恢興之道【1】
[2006年06月13日(火)]
朝日山復興春の陣にて浦柄の皆様と趣旨に賛同し集ったボランティアとによって旧道の整備をさせていただきました。浦柄の復興とさらなる発展の願いを込め、あえて「恢興之道」と命名されました。小千谷を訪問の折はぜひこの恢興之道から朝日山へお登りください。晴れた日は遠く佐渡島まで見渡せるほどの絶景の山頂です。お昼休みのひと時、山頂で地元長岡の歴史家、稲川明雄先生のご講話がありました。
この朝日山の激戦で松下村塾時代から盟友軍鑑時山直八を失った西軍参謀山縣狂介(有朋)は敗走を余儀なくされ、この時西軍の快進撃が逆転されるのではないかという恐怖をおぼえたとあります。その時に詠んだ句が、
「あだ守る とりでのかゞり 影ふけて 夏も身にしむ 越の山風」 です。
この日、滝のような汗を流すボランティアには、爽やかな越の山風でした。
※三島億二郎(米百俵の小林虎三郎と並んで、戊辰戦後の長岡再興の立役者の一人)の偉業に対し昭和2年に立てられた碑に刻まれた、
「長岡ノ今日アル實ニ翁ノ力ニシテ翁ハ眞ニ長岡恢興ノ恩人ト謂フベシ」
「恢興(かいこう)」とは以前よりももっと良くするという意味。
朝日山復興春の陣の写真はこちらから
整備された旧道「恢興之道」









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