『★イージス艦海難、海自に対する勧告を要求!★』[2008年09月25日(木)]
一昨日から神戸と呉に出張していました。神戸ではケミカル防災の専門家と、また、呉では化学者と意見交換を行なってきました。昨夜は旧知の皆さん方と呉の町で再会、遅くまで飲み過ぎ、少々二日酔い気味です。
さて、今年2月19日、海上自衛隊のイージス艦“あたご”と、千葉県・新勝浦市漁協所属の漁船“清徳丸”が衝突、親子2人の漁船員が行方不明(後に死亡認定)となった海難の続報です。
この海難の第五回目の審判が本日(9月25日)、横浜地方海難審判庁で開かれました。今回の審判では、理事官(刑事裁判の検察に相当)により、刑事裁判の論告求刑にあたる“理事官意見”が述べられました。
理事官は審判官に対し、“あたご”が所属する第3護衛隊について、「安全にかかわる基本的な指導を徹底していなかった。」と指摘し、航行安全の徹底指導を行なうよう“勧告”を行なうことを求めました。
また、指定海難関係人(刑事裁判の被告に相当)である前艦長F一等海佐ら4人に対しても、動静監視の徹底や適切な引き継ぎを行なうよう、“勧告”を行なうことを求めました。
海上自衛隊に対する“勧告”の請求は、1988年7月23日、東京湾内で海上自衛隊の潜水艦“なだしお”と遊漁船“第一富士丸”が衝突、同丸の30名が死亡し17名が重軽傷を負った事件以来、実に20年ぶりのことです。
なお、理事官は今回の海難の原因について、「(“あたご”の)監視不十分で、前方を横切る“清徳丸の針路を避けなかったことが原因」と述べ、主因が”あたご“側にあったと指摘しました。
また、「(“清徳丸”が)衝突を避けるための最善の協力動作を取らなかったことも一因」と指摘し、“清徳丸”側にも原因があったと指摘しました。
“あたご”側の最終意見は、次回10月21日に行われる第六回審判で述べられる予定です。おそらく“あたご”側は、「当初、“清徳丸”とは衝突の危険はなかった。“清徳丸”が右転したことにより、衝突の危険が生じる見合い関係へと移行した。清徳丸側に主因があった。」と主張するものと思われます。

さて、今年2月19日、海上自衛隊のイージス艦“あたご”と、千葉県・新勝浦市漁協所属の漁船“清徳丸”が衝突、親子2人の漁船員が行方不明(後に死亡認定)となった海難の続報です。
この海難の第五回目の審判が本日(9月25日)、横浜地方海難審判庁で開かれました。今回の審判では、理事官(刑事裁判の検察に相当)により、刑事裁判の論告求刑にあたる“理事官意見”が述べられました。
理事官は審判官に対し、“あたご”が所属する第3護衛隊について、「安全にかかわる基本的な指導を徹底していなかった。」と指摘し、航行安全の徹底指導を行なうよう“勧告”を行なうことを求めました。
また、指定海難関係人(刑事裁判の被告に相当)である前艦長F一等海佐ら4人に対しても、動静監視の徹底や適切な引き継ぎを行なうよう、“勧告”を行なうことを求めました。
海上自衛隊に対する“勧告”の請求は、1988年7月23日、東京湾内で海上自衛隊の潜水艦“なだしお”と遊漁船“第一富士丸”が衝突、同丸の30名が死亡し17名が重軽傷を負った事件以来、実に20年ぶりのことです。
なお、理事官は今回の海難の原因について、「(“あたご”の)監視不十分で、前方を横切る“清徳丸の針路を避けなかったことが原因」と述べ、主因が”あたご“側にあったと指摘しました。
また、「(“清徳丸”が)衝突を避けるための最善の協力動作を取らなかったことも一因」と指摘し、“清徳丸”側にも原因があったと指摘しました。
“あたご”側の最終意見は、次回10月21日に行われる第六回審判で述べられる予定です。おそらく“あたご”側は、「当初、“清徳丸”とは衝突の危険はなかった。“清徳丸”が右転したことにより、衝突の危険が生じる見合い関係へと移行した。清徳丸側に主因があった。」と主張するものと思われます。




