『★迷惑な太公望と尖閣問題★』[2008年06月12日(木)]
一昨日(6月10日)未明、尖閣諸島の魚釣島の沖合いで、海上警備中の海上保安庁の巡視船“こしき(966総トン)”が、我が国領海内に不法侵入していた台湾所属の遊漁船”連合号(推定約20総トン)“を発見、追跡中に両船が衝突、同号が沈没した事件の続報です。
幸いなことに、“連合号”の船員・乗客16人は、“こしき”によって全員無事救助されました。彼らは同日昼過ぎ、石垣港に連行され、医師による診察の後、海上保安庁による事情聴取を受けた模様です。
16人の船長と船員2人を除く乗客13人は、その日のうちに洋上において、台湾の海巡隊(日本の海上保安庁に相当)の巡視船に引き渡され、台湾に送還されました。
また、引き続き事情聴取を受けるため石垣島に残っていた船長ら三人も、那覇経由で昨日の時点で台湾に送還されたものと思われます。
今回の事件、一連の報道を見る限り、やはり私が指摘したとおり、遊漁船を偽装した台湾側の挑発行為などではなく、単に台湾の“太公望”たちが、大物を狙いたいがゆえに尖閣の海に現れたに過ぎず、政治的な意図はなかったようです。
しかし、お伝えしたとおり、中国外務省は事件当日の定例記者会見で、今回の事件に触れ、「尖閣諸島は古来、中国固有の領土であり、論争の余地のない主権を有している」と述べ、重大な関心と強い不満を持っていることを表明しました。
また、台湾外交部(外務省)も昨日(6月11日)、尖閣諸島について、「台湾の領土であり、主権を宣旨し、守ることに疑いの余地はない。」とする声明を発表しました。
台湾は当初、今回の事件に関しては、日台交流の窓口機関を通じ、原因の究明などを求める申し入れをしたにとどまり、尖閣の主権問題には触れていなかったのですが、台湾の新聞各紙が事故を大きく取り上げたことを受け、声明発表はやむなしと判断したようです。
昨日のブログでもお伝えしたとおり、尖閣諸島は日本の固有の領土です。明治時代に日本に正式に編入されて以来、戦前までは日本のカツオ漁船の中継基地や海鳥の羽毛採取場所として大いに活用され、日本人が居住していました。国際的にも認められていました。
その後、長いこと無人島となっていました。1969年以降、国連の調査により莫大な石油資源があることが確認されると、急に雲行きが怪しくなりました。1971年、その領有権をめぐり、中国や台湾が主権を主張し争いが勃発、現在に至っています。
1978年には、政治団体N社が尖閣諸島の魚釣島に灯台を建設、後に日本国の正式な灯台として政府に譲渡され現在に至ります。北小島にも灯台が設置されています。
また、魚釣島には別の団体により神社が建立され、日の丸のプレートが設置されるなど、日本の領有権を示す建造物等は設置されてきたものの、今も無人の状態のままです。
一方、1990年には、尖閣諸島の領有権を主張する台湾の抗議船が領海侵犯する事件、1996年には、香港の抗議船が領海侵犯する事件が発生、後者では溺死者が出ました。
魚釣島の灯台と言えば、ある出来事を思い出しました。4、5年ほど前だったでしょうか、私は大学時代からの親友O君と、新橋駅から程近い、とある居酒屋のカウンターで酒を飲み始めました。我々の右隣には中年男性同士、二人組みの先客がいました。
私とO君、はじめのうちは互いの近況報告程度でした。ですが、やはり、海の大学を卒業した我々共通の話題と言えば、最終的には海や船の話です。杯を重ねるごとに、しだいに声は大きくなってきました。
ふと、気が付くと、お隣さんの話も海や船の話です。我々と同様、ボルテージは高まっています。先方も我々の話題に気が付いたようです。
