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海洋汚染情報 −海の事件簿−
海上で起きた重大な汚染事件・事故について、独自の視点から鋭くメスを入れ、分析・解説する”海の社会部デスク”、その名も”元海の男”、職業”(さすらい派)研究員”による海の事件簿。
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『PSSA認定の必要性、知床海鳥漂着事件』[2006年07月18日(火)]
知床海鳥漂着事件を教訓とした今後の予防策に関し、今日は大きな枠組みでの話をしましょう。

さて、今回の事件の舞台となったオホーツク海は、アムール川流域の針葉樹林からもたらされる滋養分により、世界有数の豊饒な海です。特に、水産資源はその種類・量ともに豊富で、日露両国民に海の恵を与え続けてきました。

また、最近の研究では、オホーツク海は日本海・北太平洋とは狭い海峡で繋がった閉鎖性海域でありながら、実は北太平洋の水をリフレッシュする重要な役割を担っていることがわかりました。すなわち、オホーツク海の重要性は、日露両国民のみならず、北太平洋沿岸国民も認識して然るべき、紛れも無い事実なのです。

ところで、オホーツク海は日露両国に面していますが、北海道沿岸域の一部を除き、そのほとんどが、ロシアの領海であり、または、ロシアのEEZ(排他的経済水域)であるのです。公海はオホーツク海の中央部に、ごくわずか存在するに過ぎません。

したがって、オホーツク海の実効支配、ひいてはオホーツク海の海洋環境保全に関し、ほぼ独占的な影響力を有しているのは、ロシアなのです。

ところで、船舶が原因の海洋汚染防止に関しては、海洋の連続性・接続性という観点から、国際ルールの策定による対応が基本となっています。国際ルールの策定は、ロンドンに本部を持つ国連の下部機関、IMO(国際海事機関)が所掌しています。

IMOは“MARPOL73・78条約(国際海洋汚染防止条約)”のほか、“OPRC条約(油汚染に係る準備・対応・協力に関する国際条約)”、“TBT条約(有害防汚塗料禁止条約)”など、船舶起因の海洋汚染防止のための様々な条約を策定してきました。

しかしながら、これらの国際ルールは、世界のすべての海域に一律に課すことを前提としています。その一方で、特に環境保全の重要性が高い海域については、“特別鋭敏海域(PSSA:Particularly Sensitive Sea Area)”への格上げ制度が設けられています。

具体的には、従来の豪州グレートバリアリーフ、キューバ周辺海域、コロンビアのマルペル島周辺海域、フロリダのキー周辺海域、北欧のワデン海に加え、最近では、パプアニューギニアのトレス海峡、カナリア諸島、ガラパコス諸島、バルチック海が認定されました。また、南ア周辺海域についても、現在、審査中です。

これら、PSSAに認定された海域ついては、一律の国際ルールにこだわらず、特別な海洋環境保護対策を強化することが可能となるのです。例えば、タンカーの航行ルートを指定したり、船の位置を逐次通報する制度を構築したり、水先人の乗船による安全運航を強制したりなどです。

オホーツク海に当てはめた場合、第二の“O号事件”、そして、場合によっては第二の“知床海鳥漂着事件”、ひいてはサハリン計画に伴う大規模油流出事故の蓋然性に関し、極めて有力な事前防止策となり得るのです。

オホーツク海、特にテルペニア岬の周辺海域や知床沿岸海域は言うまでも無く、オホーツク海全体が、他の海域と同様、PSSAに認定されても決して不思議は無い海域なのです。要は、オホーツク海の海洋環境保全に関し、ほぼ独占的な影響力を有しているロシア次第なのです。

しかしながら、PSSAに認定された場合、制度の構築に関し沿岸国の経済的負担を伴い、また、開発行為に支障が出るなど、社会的弊害を伴います。したがって、オホーツク海のPSSA認定に関しては、ロシアが首を縦に振らないのが実情です。

