『★極めて不可解、マグロ漁船海難!★』[2009年05月21日(木)]
北海道・日高中央漁協所属の小型マグロ延縄(はえなわ)漁船“第21共栄丸(19総トン)”が、乗組員4人とともに行方不明となった事件の続報です。
本事件は昨日(5月20日)、大きな進展を迎えました。すなわち、5月20日午後0時40分ごろ、捜索中の自衛隊P3C哨戒機が、青森県・八戸市の東方約240キロの海上で救命いかだを発見、後に海上保安庁の回転翼機が2人を吊り上げ救助しました。
救命いかだに乗っていたのは、“第21共栄丸”の船長のS(52歳)とAさん(29歳)の2人、Sさんは、残念ながら搬送先の病院で死亡が確認されました。
Sさんは顔や、胸にひどいやけどを負っていたそうです。また、Aさんは脱水症状やエコノミー症候群の兆候などが見られるものの、意識はしっかりしていて命に別条はないそうです。
Aさんの話によれば、救命いかだには当初、この2人のほかに“第21共栄丸”の乗組員、Oさん(45歳)とTさん(30歳)も乗っていたとのことです。
また、Aさんは、「5月16日未明、船内で(漏電が原因とみられる)火災が発生した。乗組員4人は救命いかだに乗り込み脱出した。17日の夜、救命いかだが転覆し、OさんとTさんは海に投げ出され行方不明となった。同時に食料なども海に流され、以後何も口にできなかった。」と話しているそうです。
第二管区海上保安本部などは、行方不明となっている2人の乗組員、OさんとTさんの捜索を続けているとのことです。
事件を振り返って見ましょう。この事件は、5月14日午後9時過ぎ、同船と連絡が取れないことを不安に思った岩手県・大船渡漁業無線局により、釜石海上保安部に通報がなされたことで始まったとされています。
各メディアは5月17日、一斉に「“第21共栄丸”との連絡が5月14日夕刻以降、途絶えている。捜索が開始された。」と報じました。
しかし、Aさんの話が事実だとすれば、岩手県・大船渡漁業無線局により、釜石海上保安部に通報がなされたと報じられた5月14日午後9時過ぎどころか、翌々日の16日未明まで、4人は“第21共栄丸”の船上にいたことになります。」
どうにも不可解です。実際問題、“第21共栄丸”は火災という海難に見舞われたわけですから、岩手県・大船渡漁業無線局の海上保安庁への通報は正しかったことになります。
しかし、通報が行なわれたのは5月14日午後9時過ぎ、一方、Aさんは5月16日未明に火災が発生し、脱出したと話しています。
“第21共栄丸”との連絡が、5月14日午後7時半の定時連絡以降、途絶えたため、同日午後9時過ぎに海上保安庁に通報したとする岩手県・大船渡漁業無線局の対応が、報道されているとおりだとすれば、Aさんが証言する5月16日未明の火災発生までの空白の2日間はいったい何だったのでしょうか。
5月14日午後7時半の定時連絡以降、音声による無線連絡はつかなかったものの、一部の報道は、同無線局の話として、翌5月15日午前8時20分ごろ、潮流図をフアックスで無線送信したところ、“第21共栄丸”は受信したとされています。
あたりまえの話なのですが、これらの情報が事実だとすれば、5月14日午後9時過ぎの通報直後、捜索を開始し救助すれば、5月16日の火災と脱出劇は発生していなかったことになります。繰り返しになりますが、何とも不可解です。
Aさんの記憶違いなのか、それとも5月14日以降、二日間にわたって彼らは船舶火災と格闘していたのか、あるいは、岩手県・大船渡漁業無線局の“早トチリ”が真実へと発展したのか・・・。
一方、私が知る限り、海上保安庁などが捜索を開始したのは少なくとも5月16日以降です。Aさんの証言が事実であるならば、捜索の開始は海難の発生後ということになります。
昨日S新聞の取材を受けました。記者はその点も尋ねてきました。「岩手県・大船渡漁業無線局が5月14日午後9時過ぎに海上保安庁に通報したにもかかわらず、捜索はなぜ5月16日からなのか?」
