『★第58寿和丸転覆海難、海難原因を大胆推測(その6)!★』[2008年07月14日(月)]
6月23日午後、千葉県・犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県・いわき市の巻き網網漁船“第58寿和(すわ)丸(135トン)”が転覆し後に沈没、死者・行方不明者が出ている海難の続報です。
愛読者の皆さんはご承知のとおり、本ブログは平日にはほぼ毎日のように更新しているものの、土・日・休日に関しては基本的には休刊、よほど気が向いた時にしか更新していません。
したがって、土日のヒット件数は、平日の半分以下に落ち込むのが常です。しかしながら、昨日(7月13日)、本ブログのヒット件数は600件以上にも達し、“CANPAN”ブログの個人ランキング、堂々の4位に入賞しています。
どうしたわけなのかと調べたところ、本日発売の雑誌“AERA 7月21日号”に、今回の海難に関し、“「原因は三角波」のウソ−「第58寿和丸」転覆、潜水艦当て逃げの可能性”なる記事が掲載されていることが理由のようです。
先日(7月11日)の私の記事の中で、私は「最近では潜水艦との衝突という“珍説”まであるようです。」と述べました。
雑誌“AERA”の記事は、軍事ジャーナリストのT氏が執筆したものです。氏は7月12日昼に民放で放映されたテレビ番組のコメンテーターとして出演した折にもこの海難について触れ、潜水艦との衝突説を唱えたようです。
私がテレビや雑誌での同氏のコメントに先立ち、ブログの中で、「最近では潜水艦との衝突という“珍説”まである。」とし、いち早くそれを私が“珍説”扱いしたことが、私のブログのヒット件数が上昇した理由のようです。
正直申し上げて、ブログに記載した7月11日の時点では、私は同氏がそのような説を唱えているとはまったく知りませんでした。
しかしながら、誰が最初に唱えたかについては別として、私の周囲からも潜水艦衝突説は見え隠れしていました。
7月11日のブログでお伝えしたとおり、過去にも原因がはっきりしない(少なくとも、発生時点では明白でない)海難に関し、潜水艦関与説が浮上したことがあります。
代表的なものは、1982年(昭和57年)1月6日、ベーリング海で発生した大型遠洋底引き網漁船の“第二十八あけぼの丸(550総トン)”の沈没海難の際です。「“あけぼの丸”の魚網を潜水艦が引っ掛け、同丸は海中に引き込まれたに違いない。」とする珍説が流れた記憶があります。
同氏の主張が気になるところです。早速、今日発売のAERAを購入し、同氏の記事を拝読させて頂きました。
全体をざっと読む限り、同氏は消去法により、潜水艦衝突説を導いています。
まず、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”説や“フリーク波(外洋で突発的に現われる巨大波浪現象)”説について、同氏は「第58寿和丸の周囲だけに三角波が起きのは変である。」、「大きな波(フリーク波)が数秒間隔で二度も続けて襲ったのは疑問である。」などとし、疑問視する考えを述べています。
私も三角波説とフリーク波説に関し、過去のブログで以下のように述べています。「第58寿和丸を目掛け、たまたま巨大な三角波が、突然二つ三つ発生したとは考えにくい気がします。」
「フリーク波が二度も連続して襲ったとしたら、よほどの偶然が重なったと言わざるを得ません。100万回に1回の確率です。」
私と同氏の考えは、この点では合致しているようです。
また、“揺り戻し現象(右舷からの一回目の波で大きく左に傾き、その後、復元力が働き、逆の右舷側に大きく戻った後、二回目の波が襲って海水が右舷側に入り、右舷側に転覆したとする見解)“についても、疑問視しています。
私も本ブログの中で、「おそらく生還した3人の証言から導いた見解なのでしょう。しかし、私を含めた多くの専門家は、可能性としては否定できないものの、かなりレアなケースのような気がします。」と延べ、疑問視しています。
私と同氏の考えは、この点でも合致しているようです。
最終的に同氏は、「海の動きは一筋縄にはいかず、一般論とは異なる現象も起きる。」としながらも、「めったにないようなことが、いくつも重ならなければ転覆は起きなかったことになる。」と述べ、今回の海難に関し、矛盾なく説得力を持つ原因を探すのは困難であることを主張されています。
こうした考察を経て、同氏が導き出した結論が潜水艦との衝突説のようです。その理由は、転覆後の沈没までの時間が短かったこと(衝突により、船体に損傷が生じたのではないか)、事故現場海域はハワイ諸島と房総半島とを結ぶ“大圏コース”となっていること、潜水艦が関与する海難が過去にも発生していることなどを挙げています。
一方、私に主張は既に何度もお伝えしてきたとおり、「はじめから三角波やフリーク波ありきではなく、シーアンカー(別名パラアンカー)の離脱や漁具の移動など、あらゆる可能性を考えることが肝要である。」です。
特に、パラアンカーが正常に機能していたのか否かが、私は本海難の原因究明の最大のポイントだと思い、事故当初から指摘してきました。
どうやら私とT氏の考えは途中までほぼ合致しているものの、方やシーアンカー異常説、方や潜水艦衝突説に到達したようです。
潜水艦説に関しては、読み物としては興味を引くでしょうが、現時点において、海事専門家の我々が、確固たる科学的な証拠固めなしで、それを真っ向から取り上げるにはかなりの勇気が必要です。いわば珍説です。
しかし、我々とは活動分野の異なる専門家が、一つの可能性として、そのような説を唱えられることに関し、否定も肯定もいたしません。以上が私の見解です。

