『★イージス艦海難、海自教育不足の実体験!★』[2008年10月01日(水)]
今年2月19日、海上自衛隊のイージス艦“あたご”と、千葉県・新勝浦市漁協所属の漁船“清徳丸”が衝突、親子2人の漁船員が行方不明(後に死亡認定)となった海難に関するお話です。
昨夜(9月30日)、久しぶりに早めに帰宅し、何気なくテレビを見ていたところ、NHKの番組で海上自衛隊の度重なる不祥事の問題を取り上げていました。題して“岐路に立つ 海上自衛隊”。
「総額1兆円を超える巨大予算を使用し、世界最新鋭の兵器や装備を携えながら、イージス艦“あたご”による衝突海難をはじめ、不祥事が続くのはなぜなのか。
陸上自衛隊や航空自衛隊では、これほど大きな不祥事は続いていない。一体何が原因なのか。根本的な原因を検証する。」というのが番組の趣旨でした。
番組が結論として取り上げたのは、一言で言えば、“隊員に対する教育不足”でした。私が指摘し続けてきた“分業制のほころび問題”も、突き詰めれば“隊員に対する教育不足”が根幹にあります。したがって、“隊員に対する教育不足”は、世間があっと驚くほどの鋭い指摘とは思えません。
一方、「なぜ教育不足なのか?」については、興味ある解説がなされていました。「最新鋭の兵器や装備に対しては予算を廻すが、隊員教育に対する予算が十分でない。」
「長いこと家族と離れ離れになる海上自衛隊は、入隊希望者が少ない。また、入隊しても現場で厳しく教育すると、すぐにやめてしまう。おのずと隊員に対する接し方は甘く、教育が疎かになりがちである。」などです。
なるほど、私にも覚えがあります。以前、防衛省(当時は庁)が市ヶ谷ではなく、六本木にあった時代、私は海上自衛隊の事務方に請われ、左官クラスの制服組中堅幹部に対し、海上安全や環境保全に関する講演を毎年定期的に行なっていました。
一言も聞き漏らすまいと、熱心に聞き入る彼らの真摯な姿勢は、日本の商船・客船の乗組員と同様、まさに世界を代表する“船乗り”そのもの、国民の一人として誇らしく思いました。
時は巡り、やがて、防衛省が市ヶ谷に移転すると同時に、海上自衛隊からの講演依頼は一切なくなりました。
また、六本木の時代には、講演以外にも、航行安全や海事の環境保全に関する最新動向に関し、情報提供や解説を求める海上自衛隊からの連絡が、たびたび私のもとに寄せられていました。
その都度私は、電話で丁寧にお答えし、また、複雑な内容については、事務所にお越し頂き、納得するまでお話しました。これも、市ヶ谷に移り間もなく、途絶えてしまい久しいのです。
私はてっきり、「海上自衛隊が航行安全や海事の環境保全に関する情報収集や教育体制を整備し、専門家に教えてもらわなくても大丈夫になったのでは?」と考えていました。
しかし、NHKの番組が指摘した“教育の衰退”は、こうした私の体験と、時期的なものも併せ、見事に符合します。実に興味深いのです。
その他、番組ではインド洋での補給活動による業務負担増の問題や、同活動に伴う艦内におけるメンタルケアの問題を取り上げていました。
言いたいことは何となくわかるものの、それが、教育不足や不祥事の発生と、直接的にどう結びつくのか、私には完全に理解し切れませんでした。
私の代わりに、画面に向って「それがどうしたの!あんたたち軍人でしょ!」と言い放ったのは、私の妻でした。
彼女はイラン・イラク戦争や湾岸戦争の折、丸腰の商船に乗船し、銃火交わるペルシア湾へと旅立つ、現役時代の私との別れを何度も経験しているのです。
うろ覚えで恐縮なのですが、湾岸戦争の折、私たち商船乗りは、ホルムズ海峡の手前で誓約書にサインをさせられたと記憶しています。つまり、実質、「自己責任でペルシア湾に入る。命を落としても仕方ない。」と認める誓約書です。
無論、サインを拒みその場で最寄りの港に緊急入港し下船、交代の船員と入れ違いに帰国することも可能でした。しかし、これもうろ覚えで恐縮なのですが、何百回・何千人の日本船・日本人船員の入域にもかかわらず、サインを拒んだ事例は一例のみだったと聞いています。
