も経験し、県内のNPO・ボランティア団体スタッフは、その後の長野豪雨や能登半島地震においても活躍し、力量・ネットワーク共に全国レベルの人材を多く抱えている。刈羽が成功例とすれば、むしろ県内スタッフの実力と培ってきたネットワークによるところが多いと思う。
3)私たちは柏崎の災害ボランティアセンターと連携を図る赤紙対応のチームとして、県内外ボランティアを中心にして構成され、関わった地域は、荒浜、松波、桜木町、春日、北園町、栄町、学校町、中央町、西本町、東栄町、東本町、四谷、番神、横山、向陽町、茨目、中田、椎谷などで、それなりの結果を残せたと自負しているところだが、是非住民の言葉をマスコミの方に拾っていただきたいと思うのです。
この活動が出来たのもボランティアセンターとの連携があったこそ実現できたものと強く感じるところです。

とは言っても被災者に対して、全てが満足のいく結果というのは、遥か及ばないのが災害の複雑さであり、難しさであろうと考えます。先の毎日新聞の赤紙不可関連の記事も含め、マスコミ関係者にはその部分を十分に理解・学習した上で、被災地が元気になるような記事であって欲しいと願うばかりです。

そして、被災住民の不満がボランティアセンターへぶつけられるのであれば、ボランティアによる救援活動に対して国や県による支援策(資金面も含め)がもっともっとあってもよいと思うのです。そしてなにより、民意によるボランタリーな活動に対して行政が制限を掛けたりすることがあってはならないと強く思うこの頃です。
頑張ろう!輝く柏崎 [2007年09月19日(Wed)]
昨日、柏崎市の会田洋市長名のお手紙が届きました。今回の中越沖地震では特に市役所も災害対策本部も訪ねる理由もなく、VCとの連携で活動させていただいたのですが、なぜかこちらにも手紙が届きました。このようなお礼の手紙が届くようになったのはここ数年の傾向です。
ボランティアセンター(VC)閉鎖後に、ボランティア保険の登録などから住所を知るのか、礼状のはがきなども届くこともあるのですが、これからの復興への道を歩み始める中で、何通出されたのかは知るよしもございませんが、大切なお金であり、今の時代であればインターネットなどで代用されても、その心は十分に伝わってくると思うのですが。むしろ厳密に言えば個人情報の目的外使用に該当するかもしれません。ともあれ、ありがとうございました。

そしてこの週末、柏崎の災害ボランティアセンターが無事撤収されました。柏崎、旧西山、刈羽に設置されたVCですが、柏崎を閉じ、被災地にあった全ての災害VCは運営母体であった地元社会福祉協議会に一部の活動が引き継がれることになるのでしょう。本当にお疲れ様でした、とお礼を述べたいのはむしろこちらのように思います。

能登半島地震以来、危険家屋でのボランティア活動には未だ多くの問題を残しておりますが、能登同様に非公式ながらも「赤紙家屋」等での活動をさせていただくことができました。この赤紙対応問題については、いずれ災害ボランティア活動に関わる各団体や機関等の代表らによって議論され、よい方向に向かうと信じています。その意味からも今回の一般ボランティアと丸特隊との微妙なコラボレーションが、その先例として道しるべになったと確信しています。

VCの運営という裏方を支えてくれた社協スタッフの皆さん、NGO・NPOの皆さん、そして多くのボランティアさんに感謝です。

その連携を物語る、柏崎災害VCを支えた偉丈夫、NSVNの李さんと丸特の与一隊長(那須野が原JC)の2ショット。
※撮影は丸特のあかつきコバちゃん

市長さんからのお礼の手紙です。仲間の丸特隊や名もなきハンマーエンジェルたちを代表して、受け取らせていただきました。その文中に合言葉は「頑張ろう!輝く柏崎」とありました。
協創恢興Tシャツ [2007年09月14日(Fri)]
3年前の中越地震での被災地復興支援を目的に設立された中越復興市民会議。いまや被災地復興に限らず中山間地の村おこしにも欠かせない中間支援組織です。そしてこの度の中越沖地震と、さらなる役割がきたいされるところですが、今回その復興支援策の一環として新たなTシャツが製作され販売されることになりました。


イラストデザインは山と海。中越地震と中越沖地震の復興を意味しています。

お問い合わせは、
〒940-0861
新潟県長岡市川崎町2249番地1
TEL:0258-30-3460/FAX:0258-30-3560
E-mail:staff@cf-network.jp

因みにこちらが協創恢興Tシャツ第一弾。一般販売はされませんでした。
被災地の軽業師と [2007年09月08日(Sat)]
ハンマーエンジェルスの番外編です。良い子のみんなは絶対に真似をしたいでください!

