『★漁船転覆海難、三角波が原因なのか?★』[2008年06月25日(水)]
一昨日(6月23日)、千葉県・犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県・いわき市の巻き網網漁船“第58寿和(すわ)丸(135トン)”が転覆し後に沈没、死者・行方不明者が出ている海難の続報です。
この事故では、3人の方が救助されたものの、4人が死亡、残り13人の方がいまだ行方不明となっていて、海上保安庁の巡視船・航空機などによる懸命の捜索活動が続いています。
昨日(6月24日)、救助された3人が僚船によって福島県いわき市・小名浜港に帰港したことから、事故時の状況が次第に明らかになってきました。
報道によると、彼らは船室内のベッドで仮眠していたところ、23日午後1時20分ごろ、船首右方向から襲ってきた横波を受けて船体が左に傾斜、そのわずか数秒後、再び同じ方向から襲ってきた二回目の横波でさらに大傾斜したとのことです。
3人は危険を感じ飛び起き、着の身着のままで救命胴衣を着ける暇もなく甲板上に出たところ、船体の左傾斜は収まることなく、そのまま彼らは海上に投げ出され、直後、船体は完全に裏返しとなったようです。
その後、3人は船体後方にロープでつながれていた作業艇を発見、それに乗り込み、艇内備え付けの工具でロープを切断したそうです。
ほとんどの報道が、今回の事件の直接の原因として、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”を取り上げています。
しかし、本当に三角波が今回の海難の原因であったのか、慎重に調査を進めていく必要があります。
三角波のすべてが、船舶に壊滅的なダメージを与えるかと言えば、必ずしもそうではありません。要はその大きさ、すなわち破壊力の問題です。
確かに今回の事故のあった海域は、特に冬場、太平洋の大きなうねりと、北西季節風とが鈍角で交差し、時に5メートル以上に達する大きな三角波が発生することで知られている海域です。
1969年(昭和44年)1月4日、鉱石運搬船“ぼりばあ丸(33,768総トン)”を損傷させ沈めたのも、また、約13ヶ月後の1970年(昭和55年)2月9日、同じく鉱石運搬船“かりふおるにあ丸(34,001総トン)” を損傷させ沈めたのも、巨大な三角波の仕業だと言われています。
その他、今回の事故現場海域付近で、三角波が原因と思われる損傷を受けた船舶は数多く存在します。古い船乗りたちは畏怖の念を持って、この海域を“魔の海域”と称していました。したがって、今回の事故に関しても、三角波を真っ先に疑うのは、至極当然な話と思います。
三角波が巨大化するにあたっては、その前兆からスタートし、徐々に大きくなっていくはずです。航走中の船が、たまたま巨大化した三角波が発生している海域に進入したのならまだしも、今回の場合、寿和丸は荒天避泊中、すなわちほぼその海域にとどまっていた状態でした。
そうした状況の中、第58寿和丸を目掛け、たまたま巨大な三角波が、突然二つ三つ発生したとは考えにくい気がします。
また、第58寿和丸のまわりには7隻の僚船が、同じように荒天避泊していました。詳しいことはわかりませんが、おそらく、数キロ程度の適当な距離は保っていたものの、ほぼ集団となって現場海域にいたものと思われます。
今のところ、無事であった他の僚船から、「三角波を見た。」という情報は入ってきていません。船乗りならば、実際の三角波どころか、その前兆ですら見落とすはずはありません。
近くにいた僚船は、「第58寿和丸のレーダーによる船影がおかしいと思い、船の方を見ると船底のようなものが見えた。」と話しています。
どうやら僚船にとっても、第58寿和丸の遭難は青天の霹靂であったようなニュアンスに取れます。現場海域にいたすべての船が三角波に翻弄され、戦い続け、第58寿和丸だけが犠牲になったという話ではないようです。
また、「船首右方向から襲ってきた横波を受けて船体が左に傾斜、そのわずか数秒後、再び同じ方向から襲ってきた二回目の横波でさらに大傾斜した。」という生存者の話からは、船底から激しく突き上げてくる、本来の三角波の衝撃とは若干イメージが異なるような気がします。
昨日のブログでも指摘したとおり、現場海域を撮影したニュース映像に、一瞬ですが、漂流しているシーアンカーが映し出されていました。
特段、落下傘部分も、つながっているロープも壊れている様子はなく、先端にいるはずの“主(あるじ)”、すなわち、寿和丸だけが消滅した姿は実に哀れでした。
私は沈没時にロープの結び目が寿和丸の船体から外れたのか、それとも、何かの理由でロープが外れたのかに注目しています。
第58寿和丸は完全にエンジンを停止させ、シーアンカーに態勢を委ねていたのです。いわば命綱だったのです。
もし、何かの理由でシーアンカーのロープが外れた場合、安定していた船体の姿勢はただちに崩れ、波風を真横から受ける、最悪の態勢へと陥ります。
