『★海難審判法の“大改悪”とは?(その2)★』[2008年07月16日(水)]
昨日のブログでは、間もなく海難審判制度の大改革が行われる話をいたしました。私はこれが明治以来の海事分野における行政“大改悪”の一つとして、歴史に名を残す可能性があることを示唆しました。
簡単に言うと、海難審判を行い、原因究明することによって海難の再発を防止するという方式を改められるのです。
海難審判法は、「海難を起こした船員を懲らしめることによって再発を防止する」という、日清戦争の時代の制度に逆戻りしてしまうです。これを“改悪”と言わずして、何と言うべきなのでしょうか。“改革”を推進する側の人間は、私の見解に真っ向から反論するに違いありません。そのあたりを解説いたしましょう。
我が国では、理事官(刑事裁判の検察に相当)が認知する海難の数は、年間およそ5千件に達します。海難は商船や漁船だけの話ではなく、プレジャーボートや水上バイクでも起こるため、数が嵩むのです。
うち、実際に理事官が申し立て(刑事裁判の起訴に相当)を行い、海難審判が行なわれるのは、その中の1,000件程度です。
現行の海難審判制度では、これら約1,000件の海難に関し、理事官(刑事裁判の検察に相当)と補佐人(刑事裁判の弁護人に相当)が互いに証拠を出し合い、論理的かつ科学的な原因究明の議論が繰り返し行なわれているのです。
こうした地道な原因究明の結果、様々な再発防止策が導き出され、今まで幾多の人命や船舶を忌まわしい海難から救ってきました。私を含めた多くの海技従事者は、原因究明型のこの制度を誇りに思ってきました。
さて、改正された制度では、現行の海難審判制度の内容は以下の二つに分離します。
@ 海難の原因究明
A 船員の懲戒
うち、“@海難の原因究明”については、現在の航空・鉄道事故調査委員会に船舶事故(海難)を新たに加えた、“運輸安全委員会”という新組織によって行なわれるとされています。
「なんだ、現行どおり原因究明は行なわれるじゃないですか。」とお思いの方もいるでしょう。しかし、安全委員会での原因究明は、証拠審判主義、当事者主義、公開主義の現行制度とは異なり、あくまでも委員会のメンバーが討論形式で行なうものです。しかも、“非公開”を前提とします。
正確には委員自らが原因分析を行なうのではなく、安全委員会の事務局が原因究明レポートを作成・提出し、委員会のメンバーがそれをオーソライズするという形式なのでしょう。
年間、委員が年間1,000件の原因究明レポートのすべてに関し、つぶさに目を通し、自身の判断を加えることは不可能なはずです。ほとんどの場合が、有識者の判断を踏まえたという、形式上の原因究明レポートの作成に終わるのではないでしょうか。
唯一、多くの人命が失われた、大量の油の流出、又は海上火災が発生し社会を震撼させたなど、限られた重大海難については、委員会での討論が行なわれるのでしょう。あるいは、議論が行なわれている様子が、ニュース画像にも流れるのでしょう。
一方、“A船員の懲戒”については、海難審判庁が“庁”から“所”に格下げされ、“海難審判所”なる新組織が行なうこととされています。
単に懲戒処分の内容を決めるだけならば、たとえ“所”とはいえ、仰々しい組織は要らないような気がします。交通事故の行政処分のように、重症事故を起こした者は免許停止何ヶ月、酒酔い死亡事故は免許取り上げなど、あらかじめ決めておけば良いだけの話です。
海難の世界ならば、たとえば、衝突海難を起こしたら双方に一律海技免状停止一ヶ月、さらに安全委員会での原因究明の結果、責任の重いとされた当事者にさらに二ヶ月を加える、人の死傷を伴う海難は一律免状停止三ヶ月などです。
“改革”を推進した当事者は、「原因究明と懲戒とを分離するのは国際的趨勢である。我が国も取り入れたに過ぎない。」と言っているようです。
たしかに、海外にはそのようなことを唱える者もいます。しかし、外人は日本の海難審判制度を熟知していません。日本の海難審判を傍聴した人は知ってのとおり、船員の懲戒(行政処分)をどうするかの審議は、仮に全体を3時間とした場合、ほんの数分なのです。
ほとんどの審議が、理事官(刑事裁判の検察に相当)と補佐人(刑事裁判の弁護人に相当)が互いに証拠を出し合い、それぞれの原因究明のための主張に費やされるのです。そこが、他国に例を見ない、日本の海難審判のすぐれた点でなのです。忘れてはなりません。
ところで、知っている方もいるかと思いますが、今般、国土交通省に“観光庁”なる外局が、鳴り物入りで新設されます。国土交通省には今まで、海上保安庁、気象庁及び海難審判庁という、“庁”という名の付いた三つの外局が存在しました。
