『★奇跡の生還から23年・・・★』[2008年05月09日(金)]
今日、5月9日は、漁船“第71日東丸(124総トン)”の乗組員3名が、17日間の漂流の末、奇跡の生還を遂げた日です。今から23年前、1985年(昭和60年)の出来事です
底引き網漁船、日東丸は16名の漁船員が乗り込み、サハリン南方の海域で操業していたところ、魚網引き揚げのための旋回中、横波が打ち寄せ、開口部から大量の海水が船内に浸入、そのまま沈没してしまいました。4月23日の未明のことです。
海中に投げ出された乗組員のうち、5名が救命いかだに乗り移り、漂流を開始しました。うち、2名が途中で衰弱して死亡、残る3名が17日後、テルペニア岬(旧北知床岬)付近に漂着したところを救助されたのです。
残り11名の乗組員のうち5名が遺体で発見され、6名は行方不明となりました。漂流の末、奇跡の生還を遂げた2名は海鳥を捕獲して食し、流氷をかじって喉を潤し、生きながらえたのでした。
なお、日東丸の沈没原因として、「ソ連(現ロシア)の原子力潜水艦が魚網にからみ、海中に引きずりこまれたのではないか」とする珍説もあり、興味のある方はご自身で調べてみてください。
あれから23年、助かった3名の方は、その後どんな人生を歩んだのでしょうか。

底引き網漁船、日東丸は16名の漁船員が乗り込み、サハリン南方の海域で操業していたところ、魚網引き揚げのための旋回中、横波が打ち寄せ、開口部から大量の海水が船内に浸入、そのまま沈没してしまいました。4月23日の未明のことです。
海中に投げ出された乗組員のうち、5名が救命いかだに乗り移り、漂流を開始しました。うち、2名が途中で衰弱して死亡、残る3名が17日後、テルペニア岬(旧北知床岬)付近に漂着したところを救助されたのです。
残り11名の乗組員のうち5名が遺体で発見され、6名は行方不明となりました。漂流の末、奇跡の生還を遂げた2名は海鳥を捕獲して食し、流氷をかじって喉を潤し、生きながらえたのでした。
なお、日東丸の沈没原因として、「ソ連(現ロシア)の原子力潜水艦が魚網にからみ、海中に引きずりこまれたのではないか」とする珍説もあり、興味のある方はご自身で調べてみてください。
あれから23年、助かった3名の方は、その後どんな人生を歩んだのでしょうか。




