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海洋汚染情報 −海の事件簿−
海上で起きた重大な汚染事件・事故について、独自の視点から鋭くメスを入れ、分析・解説する”海の社会部デスク”、その名も”元海の男”、職業”(さすらい派)研究員”による海の事件簿。
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『★パスモを見たことのない専業主婦とは★』[2008年11月14日(金)]
ここ一週間、私と中二の娘は毎朝、最寄りの駅まで、いつものバスではなく、私の運転するマイカーで通っています。私たちが降りた後、助手席の妻が運転を交代し、自宅に戻る仕組みです。

地球温暖化に逆行することは重々承知していますが、これには訳があります。娘が膝を痛め、満足に歩行することができない状況なのです。

その原因はというと、背丈の伸び盛りにありがちな、いわゆる“成長痛”というやつです。ここ二年ほどの間に彼女はすくすくと育ち、20センチ以上も身長が伸び、あっという間に妻の背丈を“一首”近く越え、私の背丈にまで達する勢いです。

もう止まったと思いきや、なおも成長を続ける彼女は、膝関節の発達が追いつかず、何度も悲鳴を上げ、そのたびに整形外科に通っているのです。今回も同じパターンのようです。

駅でマイカーを降り、改札口に到達すると、「パスモ(PASMO/ICチップ内臓の鉄道・バス共通の乗車カード)が入っている財布がない!」と言い出しました。

「家を出る際、通学カバンの中に仕舞ってあるのを、しっかり確認したのに・・・」と、本人は言っていますが、子供の言うことは所詮信用できません。

カバンの中身をあらいざらい全部出させ、一緒に探してみたのですが、確かに見当たりません。ふと、あることを思い出しました。

私が先ほど運転していた際、途中の交差点で、黄色の注意信号に引っ掛かり、無理をせず、ブレーキを踏み込み停車したのでした。若干、急制動気味となり、停車した弾みで“ゴトン”と、何かが倒れる音が車内に響きました。

彼女は後部座席において、リクライニング・シートを最大限後ろに寝かせ、仰向けにふんぞり返り、わずかな時間にもかかわらず、一時の睡眠をむさぼっています。床に置かれた彼女の通学カバンが、停車した弾みで倒れたのでした。

妻がすかさず、「何か倒れたんじゃない? 中身は飛び出していない? 大丈夫?」と彼女に問いかけました。「ムニャ、ムニャ、大丈夫・・・・」

案の定、妻の忠告にもかかわらず、良く確かめもせず、そのまま改札口に来てしまったのです。彼女も思い当たる出来事に気付いたようです。「あっ、思い出した。あの時だ!」と小さく叫びました。

それ見たことかと思い、「お母さんに言われたのに、よく確かめないからだ、反省しろ!」と叱ったところ、「違う! お父さんが悪い! 急ブレーキをかけたからだ!」だそうです。

知能が未発達な子供と言い合っているほど、朝の私は暇ではありません。彼女の切符を買ってやり、そのまま赤坂見附の駅に二人で到着しました。

早速、妻に連絡、車内を捜索させたところ、財布は無事に発見されました。運転席の下に落ちていたとのことでした。帰りの交通費を娘に渡し、念のため、「財布の中にパスモはあるのか?」と妻に問いかけたところ、「そんなモン、ないですよ・・・」と、あっさり言います。

何とも不思議な展開となってきました。「財布はあったのに、中にパスモがないということか?」と再度確認すると、「そのとおりだ!」と断言します。

頭がクラクラしてきました。そのまま娘と別れ、取りあえず事務所に到着、再度、妻に確認の連絡を入れました。

「娘は財布の中にパスモを入れておいた、と言っているが、本当にないんだな? では、ややこしい話かもしれないが、倒れたカバンから財布が飛び出し、飛び出した財布からパスモが抜き落ちたのかもしれない。もう一度、車内を捜索しろ!」

結果はと言うと、「やはり、ありません。」とのことでした。「では聞くが、財布の中には何が入っていたか解説しろ!」

と言うことで、妻は「小銭が少々、コンビニのレシート三枚、テレホンカード一枚、・・・」と羅列してゆきます。「それと、地下鉄の定期券・・・」

「ちょっと待て、今、地下鉄の定期券と言ったな? どんな定期券だ?」

「プラスチック製で、地下鉄の絵が描いてあって、有効期間と、荻窪・赤坂見附と利用区間が書いてあります! 普通の定期券です!」と言い放ちます。

「馬鹿モン! それがパスモなんだ! ICチップが内蔵された定期券のことをパスモと言うんだだ!」

何のことはない、専業主婦の妻は、パスモについて、言葉では聞いていたものの、実物を見るのは初めてだったのです。表面に“パスモ”と日本語で記載され、数字が羅列された、クレジットカードのようなものを想像していたとのことです。