久々の風組の若棟梁の出番です。商売道具の玄翁ではなく、珍しい大ハンマーを振るう姿です。


被災地で過酷なボランティア活動の一つ、それは土蔵崩しです。危険な部分はいつも陣頭で、風組の頭です。

オルトチの番長、人間重機のなべちゃんです

土蔵の土を運び出す06年長野水害からの迷コンビ、のぶこば
技を磨きながら支援活動 [2007年09月07日(Fri)]
台風9号は未だ余談を許さない状況ではありますが、2004年の新潟・福井を始めとした水害被災地のような状況にはならないようで、ひとまず安心している災害ボランティアの方も多いと思われます。

ということで、久しぶりに小千谷風組さんの最近の活動紹介を紹介させていただきます。本業の合間を見つけての復興支援活動、本当にお疲れ様です。
この日は中越沖地震によって大きく傾き危険な状態になった、地域のお宮様の補強作業です。で、ただの作業ではなく、ハンマーエンジェルたちへの技術指導を兼ねての作業となりました。地域にある材料をいろいろと集めて、地元にはなるべく負担をかけない災害救援の基本とされる「適正技術」での作業に拍手です。

区長さんに補強の方法を説明する与一隊長と風組の代表よーこさん

チェーンソーを使って補強材料を繋ぎ合せるための加工を施す風の頭

その組み手を添え木と番線で繋ぎ合せる作業。それをじっと見守るハンマーエンジェルたち

天井の高いお宮さまもこのとおりです。斜めのつっかえ棒とタン管でジャッキアップした支柱とワイヤーウインチの筋交いで無事完了!

区長さんの肩の荷がまた一つ下りて、みんなで笑顔の記念撮影

この日の風組さんは本業のトビ装束です。やっぱりさまになっててカッコいい。このときは災害復旧に関わる業者さんがいないので普段のプロのスタイル。実は風組さんが救援活動を行うときは、あえてTシャツにイージーパンツのような「ボランティアっぽい服装」をしてるんです。その理由は復旧復興に携わる業者さんへ気遣いからなんです。災害復旧工事はインフラなどの工事を生業とする方々にとっては、時には無償のボランティア活動がその商売への妨げにもなることがある。そのことを踏まえてボランティア活動についても同業者に対しても気を使いながら支援活動を行う風組さんなんです。
風組の一樹隊長の事前調査
完成までの作業過程(その1)
完成までの作業過程(その2)

お知らせ:
その風組さんにまた災害救援で活動するための○○○が入りました。現在チューンナップ中で間もなく紹介できる予定です。お楽しみに!

※画像提供:風組さんとあかつきコバちゃん
赤紙連携と言葉の重み [2007年09月05日(Wed)]
赤紙家屋でのボランティア活動は原則としてボランティアセンターでの対応は不可ですが、経験としっかりした装備と技術を持った通称「丸特隊」はボランティアセンターとの連携で赤紙家屋での活動を数多く行うことが出来ました。
特に赤紙家屋からの大切なものの運び出し作業は、丸特隊が家の中に入り、外で待ち構えている一般ボランティアがそれを受け取り、車両への積み込みを行うなど連携作業が行われました。

そんな活動の一つの例をご紹介します。実はその作業で最も大変だったのが、家具等を搬出する作業ではなく、その導線の確保するためのブロック塀の切り取り作業だったのです。なぜそのような作業が必要だったかというと、入り口の扉を開けると家が倒壊すると、例の赤紙を貼っていった方がおっしゃったからです。しかしその扉はどう見ても躯体構造とは影響ないように見えるのですが、住民の方は神の声のように信じ、その作業に及んだわけです。

赤紙・黄紙を貼る方々はそれなりの根拠を元に行った助言と思われますが、ちょっとした言葉が被災者にはどれだけの影響を与えるのか、という自覚をもっていただきたいとの希望と思いを込めて、あえて書かせていただきました。どう見ても強度的にもそれほど強くないアルミ枠のガラス扉が家の倒壊を防いでいると思えない私が、素人なのでしょうが。う〜ん、今でも納得できないな!

搬出導線確保のためのブロック塀の切り取り撤去作業

住宅地のため粉塵を巻き上げないように水を流しながらのエンジンカッター作業

そして、家財道具は家屋の外で待ち構える一般ボランティアへ


ともあれ、その日も被災者の顔に笑顔が・・・・・
ハンマーエンジェルスの皆様、お疲れ様でした(拍手)
屋根の上の・・・ [2007年09月01日(Sat)]
なんとなく仲間内で屋根シリーズ?ということで、こちらもそれでいってみます。

若大将シリーズ「屋根の上の若大将」

夕暮れの中越沖地震の被災地、旧西山町。半壊家屋のブルーシートを無事張り終え、遠くふるさと那須を見つめるK隊長です。被災地日帰りの予定がまた3泊4日に!
この週末も [2007年08月31日(Fri)]


中越沖地震被災地では、この週末も日本各地から集結したハンマーエンジェルたちの「4.5kg×気合=復興」のインパクトが、宮川地区を中心に危険ブロック目掛けて炸裂します。

《業務連絡》
カメハメ波1号&2号(PICO14)の使用前・使用後のビス(六角)の増し締めを忘れずに!特にスターターコイルカバー及びピックスリーブ回りは必須で

<< 2008年08月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
.........
リンク
カテゴリー別一覧