『★第七千代丸海難と新しい海難審判制度★』[2008年10月08日(水)]
一昨年10月6日、宮城県女川港沖の岩場で、発達した低気圧による大時化の中、大型サンマ漁船“第七千代丸(198総トン)”が難破、乗組員16人全員が死亡(行方不明者の死亡認定を含む。)という重大海難が発生しました。あれから丸二年の歳月が経過しました。
事故現場を眼下に望む女川町の高台には、“第七千代丸”海難で犠牲となった乗組員を偲び、慰霊碑が建立されています。この慰霊碑は、「事故を風化させたくない。」とする遺族らの願いを受け、同丸の船主が建立したそうです。
事故から丁度二年が経過した一昨日(10月6日)、同慰霊碑の開眼式と、犠牲者の三回忌の法要がしめやかに営まれました。
報道によれば、式には遺族、水産業界関係者など約200人が参列、僧侶の読経の中、焼香が行われたそうです。
船主は追悼の言葉の中で、「(二年を迎えたが、)一日たりとも忘れることができない。家族の皆さんの思いを察すると断腸の思いである。二度とこのような悲惨な海難事故を繰り返さないためにも、全身全霊をかけて事故防止に取り組んで行く。」と述べたと伝えられています。
この海難の原因については、本年3月27日、仙台地方海難審判庁が裁決を下しています。直接的な事故原因については、H大学・N名誉教授による鑑定結果が採用されました。
曰く、「船体斜め後方から波を受ける態勢で女川港に向けて航行中、大量の海水が甲板上に打ち込み滞留、船体前部が沈下して航行不能となり、主電源を喪失して主機が停止し、そのまま風下に存在する険礁に向けて漂流したことによって発生した。」とする内容です。
一方、私や私のまわりの専門家は、これとは違った見方をしていました。第七千代丸の海難発生メカニズムは以下と考えていました。
「女川港入港を目前に控え、同港の東沖合いに位置する、出島(いずしま)付近で進路をわずかに右寄りに変え、ほぼ西向きに進路をとったその時、悲劇が千代丸を襲った。
出島・四子ノ崎付近には、“当り根(あたりね)”と称される浅瀬が存在する。特に、東寄りの強い風が吹くと、とてつもない高波が発生することで知られている。
リアス式海岸の海で、もっとも注意すべき異常現象の一つ、泣く子も黙る“磯波”と呼ばれる大波である。本来ならばこの浅瀬を十分に離し、“磯波”を避ける必要があったにもかかわらず、千代丸は何らかの原因で近づいてしまった。
出島・四子ノ崎付近の海岸に当たって砕け散る波の高さは、気が付くと、今までの8メートルどころか、優に12メートルを超えていた。
あっという間に、千代丸はブローチング・トゥー(大波に翻弄され、操舵不能な状態となること)に陥った。
同時に、プーピング・ダウン(船側・船尾を飛び越えた大波が、直接船体構造物を襲い掛かる)にも陥り、煙突から主機関内に海水が侵入、あっという間にエンジン停止に追い込まれた。
一撃の大波は、わずか数秒足らずの間に、千代丸から“舵力”と“推進力”の双方を失わせた。もはや、誰にも千代丸を制御することはできず、なされるがままに岩場に叩きつけられた。」
“磯波”、“ブローチング・トゥー”及び“プーピング・ダウン”の三点セットが、この海難の真相だとするのが我々の意見です。波による甲板上の海水の滞留とは、若干、ニュアンスが異なります。いずれにせよ、生存者や目撃者はなく、推測することはできても、最後の瞬間を正確に再現することは誰にも不可能なはずです。
また、第七千代丸が多くの寮船とは別行動をとり、近くの気仙沼港など安全な港で避泊せず、はるか南に位置する女川港に向かった点も、海難審判は原因の一つと裁決しました。
たしかに、端的に言えばそのとおりなのです。しかし、私はこの海難の背後要因を、原油高による漁船燃料費の高騰にあったと思っています。
「燃料費が高騰する中、サンマの価格は上がらない。収益を上げるため、少しでもサンマの水揚げ価格が高い港を目指した。」
「サンマの漁場は次第に南下する。時化が去った後、できるだけ短時間で次の漁場にたどり着ける有利な港に向いたい。」
仮にこうした考えがあったとしても、漁労長の判断ミス、会社の指示ミスなど、彼らの自己責任として簡単に片付けて本当に良いものなのでしょうか。
漁業者が命がけで獲った新鮮な魚介類の恩恵を毎日受け続けているのは、ほかならぬ私たち庶民なのです。魚価には危険手当など、一切付加されていません。
10月1日、国土交通省内の組織改編が行なわれ、海難審判制度が大きく変わりました。今後、海難の原因究明機能は運輸安全委員会に託されます。
今後の海難に関し、どこまで踏み込んだ背後原因の究明に立ち向かうのか、興味を持って見守りたいと思います。
私は新しい海難審判制度が、5年先10年先、心から誇りに思う制度と我々に言わしめるようになっていただきたいと思っています。
そのためには、単なる組織の改編のみならず、まずは組織内の人材育成が肝心です。どれだけ海難分析のプロを輩出できるのか、新制度の成否はこの点にかかっているのです。特に運輸安全委員会で海難調査を担当する皆さん、心してかかってください。

事故現場を眼下に望む女川町の高台には、“第七千代丸”海難で犠牲となった乗組員を偲び、慰霊碑が建立されています。この慰霊碑は、「事故を風化させたくない。」とする遺族らの願いを受け、同丸の船主が建立したそうです。
