『★第58寿和丸転覆海難、海難原因を大胆推測(その9)!★』[2008年07月27日(日)]
先日のブログでお伝えしたとおり、現在、私は夏休み中、家族(飼い犬のチワワを含む)揃ってマイカーで北海道を巡っています。
初日(7月24日)は、東京・石神井の自宅をマイカーで出発、東北自動車道を北上し青森港から高速フェリーに乗船、北海道・函館に至りました。
二日目(7月25日)は洞爺湖温泉、三日目(7月26日)は富良野を経て旭川に至りました。本日(7月28日)は小樽に向かう予定です。
さて、6月23日午後、千葉県・犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県・いわき市の巻き網網漁船“第58寿和(すわ)丸(135トン)”が転覆し後に沈没、死者・行方不明者が出た海難の続報です。
事故の原因に関し、当初、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”説や“フリーク波(外洋で突発的に現われる巨大波浪現象)”説が取り上げられました。
事故発生直後、3人の生存者の証言は以下の通りであると伝えられていました。
曰く、「船室内のベッドで仮眠していたところ、船首右方向から襲ってきた横波を受けて船体が左に傾斜、そのわずか数秒後、再び同じ方向から襲ってきた二回目の横波でさらに大傾斜した。危険を感じ飛び起き、着の身着のままで救命胴衣を着ける暇もなく甲板上に出たところ、船体の左傾斜は収まることなく、そのまま彼らは海上に投げ出され、直後、船体は転覆した。」
なるほど、証言内容に“波”という具体的な言葉が登場しています。“三角波”や“フリーク波”が原因であるとする説は、これに端を発したものでした。
パラシュートアンカーが正常に機能していれば壊滅的な横波を受ける可能性が低い点、“三角波”の目撃証言が付近にいた寮船から聞こえてこない点、“フリーク波”が二回連続して襲う確率が極めて低い点などが、私が“波”説に対し全面的に賛成できない理由でした。
さらに、6月26日、生存者の証言に基づくとする福島海上保安部の発表では、「右舷からの一回目の波で大きく左に傾いた。その後、復元力が働き、逆の右舷側に大きく“揺り戻った”。次いで、二回目の波が襲って海水が右舷側に入り、右舷側に転覆した。」とされました。
いわゆる、波による船体の“揺り戻し現象”は可能性としては否定できないものの、かなりレアなケースです。“波”だけでは説明しきれない、何かの存在を匂わせる伏線となりました。
そして、M新聞が先日伝えた、横浜地方海難審判理事所(刑事裁判の検察に相当)が生存者から聞いたとする証言の登場です。
曰く、「体験したことのない衝撃を機関室の右舷船底部から受け、急激に右舷側に傾き沈んだ。」
真偽の程はとこかく、“波”という言葉は登場しません。当初からこの証言が先行していたとしたら、原因究明に関しては、“波”とする説よりもむしろ、何らかの物体との衝突説が主流となっていたに違いありません。
私の主張は既に何度もお伝えしてきたとおり、「はじめから三角波やフリーク波ありきではなく、シーアンカー(別名パラアンカー)の離脱や漁具の移動など、あらゆる可能性を考えることが肝要である。」です。
特に、パラアンカーが正常に機能していたのか否かが、私は本海難の原因究明の最大のポイントだと思い、事故当初から指摘してきました。
しかし、パラアンカー原因説も、ここにきて撤回せざるを得ない状況となって来ました。“第58寿和丸”が所属する漁業組合の組合長さんから寄せられた情報は、以下のとおりです。
「パラアンカー本体は今年3月、メーカーによる点検が行われたばかりである。また、アンカーロープ(55ミリ径×300メートル)は、近年(平成18年4月)購入したばかりである。」
さらに、「(海上に投げ出された生存者は、)“第58寿和丸”の船尾から伸ばされたロープにつながれていたレッコボート(作業船)に乗り移った。その際、レッコボートと係留ロープ、第58寿和丸”は一直線上にあった。」とも教えてくださいました。
“第58寿和丸”の船体と、その船尾方向に伸ばされた係留ロープ、そして、レッコボートが一直線上にあったということは、何を意味するのでしょうか。
答えは、“第58寿和丸”の船首から前方に伸ばされたパラシュートアンカーも、これらと同様、一直線上にあったことを意味します。
すなわち、パラシュートアンカーは正常に機能していたのです。パラシュートアンカーを先頭に、同アンカーロープ、“第58寿和丸”の船体、船尾係留ロープ、レッコボートの順番にずらりと一直線上に並び、それぞれが船首方向からの波風に正面を向け、立っていた状態を意味するのです。
“第58寿和丸”は少なくとも転覆する瞬間まで、船首を波風に立て、教科書通りの安定した姿勢を保ち続けていたのです。横波を不用意に受けるような状況下ではなかったのです。
こうなると、波説とパラアンカー説が同時に消えてしまう可能性もあります。
重要なのは、生存者が感じた衝撃とは、果たして当初伝えられていたような右舷船首方向からの“波”と思しきものなのか、それとも、M新聞が伝えているような右舷船底部からの突き上げるようなものなのか、どちらが正しいのかを見極める必要があります。