行政改革が進む中、新たに観光庁が国交省の外局として花形デビューするためには、どこか既存の“庁”を無くす必要があったのではないでしょうか。
まさか、海上保安庁や気象庁を廃止するわけにはいきません。結果、ターゲットにされたのが、職員数わずか200人強の“弱小組織”、海難審判庁であったのではないでしょうか。
しかも、多くの職員は元巡視船乗り、元練習船乗り、元商船乗り、元漁船乗りなどの“船乗り”たちなのです。憶測に過ぎませんが、そうであるならば失望します。
ところで、昨日、燃料価格高騰による漁業の窮状を訴えるため、国内約20万隻の漁船が操業を取りやめ、都内で集会やデモ行進を行いました。
私も霞ヶ関の某官庁に行く道すがら、彼らの一団とすれ違い、心の中で精一杯のエールを送りました。
先日、某漁連の幹部の方と雑談した際、彼は次のようにつぶやいていました。「悲しいかな、今は漁業のことをよく理解している国会議員がほとんどいないのが現状です。鈴木善幸さん(総理大臣経験者、水産講習所出身)がいらっしゃった頃が懐かしい。」
海難審判改革についても似たような状況です。私と同じ考えを持つ関係団体は、今回の“改悪”を訴えるべく、国会議員に掛け合ったそうです。しかし、与野党共に海難審判について理解してくれる議員は見当たらなかったそうです。結果、法改正案はあっさりと衆参両院を通過してしまいました。
そう言えば、終戦直後、米窪満亮(よねくぼ みつすけ)氏という社会党の国会議員がいました。同氏は商船学校から日本郵船での船員勤務等を経て、戦後、衆議院議員に当選、昭和21年の片山内閣では国務大臣及び初代労働大臣を歴任しました。
また、小説家としても有名な方で、学生時代に執筆した「海のロマンス」は当時のベストセラーとなりました。
米窪氏のような方が国会にいらしたならば、今回の“改悪”は防げたはずだと思うと残念でなりません。某漁連の幹部のつぶやきも、妙に共感がもてます。
昨日、今日と、新たな海難審判制度について、かなり辛辣な意見を述べたかもしれません。しかし、私は現在の海難審判制度を心から誇りに思っているからこそ、海技従事者を代表して、あえて言わせていただいたのです。特定の組織や個人を非難する意図はありません。
新しい海難審判制度は、今年の10月1日からスタートします。

簡単に言うと、海難審判を行い、原因究明することによって海難の再発を防止するという方式を改められるのです。
海難審判法は、「海難を起こした船員を懲らしめることによって再発を防止する」という、日清戦争の時代の制度に逆戻りしてしまうです。これを“改悪”と言わずして、何と言うべきなのでしょうか。“改革”を推進する側の人間は、私の見解に真っ向から反論するに違いありません。そのあたりを解説いたしましょう。
我が国では、理事官(刑事裁判の検察に相当)が認知する海難の数は、年間およそ5千件に達します。海難は商船や漁船だけの話ではなく、プレジャーボートや水上バイクでも起こるため、数が嵩むのです。
うち、実際に理事官が申し立て(刑事裁判の起訴に相当)を行い、海難審判が行なわれるのは、その中の1,000件程度です。
現行の海難審判制度では、これら約1,000件の海難に関し、理事官(刑事裁判の検察に相当)と補佐人(刑事裁判の弁護人に相当)が互いに証拠を出し合い、論理的かつ科学的な原因究明の議論が繰り返し行なわれているのです。
こうした地道な原因究明の結果、様々な再発防止策が導き出され、今まで幾多の人命や船舶を忌まわしい海難から救ってきました。私を含めた多くの海技従事者は、原因究明型のこの制度を誇りに思ってきました。
さて、改正された制度では、現行の海難審判制度の内容は以下の二つに分離します。
@ 海難の原因究明
A 船員の懲戒
うち、“@海難の原因究明”については、現在の航空・鉄道事故調査委員会に船舶事故(海難)を新たに加えた、“運輸安全委員会”という新組織によって行なわれるとされています。
「なんだ、現行どおり原因究明は行なわれるじゃないですか。」とお思いの方もいるでしょう。しかし、安全委員会での原因究明は、証拠審判主義、当事者主義、公開主義の現行制度とは異なり、あくまでも委員会のメンバーが討論形式で行なうものです。しかも、“非公開”を前提とします。
正確には委員自らが原因分析を行なうのではなく、安全委員会の事務局が原因究明レポートを作成・提出し、委員会のメンバーがそれをオーソライズするという形式なのでしょう。