皆さんに対する海の事故の解説が私の使命だと認識していましたが、実は“灯台下暗し”、家族への社会事情の解説が疎かだったようです。反省しています。今日は朝からドタバタしてしまい、馬鹿な話で終始してしまいました。お後がよろしいようで・・・。

『★本日は船の科学館にいます★』[2008年08月05日(火)]
世界初の民間の海難防止研究機関として誕生した(社)日本海難防止協会は、今年、創立50周年を迎えたそうです。

同団体はこれを記念し、戦後日本の代表的な海難を振り返る、パネル展示会を開催中です。本日は海上保安庁長官も見学に来られると聞いています。

私は同団体に請われ、今から会場に出掛け、説明の大役を仰せつかる予定です。

四面を海で囲まれた日本にとって、海運や漁業は国民生活の大切な命綱です。海洋基本法が制定され、海洋に対する国民の意識が高まるなか、海上輸送や漁業にはつきものの“海難”という悲しい現実を見つめ直し、海洋のもたらす様々な恩恵を再認識すべきではないでしょうか。

“海難”は単なる交通事故とは性格が異なります。発生当時の社会情勢や世相を映し出す“鏡”でもあるのです。悲惨な“海難”を直視し、その歴史を振り返れば、当時の社会情勢や世相が垣間見えてきます。


1.名称:
「戦後海難の歴史と再発防止への取り組み」
主催:社団法人 日本海難防止協会
共催:財団法人 日本海事科学振興財団
後援:海上保安庁、産経新聞社

2.場所:
船の科学館・羊蹄丸、「アドミラルホール」
※ ゆりかもめ、「船の科学館」駅下車(新橋駅から17分、豊洲駅から14分)

3.日時:
2008年8月1日(金曜日)〜8月31日(日曜日) AM10:00〜PM6:00

4.入場料
無料

5.お問い合わせ
 03(3502)2231 日本海難防止協会


『★菓子屋横丁と濃霧海難★』[2008年07月06日(日)]
昨日(7月5日)から、神戸の義母と義姉が東京に遊びに来ています。先日、近所で催されたイベント後の“お楽しみ抽選会”に参加した“上等兵(中二の上の娘)”と“二等兵(小四の下の娘)が、関西空港と羽田空港の往復ペア航空券を見事にあてたのです。

彼女たちは迷うことなく、航空券を神戸の二人にプレゼントしたのです。孫や姪に久しぶりに再会できることを楽しみに、二人はその航空券で早速上京してきたのです。

昨日は羽田空港で二人をピックアップし、そのまま埼玉の“小京都”、川越の町に出かけました。我が家のミニバンに六人も乗ることは珍しいことです。“上等兵(中二の上の娘)”と“二等兵(小四の下の娘)は、定位置の中列シートから後列シートに移動しました。

二人の娘の楽しみは、川越の菓子屋横丁での駄菓子の購入です。菓子屋横丁は多くの駄菓子屋が立ち並ぶ川越の観光スポットです。

一歩踏み入れると、昔懐かしい駄菓子がどの店の店頭にもあふれ返り、団子や煎餅の醤油の焼ける香ばしい匂いが周辺に漂い、私自身も子供に帰ってしまうような不思議な場所です。

彼女たちは、両親から購入制限額を言い渡されることなく、あるいは自身の財布の中身の心配をせず、祖母と伯母から思う存分、好きなだけ買ってもらえたのですから、喜びもひとしおでした。夜は築地の寿司屋で夕食、実に楽しい一日でした。明けて本日の予定も盛りだくさんです。

さて、昨日(7月5日)は濃霧の東京湾で海難が相次ぎました。午後3時15分ごろには、観音崎沖で、貨物船“第十八清光丸(199総トン)”と、遊漁船“第十広川丸(15総トン)が衝突、広川丸の遊漁客2人と船長の3人が軽傷を負いました。広川丸は自力で帰港したそうです。

また、午後5時ごろにも、現場付近の海域で航行中の貨物船同士が衝突しました。両船は自力航行可能で、負傷者もありませんでした。

さらに、午後4時ごろには、貨物船“第十一エーコープ(199総トン)”から「プレジャーボートと衝突したようだ。乗員三人が海に投げ出されたかもしれない。」と第三管区海上保安本部(横浜)に連絡があったとのことです。

一時、騒然となりましたが、横須賀海上保安部が調べたところ、貨物船に衝突の痕跡はなく、被害船に関する情報も寄せられていないことから、見間違いいうことで落ち着きそうです。安心しました。

さて、私事で恐縮ですが、私は明日から一泊二日の予定で入院します。結石が詰まってしまい、衝撃波による粉砕術を受けるためです。痛みもなく普通の生活を送っているのですが、粉砕することを勧められました。