事故から丁度二年が経過した一昨日(10月6日)、同慰霊碑の開眼式と、犠牲者の三回忌の法要がしめやかに営まれました。
報道によれば、式には遺族、水産業界関係者など約200人が参列、僧侶の読経の中、焼香が行われたそうです。
船主は追悼の言葉の中で、「(二年を迎えたが、)一日たりとも忘れることができない。家族の皆さんの思いを察すると断腸の思いである。二度とこのような悲惨な海難事故を繰り返さないためにも、全身全霊をかけて事故防止に取り組んで行く。」と述べたと伝えられています。
この海難の原因については、本年3月27日、仙台地方海難審判庁が裁決を下しています。直接的な事故原因については、H大学・N名誉教授による鑑定結果が採用されました。
曰く、「船体斜め後方から波を受ける態勢で女川港に向けて航行中、大量の海水が甲板上に打ち込み滞留、船体前部が沈下して航行不能となり、主電源を喪失して主機が停止し、そのまま風下に存在する険礁に向けて漂流したことによって発生した。」とする内容です。
一方、私や私のまわりの専門家は、これとは違った見方をしていました。第七千代丸の海難発生メカニズムは以下と考えていました。
「女川港入港を目前に控え、同港の東沖合いに位置する、出島(いずしま)付近で進路をわずかに右寄りに変え、ほぼ西向きに進路をとったその時、悲劇が千代丸を襲った。
出島・四子ノ崎付近には、“当り根(あたりね)”と称される浅瀬が存在する。特に、東寄りの強い風が吹くと、とてつもない高波が発生することで知られている。
リアス式海岸の海で、もっとも注意すべき異常現象の一つ、泣く子も黙る“磯波”と呼ばれる大波である。本来ならばこの浅瀬を十分に離し、“磯波”を避ける必要があったにもかかわらず、千代丸は何らかの原因で近づいてしまった。
出島・四子ノ崎付近の海岸に当たって砕け散る波の高さは、気が付くと、今までの8メートルどころか、優に12メートルを超えていた。
あっという間に、千代丸はブローチング・トゥー(大波に翻弄され、操舵不能な状態となること)に陥った。
同時に、プーピング・ダウン(船側・船尾を飛び越えた大波が、直接船体構造物を襲い掛かる)にも陥り、煙突から主機関内に海水が侵入、あっという間にエンジン停止に追い込まれた。
一撃の大波は、わずか数秒足らずの間に、千代丸から“舵力”と“推進力”の双方を失わせた。もはや、誰にも千代丸を制御することはできず、なされるがままに岩場に叩きつけられた。」
“磯波”、“ブローチング・トゥー”及び“プーピング・ダウン”の三点セットが、この海難の真相だとするのが我々の意見です。波による甲板上の海水の滞留とは、若干、ニュアンスが異なります。いずれにせよ、生存者や目撃者はなく、推測することはできても、最後の瞬間を正確に再現することは誰にも不可能なはずです。
また、第七千代丸が多くの寮船とは別行動をとり、近くの気仙沼港など安全な港で避泊せず、はるか南に位置する女川港に向かった点も、海難審判は原因の一つと裁決しました。
たしかに、端的に言えばそのとおりなのです。しかし、私はこの海難の背後要因を、原油高による漁船燃料費の高騰にあったと思っています。
「燃料費が高騰する中、サンマの価格は上がらない。収益を上げるため、少しでもサンマの水揚げ価格が高い港を目指した。」
「サンマの漁場は次第に南下する。時化が去った後、できるだけ短時間で次の漁場にたどり着ける有利な港に向いたい。」
仮にこうした考えがあったとしても、漁労長の判断ミス、会社の指示ミスなど、彼らの自己責任として簡単に片付けて本当に良いものなのでしょうか。
漁業者が命がけで獲った新鮮な魚介類の恩恵を毎日受け続けているのは、ほかならぬ私たち庶民なのです。魚価には危険手当など、一切付加されていません。
10月1日、国土交通省内の組織改編が行なわれ、海難審判制度が大きく変わりました。今後、海難の原因究明機能は運輸安全委員会に託されます。
今後の海難に関し、どこまで踏み込んだ背後原因の究明に立ち向かうのか、興味を持って見守りたいと思います。
私は新しい海難審判制度が、5年先10年先、心から誇りに思う制度と我々に言わしめるようになっていただきたいと思っています。
そのためには、単なる組織の改編のみならず、まずは組織内の人材育成が肝心です。どれだけ海難分析のプロを輩出できるのか、新制度の成否はこの点にかかっているのです。特に運輸安全委員会で海難調査を担当する皆さん、心してかかってください。





貴職のご実家は網元だったのですか。海難経験等、いろいろとご苦労なさったのですね。
旧海難審判庁時代には、漁船出身の理事官(又は審判官)が、私の知る限り、少なくとも1名はいらっしゃいました。
彼が運輸安全委員会で原因究明業務に従事するのか、海難審判所で懲戒業務に従事するのか確認はしていません。
いずれにせよ、海難防止の世界では、漁業者出身の方は極めて貴重な存在です。ほとんどが、巡視船・商船・練習船の出身で、最近では船乗り経験の無い方もいらっしゃいます。
こと磯波に関しては、水槽実験等による再現性や、データ収集・分析が困難なため、専門の学者もほとんどいないはずです。
海岸、特に砂浜の保全のための海岸工学では、碎波帯と称し取り扱われていますが、リアス式海岸の磯波とは若干ニュアンスが異なります。
名前くらいは知っていてほしいのですが。