『★あなたは純粋ボランティア?★』[2008年02月05日(火)]
昨年12月7日、韓国西岸の忠清南道・泰安郡(チュンチョンナムド・テアングン)の沖合で発生した原油大量流出事故のその後です。
この事故では、韓国全土から多くのボランティアが被災地を訪れ、発生からこれまでに、延べ130万人が海岸清掃活動に参加したと言われています。
先週、韓国の一部のメディアは、ボランティア活動に参加した人々のうち、一部の小中高校の教師が、公務員の旅費規程に基づき、一人あたり5万〜8万ウォン(約5,600円〜9,000円)の出張手当や交通費のほか、時間外勤務手当の支給を受けていたことが判明したと伝えています。
なお、これらの教師に引率されてボランティア活動に参加した児童・生徒は、交通費などは自己負担していたとのことです。
今回の事故における一般市民によるボランティア活動について韓国では、愛国心によって育まれた奇跡的かつ感動的な出来事と捉えられ、政府機関からも「ノーベル賞の候補として推薦する予定だ。」などの驚嘆の声明が発表されるほどの盛り上がりを見せてきました。
したがって、今回の一部の教師に対する手当等の支給の発覚は、こうした盛り上がりに水を差し、国民を大いに落胆させたことでしょう。
今日はボランティア活動についてお話します。ボランティアとは、もともとは“志願兵”を意味する単語でした。
19世紀末、米国で社会福祉活動を目的とした組織が結成されました。彼らは自らを「Volunteer of America」と名乗りました。
これを契機に、自由意思によって社会貢献活動を行い、見返りや報酬を求めない奉仕者のことを“Volunteer(ボランティア)”と呼ぶようになったのです。
一般にボランティア活動の特徴は三つに集約されます。一つ目は、人に強制されるのではなく、個人の意思決定によるものであることです。
二つ目は、自分自身の潜在能力や生活の質を向上させるものであることです。三つ目は、人間同士の連帯感を高めるものであることです。ボランティアの本質を表す用語としては、自発性、非営利性、公益性などが挙げられます。
しかし、旅費や報酬を負担してもらう活動は、自発性や非営利性、公益性などを有していても、厳密にはボランティア活動とは言えないのです。
たとえば、消防団という組織があります。消防団は“消防組織法”に基づき、全国の市町村に設置されている消防機関で、構成員である消防団員は地元住民の有志によって組織されています。
消防団の活動は間違いなく自発性、非営利性及び公益性のすべてを兼ね備え、地域に必要不可欠な素晴らしい活動です。
しかし、消防団員の身分は、法律上、特別職の地方公務員として位置づけられています。そのため年間の報酬が定められ、また、訓練・災害への出動にあたっては一定の手当が支給されます。こうしたことから、消防団の活動は本来の意味でのボランティア活動とは一線を画するものなのです。
なお、報酬や手当と言っても、生活の糧とするような額ではありません。年間報酬は一般に数千円から数万円程度、出動手当も一回あたり数百円から数千円程度なのです。
すなわち、活動の後の仲間内での慰労会の費用や、防寒のための自前の装備などの費用に、たちどころに消え失せてしまうような微々たる額なのです。
しかも、消防団と言っても火事だけが職務の対象ではありません。たいていの場合、水防団を兼ね、大雨の際などに駆り出されます。加えて、地元の祭事における警備や、地域によっては山間部の捜索活動などにも駆り出されます。拘束されている時間や職務の資質などを考えるに、とても報酬や手当に見合うような仕事ではありません。
しかし、報酬や手当が支給される限り、残念なことに、本来の意味での純粋なボランティアとは呼べないのです。そこで私は、消防団員らのことを“広義のボランティア”と称しています。
なお、江戸時代に活躍した“火消し”たちも、額は少ないものの、月極報酬のほか出動手当が支給され、かつ、頭巾、法被などの現物支給が施されていました。そのため、ボランティアとは言えないのです。
11年前のナホトカ号重油流出事故の際、某航空会社から一部のボランティアに対し、無料チケットが交付された事例がありました。こうしたケースも、残念ながらボランティアとは言えないのです。
「硬いことを言うな!」とお叱りの声があるかもしれません。しかし、長年行なわれてきた純粋なボランティア活動を末永く持続させるためには、どうしても越えてはならない一線があるのです。