と言うことで、明日・明後日のブログ更新は休むかもしれません。あしからず。


『★東京タワーの思いで・・・★』[2008年06月10日(火)]
日曜日の昼下がり、“上等兵(中二の上の娘)”と“二等兵(小四の下の娘)”を家に残した私と妻は、そわそわしながら、東京港区の芝公園近くにあるホテルの宴会場へと出かけて行きました。

かねてより楽しみにしていた、“利き酒の会”に参加するためです。受け付けで手続きを済まし、入り口で各種“おつまみ”が詰められた弁当箱と、利き酒用のお猪口を受け取り、いざ会場に突入・・・。

中は全国の蔵元さんが出展する“利き酒”ブースが所狭しと並び、各々自慢の日本酒を用意して待ち構えています。来場者は、好みの日本酒を試飲しながら、“おつまみ”をほおばり、蔵元の説明に頷き、心行くまで“左党”であることの幸せを堪能するという画期的なイベントです。

日本酒のほか、様々な焼酎、梅酒などの果実酒、中国酒、洋酒などのブースもあります。また、支給された“おつまみ”以外にも、自分たちが用意した酒に見事なまでにマッチした、気の利いた“おつまみ”を用意したブースもありました。

あれにしようか、こちらを試そうか、いろいろ迷いながら、頻繁に“利き酒”を繰り返します。少しずつの飲酒とはいえ、あっという間にほろ酔い気分となり、気分はすっかり居酒屋モードに突入です。

開始から約一時間、まだまだ物足りない気持ちを抑えつつ、残してきた子供達の手前もあり、後ろ髪を惹かれる思いで、いまだ盛況の会場を後にした私たち夫婦でした。

さて、ホテルの外に出た私たち、久しぶりに夫婦水入らずとなったわけですが、また陽が高いこともあり、付近を散歩することとしました。

無論、若い夫婦ならいざ知らず、老齢の私たちはロマンチックなデートなどお互いまったく想定していません。「どこに行きましょうか?」と問う妻に対し、私はひとこと「東京タワー!」

理由を尋ねる妻に対し、「昔、私が子供の頃、親子で東京タワーに行ったことがある。その時、売店に東京タワーの形をした、それは大きなチョコレートが売られていたのを覚えている。懇願したが親に買ってもらえず、いつかは独占して食べつくしたいと考えていた。40年の歳月を経て、今日こそ、そのチャンスなのだ!」と答える私でした。

歩くこと約15分、ふもとの険しい坂道もものともせず、いざ東京タワーの真下に位置するビルに到着、展望エレベーターなどには目もくれず、お土産コーナーになだれ込んだ私たちでした。さすが週末の東京タワー、施設内は家族旅行や団体旅行の観光客でごったがえしていました。

数十件の土産屋が立ち並ぶ中、“東京タワーチョコ”を探すものの、見つからないのです。「そんな馬鹿な!」と思いつつ、次から次へと店を移動すること30分・・・。

あきれ果てる妻を尻目に、これが最後のチャンスと、東京タワーの直営店と思しき売店にたどり着いたのでした。「あの〜、東京タワーの形をした大きなチョコレートありますか?」という私の問いに対し、若い店員は「当店ではあつかっておりません。」と冷淡にのたまいます。

「40年前にはたしかにあったのですが・・・。」との私の食い下がりに対し、「そんな昔のことは知りません!」だそうな。

「あなたのことですから、蔵前国技館の相撲チョコと勘違いしたのではないですか?」と、笑いながら訊ねる妻の問いかけを無視し、逃げるようにその場を立ち去った私でした。「いつか必ず探して見せます、東京タワーの形をした大きなチョコレート、それまで待っていろよ・・・」、心の中で新たな誓いをたてたのでした。

大東亜戦争の終戦から11年が経過した1956年(昭和31年)12月、国連総会が日本の加盟を全会一致で可決し、日本の国際社会への復帰が認められたのでした。

この年の「経済白書」は、「もはや戦後ではない。これからの経済成長は近代化によって支えられる」と謳ったのです。日本が戦後の復興期を脱し、高度経済成長の明るい未来がすぐそこまで迫っていることを表す言葉として、「もはや戦後ではない」は一大流行語となりました。私はその翌年、1957年(昭和32年9月)に東京・杉並区の阿佐ヶ谷で生を受けました。

そして、1958年(昭和33年)、日本は“神武景気”以来の経済的繁栄を享受し、内需増加から企業利潤の増加、設備投資の増加、内需増加という好循環を生み出す状況下にありました。“1万円札”の発行、関門トンネルの開通、そして東京タワーの完成などは、その象徴的な出来事だったのです。


『★夏の家族旅行と洞爺湖サミット★』[2008年05月01日(木)]
明日(5月2日)から、青森港と函館港の間を結ぶ、2隻目の高速フェリー、“ナッチャンWorld(ワールド)”の運航が開始されます。