たしかに皆が疑問に思う点です。私も答えられませんでした。報道されている事実関係に何らかの誤りがあるのか、それとも重大な情報が隠されているのか、いずれかでない限り納得できません。

本事件は昨日(5月20日)、大きな進展を迎えました。すなわち、5月20日午後0時40分ごろ、捜索中の自衛隊P3C哨戒機が、青森県・八戸市の東方約240キロの海上で救命いかだを発見、後に海上保安庁の回転翼機が2人を吊り上げ救助しました。
救命いかだに乗っていたのは、“第21共栄丸”の船長のS(52歳)とAさん(29歳)の2人、Sさんは、残念ながら搬送先の病院で死亡が確認されました。
Sさんは顔や、胸にひどいやけどを負っていたそうです。また、Aさんは脱水症状やエコノミー症候群の兆候などが見られるものの、意識はしっかりしていて命に別条はないそうです。
Aさんの話によれば、救命いかだには当初、この2人のほかに“第21共栄丸”の乗組員、Oさん(45歳)とTさん(30歳)も乗っていたとのことです。
また、Aさんは、「5月16日未明、船内で(漏電が原因とみられる)火災が発生した。乗組員4人は救命いかだに乗り込み脱出した。17日の夜、救命いかだが転覆し、OさんとTさんは海に投げ出され行方不明となった。同時に食料なども海に流され、以後何も口にできなかった。」と話しているそうです。
第二管区海上保安本部などは、行方不明となっている2人の乗組員、OさんとTさんの捜索を続けているとのことです。
事件を振り返って見ましょう。この事件は、5月14日午後9時過ぎ、同船と連絡が取れないことを不安に思った岩手県・大船渡漁業無線局により、釜石海上保安部に通報がなされたことで始まったとされています。
各メディアは5月17日、一斉に「“第21共栄丸”との連絡が5月14日夕刻以降、途絶えている。捜索が開始された。」と報じました。
しかし、Aさんの話が事実だとすれば、岩手県・大船渡漁業無線局により、釜石海上保安部に通報がなされたと報じられた5月14日午後9時過ぎどころか、翌々日の16日未明まで、4人は“第21共栄丸”の船上にいたことになります。」
どうにも不可解です。実際問題、“第21共栄丸”は火災という海難に見舞われたわけですから、岩手県・大船渡漁業無線局の海上保安庁への通報は正しかったことになります。
しかし、通報が行なわれたのは5月14日午後9時過ぎ、一方、Aさんは5月16日未明に火災が発生し、脱出したと話しています。
“第21共栄丸”との連絡が、5月14日午後7時半の定時連絡以降、途絶えたため、同日午後9時過ぎに海上保安庁に通報したとする岩手県・大船渡漁業無線局の対応が、報道されているとおりだとすれば、Aさんが証言する5月16日未明の火災発生までの空白の2日間はいったい何だったのでしょうか。
5月14日午後7時半の定時連絡以降、音声による無線連絡はつかなかったものの、一部の報道は、同無線局の話として、翌5月15日午前8時20分ごろ、潮流図をフアックスで無線送信したところ、“第21共栄丸”は受信したとされています。
あたりまえの話なのですが、これらの情報が事実だとすれば、5月14日午後9時過ぎの通報直後、捜索を開始し救助すれば、5月16日の火災と脱出劇は発生していなかったことになります。繰り返しになりますが、何とも不可解です。
Aさんの記憶違いなのか、それとも5月14日以降、二日間にわたって彼らは船舶火災と格闘していたのか、あるいは、岩手県・大船渡漁業無線局の“早トチリ”が真実へと発展したのか・・・。
一方、私が知る限り、海上保安庁などが捜索を開始したのは少なくとも5月16日以降です。Aさんの証言が事実であるならば、捜索の開始は海難の発生後ということになります。
昨日S新聞の取材を受けました。記者はその点も尋ねてきました。「岩手県・大船渡漁業無線局が5月14日午後9時過ぎに海上保安庁に通報したにもかかわらず、捜索はなぜ5月16日からなのか?」
たしかに皆が疑問に思う点です。私も答えられませんでした。報道されている事実関係に何らかの誤りがあるのか、それとも重大な情報が隠されているのか、いずれかでない限り納得できません。




