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海洋汚染情報 −海の事件簿−
海上で起きた重大な汚染事件・事故について、独自の視点から鋭くメスを入れ、分析・解説する”海の社会部デスク”、その名も”元海の男”、職業”(さすらい派)研究員”による海の事件簿。
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『★伊豆大島の大噴火と青春の思い出★』[2008年11月12日(水)]
今から35年も前のこと、高校一年生の夏休み、私たち同級生三人組は、東京・竹芝桟橋を出港し、生まれてはじめて、子ども達だけの泊りがけ旅行に出かけました。

行く先は伊豆大島、誰が提案したわけでもないのですが、“島”という言葉が発する何とも神秘的なイメージが、子ども達の冒険心を大いに掻き立てたのでしょう。

事前調査など一切なし。したがって、伊豆大島に対し、あたかも冒険小説に登場しそうな無人島をイメージしていた“悪ガキ”でしたが、行ってみれば何のことはない、船着場には多くの土産店が並び、海水浴場には人が溢れかえり、普通の観光地と大差ないことにやっと気付いたのでした。

「来年は三宅島にしよう!」、当時の高校生らしい単純な発想により、さほどの落胆もなく、二泊三日の旅行を大いに楽しむことができたのでした。

そう言えば、最後の晩、港の岸壁で夜釣りに興じていたところ、私たち三人の後方をフラフラと通過していった一台の乗用車が、ノーブレーキであっという間にそのまま海中に転落、付近の釣客らと共に救助したことを思い出しました。

乗っていた若者二人は、大した怪我もなく無事でした。当時、エアコンが装備されていない乗用車は珍しくはありませんでした。転落した乗用車もエアコンが未装備で、真夏の夜だったため、両サイドの窓を全開にしていたことが幸いしたのです。

“ゴー”という何とも不気味な濁音を響かせながら、私たちの目の前で、乗用車はものの数十秒でみるみる水没してゆきました。

「人は本当に乗っているの?」と、一瞬考えたのですが、助手席側の開いた窓から“ニョキ”と差し出された白い手首を見て、私はふっと我に返り、条件反射的にしっかりと握りました。

悪ガキ二人は転落しないよう、私の腰にしがみ付いていました。若者の手が思いのほか冷たかったことを、今でもはっきりと覚えています。もう一人、ドライバーは自力で脱出したところを、果敢にも着衣のまま海中に飛び込んだ漁業者風の地元男性数名に、救出されたと記憶しています。

転落から約10分、すべての救出劇が終わった頃、警察車輌が慌しく駆けつけました。その頃には、現場は野次馬でごった返し、私たちは蚊帳の外に出されてしまいました。現場を退散し、すごすごと民宿に戻ってゆきました。

少なくとも一人を救助したのは私たちなのに、人命救助で表彰されることはありませんでした。それよりも、騒動の最中、民宿から借りた釣竿を海に流してしまい、何と言い訳をすべきなのかが、私たちにとっては深刻な問題だったのです。今考えると、何とも“うぶ”な高校生でした。

良い話もありました。民宿にアルバイトに来ていた高校生の女の子と友達になり、その後、しばらく文通が続きました。いいですか“文通”ですよ。いまでは死語となってしまいましたが。私にとって伊豆大島は青春の思い出の島なのです。

時は巡り13年後の1986年(昭和61年)、私はアジア・北米東岸間の航路に従事する新造コンテナ船の三等航海士として乗船していました。パナマ運河を経由し太平洋を横断、東京湾への入域に向け、間もなく伊豆諸島に達しようとする時、大きなニュースが飛び込んできました。

11月21日午後4時15分、突然の大音響とともに、伊豆大島・三原山が噴火したのです。209年ぶりとなる大噴火でした。

噴火口から湧き出たオレンジ色の溶岩流が刻々と人家に迫る中、もはや島内に避難場所を探す余裕はありませんでした。

意を決し、空前の脱出作戦が行なわれることとなったのです。約1万人の島民らは、到着した海上保安庁の巡視船艇、自衛艦、旅客船、漁船などに収容され、次々と島を脱出してゆきました。

一人の犠牲者を出すことなく、最後の避難船が島を脱出したのは、大噴火から約13時間30分が経過した翌11月22日の早朝のことでした。作戦は見事に成功したのです。

私たちのコンテナ船が伊豆大島沖を通過したのは、それから数時間後のことでした。噴火口から湧き出す溶岩流や噴煙を眺めながら、若い三等航海士は、青春時代の思い出に浸ったのでした。

伊豆大島の大噴火から、間もなく22年の年月が流れようとしています。一度、伊豆大島に出掛けてみたくなりました。


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