オホーツク海の海洋環境保全は必要かつ重要です。しかしながら、国際的・抜本的な保護措置は、十分とはいえないのが現状です。PSSAの認定一つにしても、ロシアに任せきりでは今後の可能性はまったく見込めません。日本による相応の協力が必要でしょう。無論、経済的負担を伴います。まずは、日本国民が、苦しい財布事情にあっても、オホーツク海の自然を是非とも守りたいという認識を持ってこそ、はじめて土俵に乗れる話でしょう。
『卒論指導のテーマに、知床海鳥漂着事件』[2006年07月13日(木)]
ご無沙汰しています。その後、特段の進展が無いまま、残された時間だけが空しく過ぎ去ってゆく今日この頃です。

先日、都内の某私立大学の国際法ゼミのグループから、卒業論文の指導を依頼されました。国際法専攻と言うことならば、例のテーマがあります。そうです。知床海鳥漂着事件こそ、既存の国際法の枠組みでは、日露両国政府ともその対処が機能し得ない、稀有な事象なのです。学部生には少々高度かも知れませんが、論文テーマとしてはうってつけです。

さて、“海の国際憲法”に相当する国連海洋法条約を紐解く限り、今回の事件に関し、その解明責任はロシアにあり、また、その協力を日本が行うことについて、どの国際法学者も異論はないはずだと私は考えています。

例えば、第194条では、「いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止・軽減するため、利用可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は共同して(今回の場合は日露両国の共同作業)、すべての必要な措置を講じること。」としています。

また、第198条では、「海洋環境汚染の差し迫った危険・損害に対し、影響を受ける国及び国際機関への通報義務」が課されています。

さらに204条では、「いずれの国も、他の国の権利と両立する形で、直接又は国際機関を通じ、科学的方法を用いて、海洋環境汚染の危険又は影響をモニターする義務」が課されています。

いずれも、知床海鳥漂着事件に重ね合わせた場合、ロシア側の解明責任に関し、余りあるものと思料されます。とは言っても、国連海洋法条約の記述のみが根拠であり、解明責任を具体化した国際条約は、今のところ見当たりません。

我が国国内法が今回の事件では機能しないのと同様、OPRC条約等の流出油防除に関する既存の条約は、油流出の事件・事故が発生し、確認され、はじめて機能する仕組みとなっています。

したがって、鳥に油が付着し、油の流出があったことが明らかであっても、あるいは、衛星写真が見つかったとしても、当事国であるロシアが流出の事実関係を認め無い限り、あるいは、国連海洋法条約に則り自ら進んで解明に乗り出さない限り、既存の国際法の枠組みでは手の打ち用が無いのです。

論文の落としどころは、やはり、今回の事件を教訓とした、新しい国際法の枠組み作りと言ったところでしょうか。
『竹生丸の教訓、知床海鳥漂着事件』[2006年07月04日(火)]
1979年10月28日の深夜のことです。サハリン中部西岸のシャフテルスク港(旧 塔路港)内で、神戸市のS汽船所有の貨物船“竹生丸(2,956総トン)”から、SOS遭難信号が発信されているのを札幌の電電公社(現 NTT)海岸局が傍受、第一管区海上保安本部に連絡しました。

同本部はただちにソ連のホルムスク(旧 真岡)にあるソ連の海岸局に連絡し、竹生丸の救助を依頼しました。その後、ソ連から一管本部に入った連絡によれば、「竹生丸は北西の強風のため、シャフテルスク港内で座礁・転覆の後、沈没した」とのことでした。竹生丸は同港で石炭を積み、北九州の黒崎港に向かう予定のところ、荒天のため荷役を一旦中断、港内で錨泊し待機していた最中の事故とのことでした。

竹生丸は日本の海運会社が運航していました。しかし、船籍を外国に移していたため(“丸シップ”と言います)、正確な船名は“Takeomaru”でした。竹生丸には、フィリピン人の船長など21名が乗船していました。ソ連の捜索活動により、フィリピン人操機長1名がかろうじて救助されたものの、残り20名は死亡又は行方不明となりました。その中には、唯一の日本人乗組員であった通信長Uさんの名前もありました。

