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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


こげ臭さとヘリの音 [2008年03月01日(Sat)]
阪神・淡路大震災において支援活動を行っていた団体は、地元も含めピーク時には大小合わせ500を超えていたと記憶しています。ここ神戸は震災前から市民活動が盛んな地域で全国的に活躍されていた人も少なくなかった。神戸ライフケアー協会に所属していた中村さんもその一人。
その神戸で震災をきっかけにして誕生した団体が、13年を経過した現在も苦労や悩みを抱えながらも元気で活動していることに今更ながら凄いことだなと感じる。

その中村さんが中心となり、被災した高齢者への支援をメインに活動していた「東灘助け合いネットワーク」。そしてそこから分離独立し誕生した民設民営の中間支援団体コミュニティサポートセンター神戸(CS神戸)も当然、今なお元気に活動している団体のひとつ。
久しぶりに中村さんのいる事務所を訪ねた。焦げ臭さとヘリの爆音と引っ切り無しのサイレンの音の中で誕生した組織をルーツとするCS神戸。あの時の気合と哲学は今も色褪せることなく健在だった。名前の通りコミュニティビジネスにも力を入れ、さまざまな事業に取り組まれています。

神戸元気村解散後、その灯を消さないようにとその精神を受け継ぎ、障害者・高齢者の移動支援を行っている元気村移動サービスさん。ガソリンも値上がり運営も厳しい状況の中、頑張っておられました。

その神戸元気村のあった建物はテナントもなくひっそりとたたずんでいます。それでも目をつぶると当時のことがなんとなく甦ってきます。
神戸を歩く [2008年03月01日(Sat)]
今年の1.17は神戸を訪ねることは出来なかったし、昨日、名古屋から岡山への移動の途中で神戸を訪ねる。いつものように13年前焼け野原となった長田の街を少し歩き、中央区東遊園地の1.17希望の灯りに手を合わせ、三ノ宮で仲間と再会。長田に向かう時、地下鉄が下を走っている大開通りが、あの時は競輪場のバンクのようになっていたことを思い出す。東京では最も浅いところを走る地下鉄銀座線の上の中央通りや外堀通りなどが神戸の大開通りのようになるのかもしれない。
今日は灘・東灘を回り岡山へ向かおうと思います。

追悼1.17 [2008年01月16日(Wed)]
今年もまたあの1月17日がやってきます。震災の翌年から始まり13回目を数えるさまざまな集いが阪神地区、そして全国各地で予定されています。
改めて6400余名のご冥福をお祈り申し上げます。



<画像:http://blog.canpan.info/makezu/img/446/dscf0236.jpg>
教訓を次世代に [2007年12月17日(Mon)]
「私達は、いつまでも泣いてばかりはいられません。次の時代に良き教訓を残し、強く生きる心も語り継いでいきたいものです」
〜震災体験手記集第9巻より〜

神戸に「阪神大震災を記録しつづける会」という団体があります。震災以降ずっとこれまで、被災者の様々な「声」を記録し、教訓として次世代につなげたいと活動をされています。さらに、その手記の一部は英文にも翻訳され世界中へ発信されています。悲しい負の歴史についても、記録を残すということはとても大切なことだと・・・・・

◇ホームページ:
http://www.npo.co.jp/hanshin/
◇定点記録画像:
http://www.npo.co.jp/hanshin/photo/contents.htm


あと1か月で14年目の「1.17」が・・・・・
曳き屋さん [2007年12月16日(Sun)]
曳き屋といわれる職業がある。簡単にいえば建物を持ち上げて移動したり、大きく傾いた建築物を元通りにする技術をもった人たち。3年前の中越地震でも今回の中越沖地震でも、素人目にはもう駄目かも知れないと思えるような神社仏閣でも個人の家でも、ものの見事に修復。不幸にも地震に合い、様々な問題を抱えてしまう被災者にとって、家屋の再建は気の遠くなるような負担を強いられる。そして何より思い出の詰まった住み慣れ親しんだ家を取り壊すことも余計に辛い。

被災地で活動していて、そんな家屋を前にした被災者へのアドバイスとして、曳き屋さんの話しをすることにしている。中越沖地震でもこの曳き屋さんの技術によって大切な家が数多く見事に甦りました。

