『★平戸沖漁船転覆・沈没海難、沈没船は“聖地”?★』[2009年05月15日(金)]
4月14日の朝、長崎県・平戸市・尾上島の北約13キロの沖合で、巻網漁船“第11大栄丸(135トン)”が転覆・沈没、乗組員10人が救助されたものの、12人が行方不明となっている海難の続報です。
昨日(5月14日)、この事故の発生から、1ヶ月の節目を迎えました。母港の舘浦(たちうら)漁港にはこの日の朝、行方不明者の家族・友人らが集まり、僧侶と共に漁船に乗って沈没現場へと向ったそうです。
政府は早々に、「(現場水深が約80メートルあるため、)国の装備では技術的に困難である。潜水士などによる船内の捜索も不可能である。」とし、船内捜索や船体引き揚げを断念しています。
国土交通省・運輸安全委員会は、国会答弁の中で、「原因究明のための船体引き揚げは、必要だとは考えていない。」としました。
さらに、“第11大栄丸”の船主も、主として経済的な問題を理由に、自らの出費による船内捜索及び船体引き揚げを断念する意向を示しています。
わずか80メートルの距離です。陸上の平面であるならば、私の脚力でも走れば20秒足らずでたどり着く距離です。沈没現場の海上にたたずんだ家族の皆さんらも、同じことを考え、さぞかし無念に思われたことでしょう。
西欧では犠牲者を伴う沈没海難が発生した場合、船内に残された犠牲者ともども、沈没船体そのものを“墓地”、あるいは“聖地”ととらえる風習があります。
2001年(平成13年)2月10日、ハワイ・オアフ島沖で、漁業練習船“えひめ丸”が、突然浮上してきた米海軍・原子力潜水艦”グリーンヴィル“に衝突され沈没、教官5名と生徒4名の計9名が死亡する事故が発生しました。
“えひめ丸”の船体は同年2月16日、水深600mの海底に沈んでいるところを発見されました。当時、9名が行方不明でした。当然のことながら、家族らは船体引き揚げや船内捜索を熱望しましたが、米海軍は難色を示したと聞いております。
その理由は、詳細にわたって正確ではないかもしれませんが、以下のとおりであったと記憶しています。
「沈没地点の水深は600m、しかも沈没から6日が経過し、船内に残された方々は間違いなく全員亡くなっている。
米海軍はこのような不幸な事故を二度と繰り返さないと誓い、沈没船体を“聖地”とし、亡くなった方々の霊とともに祀ってゆきたい。」
西欧ならばともかく、日本人にその感覚が通じるわけがありません。日本側の強い要請により、その後、“えひめ丸”の船体は、米海軍の最新技術により、いったん水深約35mの浅所に移されました。
同年10月16日から11月16日までの間、米海軍および海上自衛隊のダイバーによる船内捜索により、9名の行方不明者のうち8名のご遺体が収容されました。
そして、同年11月26日、“えひめ丸”の船体は、米海軍により再び水深約1,800mメートルの深海底へと移され、米海軍の“聖地”として永遠の眠りについたのでした。
ご遺体の収容に関しては日本側の主張どおりに、また、“えひめ丸”の船体の扱いに関しては、最終的には米国側の主張どおりとなったのでした。
“第11大栄丸”の沈没水深は約80メートル、米海軍の最新技術を使うまでもなく、経費さえかければ、先進国の民間サルベージ技術をもってすれば、けっして不可能な話ではありません。行方不明者のご心情、察するに余りあるところです。
せめて、「水産資源などの海洋環境に著しい影響を与えるおそれがあり、また、船舶交通を阻害し、新たな海難を誘発するおそれがある。」として、国に船体にからまっている魚網の撤去命令を出させ、漁船保険適用範囲内でそれが実行されれば、船内捜索の実現に大きく前進するのですが。いうまでもなく、そのためには、地元漁業者の協調が必要です。

昨日(5月14日)、この事故の発生から、1ヶ月の節目を迎えました。母港の舘浦(たちうら)漁港にはこの日の朝、行方不明者の家族・友人らが集まり、僧侶と共に漁船に乗って沈没現場へと向ったそうです。
政府は早々に、「(現場水深が約80メートルあるため、)国の装備では技術的に困難である。潜水士などによる船内の捜索も不可能である。」とし、船内捜索や船体引き揚げを断念しています。
国土交通省・運輸安全委員会は、国会答弁の中で、「原因究明のための船体引き揚げは、必要だとは考えていない。」としました。
さらに、“第11大栄丸”の船主も、主として経済的な問題を理由に、自らの出費による船内捜索及び船体引き揚げを断念する意向を示しています。
わずか80メートルの距離です。陸上の平面であるならば、私の脚力でも走れば20秒足らずでたどり着く距離です。沈没現場の海上にたたずんだ家族の皆さんらも、同じことを考え、さぞかし無念に思われたことでしょう。
西欧では犠牲者を伴う沈没海難が発生した場合、船内に残された犠牲者ともども、沈没船体そのものを“墓地”、あるいは“聖地”ととらえる風習があります。
2001年(平成13年)2月10日、ハワイ・オアフ島沖で、漁業練習船“えひめ丸”が、突然浮上してきた米海軍・原子力潜水艦”グリーンヴィル“に衝突され沈没、教官5名と生徒4名の計9名が死亡する事故が発生しました。
“えひめ丸”の船体は同年2月16日、水深600mの海底に沈んでいるところを発見されました。当時、9名が行方不明でした。当然のことながら、家族らは船体引き揚げや船内捜索を熱望しましたが、米海軍は難色を示したと聞いております。
その理由は、詳細にわたって正確ではないかもしれませんが、以下のとおりであったと記憶しています。
「沈没地点の水深は600m、しかも沈没から6日が経過し、船内に残された方々は間違いなく全員亡くなっている。
米海軍はこのような不幸な事故を二度と繰り返さないと誓い、沈没船体を“聖地”とし、亡くなった方々の霊とともに祀ってゆきたい。」
西欧ならばともかく、日本人にその感覚が通じるわけがありません。日本側の強い要請により、その後、“えひめ丸”の船体は、米海軍の最新技術により、いったん水深約35mの浅所に移されました。
同年10月16日から11月16日までの間、米海軍および海上自衛隊のダイバーによる船内捜索により、9名の行方不明者のうち8名のご遺体が収容されました。
そして、同年11月26日、“えひめ丸”の船体は、米海軍により再び水深約1,800mメートルの深海底へと移され、米海軍の“聖地”として永遠の眠りについたのでした。
ご遺体の収容に関しては日本側の主張どおりに、また、“えひめ丸”の船体の扱いに関しては、最終的には米国側の主張どおりとなったのでした。
“第11大栄丸”の沈没水深は約80メートル、米海軍の最新技術を使うまでもなく、経費さえかければ、先進国の民間サルベージ技術をもってすれば、けっして不可能な話ではありません。行方不明者のご心情、察するに余りあるところです。
せめて、「水産資源などの海洋環境に著しい影響を与えるおそれがあり、また、船舶交通を阻害し、新たな海難を誘発するおそれがある。」として、国に船体にからまっている魚網の撤去命令を出させ、漁船保険適用範囲内でそれが実行されれば、船内捜索の実現に大きく前進するのですが。いうまでもなく、そのためには、地元漁業者の協調が必要です。