愛読者の皆さんはご承知のとおり、本ブログは平日にはほぼ毎日のように更新しているものの、土・日・休日に関しては基本的には休刊、よほど気が向いた時にしか更新していません。
したがって、土日のヒット件数は、平日の半分以下に落ち込むのが常です。しかしながら、昨日(7月13日)、本ブログのヒット件数は600件以上にも達し、“CANPAN”ブログの個人ランキング、堂々の4位に入賞しています。
どうしたわけなのかと調べたところ、本日発売の雑誌“AERA 7月21日号”に、今回の海難に関し、“「原因は三角波」のウソ−「第58寿和丸」転覆、潜水艦当て逃げの可能性”なる記事が掲載されていることが理由のようです。
先日(7月11日)の私の記事の中で、私は「最近では潜水艦との衝突という“珍説”まであるようです。」と述べました。
雑誌“AERA”の記事は、軍事ジャーナリストのT氏が執筆したものです。氏は7月12日昼に民放で放映されたテレビ番組のコメンテーターとして出演した折にもこの海難について触れ、潜水艦との衝突説を唱えたようです。
私がテレビや雑誌での同氏のコメントに先立ち、ブログの中で、「最近では潜水艦との衝突という“珍説”まである。」とし、いち早くそれを私が“珍説”扱いしたことが、私のブログのヒット件数が上昇した理由のようです。
正直申し上げて、ブログに記載した7月11日の時点では、私は同氏がそのような説を唱えているとはまったく知りませんでした。
しかしながら、誰が最初に唱えたかについては別として、私の周囲からも潜水艦衝突説は見え隠れしていました。
7月11日のブログでお伝えしたとおり、過去にも原因がはっきりしない(少なくとも、発生時点では明白でない)海難に関し、潜水艦関与説が浮上したことがあります。
代表的なものは、1982年(昭和57年)1月6日、ベーリング海で発生した大型遠洋底引き網漁船の“第二十八あけぼの丸(550総トン)”の沈没海難の際です。「“あけぼの丸”の魚網を潜水艦が引っ掛け、同丸は海中に引き込まれたに違いない。」とする珍説が流れた記憶があります。
同氏の主張が気になるところです。早速、今日発売のAERAを購入し、同氏の記事を拝読させて頂きました。
全体をざっと読む限り、同氏は消去法により、潜水艦衝突説を導いています。
まず、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”説や“フリーク波(外洋で突発的に現われる巨大波浪現象)”説について、同氏は「第58寿和丸の周囲だけに三角波が起きのは変である。」、「大きな波(フリーク波)が数秒間隔で二度も続けて襲ったのは疑問である。」などとし、疑問視する考えを述べています。
私も三角波説とフリーク波説に関し、過去のブログで以下のように述べています。「第58寿和丸を目掛け、たまたま巨大な三角波が、突然二つ三つ発生したとは考えにくい気がします。」
「フリーク波が二度も連続して襲ったとしたら、よほどの偶然が重なったと言わざるを得ません。100万回に1回の確率です。」
私と同氏の考えは、この点では合致しているようです。
また、“揺り戻し現象(右舷からの一回目の波で大きく左に傾き、その後、復元力が働き、逆の右舷側に大きく戻った後、二回目の波が襲って海水が右舷側に入り、右舷側に転覆したとする見解)“についても、疑問視しています。
私も本ブログの中で、「おそらく生還した3人の証言から導いた見解なのでしょう。しかし、私を含めた多くの専門家は、可能性としては否定できないものの、かなりレアなケースのような気がします。」と延べ、疑問視しています。
私と同氏の考えは、この点でも合致しているようです。
最終的に同氏は、「海の動きは一筋縄にはいかず、一般論とは異なる現象も起きる。」としながらも、「めったにないようなことが、いくつも重ならなければ転覆は起きなかったことになる。」と述べ、今回の海難に関し、矛盾なく説得力を持つ原因を探すのは困難であることを主張されています。
こうした考察を経て、同氏が導き出した結論が潜水艦との衝突説のようです。その理由は、転覆後の沈没までの時間が短かったこと(衝突により、船体に損傷が生じたのではないか)、事故現場海域はハワイ諸島と房総半島とを結ぶ“大圏コース”となっていること、潜水艦が関与する海難が過去にも発生していることなどを挙げています。
一方、私に主張は既に何度もお伝えしてきたとおり、「はじめから三角波やフリーク波ありきではなく、シーアンカー(別名パラアンカー)の離脱や漁具の移動など、あらゆる可能性を考えることが肝要である。」です。
特に、パラアンカーが正常に機能していたのか否かが、私は本海難の原因究明の最大のポイントだと思い、事故当初から指摘してきました。
どうやら私とT氏の考えは途中までほぼ合致しているものの、方やシーアンカー異常説、方や潜水艦衝突説に到達したようです。
潜水艦説に関しては、読み物としては興味を引くでしょうが、現時点において、海事専門家の我々が、確固たる科学的な証拠固めなしで、それを真っ向から取り上げるにはかなりの勇気が必要です。いわば珍説です。
しかし、我々とは活動分野の異なる専門家が、一つの可能性として、そのような説を唱えられることに関し、否定も肯定もいたしません。以上が私の見解です。





組合長がご覧になっていたとは知りませんでした。光栄に存じます。
事故以来のご心労、察するに余りあるところです。
ご多忙な日が続いていることと存じますが、くれぐれもご自愛ください。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。