この事故では、韓国全土から多くのボランティアが被災地を訪れ、発生からこれまでに、延べ130万人が海岸清掃活動に参加したと言われています。
先週、韓国の一部のメディアは、ボランティア活動に参加した人々のうち、一部の小中高校の教師が、公務員の旅費規程に基づき、一人あたり5万〜8万ウォン(約5,600円〜9,000円)の出張手当や交通費のほか、時間外勤務手当の支給を受けていたことが判明したと伝えています。
なお、これらの教師に引率されてボランティア活動に参加した児童・生徒は、交通費などは自己負担していたとのことです。
今回の事故における一般市民によるボランティア活動について韓国では、愛国心によって育まれた奇跡的かつ感動的な出来事と捉えられ、政府機関からも「ノーベル賞の候補として推薦する予定だ。」などの驚嘆の声明が発表されるほどの盛り上がりを見せてきました。
したがって、今回の一部の教師に対する手当等の支給の発覚は、こうした盛り上がりに水を差し、国民を大いに落胆させたことでしょう。
今日はボランティア活動についてお話します。ボランティアとは、もともとは“志願兵”を意味する単語でした。
19世紀末、米国で社会福祉活動を目的とした組織が結成されました。彼らは自らを「Volunteer of America」と名乗りました。
これを契機に、自由意思によって社会貢献活動を行い、見返りや報酬を求めない奉仕者のことを“Volunteer(ボランティア)”と呼ぶようになったのです。
一般にボランティア活動の特徴は三つに集約されます。一つ目は、人に強制されるのではなく、個人の意思決定によるものであることです。
二つ目は、自分自身の潜在能力や生活の質を向上させるものであることです。三つ目は、人間同士の連帯感を高めるものであることです。ボランティアの本質を表す用語としては、自発性、非営利性、公益性などが挙げられます。
しかし、旅費や報酬を負担してもらう活動は、自発性や非営利性、公益性などを有していても、厳密にはボランティア活動とは言えないのです。
たとえば、消防団という組織があります。消防団は“消防組織法”に基づき、全国の市町村に設置されている消防機関で、構成員である消防団員は地元住民の有志によって組織されています。
消防団の活動は間違いなく自発性、非営利性及び公益性のすべてを兼ね備え、地域に必要不可欠な素晴らしい活動です。
しかし、消防団員の身分は、法律上、特別職の地方公務員として位置づけられています。そのため年間の報酬が定められ、また、訓練・災害への出動にあたっては一定の手当が支給されます。こうしたことから、消防団の活動は本来の意味でのボランティア活動とは一線を画するものなのです。
なお、報酬や手当と言っても、生活の糧とするような額ではありません。年間報酬は一般に数千円から数万円程度、出動手当も一回あたり数百円から数千円程度なのです。
すなわち、活動の後の仲間内での慰労会の費用や、防寒のための自前の装備などの費用に、たちどころに消え失せてしまうような微々たる額なのです。
しかも、消防団と言っても火事だけが職務の対象ではありません。たいていの場合、水防団を兼ね、大雨の際などに駆り出されます。加えて、地元の祭事における警備や、地域によっては山間部の捜索活動などにも駆り出されます。拘束されている時間や職務の資質などを考えるに、とても報酬や手当に見合うような仕事ではありません。
しかし、報酬や手当が支給される限り、残念なことに、本来の意味での純粋なボランティアとは呼べないのです。そこで私は、消防団員らのことを“広義のボランティア”と称しています。
なお、江戸時代に活躍した“火消し”たちも、額は少ないものの、月極報酬のほか出動手当が支給され、かつ、頭巾、法被などの現物支給が施されていました。そのため、ボランティアとは言えないのです。
11年前のナホトカ号重油流出事故の際、某航空会社から一部のボランティアに対し、無料チケットが交付された事例がありました。こうしたケースも、残念ながらボランティアとは言えないのです。
「硬いことを言うな!」とお叱りの声があるかもしれません。しかし、長年行なわれてきた純粋なボランティア活動を末永く持続させるためには、どうしても越えてはならない一線があるのです。