初日(7月24日)は、東京・石神井の自宅をマイカーで出発、東北自動車道を北上し青森港から高速フェリーに乗船、北海道・函館に至りました。
二日目(7月25日)は洞爺湖温泉、三日目(7月26日)は富良野を経て旭川に至りました。本日(7月28日)は小樽に向かう予定です。
さて、6月23日午後、千葉県・犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県・いわき市の巻き網網漁船“第58寿和(すわ)丸(135トン)”が転覆し後に沈没、死者・行方不明者が出た海難の続報です。
事故の原因に関し、当初、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”説や“フリーク波(外洋で突発的に現われる巨大波浪現象)”説が取り上げられました。
事故発生直後、3人の生存者の証言は以下の通りであると伝えられていました。
曰く、「船室内のベッドで仮眠していたところ、船首右方向から襲ってきた横波を受けて船体が左に傾斜、そのわずか数秒後、再び同じ方向から襲ってきた二回目の横波でさらに大傾斜した。危険を感じ飛び起き、着の身着のままで救命胴衣を着ける暇もなく甲板上に出たところ、船体の左傾斜は収まることなく、そのまま彼らは海上に投げ出され、直後、船体は転覆した。」
なるほど、証言内容に“波”という具体的な言葉が登場しています。“三角波”や“フリーク波”が原因であるとする説は、これに端を発したものでした。
パラシュートアンカーが正常に機能していれば壊滅的な横波を受ける可能性が低い点、“三角波”の目撃証言が付近にいた寮船から聞こえてこない点、“フリーク波”が二回連続して襲う確率が極めて低い点などが、私が“波”説に対し全面的に賛成できない理由でした。
さらに、6月26日、生存者の証言に基づくとする福島海上保安部の発表では、「右舷からの一回目の波で大きく左に傾いた。その後、復元力が働き、逆の右舷側に大きく“揺り戻った”。次いで、二回目の波が襲って海水が右舷側に入り、右舷側に転覆した。」とされました。
いわゆる、波による船体の“揺り戻し現象”は可能性としては否定できないものの、かなりレアなケースです。“波”だけでは説明しきれない、何かの存在を匂わせる伏線となりました。
そして、M新聞が先日伝えた、横浜地方海難審判理事所(刑事裁判の検察に相当)が生存者から聞いたとする証言の登場です。
曰く、「体験したことのない衝撃を機関室の右舷船底部から受け、急激に右舷側に傾き沈んだ。」
真偽の程はとこかく、“波”という言葉は登場しません。当初からこの証言が先行していたとしたら、原因究明に関しては、“波”とする説よりもむしろ、何らかの物体との衝突説が主流となっていたに違いありません。
私の主張は既に何度もお伝えしてきたとおり、「はじめから三角波やフリーク波ありきではなく、シーアンカー(別名パラアンカー)の離脱や漁具の移動など、あらゆる可能性を考えることが肝要である。」です。
特に、パラアンカーが正常に機能していたのか否かが、私は本海難の原因究明の最大のポイントだと思い、事故当初から指摘してきました。
しかし、パラアンカー原因説も、ここにきて撤回せざるを得ない状況となって来ました。“第58寿和丸”が所属する漁業組合の組合長さんから寄せられた情報は、以下のとおりです。
「パラアンカー本体は今年3月、メーカーによる点検が行われたばかりである。また、アンカーロープ(55ミリ径×300メートル)は、近年(平成18年4月)購入したばかりである。」
さらに、「(海上に投げ出された生存者は、)“第58寿和丸”の船尾から伸ばされたロープにつながれていたレッコボート(作業船)に乗り移った。その際、レッコボートと係留ロープ、第58寿和丸”は一直線上にあった。」とも教えてくださいました。
“第58寿和丸”の船体と、その船尾方向に伸ばされた係留ロープ、そして、レッコボートが一直線上にあったということは、何を意味するのでしょうか。
答えは、“第58寿和丸”の船首から前方に伸ばされたパラシュートアンカーも、これらと同様、一直線上にあったことを意味します。
すなわち、パラシュートアンカーは正常に機能していたのです。パラシュートアンカーを先頭に、同アンカーロープ、“第58寿和丸”の船体、船尾係留ロープ、レッコボートの順番にずらりと一直線上に並び、それぞれが船首方向からの波風に正面を向け、立っていた状態を意味するのです。
“第58寿和丸”は少なくとも転覆する瞬間まで、船首を波風に立て、教科書通りの安定した姿勢を保ち続けていたのです。横波を不用意に受けるような状況下ではなかったのです。
こうなると、波説とパラアンカー説が同時に消えてしまう可能性もあります。
重要なのは、生存者が感じた衝撃とは、果たして当初伝えられていたような右舷船首方向からの“波”と思しきものなのか、それとも、M新聞が伝えているような右舷船底部からの突き上げるようなものなのか、どちらが正しいのかを見極める必要があります。