竹生丸の事故は、21名のうち20名が死亡又は行方不明に至るという、当時の海運界に少なからぬ衝撃を与えた重大海難でした。当時、商船大学に在籍していた私も、はっきりと覚えています。

さて、時は移り変わり1996年、ソ連はすでにロシア共和国に体制移行しています。シャフテルスク港の周辺海岸に油が漂着する事件が発生し、水産資源等への被害が生じました。すぐに、その原因が明らかになりました。沈没船“竹生丸”からの燃料重油の漏洩でした。

その後も竹生丸からの油の流出は、断続的、かつ、不定期に発生し、付近の社会・経済活動及び自然環境に被害を与えました。サハリン州政府は、流出のたびに潜水士による応急措置(船体亀裂部分の水中溶接)を行いました。やがて、船体の劣化はますます進行し、流出のたびの応急措置では、どうにもこうにも対応できなくなりました。

2001年7月、サハリン州政府は、竹生丸からの燃料重油の抜き取り作業を実施しました。これで流出は収まるかと思いきや、その後も断続的に油の流出は続きました。抜き取りが不十分だったようです。さらなる抜き取り作業を行い、完全に油の流出が収まったのは、2003年になってからです。費用はすべてロシア側の負担だったと聞いています。

竹生丸事故の教訓は二つあります。一つ目は、少なくとも竹生丸からの油流出に関しては、日本側がサハリン沿岸住民等に対する、加害者であったことです。二つ目は、沈没船(放置・廃棄船も然り)からの油の流出は、断続的、かつ、不定期に発生する可能性があり、完璧な根治策が必要なことです。
『残された時間は4ヶ月、知床海鳥漂着事件』[2006年07月03日(月)]
さて、11月22日の衛星画像が見事に捉えていた、知床海鳥漂着事件の原因と思しき油と見られる黒い影への対応措置、その後、特段の進捗が見られぬまま、週末、ついに7月を迎えてしまいました。

その場所とは、本ブログの読者の皆さんは百もご承知のとおり、サハリン東岸、テルペニア岬(Mys Terpeniya/旧 北知床岬)の西方、ジョージア岬(Mys Georgia/旧 遠友岬)及びオブシルニー岬(Mys Obshirnyy/旧 原戸岬)の間の沿岸域です。どうやら、そこには、油の何らかの固定排出源が存在することが疑われています。

さて、これも以前お話したとおり、この付近の海域は、毎年12月頃から6月末まで厚い氷によって完全に覆われ、その厚みは最大1mにも達します。氷はかなり頑丈で、凍結エリアは各岬の沖合い20海里(約37km)まで達します。すなわち、一年の約3/4が雪と氷で閉ざされ、人をまったく寄せ付けない野生動物たちの聖地、それが、この付近の海域なのです。

したがって、原因究明から予防対策に至る一連の対応にあたり、我々に残された時間には限りがあります。すなわち、実質、7月から10月までのわずか4ヶ月なのです。こうした中、黒い影への対応措置に関して、特段の進捗が見られぬまま、週末、ついに7月を迎えてしまったのです。“カウント・ダウン”は、いよいよ開始されました。

“日本野鳥の会オホーツク支部”のブログを拝見する限り、知床の海岸では、いまだに被害鳥の死骸が少数ながら見つかっています。しかし、知床もじきに夏を迎え、死骸は自然に帰り、死骸を経由し“ごみ”などに付着した油塊も自然浄化するでしょう。こうなると、事件の痕跡すら見つけることも困難となります。この事件も完全風化するかもしれません。

ですが、本当にこれを事件の結末として良いのでしょうか。やがて、次の冬を迎えた時、今度こそ、知床の海岸に漂着するのは、果たして流氷だけなのでしょうか。事件が二度と再発しないことを、誰が保障できるのでしょうか。