知る人ぞ知るとおり、新橋の居酒屋に集う、“おじさんの友情の輪”はあっという間につながります。いつの間にか、四人のおじさんたちは、両グループ初対面ながら、共通の海や船の話で、大いに盛り上がったのでした。
この続きはまた明日・・・。

幸いなことに、“連合号”の船員・乗客16人は、“こしき”によって全員無事救助されました。彼らは同日昼過ぎ、石垣港に連行され、医師による診察の後、海上保安庁による事情聴取を受けた模様です。
16人の船長と船員2人を除く乗客13人は、その日のうちに洋上において、台湾の海巡隊(日本の海上保安庁に相当)の巡視船に引き渡され、台湾に送還されました。
また、引き続き事情聴取を受けるため石垣島に残っていた船長ら三人も、那覇経由で昨日の時点で台湾に送還されたものと思われます。
今回の事件、一連の報道を見る限り、やはり私が指摘したとおり、遊漁船を偽装した台湾側の挑発行為などではなく、単に台湾の“太公望”たちが、大物を狙いたいがゆえに尖閣の海に現れたに過ぎず、政治的な意図はなかったようです。
しかし、お伝えしたとおり、中国外務省は事件当日の定例記者会見で、今回の事件に触れ、「尖閣諸島は古来、中国固有の領土であり、論争の余地のない主権を有している」と述べ、重大な関心と強い不満を持っていることを表明しました。
また、台湾外交部(外務省)も昨日(6月11日)、尖閣諸島について、「台湾の領土であり、主権を宣旨し、守ることに疑いの余地はない。」とする声明を発表しました。
台湾は当初、今回の事件に関しては、日台交流の窓口機関を通じ、原因の究明などを求める申し入れをしたにとどまり、尖閣の主権問題には触れていなかったのですが、台湾の新聞各紙が事故を大きく取り上げたことを受け、声明発表はやむなしと判断したようです。
昨日のブログでもお伝えしたとおり、尖閣諸島は日本の固有の領土です。明治時代に日本に正式に編入されて以来、戦前までは日本のカツオ漁船の中継基地や海鳥の羽毛採取場所として大いに活用され、日本人が居住していました。国際的にも認められていました。
その後、長いこと無人島となっていました。1969年以降、国連の調査により莫大な石油資源があることが確認されると、急に雲行きが怪しくなりました。1971年、その領有権をめぐり、中国や台湾が主権を主張し争いが勃発、現在に至っています。
1978年には、政治団体N社が尖閣諸島の魚釣島に灯台を建設、後に日本国の正式な灯台として政府に譲渡され現在に至ります。北小島にも灯台が設置されています。
また、魚釣島には別の団体により神社が建立され、日の丸のプレートが設置されるなど、日本の領有権を示す建造物等は設置されてきたものの、今も無人の状態のままです。
一方、1990年には、尖閣諸島の領有権を主張する台湾の抗議船が領海侵犯する事件、1996年には、香港の抗議船が領海侵犯する事件が発生、後者では溺死者が出ました。
魚釣島の灯台と言えば、ある出来事を思い出しました。4、5年ほど前だったでしょうか、私は大学時代からの親友O君と、新橋駅から程近い、とある居酒屋のカウンターで酒を飲み始めました。我々の右隣には中年男性同士、二人組みの先客がいました。
私とO君、はじめのうちは互いの近況報告程度でした。ですが、やはり、海の大学を卒業した我々共通の話題と言えば、最終的には海や船の話です。杯を重ねるごとに、しだいに声は大きくなってきました。
ふと、気が付くと、お隣さんの話も海や船の話です。我々と同様、ボルテージは高まっています。先方も我々の話題に気が付いたようです。
知る人ぞ知るとおり、新橋の居酒屋に集う、“おじさんの友情の輪”はあっという間につながります。いつの間にか、四人のおじさんたちは、両グループ初対面ながら、共通の海や船の話で、大いに盛り上がったのでした。
この続きはまた明日・・・。




