『★日本のボランティア活動が衰退する?★』[2007年11月29日(木)]
昨日のブログでは、愛媛県・宇和島市の大内漁港で今年3月、迷いクジラの曳航救出作業中、クジラが暴れ出し漁船が転覆、男性1人が海中転落し死亡した事件の続報をお伝えしました。
さる10月4日、宇和島海上保安部が、転覆した漁船に同乗していた別の男性を業務上過失致死容疑で書類送検したことに対し、地元ではこれまでに、処分の減免を求める約8300人の署名が集まりました。
この男性は、「(行政側に)手伝ってほしいと言われ、助けになればと思って善意で協力した。」と述べていると報じられています。
すなわち、行政に懇願され、ボランティアとして参加したにもかかわらず、刑事責任の嫌疑がかけられたこととなり、この点が今回の事件の最大の特異性です。
しかも、関係行政機関がともに作業に参加したにもかかわらず、この男性だけが責任対象となり、行政側の責任は不問とされたことから、地元住民らの不満が噴出しています。
曳航中の生命体は、不規則に動き出す可能性が常にあることから、今回の事故の発生は予測不能ないわば不可抗力であり、業務上過失致死容疑を彼にかけることは適切ではない、というのが現在の私の考えです。
水産庁が発行した「鯨類座礁対処マニュアル」を紐解く限り、今回の事件のような迷いクジラの救出にあたっては、市町村が現地対策本部を設置して、その首長たる市町村長が責任者となり対応にあたり、必要に応じて地元の警察署や海上保安部、都道府県や水産試験場、民間の専門家や漁業者らが、支援・協力・指導することとしています。
しかし、今回の事件では、当時の報道を見る限り、関係機関の合議のもと、曳航による救出法、すなわち実力行使がとられたようです。
曰く、「はじめは、金属による忌避音を出すなどして漁港外に誘い出そうとしたが、うまく行かなかった。
その後、宇和島市、愛媛県宇和島地方局、宇和島海上保安部、地元漁協などが対策を協議し、県の総合科学博物館の学芸員の助言によって、漁船による曳航救出作業がなされることとなった。」とされています。
水産庁のマニュアルでは、クジラの救出にあたり、最終意思決定を含め、責任の所在が明確化されています。すなわち、市町村の首長です。今回の事件では、専門家の助言に基づき、関係機関による合議によって曳航救助が決定されたとはいえ、最終的な行政側の責任は、マニュアルに従う限り、宇和島市長にあると見るのが正しいかと思います。
末端の、しかもボランティアとして参加した一人の漁業者だけに、刑事責任のすべてを問うのは、地元住民ならずとも、首を傾げざるを得ません。
仮に、契約内容にもよりますが、宇和島市と何らかの契約を結び、金銭の支払いを条件に、クジラの救出作業を請け負った事業者であるならば、当該作業に係る責任は当該事業者が負うとされても致し方ないでしょう。
しかし、報道されているような、「(行政側に)手伝ってほしいと言われ、助けになればと思って善意で協力した。」という彼の話が正しければ、彼は行政に乞われて参加した、善意の一ボランティアにほかなりません。
行政の手伝いを行ない、何か事故があったならば、たとえ不可抗力と言えども、その刑事責任はすべてボランティアに帰属すると言う風潮が蔓延するようなことがあれば、我が国のボランティア活動は一気に衰退してしまう可能性があります。
今回のように大型鯨類に限らず、小型の鯨類が海岸に乗り揚げている場合にあっても、「ボランティアの自己責任のもとに救出活動に参加すべし。何かあったら、刑事責任を問われるが、それでも良いか?」などと行政側の見解が示されれば、誰もが作業参加に躊躇するはずです。
ところで、私が専門の一つとする、流出油災害時の海岸清掃ボランティアに関しては、「油等汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画(通称:国家緊急時計画)」の中で、以下のように述べられています。
「関係行政機関、地方公共団体並びに港湾、漁港、河川及び海岸の管理者等は、必要に応じ、協力して、漂着した排出油等の除去のための措置を実施する。
この場合において、必要な措置を、地元住民、ボランティア等の協力を得て実施する機関等は、第7節の健康安全管理のための体制整備のほか、円滑な防除作業が実施されるよう必要な支援体制の整備に努める。」
つまり、国家緊急時計画では、関係行政機関に対し、ボランティアの健康や安全の管理や、支援体制の整備を、しっかりと求めているのです。ボランティア活動に対する、関係行政機関の役割を明確にしているわけです。
いわば、行政が本来行なうべきボランティア活動に対する行政の役割に関しては、これが正論のはずです。
さらに言わせてもらえば、落水者らが救命胴衣を使用していなかったことに関し、関係行政機関を含め、救出現場にいた誰もが指摘しなかったことも、重大な落ち度です。国家緊急時計画では、「ボランティアの健康や安全の管理に対し、十分手を尽くさなかった。」ことを意味します。