次回のブログでは、固定排出源からの油の長期にわたる断続排出によって、沿岸域が被害を受けた事例を紹介しましょう。
『比較的新しい放置船? 知床海鳥漂着事件』[2006年06月30日(金)]
ご存知の方もいるかと思いますが、海鳥に漂着していた油に関し、新たな分析結果が明らかになりました。すなわち、今般、北海道環境科学研究センター、国立環境研究所の分析結果に引き続き、米国カリフォルニア州政府の研究機関の分析結果が明らかとなったのです。

結果はやはり、「C重油に酷似している。間違いないだろう」ということでした。当該情報については、今月18日の時点で、私も相談を受け把握していました。

さて、今回の新たな分析結果から、何を考察すべきでしょうか。答は簡単です。私は3者の分析結果から、海鳥の汚染源はC重油と断定しました。以前お話したとおり、油の分析は大変困難な作業です。時に風化油が分析者を“欺く”こともあります。しかしながら、3者の見解が一致したことにより、C重油と断定してもこれでほぼ間違いないはずです。

そこで、テルペニア岬付近で確認された、油の固定排出源と思しき黒い影に話を移します。これが、知床に漂着した海鳥の汚染源であった場合、今回のC重油断定を受け、一つ言えることがあります。それは、原油の自然漏洩である可能性が、”0”となることです。つまり、これは故意沈没船を含めた廃棄船・放置船、さらには、残存油を有する油タンクなど海洋投棄された人工物であると、まずは考えるべきなのです。

さらに考察を進めます。固定排出源と思しき海域ですが、あまりにも水深が浅いため(10m)、沈没・放置船等であったとしても、かなり最近、すなわち、ここ数年から古くとも約10年程度以内に沈んだ(又は捨てられた)ものに限定されるのです。

水深が浅いと、波・うねり・潮流など外力の影響を常に受け、船体劣化は一気に進みます。仮に古い時代、例えば旧ソ連邦時代の”置き土産”だと推論する人がいた場合、それを科学的に証明するためには、水深については、少なくとも30m以上はほしいところなのです。すなわち、沈没・放置船等だとした場合、ロシアの時代になってからのもの、それもつい最近である可能性が高いのです。

加えて言うと、海難等の過失に伴う沈没船に関しては、ほぼ間違いなく情報開示がなされているはずです。したがって、(故意)廃棄船・放置船、または、(故意)投棄人工物と考えるのが妥当かと思われます。
『知床海鳥漂着事件、北方領土行きは中止』[2006年06月30日(金)]
皆さんご無沙汰しています。さて、先日お伝えしたとおり、私は北方領土、すなわち、国後島、色丹島、択捉島、歯舞諸島に行く予定でした。主たる目的は、北方領土の海洋生態系や海岸ごみについてモニタリング調査を行うことでした。

皆さんご承知のとおり、油に汚染された海鳥は、国後島などにも相当数が漂着していたはずです。また、知床では発見に至らなかったものが、海岸ごみのモニタリング調査などの過程で、発見できるかもしれません。そのあたりを含め、後日、皆さんに報告するつもりでした。私自身も大変楽しみにしていました。ですが、私は今東京にいます。残念ながら、北方領土行きは中止になったのです。

今回、私が参加した調査団は、学術・研究を目的とした、いわゆる“北方領土ビザ無し訪問団”と称されるものでした。調査団は北方領土をチャーター船で巡りながら、時に小船に乗り換えて海岸に上陸し、ロシアの研究者と共に生態系などについて調査する予定でした。

私は船の出発地である根室港まで出向きました。調査用の機材・資材の積み込みなど、すべての出港準備を整えたのですが、最終的には、ロシア政府の許可が下りず、出港は中止となってしまったのです。

中止の理由は事務局曰く、「ロシア側の事務連絡体制の不備による認可書類発行の遅延」だそうです。事務局や外務省は、出港直前までロシア側と地道に交渉を続けたようですが、結局、決定は覆りませんでした。

海洋生態系調査などを主目的とした今回の訪問団の歴史は古く、1998年から継続しているそうです。今まで一度たりとも中止されることはなかったと聞いています。こうした中、今年に入り、突然、学術・研究目的の訪問団に対し、ロシア側の対応に大きな変化が現れたようです。例えば、地震調査を目的とした訪問団に対しては、本年、二回にわたりロシア側の許可が下りなかったそうです。

