『★イージス艦海難、チキンレースだったのか?★』[2008年10月23日(木)]
今年2月19日、海上自衛隊のイージス艦“あたご”と、千葉県・新勝浦市漁協所属の漁船“清徳丸”が衝突、親子2人の漁船員が行方不明(後に死亡認定)となった海難の続報です。
お伝えしたとおり、この海難の第六回目の審判が一昨日(10月21日)、横浜地方海難審判所で開かれ、“あたご”側の最終弁論が行なわれました。
“あたご”側の補佐人は、「(“清徳丸”が針路・速力を保持し、そのまま航行すれば、)“あたご”の艦尾を無事に航過していたにもかかわらず、右転及び増速によって新たに衝突の危険を招いた。」とし、海難の主因が“清徳丸”側にあると主張しました。
理事官(刑事裁判の検察に相当)側の、「“あたご”は海上衝突予防法上の“横切り船の航法”に従い、“清徳丸”を避航すべきところ、監視が不十分でそれを怠った。主因は”あたご“側にあった。」とする主張と、真っ向から対立したまま結審を迎えました。最終判断は、横浜地方海難審判所の裁決に委ねられることとなります。
“あたご”側のM補佐人は業界きっての論客、見事なまでに緻密なストーリーが組み立てられていました。さすがだと思います。
今回の最終弁論に関し、報じられた内容にざっと目を通すと、事故発生以来、海上自衛隊を悪としてきたマスコミの論調も、かなりトーンダウンしているような気もします。
さて、“あたご”側の主張ですが、仮にこれが事実だとすると、“清徳丸”は“あたご”に対し、自らの意思で“チキンレース”を挑んだということになるのでしょうか。
“あたご”側の補佐人は、航法の適用に関し、「“横切り船の航法”ではなく、“清徳丸”側の“船員の常務違反(船員の常務として必要とされる注意を怠る)”を適用すべきだ。」と述べたと伝えられています。
たしかに、航法規程としては“船員の常務違反”になるのでしょうが、本当に故意による“チキンレース”だったとすれば、現状の航法自体がそうした行為を想定していないため、状況次第では適用できない可能性も考えられます。
さて、“清徳丸”がこうした行動を取った理由に関し、“あたご”側の補佐人は、あくまでも推測とした上で、「(“あたご”の艦尾に発生する波の影響で、)漁具が海に落下することを嫌い、(波の影響がない)艦首を通過しようとしたのではないか。」と述べたそうです。
しかし、静穏な港内ならばまだしも、外洋上において、そのまま進めば、“あたご”の艦尾の約800メートル後方を航過していたとする状況下、しかも、“あたご”が当時10ノット強に減速していた状況下、漁具が落下するほど航走波の影響があるとは思えません。
「大漁を祈願するため、漁場に向う漁船は、多少の危険を冒しても、大型船の船首を強引に横切る。」といった話を、かつてよく耳にしたことがありました。
しかし、私もこの業界に入って長いのですが、実際にその場面に遭遇したことはありません。あるいは、そのような“迷信”を信じ、実践しているとする漁業者に出会ったこともありません。
軍艦の艦首は鋭く切り立っています。迫り来る艦首は威圧感といった生易しいものではなく、プロの船乗りに対しても恐怖感を抱かせます。私にも何度か経験があります。“清徳丸”があえて“チキンレース”に臨む明確な理由が、今一つはっきりしません。
事故当時の前直士官は最終弁論の中で、「事故発生直後から、取り調べに際しては、“清徳丸”の右転が原因で衝突した。」と、一貫して述べてきたと強調したそうです。
また、“あたご”が所属する海上自衛隊・第三護衛隊の事故当時の司令は、「遺族は不快感を抱くと思うが、事実を隠さず言うことが、事故の再発防止につながる。」と述べたそうです。
去る3月21日、防衛省は今回の事故に関する中間報告を、「艦船事故調査委員会による調査について」としてまとめ、発表しました。
この報告書は何度も読み返しました。しかし、今回の“あたご”側の主張を裏付けるに足りる内容は、この報告書からはどうしても見出せません。
“清徳丸”の存在に関する“あたご”側の認識、少なくとも衝突の危険に関する認識は、衝突約1分前まで、あたごの当直員の脳裏にはなかったとしか読み取れないのですが。
それとも、捜査や海難審判に差し障りがあるので、この報告書では述べなかったということなのでしょうか。そうであるならば、はっきりとその旨を述べるべきです。
