『★第58寿和丸転覆海難、不起訴処分の理由に思う★』[2009年07月03日(金)]
昨年6月23日、千葉県・犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県・いわき市の巻き網網漁船“第58寿和丸”が転覆し後に沈没、死者4人、行方不明者13人(後に死亡認定)が出た海難の続報です。
事故発生から一年目を迎えようとした先月3日、操舵室に当直者を配置するなどの安全確保を怠ったことにより乗組員を死亡させたとして、業務上過失致死の疑いで、福島海上保安部は“第58寿和丸”のK漁労長(当時57歳)を被疑者死亡のまま書類送検しました。
報道によると福島地検・いわき支部は、昨日(7月2日)までに、送検されたK漁労長について、被疑者死亡を理由に不起訴処分とする決定を下したとのことです。
送検理由を振り返ってみましょう。かいつまんで述べると、「シーアンカーによる漂泊中、海上強風警報が発令されている状況下、(同丸の最高責任者たる漁労長は、)迫り来る危険を早く察知し、乗組員を退船させるなどの対応を取るべきなのに、操舵室に見張りを立てていなかった。
その結果、高波を受け、乗組員の避難誘導もされないまま、同丸は転覆・沈没に至った。死者が出たのは漁労長の業務上の過失である。」でした。
“操舵室に見張りを立てていなかった”について、私はいまだに納得しきれていません。以前にもお伝えしたとおり、第58寿和丸の生存者は関係者に対し、「シーアンカーによる漂泊中、常日頃から、日中には幹部船員の誰かが必ず操舵室にいた。事故が発生した午後1時半頃にも誰かがいたと思う。」と話しています。
さらに、生存者の一人は、「自分は船室にいたので詳細は分からない。」としながらも、「(自室の下に位置する)操舵機のモーターの作動音が(時折)聞こえていた。(誰かが操舵室に居て、手動で操作しない限り、作動音は発生しない。)」と話しています。
また、第58寿和丸の僚船も、「シーアンカーによる漂泊中、(第58寿和丸の)操舵室には必ず誰かが居た。第58寿和丸に限っては間違いない。」と述べています。
特に操舵機のモーター音云々の話はとてもリアリティーに富んでいます。私のような船員出身者ならば、自らの体験に基づき、「なるほど、なるほど。私も錨泊中、自室で休んでいる際、作動テストのための操舵機のモーター音を自室でときどき確認し、しっかり守錨直が行われていることに安堵したことがある。」と頷ける話です。
第58寿和丸の生存者が、死亡・行方不明となった幹部船員たちの失態を隠蔽するため、作り話を語ったとはとても思えないのは私だけなのでしょうか。
こうしたことを考えるに、“操舵室に見張りを立てていなかった”という特定は、果たして合理的かつ客観的と言えるのでしょうか。
なぜ、“操舵室に見張りを立てていなかった”と判断したのでしょうか。私はやはり、特定した事故原因と大いに関係しているからと思わざるを得ません。
事故の原因について福島海上保安部は、海上保安大学校(広島県・呉市)の鑑定結果をもとに、「(シーアンカーによる漂泊中)、船首方向から来襲した大波(有義波高の2倍の6m前後)を船体に受け、復元力を消失し、転覆・沈没した。」と特定しました。
具体的には、「最初の高波で(船首の右舷側を中心に)海水約76トンが甲板上にたまった。」と報じられています。
この点なのです。操舵室に幹部船員がいて見張りを行っていた場合、突然、眼下の船首甲板を大波が襲い、しかも、ほぼブルーワークを満たすまでの大量の海水がとどまっている状況を見て、どう対応したでしょうか。
まず間違いなく、船内に危険を知らせる警報を鳴らし、乗組員に知らせていたはずです。しかし、実際には警報は鳴らされませんでした。少なくとも生存者は聞いていないと伺っています。
そこで、“当時、操舵室に見張りを立てていなかった”という判断が下されたのではないでしょうか。最初に結論ありきで途中経過の推定を行う場合、どうしても、いくつかの事象を避けざるを得ないことになりがちです。
なお、生存者は後部甲板から脱出する直前、操舵室の後ろの階段から降りてきた甲板長(死亡)に遭遇したと伺っています。