どうやら、「書類発行の遅延」は、本調査を中止に至らしめた直接的な理由であり、根本的な理由ではないような気がします。やはり、すべての“ビザ無し訪問団”に対するロシア政府の対処方針の変化が、根底にあるような気がします。いずれにせよ、大変残念な結果となりました。

ところで、知床海鳥漂着事件ですが、その後は特段の進捗がなく、このところ停滞ムードが強く漂っているようです。このまま風化してしまうことも危惧されます。しかしながら、何とかここで踏ん張り、意識の高揚に努めたいところです。

さて、既にお伝えしてきたとおり、衛星画像が知床海鳥漂着事件の原因と思しき黒い影を捉えていました。場所は、テルペニア岬(Mys Terpeniya/旧 北知床岬)の西方、ジョージア岬(Mys Georgia/旧 遠友岬)及びオブシルニー岬(Mys Obshirnyy/旧 原戸岬)の間です。どうやら、そこには、油の何らかの固定排出源が存在することが疑われます。

水深わずか10メートル程度の浅海域です。極端な話、そこにゴムボートを浮かべ、上から“箱眼鏡”で覗くだけで、原因があっさりと判明してしまう可能性が高いのです。

しかしながら、この海域は世界屈指の “ひれ足動物”の生息・繁殖地です。また、北太平洋における海鳥の三大楽園としても著名な海域です。“世界遺産”に登録されても、決して不思議ではないエリアなのです。そのため、ロシア国内法による自然保護地域に指定され、船舶の立ち入りは一切禁止されています。ロシア政府の許可がなければ、日本人はおろか、ロシア人でも立ち入れない海域です。

さて、日本側が衛星画像の存在を根拠に、この場所の調査を要求しても、ロシア側にそれを認めてもらえるのでしょうか。そもそも、日本の関係機関は、こうした要求を行っているのでしょうか。繰り返しになります。当初は、単に海上から覗くだけで済む話なのです。そして、原因さえ判明すれば、おのずと事前防止策(再発防止策)も確定するのです。

前述のとおり、今回、私達の北方領土訪問団は、ロシア側の許可が下りずに中止となりました。そのせいなのか、知床海鳥漂着事件の原因究明のための海域調査についても、たとえ要求しても許可されないのではないかと、ついつい懐疑的に思ってしまいます。

例えば、ロシアのNGOの誰かが、そっと覗いてきてくれるという、有り難い行動を密かに期待しているのは私だけなのでしょうか。もちろん、ロシア政府の許可を得ての話ですが。

『シンポジウムの報告、知床海鳥漂着事件』[2006年06月23日(金)]
先日ご案内した、知床と対馬の海鳥漂着事件に関するシンポジウムですが、一昨日夜、無事終了しました。

会場の“国立オリンピック記念青少年総合センター”には、定員の70名に達する、ほぼ満員の聴講者にお集まりいただきました。皆さん、各講師の話を、興味深く、最後まで熱心に聞き入っていらっしゃいました。遅くまでお疲れ様でした。

なお、司会進行役の私が時間配分にルーズ(寛容?)であったため、パネルディスカッションの時間が十分に取れず、聴講者の皆さんにはご迷惑をお掛けしました。と言っても、その後、会場を変え、有志による懇親会が盛大に行われました。

こちらでの講師諸氏による白熱した議論が、事実上のパネルディスカッションとなったようです。無論、私も老体に鞭打って最後まで参加、楽しい酒の席となりました。

さて、肝心の中身の方ですが、いずれの方々も、「原因追求が進まず、やがて事件が風化、すなわち、今回の事件が何の教訓にも警鐘にもならず、再び同様の事件が発生する、あるいは社会・経済被害を伴う本格的な災害に至ることが心配」と言う点で意見が一致しました。