たしか、当時のホルムズ海峡通過時の危険手当はわずかに8,000円、命の代償としてはあまりにも惨めでした。戦後、私たちの手元に残ったのは、当時の総理大臣の感謝状一枚、それも、手書きではなく、コピーされたものでした。どこに仕舞ったかも忘れました。

昨夜(9月30日)、久しぶりに早めに帰宅し、何気なくテレビを見ていたところ、NHKの番組で海上自衛隊の度重なる不祥事の問題を取り上げていました。題して“岐路に立つ 海上自衛隊”。
「総額1兆円を超える巨大予算を使用し、世界最新鋭の兵器や装備を携えながら、イージス艦“あたご”による衝突海難をはじめ、不祥事が続くのはなぜなのか。
陸上自衛隊や航空自衛隊では、これほど大きな不祥事は続いていない。一体何が原因なのか。根本的な原因を検証する。」というのが番組の趣旨でした。
番組が結論として取り上げたのは、一言で言えば、“隊員に対する教育不足”でした。私が指摘し続けてきた“分業制のほころび問題”も、突き詰めれば“隊員に対する教育不足”が根幹にあります。したがって、“隊員に対する教育不足”は、世間があっと驚くほどの鋭い指摘とは思えません。
一方、「なぜ教育不足なのか?」については、興味ある解説がなされていました。「最新鋭の兵器や装備に対しては予算を廻すが、隊員教育に対する予算が十分でない。」
「長いこと家族と離れ離れになる海上自衛隊は、入隊希望者が少ない。また、入隊しても現場で厳しく教育すると、すぐにやめてしまう。おのずと隊員に対する接し方は甘く、教育が疎かになりがちである。」などです。
なるほど、私にも覚えがあります。以前、防衛省(当時は庁)が市ヶ谷ではなく、六本木にあった時代、私は海上自衛隊の事務方に請われ、左官クラスの制服組中堅幹部に対し、海上安全や環境保全に関する講演を毎年定期的に行なっていました。
一言も聞き漏らすまいと、熱心に聞き入る彼らの真摯な姿勢は、日本の商船・客船の乗組員と同様、まさに世界を代表する“船乗り”そのもの、国民の一人として誇らしく思いました。
時は巡り、やがて、防衛省が市ヶ谷に移転すると同時に、海上自衛隊からの講演依頼は一切なくなりました。
また、六本木の時代には、講演以外にも、航行安全や海事の環境保全に関する最新動向に関し、情報提供や解説を求める海上自衛隊からの連絡が、たびたび私のもとに寄せられていました。
その都度私は、電話で丁寧にお答えし、また、複雑な内容については、事務所にお越し頂き、納得するまでお話しました。これも、市ヶ谷に移り間もなく、途絶えてしまい久しいのです。
私はてっきり、「海上自衛隊が航行安全や海事の環境保全に関する情報収集や教育体制を整備し、専門家に教えてもらわなくても大丈夫になったのでは?」と考えていました。
しかし、NHKの番組が指摘した“教育の衰退”は、こうした私の体験と、時期的なものも併せ、見事に符合します。実に興味深いのです。
その他、番組ではインド洋での補給活動による業務負担増の問題や、同活動に伴う艦内におけるメンタルケアの問題を取り上げていました。
言いたいことは何となくわかるものの、それが、教育不足や不祥事の発生と、直接的にどう結びつくのか、私には完全に理解し切れませんでした。
私の代わりに、画面に向って「それがどうしたの!あんたたち軍人でしょ!」と言い放ったのは、私の妻でした。
彼女はイラン・イラク戦争や湾岸戦争の折、丸腰の商船に乗船し、銃火交わるペルシア湾へと旅立つ、現役時代の私との別れを何度も経験しているのです。
うろ覚えで恐縮なのですが、湾岸戦争の折、私たち商船乗りは、ホルムズ海峡の手前で誓約書にサインをさせられたと記憶しています。つまり、実質、「自己責任でペルシア湾に入る。命を落としても仕方ない。」と認める誓約書です。
無論、サインを拒みその場で最寄りの港に緊急入港し下船、交代の船員と入れ違いに帰国することも可能でした。しかし、これもうろ覚えで恐縮なのですが、何百回・何千人の日本船・日本人船員の入域にもかかわらず、サインを拒んだ事例は一例のみだったと聞いています。
たしか、当時のホルムズ海峡通過時の危険手当はわずかに8,000円、命の代償としてはあまりにも惨めでした。戦後、私たちの手元に残ったのは、当時の総理大臣の感謝状一枚、それも、手書きではなく、コピーされたものでした。どこに仕舞ったかも忘れました。