“ナッチャンWorld(ワールド)”は、昨年9月に就航した“ナッチャンRera(レラ)”の姉妹船です。アルミ合金製の船体で、全長120メートル、総トン数は約1万トン、双胴型のフェリーとしては世界最大級とのことです。

乗客最大約800人を乗せ、乗用車350台とともに、青森・函館間をわずか2時間、36ノット(時速67km)のスピードで爆走します。

昨日(4月30日)、就航を間近に控え、函館港に停泊中の“ナッチャンWorld(ワールド)”の船内で、テロ対処訓練が開催されました。

この訓練は、7月に日本で開催される“主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)”に備えたもので、北海道警とフェリー運航会社が合同で行なったと報じられています。

客室内に有害な化学物質が散布され、車両甲板には爆弾が仕掛けられたとの想定のもと、負傷者の救助、化学物質や爆発物の処理などが行なわれたとのことです。

さて、サミットはさておき、訓練もさておき、私も“ナッチャンWorld(ワールド)”又は “ナッチャンRera(レラ)”に乗りたくなりました。洞爺湖に行きたくなりました。

と言うことで、今年の夏の家族旅行は、マイカーによる北海道周遊と相成ったのです。石神井公園の私の自宅から青森のフェリーターミナルまで、およそ700キロメートル、どうなることやら・・・。



『★女武者となった“上等兵”★』[2008年04月25日(金)]
明後日(4月27日)の日曜日、私たちが居住する東京・石神井公園では、毎年恒例の“照姫まつり”が開催されます。

今から500年以上前の文明9年(1477年)4月、江戸城を築城したことでも知られる太田道灌は、三宝寺池(現:東京都練馬区)の豊島(てしま)泰経の居城(石神井城)を包囲していました。

豊島氏は、道灌と対峙する長尾景春の味方について戦(いくさ)に参加、負け戦を繰り返した末、自らの居城である石神井城に逃げ込んできたのでした。

同年4月28日、道灌は石神井城に対し、総攻撃をしかけました。落城が間近であることを察した豊島泰経は、可愛がっていた白馬に家宝の金の鞍をのせ、城の背後の崖から、白馬もろとも三宝寺池に入水、自らの命を絶ったのでした。

泰経には照姫という、美しい次女がいました。父の最期を見届けた照姫は、その死を悲観し、父の後を追って三宝寺池に身を投げ、果てたのでした。

太田道灌は照姫の死を憐れみ、彼女の亡骸を弔い、小さな塚を築きました。後に姫塚と呼ばれるこの塚の脇には老松(照日の松)がそびえ、この木に登り上から池面を望むと、泰経とともに水底に沈んだ金の鞍が、燦然と輝いて見えると言い伝えられています。これが世に言う、石神井・三宝寺池の照姫伝説です。

もっとも、泰経には照姫なる娘はいなかったという説や、そもそも泰経は石神井城を逃れ、相模の国まで落ちのびたという文献も残っているようですが、この際、それはどうでもよいのです。

私たちにとって、照姫は永遠の悲劇のヒロイン、それも絶世の美女とであればこそ、その悲しい末路に哀れみを常に感じ続けているのです。

そうです。“照姫まつり”は、照姫を偲ぶ祭なのです。祭の最大の見所は、何と言っても“時代行列”です。

照姫や豊島泰経とその奥方が竜神を従え、鎧武者、稚児、女武者、花拍子、巫女などとともに、当時を再現した豪華な衣装や装備をまとい、石神井公園を基点とし、周囲の街中を練り歩くのです。

祭の当日には、艶やかな時代行列を目当てに、区内はおろか、近隣から約10万人の観光客が訪れ、大小さまざまな屋台が所狭しと立ち並ぶ、一大イベントなのです。

いつもは、うっとりと時代行列に見入っていた私たち家族は、今年、一大決心をしました。「見ているだけではつまらない、家族から行列参加者を出そう!」ということなのです。

照姫や豊島泰経とその奥方の役は、以前は本職の俳優を採用していたことがありますが、最近では、他の役と同様、練馬区民からの公募なのです。

今年の初め、家族会議が開かれ、家族四人のうち誰が応募するのか、審議が行なわれました。私が豊島泰経の役に応募するのは、あまりに“あたり役”すぎて、他の応募者の夢を打ち破ることになるとされ、ただちに却下となりました。

次に“下士官(私の妻)”ですが、「本当は照姫をやりたい。でも、奥方でもしかたない!」などと、神をも恐れぬことを言っていましたが、冷静かつ客観的な私の目で見る限り、“吉原のやり手ばあさん”あたりが適役です。

しかし、調べてみたところ、該当する役は、行列には存在しません。そこで、仕方なく、私と同様、却下ということになりました。

続いて、“二等兵(小4の下の娘)”ですが、剥いたゆで卵に目鼻を付けたような顔立ちのため、白塗りの化粧がとても似合いそうです。年齢からいっても、正に“稚児”の役にうってつけです。