こうしたことから、今回の事件に関し、彼だけに責任を問うのは重大な誤りだと思います。

さる10月4日、宇和島海上保安部が、転覆した漁船に同乗していた別の男性を業務上過失致死容疑で書類送検したことに対し、地元ではこれまでに、処分の減免を求める約8300人の署名が集まりました。
この男性は、「(行政側に)手伝ってほしいと言われ、助けになればと思って善意で協力した。」と述べていると報じられています。
すなわち、行政に懇願され、ボランティアとして参加したにもかかわらず、刑事責任の嫌疑がかけられたこととなり、この点が今回の事件の最大の特異性です。
しかも、関係行政機関がともに作業に参加したにもかかわらず、この男性だけが責任対象となり、行政側の責任は不問とされたことから、地元住民らの不満が噴出しています。
曳航中の生命体は、不規則に動き出す可能性が常にあることから、今回の事故の発生は予測不能ないわば不可抗力であり、業務上過失致死容疑を彼にかけることは適切ではない、というのが現在の私の考えです。
水産庁が発行した「鯨類座礁対処マニュアル」を紐解く限り、今回の事件のような迷いクジラの救出にあたっては、市町村が現地対策本部を設置して、その首長たる市町村長が責任者となり対応にあたり、必要に応じて地元の警察署や海上保安部、都道府県や水産試験場、民間の専門家や漁業者らが、支援・協力・指導することとしています。
しかし、今回の事件では、当時の報道を見る限り、関係機関の合議のもと、曳航による救出法、すなわち実力行使がとられたようです。
曰く、「はじめは、金属による忌避音を出すなどして漁港外に誘い出そうとしたが、うまく行かなかった。
その後、宇和島市、愛媛県宇和島地方局、宇和島海上保安部、地元漁協などが対策を協議し、県の総合科学博物館の学芸員の助言によって、漁船による曳航救出作業がなされることとなった。」とされています。
水産庁のマニュアルでは、クジラの救出にあたり、最終意思決定を含め、責任の所在が明確化されています。すなわち、市町村の首長です。今回の事件では、専門家の助言に基づき、関係機関による合議によって曳航救助が決定されたとはいえ、最終的な行政側の責任は、マニュアルに従う限り、宇和島市長にあると見るのが正しいかと思います。
末端の、しかもボランティアとして参加した一人の漁業者だけに、刑事責任のすべてを問うのは、地元住民ならずとも、首を傾げざるを得ません。
仮に、契約内容にもよりますが、宇和島市と何らかの契約を結び、金銭の支払いを条件に、クジラの救出作業を請け負った事業者であるならば、当該作業に係る責任は当該事業者が負うとされても致し方ないでしょう。
しかし、報道されているような、「(行政側に)手伝ってほしいと言われ、助けになればと思って善意で協力した。」という彼の話が正しければ、彼は行政に乞われて参加した、善意の一ボランティアにほかなりません。
行政の手伝いを行ない、何か事故があったならば、たとえ不可抗力と言えども、その刑事責任はすべてボランティアに帰属すると言う風潮が蔓延するようなことがあれば、我が国のボランティア活動は一気に衰退してしまう可能性があります。
今回のように大型鯨類に限らず、小型の鯨類が海岸に乗り揚げている場合にあっても、「ボランティアの自己責任のもとに救出活動に参加すべし。何かあったら、刑事責任を問われるが、それでも良いか?」などと行政側の見解が示されれば、誰もが作業参加に躊躇するはずです。
ところで、私が専門の一つとする、流出油災害時の海岸清掃ボランティアに関しては、「油等汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画(通称:国家緊急時計画)」の中で、以下のように述べられています。
「関係行政機関、地方公共団体並びに港湾、漁港、河川及び海岸の管理者等は、必要に応じ、協力して、漂着した排出油等の除去のための措置を実施する。
この場合において、必要な措置を、地元住民、ボランティア等の協力を得て実施する機関等は、第7節の健康安全管理のための体制整備のほか、円滑な防除作業が実施されるよう必要な支援体制の整備に努める。」
つまり、国家緊急時計画では、関係行政機関に対し、ボランティアの健康や安全の管理や、支援体制の整備を、しっかりと求めているのです。ボランティア活動に対する、関係行政機関の役割を明確にしているわけです。
いわば、行政が本来行なうべきボランティア活動に対する行政の役割に関しては、これが正論のはずです。
さらに言わせてもらえば、落水者らが救命胴衣を使用していなかったことに関し、関係行政機関を含め、救出現場にいた誰もが指摘しなかったことも、重大な落ち度です。国家緊急時計画では、「ボランティアの健康や安全の管理に対し、十分手を尽くさなかった。」ことを意味します。
こうしたことから、今回の事件に関し、彼だけに責任を問うのは重大な誤りだと思います。