被災地で一緒に活動しているヒューマンシールド神戸の助さんも曳き屋技術に拘る一人です。そんな助さんの尽力もあり柏崎市の延命寺さんが見事に甦りました。(新潟日報の記事から
そして、お寺の復活を祝う落語会も開かれました。ご住職や関係者の喜ぶ顔が目に浮かびます。
※参考(助さんのブログから):地震から4か月の思い・・・
そのお寺を曳き屋技術で甦らせたのは、南魚沼市の高辰組さんです。中越地震でもお世話になりました。

地震では公的補助によって家屋の解体がなされる。その期限などもあり修復可能な家屋も、もういいや!と諦めの気持ちとなり解体されるケースも少なくないだろう。被災者の気持ちに立ち、すべての被災者に的確な情報を伝えることまた重要なことのように思う。

※被災直後に被災地柏崎に入り、漏電火災の防止のために電線の絶縁作業をしている助さんです。(新潟日報から
関東大震災 [2007年10月11日(Thu)]
大正12年9月1日に関東一円を襲った関東大震災。日本橋三越のコンコースにあった永井保さんのパネルをご紹介します。

宮城(皇居)前には避難小屋が無数にできた。小屋といっても焼トタンを拾いあつめて板にぶつけた形ばかりのもの。釜がないのでバケツで玄米をたいて、ニギリめしをつくった。

私たち一家は、まず江戸橋のたもとに避難。次で橋を渡り四日市河岸から日本橋南詰の国分まえに移動。日暮れとともに火勢の強まるのをみて呉服橋から東京駅前へ。更に夜明けをまって宮城まえの帝室林野局(いまのパレスホテル)の焼跡に避難した。


電化製品にポリバケツ、液状化に高層ビルに大量の帰宅難民。大都市での災害は現代の生活の方が極端に弱いように思う。
緊急地震速報 [2007年10月01日(Mon)]
夜中に地震の揺れで目が覚めた。どこかで大きな地震だろうか、などと考えながら直ぐ寝てしまった。神奈川県西部(箱根・小田原付近)で震度5強の地震。

◆1605年 慶長地震(M7.9)
−102年後−
◆1707年 宝永地震(M8.4)死者5030人
−147年後−
◆1854年 安政東海地震(M8.4)死者2658人
−90年後−
◆1944年 東南海地震(M7.9)死者1251人
−2年後−
◆1946年 南海地震(M8.0)死者1330人

1854年に駿河トラフで発生した「安政東海地震」から既に153年が経過している。地震の専門家の話によればいつ大規模な地震が発生してもおかしくない状況だという。因みにこの間隔での大規模地震では6400人の死者を出したあの阪神・淡路大震災(M7.2)ですら単なる予兆地震でしかないのです。

緊急地震速報が今日から開始される。

日本を襲う大地震 [2007年08月31日(Fri)]
沿岸技術に関する研究を行っているCDIT(沿岸技術研究センター)の創立を記念して防災・減災・地震・津波に関する講演会(無料)が行われます。

◇主 催:
(財)沿岸技術研究センター
◇日 時:
平成19年9月27日(木)15:30〜17:30
(受付は15:00)
◇場 所:
海運クラブ2Fホール
東京都千代田区平河町2-6-4
TEL 03-3264-1825

◇講演内容:
防災から減災へ
講師:藤吉洋一郎氏(前NHK解説委員)
これから日本を襲う大地震
講師:阿部勝征氏(東京大学名誉教授)

◇申込み先:
沿岸技術研究センター創立記念特別講演会事務局
TEL:03(3234)5862 FAX:03(3234)5877

◇締 切:
平成19年9月20日(木)
但し、定員250名になり次第締切り
◇問合わせ:
(財)沿岸技術研究センター企画部

※海運クラブへは
地下鉄 銀座線・丸の内線「赤坂見附駅」より徒歩10分
地下鉄 半蔵門線・有楽町線・南北線「永田町駅」より徒歩1分
災害時の足 [2007年07月05日(Thu)]
首都圏で災害が起きた場合に、風゜の足となるバイクが故障して、助さんが修理に挑戦してくれています。まずはキャブを分解掃除して・・・・

続・図上訓練開始! [2007年06月30日(Sat)]
おや図上訓練に見た顔が・・・・

長野からHS神戸の助さんと神奈川から神奈川災害ネットのナベちゃんです

静岡から松ちゃんです

そして日本JCの桑原隊長(那須野が原JC)からの連絡で日本JC国際協力委員会出向の地元、豊田・一宮・小牧のJCのメンバーの方も図上訓練に。

皆さん、お疲れ様でした拍手
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