早速、説得にかかりましたが、本人は色気より食い気、「行列に参加すれば、楽しみにしている屋台での“買い食い”ができない!」と、断固拒否の姿勢を示しました。最近、“幼児虐待!”などの言葉を覚え、多用するため、これも仕方なく却下と相成りました。

最後に残ったのが“上等兵(中2の上の娘)”です。私譲りの美貌に加え、中学校では演劇部に所属しています。もっとも、“万年、照明係”で、いまだかって役をもらったことはないとのことです。

しかし、ものは言いよう。オーディション応募用紙に彼女の制服姿の写真を添付し、演技派の美少女を示唆する記述を長々としたため、ポストに投函した私たち夫婦でした。

結果は見事に落選、最低で中学2年生以上という条件があったのに、応募当時は1年生だったからでしょうか。ということで、照姫役には落選したものの、女武者の役で、復活当選と相成ったのでした。

学校帰り、今日も彼女は公民館で行列の“振り付け”の稽古、“吉原のやり手ばあさん”は、その付き添いででかけるようです。皆さんも是非、石神井公園の“照姫まつり”にお越しください。明後日の日曜日です。



『★暴風警報と花見酒★』[2008年04月01日(火)]
発達した低気圧が東北地方の太平洋岸、三陸沖から北海道沖にかけて通過中で、当該地域には暴風警報や波浪注意報が発令されています。海難に巻き込まれないよう、航行中の船舶には、くれぐれも用心していただきたいものです。

さて、先週の木曜日(3月27日)以来、本ブログの更新を怠り、愛読者の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。今日から復活いたします。

まず、先週の金曜日(3月28日)ですが、前日、テレビAのT記者と楽しい酒を飲み、帰宅は11時だったのですが、早朝5時には目覚め、長崎に出張に行って来ました。

某海上作業工事会社に請われ、同社幹部社員、そして、同社に対し潜水作業などの分野で支援を行なっている協力会社の幹部社員を対象に、海洋環境保全と海上工事をテーマに、講演を行なうためでした。

同社作業に関わる潜水士の“頭領”たちが、全国各地から集まってきたのです。正直言って、会場に出向くまで私は、「潜水士の“頭領”というからには、きっと“潮焼け”した“海坊主”のような、厳つい男たちの集団なのであろう。」と勝手に想像していました。しかし、その予想は見事に外れました。

“潮焼け”の“海坊主”どころか、集まった“頭領”の半数は、それは“見目麗しい”女性経営者だったのです。もし、仮に会合の名前を伏せ、誰かをその会場に招いたとしたら、きっと、エステサロンの経営者の集まりではないかと、錯覚したことでしょう。真っ先に錯覚したのは、何を隠そう、この私だったのです。

完全に意表をつかれた形で講習会はスタートしました。始まってみると、どなたも皆、頷きながらメモを取り、熱心に聴講していました。“笑い”を取るべき部分での反応も非常に良く、どうやら十分満足いただいたようでした。ほっと一安心です。

講演後の立食パティーでは、“女性頭領”の皆様方と、夕暮れの長崎港を見下ろしながら、グラスを手に歓談する機会にも恵まれ、思わず顔がほころぶ“元海の男”でした。


       長崎港、日没と共に出港する豪華客船と飛行機雲


さて、翌土曜日(3月29日)、休日とはいえ、長崎を散策することなく、昼には東京に戻ってきました。“下士官(私の妻)”と、家の近くの石神井公園で“花見”を楽しむ魂胆だったのです。

翌日から天気が崩れるとの予報ゆえ、この日しかないと老夫婦は考えたわけです。幸いなことに、“上等兵(新中二の上の娘)”と“二等兵(新小四の下の娘)”は、“下士官”の神戸の実家に二人だけで帰省中、夫婦水入らずの花見と相成ったわけです。

花見と言っても二時間ほどの散歩で切り上げ、あとは近所の寿司屋で、白身魚を肴に、花見の“思い出酒”に浸ってしまった二人でした。


       花見を楽しむ”老妻”の後姿
      
翌日曜日(3月30日)は、翌日の大腸の内視鏡検査に備え、箱詰めの検査準備食メニューが一日続きました。

まず、朝は何やら怪しげな、“お粥”状のレトルト食品が供されました。なかなか美味でしたが、前日の飲み疲れで多くは食せず、半分ほどが、愛犬(メスのチワワ)のお腹に収まってしまいました。

間食用のビスケットなども箱に詰まっていましたが、ほとんどが私の口に入らず、やはり、愛犬のお腹に収まってしまいました。

昼食用のゼリーは何とか飲み込んで食したものの、水で溶かして飲む、顆粒状の栄養補給飲料はきわめて不味く、一口飲んだだけですべて捨ててしまいました。

夕食はスープ一杯だけ。これは美味しかったです。カロリーの保持と栄養のバランスを考えているらしいのですが、私が実際に食したのは半分程度だったでしょうか。

翌月曜日(3月31日)は、大腸の内視鏡検査。初めての経験でしたが、この年になれば、やっておいても損はないはずです。酒飲みということもあり、思い当たる症状も出ていたのです。