いずれにせよ、審判官の裁決がすべてです。“真実はたった一つだけ”、果たして審判官はどのように判断するのでしょうか。

お伝えしたとおり、この海難の第六回目の審判が一昨日(10月21日)、横浜地方海難審判所で開かれ、“あたご”側の最終弁論が行なわれました。
“あたご”側の補佐人は、「(“清徳丸”が針路・速力を保持し、そのまま航行すれば、)“あたご”の艦尾を無事に航過していたにもかかわらず、右転及び増速によって新たに衝突の危険を招いた。」とし、海難の主因が“清徳丸”側にあると主張しました。
理事官(刑事裁判の検察に相当)側の、「“あたご”は海上衝突予防法上の“横切り船の航法”に従い、“清徳丸”を避航すべきところ、監視が不十分でそれを怠った。主因は”あたご“側にあった。」とする主張と、真っ向から対立したまま結審を迎えました。最終判断は、横浜地方海難審判所の裁決に委ねられることとなります。
“あたご”側のM補佐人は業界きっての論客、見事なまでに緻密なストーリーが組み立てられていました。さすがだと思います。
今回の最終弁論に関し、報じられた内容にざっと目を通すと、事故発生以来、海上自衛隊を悪としてきたマスコミの論調も、かなりトーンダウンしているような気もします。
さて、“あたご”側の主張ですが、仮にこれが事実だとすると、“清徳丸”は“あたご”に対し、自らの意思で“チキンレース”を挑んだということになるのでしょうか。
“あたご”側の補佐人は、航法の適用に関し、「“横切り船の航法”ではなく、“清徳丸”側の“船員の常務違反(船員の常務として必要とされる注意を怠る)”を適用すべきだ。」と述べたと伝えられています。
たしかに、航法規程としては“船員の常務違反”になるのでしょうが、本当に故意による“チキンレース”だったとすれば、現状の航法自体がそうした行為を想定していないため、状況次第では適用できない可能性も考えられます。
さて、“清徳丸”がこうした行動を取った理由に関し、“あたご”側の補佐人は、あくまでも推測とした上で、「(“あたご”の艦尾に発生する波の影響で、)漁具が海に落下することを嫌い、(波の影響がない)艦首を通過しようとしたのではないか。」と述べたそうです。
しかし、静穏な港内ならばまだしも、外洋上において、そのまま進めば、“あたご”の艦尾の約800メートル後方を航過していたとする状況下、しかも、“あたご”が当時10ノット強に減速していた状況下、漁具が落下するほど航走波の影響があるとは思えません。
「大漁を祈願するため、漁場に向う漁船は、多少の危険を冒しても、大型船の船首を強引に横切る。」といった話を、かつてよく耳にしたことがありました。
しかし、私もこの業界に入って長いのですが、実際にその場面に遭遇したことはありません。あるいは、そのような“迷信”を信じ、実践しているとする漁業者に出会ったこともありません。
軍艦の艦首は鋭く切り立っています。迫り来る艦首は威圧感といった生易しいものではなく、プロの船乗りに対しても恐怖感を抱かせます。私にも何度か経験があります。“清徳丸”があえて“チキンレース”に臨む明確な理由が、今一つはっきりしません。
事故当時の前直士官は最終弁論の中で、「事故発生直後から、取り調べに際しては、“清徳丸”の右転が原因で衝突した。」と、一貫して述べてきたと強調したそうです。
また、“あたご”が所属する海上自衛隊・第三護衛隊の事故当時の司令は、「遺族は不快感を抱くと思うが、事実を隠さず言うことが、事故の再発防止につながる。」と述べたそうです。
去る3月21日、防衛省は今回の事故に関する中間報告を、「艦船事故調査委員会による調査について」としてまとめ、発表しました。
この報告書は何度も読み返しました。しかし、今回の“あたご”側の主張を裏付けるに足りる内容は、この報告書からはどうしても見出せません。
“清徳丸”の存在に関する“あたご”側の認識、少なくとも衝突の危険に関する認識は、衝突約1分前まで、あたごの当直員の脳裏にはなかったとしか読み取れないのですが。
それとも、捜査や海難審判に差し障りがあるので、この報告書では述べなかったということなのでしょうか。そうであるならば、はっきりとその旨を述べるべきです。
いずれにせよ、審判官の裁決がすべてです。“真実はたった一つだけ”、果たして審判官はどのように判断するのでしょうか。













