『★続く死亡海難、救命胴衣不着用!★』[2008年04月21日(月)]
救命胴衣不着用による、漁業者の死亡海難が続く中、先週末、またしても同じような悲劇が連続して発生しました。
まず、先週金曜日(4月18日)午前4時30分ころ、岩手県・大船渡市の門之浜漁港の沖合約2キロの海上で、漁船“山田丸(1・3総トン)”が転覆、付近に船長のYさん(58歳)とYさんの妻(50歳)の2人が漂流しているのを僚船が発見し、間もなく救助しました。
Yさんは病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。一方、Yさんの妻は怪我もなく、無事でした。
Yさん夫婦は深夜2時ころ、養殖ワカメの収穫のため出港しましたが、折からの強風雨のため、遭難したものと見られています。
死亡したYさんは救命胴衣を着用しておらず、怪我もなく無事助かった妻は着用していたとのことです。男女間の肉体的な特徴の違いもさることながら、救命胴衣の有無が生死を分けた典型的な事例と見るべきでしょう。
報道によれば、漁協関係者は「出港時、Yさん夫婦が救命胴衣を着けているのを僚船が見ていた。Yさんは作業の邪魔になるなど、何らかの事情で脱いでしまったのだろう。」と悔やんでいたそうです。
出港時に着用していても、肝心の沖合で脱いでしまえば、“元も子も”ありません。残念でなりません。今回の事故は、着用さえしていれば、同乗者が怪我もなく生還したことから、かなりの確率で命は取り留めたケースです。
落水後、着衣のまま、救命胴衣を着けずに、自身の体を荒れた海上で浮上させるには、いったいどれだけの体力を必要とするのか、冷静に考えてみれば誰でもわかるはずです。
また、土曜日(4月19日)の午後3時前、同じ岩手県・山田町の船越漁協所属のホタテ漁船“宝亀丸(ほうきまる、2.3総トン)”の家族から、海上保安部に対し、同船が養殖施設に向ったまま帰港しない旨の通報がありました。同船には船長のSさん(72歳)が一人で乗りこんでいました。
捜索を開始して間もなく、同日午後3時半前、“宝亀丸”の僚船が、漁港の沖合1キロの海上で、ホタテの養殖棚にロープで体を結び、浮いているSさんを発見しました。残念なことに、Sさんはすでに死亡していました。やはり、Sさんも救命胴衣を着けていませんでした。
“宝亀丸”の船体は付近海底で発見されました。当時、現場海域には強風、波浪、濃霧注意報が出されていました。
“宝亀丸”は強風浪のために転覆、Sさんは海に投げ出され、近くのホタテ棚まで泳ぎ着き、ロープで体を固定したものの、体力が尽きたものと思われます。このケースも、救命胴衣さえ着用していれば、命を取り留めていた可能性が捨て切れません。
以前にもお話したとおり、最近は、漁協が一丸となって、救命胴衣の着用キャンペーンを行なっている事例が珍しくありません。
しかし、せっかく、出港時には着用していることを確認できても、沖合では人目に触れることはありません。結果、漁が佳境に入ると、邪魔になり、脱いでしまうなどのケースが後を絶ちません。その典型が、“山田丸”のY船長の事例なのです。
「自分だけは大丈夫!」と思う過信こそ、死亡海難への”第一歩”であることを、ゆめゆめ忘れてはなりません。

まず、先週金曜日(4月18日)午前4時30分ころ、岩手県・大船渡市の門之浜漁港の沖合約2キロの海上で、漁船“山田丸(1・3総トン)”が転覆、付近に船長のYさん(58歳)とYさんの妻(50歳)の2人が漂流しているのを僚船が発見し、間もなく救助しました。
Yさんは病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。一方、Yさんの妻は怪我もなく、無事でした。
Yさん夫婦は深夜2時ころ、養殖ワカメの収穫のため出港しましたが、折からの強風雨のため、遭難したものと見られています。
死亡したYさんは救命胴衣を着用しておらず、怪我もなく無事助かった妻は着用していたとのことです。男女間の肉体的な特徴の違いもさることながら、救命胴衣の有無が生死を分けた典型的な事例と見るべきでしょう。
報道によれば、漁協関係者は「出港時、Yさん夫婦が救命胴衣を着けているのを僚船が見ていた。Yさんは作業の邪魔になるなど、何らかの事情で脱いでしまったのだろう。」と悔やんでいたそうです。
出港時に着用していても、肝心の沖合で脱いでしまえば、“元も子も”ありません。残念でなりません。今回の事故は、着用さえしていれば、同乗者が怪我もなく生還したことから、かなりの確率で命は取り留めたケースです。
落水後、着衣のまま、救命胴衣を着けずに、自身の体を荒れた海上で浮上させるには、いったいどれだけの体力を必要とするのか、冷静に考えてみれば誰でもわかるはずです。
また、土曜日(4月19日)の午後3時前、同じ岩手県・山田町の船越漁協所属のホタテ漁船“宝亀丸(ほうきまる、2.3総トン)”の家族から、海上保安部に対し、同船が養殖施設に向ったまま帰港しない旨の通報がありました。同船には船長のSさん(72歳)が一人で乗りこんでいました。
捜索を開始して間もなく、同日午後3時半前、“宝亀丸”の僚船が、漁港の沖合1キロの海上で、ホタテの養殖棚にロープで体を結び、浮いているSさんを発見しました。残念なことに、Sさんはすでに死亡していました。やはり、Sさんも救命胴衣を着けていませんでした。
“宝亀丸”の船体は付近海底で発見されました。当時、現場海域には強風、波浪、濃霧注意報が出されていました。
“宝亀丸”は強風浪のために転覆、Sさんは海に投げ出され、近くのホタテ棚まで泳ぎ着き、ロープで体を固定したものの、体力が尽きたものと思われます。このケースも、救命胴衣さえ着用していれば、命を取り留めていた可能性が捨て切れません。
以前にもお話したとおり、最近は、漁協が一丸となって、救命胴衣の着用キャンペーンを行なっている事例が珍しくありません。
しかし、せっかく、出港時には着用していることを確認できても、沖合では人目に触れることはありません。結果、漁が佳境に入ると、邪魔になり、脱いでしまうなどのケースが後を絶ちません。その典型が、“山田丸”のY船長の事例なのです。
「自分だけは大丈夫!」と思う過信こそ、死亡海難への”第一歩”であることを、ゆめゆめ忘れてはなりません。