結果はどうやら、差しあたって、治療は必要ないようで、組織やホリープを採られることもなく、腸内を確認しただけで無事解放された次第です。これまた、ほっとしました。

『★浦和レッズ3位と娘の世界制覇!★』[2007年12月17日(月)]
昨日の日曜日、目覚めた“二等兵(小三の下の娘)”は、盛んに激しく咳き込み、喉の痛みを訴えていました。熱を測ると38℃以上もありました。どうやら、このところ小学校で流行している、風邪に罹患してしまったようでした。

空ろな目を潤ませながら、「絶対に行かなくてはならない・・・。今日の試合は休むわけには行かない!」などと、生意気にも訴えていました。

聞くところによると、数週間前、バレーボールの練習にはじめて参加し、その後わずか数回のトレーニングで瞬く間に正選手に昇格、今日は事実上の日本一を決める大事な試合だと言うのです。

小学校低学年とは言いながら、わずか数回の練習で選手に昇格、しかも、日本一決定戦に出場できるとは、あまりにも出来すぎた話です。“下士官(私の妻)”に確認すると、「まんざら嘘ではない・・・」と言います。頭が混乱しましたが、やっと何のことだかわかりました。

通常のバレーボールではなく、キャッチバレー(ボール)だそうです。キャッチバレーとは、東京・練馬区で誕生したスポーツで、基本的なルールは9人制のバレーボールに酷似しています。

しかし、まったく異なる点は、ボールを打つのではなく、両掌を使って一度捕球(キャッチ)した後、パスやトス、スパイクといった次の動作に移行するのです。

バレーボールと言うよりも、バレーボールのコートやルールを利用したドッジボールと言ったほうが、より正確かもしれません。ただ違うところは、捕球に際し使用するのは手のひらのみとされ、胸で抱えて捕球することは禁じられています。

キャッチバレーは練馬区で誕生し、歴史も比較的古いようですが、他の地域ではあまり盛んではないようです。いわば練馬区固有のローカルスポーツなのです。

練馬区には26の小学生のクラブチームがあり、互いに技量を競っています。昨日の試合はそれらのチームの覇者を決める大事な戦いだったのです。

練馬区以外はあまり盛んではないため、こうしたチーム対抗戦は練馬区に限定されているようです。したがって、練馬を制したチームは日本一、東洋一、さらには世界一のチームと言うことになるわけなのです。

皆さんご存知のとおり、昨日(12月16日)、サッカーのクラブワールドカップの3位決定戦が横浜で行われ、浦和レッズがチュニジアのエトワール・サヘルとのペナルティーキック戦を制し、堂々世界三位の座を獲得しました。

同じ日、キャッチバレーの世界でも、事実上の世界一を決める熱い戦いが、練馬区内の体育館で繰り広げられたのでした。

風邪を堪えて参加した“二等兵(小三の下の娘)”は、背番号6番の自称“エースアタッカー”です。もっとも、9人制にもかかわらず、娘たちのチームの総勢はわずか10名、たった一人の控えの選手はと言えば、娘より経験が乏しい一学年下の華奢な女の子です。これならば、わずか数回の練習参加で、正選手の座を射止めたことも頷けます。

結果は残念なことに、一回戦第二試合でストレート負けを喫しました。途中、正選手の小二の男の子が、試合に嫌気が指して突然泣き出してしまったため退場、控えにいた華奢な女の子にも出番が生まれ、総力戦となりました。

ルールすら十分わかっていない““二等兵(小三の下の娘)”がエースアタッカーですから、試合の内容は“推して知るべし”でした。神聖なスポーツ観戦で、涙が出るほど爆笑させてもらったのは、生まれて初めての体験でした。

こうして世界制覇に失敗した“二等兵(小三の下の娘)”が所属するチームでしたが、少なくとも世界ランキング26位以内には輝いたわけです。

なお、先日のブログで、私たち家族4人が、”千代田まちおこし自転車マップ”のモニタリングに参加した旨をお伝えしました。本日(12月17日)のM新聞の環境欄に、その時の様子が写真と共に掲載されました。


『★地球環境と家族のモニタリング体験★』[2007年11月27日(火)]
先週末の土曜日、私たち家族4人は、”千代田まちおこし自転車マップ”のモニタリングに参加してきました。

先日のブログでもお伝えしたとおり、私が理事を務める“NPO地図文化研究会”では、自転車による千代田の“まちおこし”を目指し、「まずは、情報基盤の整備が必要!」と考え、専用の自転車マップを作成中なのです。今回のモニタリングは、作成途上のマップを評価するためのものでした。