また、「今後、同種の事件が発生しても、関係官庁や関係機関がスムーズに動くことができるよう、既存の国家緊急時計画の見直しや新法制定も視野に入れた、新たな仕組み作りが必要。“O号事故”や“海鳥漂着事件”など、一連の出来事を教訓・警鐘ととらえ、二度と繰り返さないための事前防止対策が必要。衛星画像によるリモートセンシングの有効性を評価し、今後実現することが肝要」などの点でも意見が一致しました。

なお、地元北海道の参加者の中から、「“風評被害”、すなわち、今回の事件によってオホーツクの魚は大丈夫なのか、という消費者の声も寄せられたことがある。一体全体、今回の油汚染被害は、鳥以外に対しどの程度のもであったのか、知りたいところである」との意見が寄せられました。

そこで、“風評被害”の話ですが、ひとたび油流出事故が起きると、必ず水産資源に対するこの話題が登場します。漁業者は、流出油事故による防除措置の実施等により、操業の自粛に追い込まれ、経済的被害が発生します。そればかりか、せっかく出漁しても、水揚げした魚に対し“風評被害”が出たのでは、正に踏んだり蹴ったりの話です。

しかし、今回の知床海鳥漂着事件については、油塊・油膜は一切漂着していません。したがって、沿岸部の魚介類や海藻類が汚染されることはあり得ません。また、油が付着した浮遊海藻も、海岸には一切漂着していません。

したがって、油に汚染された海藻を魚介類が捕食する可能性もあり得ません。北海道オホーツク海沿岸域の魚介類や海藻などの水産資源は、例年どおり何ら変わりなく、おいしく食せます。まったく心配ありません。

今、私達に必要なのは、現時点での根拠のない“風評”ではありません。今後、この“風評”が現実とならないための事前防止対策ではないでしょうか。

『北方領土に行きます、知床海鳥漂着事件』[2006年06月20日(火)]
久しぶりの更新で、本ブログのファンの皆さんには、長い間、大変ご迷惑をお掛けしました。このところ、本来の調査研究業務の事務作業に追われ、また、来週月曜日からの長期出張に備え、準備作業が目白押しのため、更新が遅れてしまいました。

ところで、来週からの出張の行き先は北方領土、すなわち、国後島、色丹島、択捉島、歯舞諸島です。無論、知床海鳥漂着事件とはまったくの別案件です。主たる目的は、海洋生物の生態系調査や海岸ごみのモニタリング調査です。しかし、皆さんご承知のとおり、油に汚染された海鳥は、今度私が出かける北方領土にも、かなりの数が漂着していると聞いています。今回の出張、何か因縁めいたものを感じざるを得ません。

さて、かなり前のブログで既にご案内のとおり、明日、6月21日(水曜日)18:00から、東京代々木の“国立オリンピック記念青少年総合センター”で、知床海鳥漂着事件の関係者を一堂に会した特別シンポジウムが開催されます。

講師の方々は、油分析や衛星画像などの分野の第一人者で、しかも、知床海鳥漂着事件に対して、今まで何らかの形で深く関わっていらっしゃった皆様ばかりです。本事件に興味をお持ちの皆さんならば、テレビ・新聞等で顔を見たり、名前を聞いたりした方もいらっしゃるかもしれません。

主催は“国際動物福祉基金 (IFAWジャパン)”と“日本環境災害情報センター(JEDIC)”です。現在、ほとんど会場の許容人数近く、聴講希望者があるようです。しかし、もしかしたら、あと何名かは入場できるかもしれません。今から聴講希望の方は、とりあえず、担当者に問い合わせてみてはいかがでしょうか(jedic@nifty.com/担当 甲野さん)。

聴講者は立法府や中央官庁のほか、各種教育・研究機関、NGO・NPO、防除実施機関、一般市民など多岐にわたると聞いています。無論、マスコミ各社も多数いらっしゃるようです。

実はこの私も講師として出席します。私の正体もわかるはずです。

『その後の国の動き、知床海鳥漂着事件』[2006年06月13日(火)]
6月7日の衆議院国土交通委員会で、民主党長崎県選出の高木義明議員が、知床海鳥漂着事件について触れました。今日はその内容を紹介します。

