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海洋汚染情報 −海の事件簿−
海上で起きた重大な汚染事件・事故について、独自の視点から鋭くメスを入れ、分析・解説する”海の社会部デスク”、その名も”元海の男”、職業”(さすらい派)研究員”による海の事件簿。
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『★第58寿和丸転覆海難、海難原因を大胆推測(その11)!★』[2008年08月04日(月)]
6月23日午後、千葉県・犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県・いわき市の巻き網網漁船“第58寿和(すわ)丸(135トン)”が転覆し後に沈没、死者・行方不明者が出た海難の続報です。

前回のブログでは、今回の海難の原因を考察するにあたり、3人の生存者の証言とする内容が、二分していることをお伝えしました。

一つ目が、事故発生当初から報じられていた証言です。若干のニュアンスの違いこそあれ、おおむね以下を内容としたものです。

「連続して二回、衝撃を船首右舷に受けた。その後、右舷側に傾き、転覆し沈没した。」

パラアンカーに身をゆだね、船首方向から波風を受け、漂泊している状況下で、船首から衝撃を受けるとしたら、まず真っ先に考えられるのは“波”による衝撃です。

したがって、この証言内容に基づき、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”説や“フリーク波(外洋で突発的に現われる巨大波浪現象)”説が、事故原因として取り上げられたのは至極当然の話と言えます。

一方、二つ目の証言内容として、事故発生から一ヶ月ほど後に登場したのが、横浜地方海難審判理事所(刑事裁判の検察に相当)関係者が生存者から聞いたとし、M新聞などが報じたものです。おおむね以下を内容としたものです。

「体験したことのない衝撃を機関室の船底部から受け、急激に右舷側に傾き、転覆し沈んだ。」

この証言内容に関しては、さらに、「機関室下の燃料タンクから漏れたとみられるA重油が海面に大量に浮いていた点(何らかの衝撃でタンクが破損した可能性がある。)」、「波を受ける側の右舷側に大傾斜して転覆した点(“揺り戻し現象”として片付けるには不自然である点)」、短時間で沈没した点(通常ならば転覆しても最低数時間は浮いているはず)」などが付け加えられていました。

また、「パラアンカーの不具合や漁具の荷崩れもなかった点」、「事故当時、僚船のレーダーや目視では、周辺海上に他船はいなかった点」なども付加され、総じて、見えない水中物体との衝突、すなわち潜水艦との衝突を読者に想起させる内容となっていました。事実、T新聞は潜水艦衝突説を前面に掲げていました。

衝撃は船首に生じたのか、それとも、船体の後部に所在する機関室の船底から突き上げるものだったのか、どちらの証言内容が真実なのか、今後、海難原因を考察する上で、大変重要な点です。

こうした中、“第58寿和丸”が所属する漁業組合の組合長さんから、重要な情報が寄せられてきました。主な内容は以下のとおりです。

「私ども(組合)は生存者から、“機関室を突き上げるような衝撃”の話は聞いていません。“船首右舷寄りの二度の衝撃”と聞いております。

最初の衝撃で右舷側に傾斜したそうです。すぐに、傾斜は止まったので、避難などの対応はしなかったそうです。

しかし、すぐに二度目の衝撃があり、徐々に右舷側に傾斜をはじめ、今度は止まらなかったとのことです。そのため、避難したそうです。

(生存者は)避難にあたり、通路を通過する際、体を(備え付けの手すりなどで)保持する必要がなかったそうです。すなわち、傾斜角はさほどではなかったようです。

機関長も(いったん)通路に出てきて、(再度、)機関室に戻っていったそうです。それほど、大傾斜ではなかったからです。

(生存者が、)艫(とも:船の後ろ側)中央出入り口から、(後部上甲板に)出たそうです。その時、(後部上甲板では、)右舷側サイドローラー付近にまで、水が来ていたそうです。(後部上甲板への中央)出入り口には、まだ水は来ていなかったそうです。

傾斜はあるものの、甲板上の魚網の荷崩れは起きていなかった。(後部上甲板上を)左舷側に駆け上ることができた。

転覆時、左舷側から(海面に)振り落とされた。避難を始めてから、わずか1〜2分程度のこととのことだった。」

以上のお話には、貴重な情報が凝縮されています。

まず、“第58寿和丸”が受けた二度の衝撃ですが、船体の後部に所在する機関室の船底から突き上げるものだったのではなく、やはり、船首右舷寄りからのものだったようです。

機関室への衝撃であるならば、機関室の最高責任者である機関長がいったん通路に出てきて、再度、機関室に戻って行くはずありません。機関長はそれどころではないはずです。この点からも、機関室への衝撃云々は不可解な話です。


次に、傾斜の様子も、私にとっては驚きでした。「最初の衝撃で右舷側に傾斜した。すぐに、傾斜は止まった。すぐに二度目の衝撃があり、徐々に右舷側に傾斜をはじめ、今度は止まらなかった。」

すなわち、船首右舷寄りからの二度の衝撃により、いずれも右へ右へと傾いていったことになります。

一時報道されていた“揺り戻し現象”、すなわち、「右舷からの一回目の波で大きく左に傾いた。その後、復元力が働き、逆の右舷側に大きく“揺り戻った”。次いで、二回目の波が襲って海水が右舷側に入り、右舷側に転覆した。」も、事実ではなかったことになります。

また、“三角波”にせよ、“フリーク波”にせよ、船首右舷寄りからの波の大きな衝撃を受け、船体がいずれ衝撃に対しても、右へ右へと傾くとは、不可思議以外の何ものでもありません。

さらに、傾斜から転覆に至る状況も、時間的には1〜2分とは言え、当初、生存者の通路の通行に支障はなく、また、後部甲板に出た際、漁具の移動も認められなかったことから、傾斜は徐々に増していったようです。

一体、何を意味するのでしょうか。

船首右舷部分の衝撃に伴う船内への“浸水”が、“第58寿和丸”を転覆・沈没に至らしめたことを物語っているようです。

では、“第58寿和丸”を“浸水”に至らしめた原因は何なのでしょうか。単純に三つが考えられます。一つ目は、“第58寿和丸”内部からの衝撃により、右舷船首外板が内側から破損するケースです。

二つ目は、外部からの衝撃により、右舷船首部の外板が外側から破損するケースです。三つ目はその類似パターンですが、右舷船首部に位置する開口部等が、外部からの衝撃により破損するケースです。



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