言うまでもなく、東京の中心千代田区は、政治・経済の中心地で、官庁街やオフィスビル街で占められています。

一方、神田などの繁華街も、北の丸公園など緑豊かな自然環境も、同じ千代田区内に存在します。また、意外なことに、ちょっと裏通りに迷い込めば、昔ながらの東京の雰囲気が堪能できる、庶民の暮らしも千代田区には存在するのです。

現在、観光・買い物・散策・飲食等を目的とした千代田への訪問者の区内での移動手段は、公共交通機関と徒歩、自家用車と徒歩を組み合わせたものが主となっています。

自転車による移動は、区民や区内在勤者、サイクリング愛好家などの例外を除き、極めて稀です。自転車による区内の移動は、大気環境負荷低減の観点からも大いに期待されているのです。

特に、家族連れなどの観光客らが気軽にレンタサイクル等を利用し、安全に走行可能な裏通りなどに踏み入ることにより、千代田区民の情緒あふれる生活環境に直接肌で触れ、また、見過ごされやすい身近な歴史・文化なども認識できるのです。

千代田区の“まちおこし”のため、自転車を使わない手はありません。そのためには、まずは、地図を整備する必要があると考えたのです。

早起きした私たち家族4人は、電車を乗り継ぎ、まずは千代田区ではなく隣接する文京区の春日に到着しました。レンタサイクルを調達するためです。

そうなのです。千代田区では、最近、最後の一軒のレンタサイクルショップも閉店し、区内で自転車を借り受ける手段すらないのが現状なのです。これが日本の首都、しかも中心にある、政治・経済の中心地、千代田区の何とも悲しい現状ではないでしょうか。

同じ千代田区の霞ヶ関の官庁街では、大気汚染問題やモーダルシフト云々の熱心な議論が日夜行なわれています。海洋環境に関しては、私も議論に参加することがあります。

しかし、議論の場となっている千代田区では、庶民のモーダルシフトとも言える、自転車の文化の“芽”ですら、摘み取られているのが現状なのです。何とも皮肉だとは思いませんか。

そう言えば数年前、国会のどなたか偉い先生が、「国会への登院に、自動車を使わず、自転車を利用しよう!」と言い出した旨の記事が、ずらりと並ぶ用意された自転車の写真と共に、当時のM新聞に掲載されていたと記憶しています。

一部の関係中央省庁でも、「右へ習え!」とばかり、短距離の移動のため、専用の自転車を準備しました。

一時期、霞ヶ関界隈では、中央省庁の職員などが、グループ単位で、ずらずらと自転車で移動する、とても“異様”な光景が展開されました。もっとも、ものの数ヶ月もしないうちに、もとの鞘に納まったと記憶しています。あの自転車はどこに消えたのでしょうか、気になります。

さて、確かその記事を書いたのは、日本を代表する著名な環境専門記者、M新聞のA女史だったはずです。Aさんは私の知人です。

私たちモニタリングの参加者は、めいめい試作中の“千代田まちおこし自転車マップ”を携え、記載された推奨コースや推奨スポットなどを参考とし、家族単位で自由に千代田の町を散策したのでした。

私たちの家族4人のグループには、一人の飛び入り参加者が加わりました。言うまでもなく、M新聞のA記者です。

私たち5人は、神田・駿河台下を基点とし、九段下、北の丸公園、M新聞社前、神田・神保町の書店街、ニコライ堂、最後は神田・須田町の古い町並みへと移動しました。

二人の娘たちは、A記者の求めに応じ、各スポットでの写真撮影にお得意のポーズを決め、ご満悦の様子でした。

「最後に感想は?」と聞かれた二等兵(小三の下の娘)、すっかりお気に入りとなってしまったマウンテンバイクに跨り一言、「お腹が空いた!」でした。

と言うことで、A記者の取材も終わり、最後に感想などのアンケートを書き込み、私たちのモニタリング体験も無事終了した次第です。疲れました。



『★娘の”いじめ”と船内融和★』[2007年09月11日(火)]
昨日、久しぶりに家族と外食を楽しみました。ふと、“下士官(私の妻)”が、いつになく、妙に落ち込んでいるのに気が付きました。問いただすと、“二等兵(小三の下の娘)”が“いじめ”に遭ったとのことでした。

小学校の休み時間、机の上に置いておいたペン・ケースがなくなったとのこと。クラスの有志が一緒になって捜索した結果、教室からはるか離れた場所でペン・ケースは見つかったものの、中身は空だったとのことでした。

子どもたちからの報告を受けた担任教師は、驚いて緊急クラス会を開催、児童に問いただしたものの、名乗り出る者はいなかったそうです。担任教師は自宅に電話を入れ、事の顛末を妻に報告したそうです。妻の落ち込みは、掻い摘んで言うと、以上の出来事によるものでした。