すぐさま、エンジンをかけ舵を操り、船体を立て直す必要がありますが、ほとんどの乗組員が仮眠中の場合、迅速な対応が間に合わない可能性も否定できません。

この事故では、3人の方が救助されたものの、4人が死亡、残り13人の方がいまだ行方不明となっていて、海上保安庁の巡視船・航空機などによる懸命の捜索活動が続いています。
昨日(6月24日)、救助された3人が僚船によって福島県いわき市・小名浜港に帰港したことから、事故時の状況が次第に明らかになってきました。
報道によると、彼らは船室内のベッドで仮眠していたところ、23日午後1時20分ごろ、船首右方向から襲ってきた横波を受けて船体が左に傾斜、そのわずか数秒後、再び同じ方向から襲ってきた二回目の横波でさらに大傾斜したとのことです。
3人は危険を感じ飛び起き、着の身着のままで救命胴衣を着ける暇もなく甲板上に出たところ、船体の左傾斜は収まることなく、そのまま彼らは海上に投げ出され、直後、船体は完全に裏返しとなったようです。
その後、3人は船体後方にロープでつながれていた作業艇を発見、それに乗り込み、艇内備え付けの工具でロープを切断したそうです。
ほとんどの報道が、今回の事件の直接の原因として、“三角波(複数の異なる方向からの波どうしがぶつかり、鋸の歯のような形状の、垂直方向に破壊力の大きな波ができる現象)”を取り上げています。
しかし、本当に三角波が今回の海難の原因であったのか、慎重に調査を進めていく必要があります。
三角波のすべてが、船舶に壊滅的なダメージを与えるかと言えば、必ずしもそうではありません。要はその大きさ、すなわち破壊力の問題です。
確かに今回の事故のあった海域は、特に冬場、太平洋の大きなうねりと、北西季節風とが鈍角で交差し、時に5メートル以上に達する大きな三角波が発生することで知られている海域です。
1969年(昭和44年)1月4日、鉱石運搬船“ぼりばあ丸(33,768総トン)”を損傷させ沈めたのも、また、約13ヶ月後の1970年(昭和55年)2月9日、同じく鉱石運搬船“かりふおるにあ丸(34,001総トン)” を損傷させ沈めたのも、巨大な三角波の仕業だと言われています。
その他、今回の事故現場海域付近で、三角波が原因と思われる損傷を受けた船舶は数多く存在します。古い船乗りたちは畏怖の念を持って、この海域を“魔の海域”と称していました。したがって、今回の事故に関しても、三角波を真っ先に疑うのは、至極当然な話と思います。
三角波が巨大化するにあたっては、その前兆からスタートし、徐々に大きくなっていくはずです。航走中の船が、たまたま巨大化した三角波が発生している海域に進入したのならまだしも、今回の場合、寿和丸は荒天避泊中、すなわちほぼその海域にとどまっていた状態でした。
そうした状況の中、第58寿和丸を目掛け、たまたま巨大な三角波が、突然二つ三つ発生したとは考えにくい気がします。
また、第58寿和丸のまわりには7隻の僚船が、同じように荒天避泊していました。詳しいことはわかりませんが、おそらく、数キロ程度の適当な距離は保っていたものの、ほぼ集団となって現場海域にいたものと思われます。
今のところ、無事であった他の僚船から、「三角波を見た。」という情報は入ってきていません。船乗りならば、実際の三角波どころか、その前兆ですら見落とすはずはありません。
近くにいた僚船は、「第58寿和丸のレーダーによる船影がおかしいと思い、船の方を見ると船底のようなものが見えた。」と話しています。
どうやら僚船にとっても、第58寿和丸の遭難は青天の霹靂であったようなニュアンスに取れます。現場海域にいたすべての船が三角波に翻弄され、戦い続け、第58寿和丸だけが犠牲になったという話ではないようです。
また、「船首右方向から襲ってきた横波を受けて船体が左に傾斜、そのわずか数秒後、再び同じ方向から襲ってきた二回目の横波でさらに大傾斜した。」という生存者の話からは、船底から激しく突き上げてくる、本来の三角波の衝撃とは若干イメージが異なるような気がします。
昨日のブログでも指摘したとおり、現場海域を撮影したニュース映像に、一瞬ですが、漂流しているシーアンカーが映し出されていました。
特段、落下傘部分も、つながっているロープも壊れている様子はなく、先端にいるはずの“主(あるじ)”、すなわち、寿和丸だけが消滅した姿は実に哀れでした。
私は沈没時にロープの結び目が寿和丸の船体から外れたのか、それとも、何かの理由でロープが外れたのかに注目しています。
第58寿和丸は完全にエンジンを停止させ、シーアンカーに態勢を委ねていたのです。いわば命綱だったのです。
もし、何かの理由でシーアンカーのロープが外れた場合、安定していた船体の姿勢はただちに崩れ、波風を真横から受ける、最悪の態勢へと陥ります。
すぐさま、エンジンをかけ舵を操り、船体を立て直す必要がありますが、ほとんどの乗組員が仮眠中の場合、迅速な対応が間に合わない可能性も否定できません。





今後ともよろしくお願い申し上げます。