高木議員は、知床海鳥漂着事件の原因究明について、現在、どのような状況なのか、政府に問い質しました。それに対し、環境省は概略、以下のとおり説明しています。

「ロシアに対しては、4月13日に行われた“日露環境保護合同会議”の席上、ロシア政府と直接情報交換を行った。また、外交ルートを通じても意見照会を行った。しかしながら、事故等の具体的情報は得られていない」

「11月又は12月を対象とし、油流出の根拠となるべく画像の収集・解析を、国立環境研究所に対し依頼している。しかし、該当するものは見つかっていない」

「船舶からの油漏洩又は沈没船からの油漏洩について、ロシアのほか、中国・韓国・米国・カナダの関係当局に照会したが、今のところ情報は得られていない」

皆さんはご存知のとおり、6月7日の時点では、例の衛星画像(11月22日のテルペニア岬付近の画像)が、マスコミ報道を通じ既に一般に公開され、1週間以上も経っている時期です。

衛星画像が民間の手によって明らかになったにもかかわらず、答弁については、従来とほとんど変わっていないような気がしますが、どうでしょうか。国の動きが、今ひとつなのが気がかりです。

今回の事件、私は、「社会・経済被害を伴う災害発生がかろうじて避けられた幸運なケース。海鳥の大量の死骸の漂着を教訓とし、再発防止に努めるべき」と従来から主張しています。災害発生がどうにか防がれたと言う発想は、どうやら、国会の質疑からは感じ取れないのですが、皆さんはどのように思われますか。

知床海鳥漂着事件、環境省だけの問題に限定するのは、環境省にとってもとても気の毒な気がします。

『流出油量の推定、知床海鳥漂着事件』[2006年06月07日(水)]
昨日の“日本野鳥の会オホーツク支部』のブログでは、海鳥に付着していた油の量から、漂着重油の総量推計を行っています。曰く、「知床半島および国後島海域に漂着した重油の量は、7.85トンと推定できる。」としています。

ならば私は、例の「エンビサット」が撮影していた流出油の可能性が極めて高い映像をもとに、流出側の油量推計を行ってみたいと思います。

既にお伝えしたとおり、当該画像には、流出油と思しき箇所が3箇所(A地点・B地点・C地点)認められます。それぞれの面積はA地点約12ku、B地点約6ku、C地点約12kuで、その合計は30kuに及びます。



一般に、上空数百メートルの航空機上から、褐色油膜として肉眼でかろうじて視認できる最低厚さが0.01mmと言われています。また、黒色油膜として認識できる最低厚さは0.1mmです。

この衛星画像が、可視光による光学的な画像である場合、油膜の暑さとして0.1mm〜0.01mmを採用したいところです。しかしながら、伺ったところによればマイクロ波映像とのこと、したがって、1.5μ程度の油膜まで捉えている可能性もあります。

そこで、油膜の最小厚さを1.5μ、最大厚さを0.01mmと仮定し計算すると、A〜C地点の油膜の合計は最小で約30k立米、最大で約180k立米程度になるかと思います。重量に換算すると、約25トンから約165トンと言ったところでしょうか。

漂着側の数字と格差がある点については、以下の説明によって整合性がとれるかと思います。すなわち、

1)流出油のすべてが鳥に付着して漂着したわけではなく、海上で生分解又は酸化分解した分があること、もしくは、肉眼で確認できない大きさのオイルボールの形で海岸漂着している可能性があること。

2)実際の被害鳥の数を、回収された死骸鳥の約10倍と仮定しているが、約20倍以上であった可能性も否定できないこと

3)テルペニア湾内に漂着している被害鳥については計算に入れていないこと(私はかなりまとまった数が漂着していると推測しています)。

4)B地点の油については、海上漂流ではなく海岸漂着している可能性が高いこと。

いずれにせよ、最小数10トン規模、最大でも100トン規模の流出であり、油流出事故・事件としては、世界の海洋では日常茶飯事レベルの、比較的小規模の事象であったことに間違いは無いようです。
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