妻の落ち込みとは裏腹に、二等兵はまったくへこたれていません。曰く、「田舎のおばあちゃんに貰い、大事に使っていたボールペンと鉛筆がなくなったのは悔しい。でも、クラスの皆が一緒に探してくれて、ペン・ケースだけでも戻ってきたので嬉しかった。」そうです。

彼女にはいじめられたという感覚は、微塵も見られませんでした。普段から“姉御肌”で面倒見の良い彼女は、逆に今回の件ではクラスメイトに面倒を見られたことに対し恩義に感じ、その友情に感謝しているようです。

いつもながら、この子のものに動じない豪快さには、驚かされます。亡くなった、江戸っ子の私の母の性格にそっくりです。江戸っ子の血筋もさることながら、血液型がAB型、干支が寅年、頭に“つむじ”が3個(右回りが1つ、左回りが2つ)あることも、密接に関わっているような気がしてなりません。

“姉御肌”と言えば、こんなエピソードがありました。以前、小学校に隣接する児童館で、出店を伴う催し物がありました。

参加を希望する児童には、前もって100円分の模擬紙幣が配布されました。児童館の出店でのみ使用可能な模擬紙幣です。

“上等兵”は前日から、「まず、10円を使ってヨーヨー釣り、次に20円を使ってカキ氷、その次に20円を使って・・・」など、思いを巡らしていました。当日、“下士官”に懇願され、“上等兵”のお守り役として、私が彼女に付き合うこととなりました。

児童館の入り口で受付を済ませ、いざ、中に入ろうとすると、傍らで一人の女児がしくしくと泣いているのに気付きました。

“上等兵”に尋ねると、一学年下の子で、あまり親しくはないが面識はあるとのことでした。どうやら彼女は、前もって配布された模擬紙幣を紛失したようでした。

受付の児童館の職員は、「前もって渡したはずです。失くしたのはあなたなのだから、あきらめなさい。」と伝えていました。

何とも杓子定規なお役所的発想です。たかが、子ども相手の催しなのだから、固いことを言わないで、再発行してやるのが筋ではないでしょうか。それとも、子どものうちから、弱肉強食の大人の世界を、今から身をもって教えると言う教育方針なのでしょうか。

さすがに私もその対応に頭にきて、児童館の職員を一言諭してやろうと一歩踏み出たところ、私を遮るように“上等兵”が女児に声をかけました。

「OOちゃん、私のお金を一緒に使おう!」 驚いた表情で振り向いた女児の手を取ると、“上等兵”は一目散に出店に向かっていったのでした。

児童館の中で、その日一緒に楽しむ約束をしていたクラスメイトに出会っても、「△△ちゃんごめんね。今日はOOちゃんと一緒に廻ることにしたから。」と、あっさりと言い放ちます。

100円分の模擬紙幣は、上等兵と女児が折半し合い、すべてが使い切られたのでした。無論、“上等兵”の取り分は半分となり、彼女が予定していた計画は、その50%が見事に未達成となってしまいました。

帰りの道すがら、“上等兵”は愚痴ることもなく、私にこう言い放ちました。「OOちゃん、いつもいじめられているんだよ。でも、今日は本当に楽しそうだったよ。良かったね。」

母親譲りで少々のことには動じないつもりの私も、自宅のトイレで男泣きしました。“上等兵”のマインド内は、自身の幸せよりも児童全体の融和が優先されているのです。たかだか小学生の児童に、人間社会で今もっとも欠けていることを教えられた私自身の不甲斐なさも、男泣きの要因の一つでした。

船の世界でも、融和がなによりも大切です。私の船乗り生活の経験から学んだ、“マーフィーの法則”を一つ紹介したいと思います。

それは、「優秀な船員が揃う船ほど、事故を起こしやすい」という事実です。優秀なスタッフが揃ったチームは、常に他から注目され、彼らの目標とされています。

例えば、若い人間がこうしたチームに参画した場合、「自分の行なうことは、常に模範でなければならない」との潜在意識が自然と働くのです。

また、チームの他のメンバ−に聞きたいことも、「皆は良く知っているに違いない。こんなことを聞いたら、馬鹿にされるのでは」との意識が働くのです。

こうしたことが長年にわたり蓄積された結果、優秀であるはずのチームの一員が、思いもかけない不安定行動をとり、その結果事故に発展することがあります。

私の所属した大手邦船社でも、優秀な船員が揃いも揃った船に限り、大きな事故が発生するという事実に直面しました。

様々な事故分析が行なわれた結果、こうした実態に気付いたのでした。では、事故防止に必要なのは、何なのでしょうか。

実は、船内融和が優れた船では、不思議なほど事故が発生していない事実が浮き彫りになったのでした。個々の優秀性より、むしろチーム全体の融和が、事故を防ぐための重要ポイントだったのでした。



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