年間、委員が年間1,000件の原因究明レポートのすべてに関し、つぶさに目を通し、自身の判断を加えることは不可能なはずです。ほとんどの場合が、有識者の判断を踏まえたという、形式上の原因究明レポートの作成に終わるのではないでしょうか。
唯一、多くの人命が失われた、大量の油の流出、又は海上火災が発生し社会を震撼させたなど、限られた重大海難については、委員会での討論が行なわれるのでしょう。あるいは、議論が行なわれている様子が、ニュース画像にも流れるのでしょう。
一方、“A船員の懲戒”については、海難審判庁が“庁”から“所”に格下げされ、“海難審判所”なる新組織が行なうこととされています。
単に懲戒処分の内容を決めるだけならば、たとえ“所”とはいえ、仰々しい組織は要らないような気がします。交通事故の行政処分のように、重症事故を起こした者は免許停止何ヶ月、酒酔い死亡事故は免許取り上げなど、あらかじめ決めておけば良いだけの話です。
海難の世界ならば、たとえば、衝突海難を起こしたら双方に一律海技免状停止一ヶ月、さらに安全委員会での原因究明の結果、責任の重いとされた当事者にさらに二ヶ月を加える、人の死傷を伴う海難は一律免状停止三ヶ月などです。
“改革”を推進した当事者は、「原因究明と懲戒とを分離するのは国際的趨勢である。我が国も取り入れたに過ぎない。」と言っているようです。
たしかに、海外にはそのようなことを唱える者もいます。しかし、外人は日本の海難審判制度を熟知していません。日本の海難審判を傍聴した人は知ってのとおり、船員の懲戒(行政処分)をどうするかの審議は、仮に全体を3時間とした場合、ほんの数分なのです。
ほとんどの審議が、理事官(刑事裁判の検察に相当)と補佐人(刑事裁判の弁護人に相当)が互いに証拠を出し合い、それぞれの原因究明のための主張に費やされるのです。そこが、他国に例を見ない、日本の海難審判のすぐれた点でなのです。忘れてはなりません。
ところで、知っている方もいるかと思いますが、今般、国土交通省に“観光庁”なる外局が、鳴り物入りで新設されます。国土交通省には今まで、海上保安庁、気象庁及び海難審判庁という、“庁”という名の付いた三つの外局が存在しました。
行政改革が進む中、新たに観光庁が国交省の外局として花形デビューするためには、どこか既存の“庁”を無くす必要があったのではないでしょうか。
まさか、海上保安庁や気象庁を廃止するわけにはいきません。結果、ターゲットにされたのが、職員数わずか200人強の“弱小組織”、海難審判庁であったのではないでしょうか。
しかも、多くの職員は元巡視船乗り、元練習船乗り、元商船乗り、元漁船乗りなどの“船乗り”たちなのです。憶測に過ぎませんが、そうであるならば失望します。
ところで、昨日、燃料価格高騰による漁業の窮状を訴えるため、国内約20万隻の漁船が操業を取りやめ、都内で集会やデモ行進を行いました。
私も霞ヶ関の某官庁に行く道すがら、彼らの一団とすれ違い、心の中で精一杯のエールを送りました。
先日、某漁連の幹部の方と雑談した際、彼は次のようにつぶやいていました。「悲しいかな、今は漁業のことをよく理解している国会議員がほとんどいないのが現状です。鈴木善幸さん(総理大臣経験者、水産講習所出身)がいらっしゃった頃が懐かしい。」
海難審判改革についても似たような状況です。私と同じ考えを持つ関係団体は、今回の“改悪”を訴えるべく、国会議員に掛け合ったそうです。しかし、与野党共に海難審判について理解してくれる議員は見当たらなかったそうです。結果、法改正案はあっさりと衆参両院を通過してしまいました。
そう言えば、終戦直後、米窪満亮(よねくぼ みつすけ)氏という社会党の国会議員がいました。同氏は商船学校から日本郵船での船員勤務等を経て、戦後、衆議院議員に当選、昭和21年の片山内閣では国務大臣及び初代労働大臣を歴任しました。
また、小説家としても有名な方で、学生時代に執筆した「海のロマンス」は当時のベストセラーとなりました。
米窪氏のような方が国会にいらしたならば、今回の“改悪”は防げたはずだと思うと残念でなりません。某漁連の幹部のつぶやきも、妙に共感がもてます。
昨日、今日と、新たな海難審判制度について、かなり辛辣な意見を述べたかもしれません。しかし、私は現在の海難審判制度を心から誇りに思っているからこそ、海技従事者を代表して、あえて言わせていただいたのです。特定の組織や個人を非難する意図はありません。
新しい海難審判制度は、今年の10月1日からスタートします。