彼は生存者に対し“エンジンをかけろ!”とだけ伝え、他の作業に出向いたそうです。事実だとすれば、幹部船員である甲板長が、操舵室から降りてきたのです。
仮に操舵室の眼下の船首甲板を大波が襲い、しかも、ブルーワークを満たすまでの大量の海水がとどまっていたとしたら、少なくとも甲板長はそのことについて、何か一言でも触れるはずです。
なによりも、操舵室内には少なくとも甲板長がいたこととなり、“操舵室に見張りを立てていなかった”とは言い切れない気がします。
私は事故当時、幹部船員の誰か少なくとも一人が操舵室内にいたと思っています。しかも、一回目の衝撃の後、他の幹部船員らも慌てふためき、ごく短時間のうちに続々と操舵室に集結したのではないかと思っています。甲板長もその一人であったと思います。
しかし、集まった幹部船員らでさえ、少なくとも操舵室から見渡す限り、何が起こったのか判断できないような状況が、第58寿和丸を見舞ったのではないでしょうか。
そのため、ある幹部船員はエンジンの発動に向かい、ある幹部船員は後部甲板のクレーンの発動に向かった、こうして、何が起きているのかわからないまま、幹部船員らはできる限りの対応措置を行おうとした最中、ごく短時間のうちに転覆に至ったのではないでしょうか。
私は海上保安庁の大ファンの一人です。皆さんもよくご承知のとおりです。しかし、今回に関しては、正直申し上げて、不起訴の理由が“被疑者死亡”ではなく、“嫌疑不十分”であることを期待していました。

事故発生から一年目を迎えようとした先月3日、操舵室に当直者を配置するなどの安全確保を怠ったことにより乗組員を死亡させたとして、業務上過失致死の疑いで、福島海上保安部は“第58寿和丸”のK漁労長(当時57歳)を被疑者死亡のまま書類送検しました。
報道によると福島地検・いわき支部は、昨日(7月2日)までに、送検されたK漁労長について、被疑者死亡を理由に不起訴処分とする決定を下したとのことです。
送検理由を振り返ってみましょう。かいつまんで述べると、「シーアンカーによる漂泊中、海上強風警報が発令されている状況下、(同丸の最高責任者たる漁労長は、)迫り来る危険を早く察知し、乗組員を退船させるなどの対応を取るべきなのに、操舵室に見張りを立てていなかった。
その結果、高波を受け、乗組員の避難誘導もされないまま、同丸は転覆・沈没に至った。死者が出たのは漁労長の業務上の過失である。」でした。
“操舵室に見張りを立てていなかった”について、私はいまだに納得しきれていません。以前にもお伝えしたとおり、第58寿和丸の生存者は関係者に対し、「シーアンカーによる漂泊中、常日頃から、日中には幹部船員の誰かが必ず操舵室にいた。事故が発生した午後1時半頃にも誰かがいたと思う。」と話しています。
さらに、生存者の一人は、「自分は船室にいたので詳細は分からない。」としながらも、「(自室の下に位置する)操舵機のモーターの作動音が(時折)聞こえていた。(誰かが操舵室に居て、手動で操作しない限り、作動音は発生しない。)」と話しています。
また、第58寿和丸の僚船も、「シーアンカーによる漂泊中、(第58寿和丸の)操舵室には必ず誰かが居た。第58寿和丸に限っては間違いない。」と述べています。
特に操舵機のモーター音云々の話はとてもリアリティーに富んでいます。私のような船員出身者ならば、自らの体験に基づき、「なるほど、なるほど。私も錨泊中、自室で休んでいる際、作動テストのための操舵機のモーター音を自室でときどき確認し、しっかり守錨直が行われていることに安堵したことがある。」と頷ける話です。
第58寿和丸の生存者が、死亡・行方不明となった幹部船員たちの失態を隠蔽するため、作り話を語ったとはとても思えないのは私だけなのでしょうか。
こうしたことを考えるに、“操舵室に見張りを立てていなかった”という特定は、果たして合理的かつ客観的と言えるのでしょうか。
なぜ、“操舵室に見張りを立てていなかった”と判断したのでしょうか。私はやはり、特定した事故原因と大いに関係しているからと思わざるを得ません。
事故の原因について福島海上保安部は、海上保安大学校(広島県・呉市)の鑑定結果をもとに、「(シーアンカーによる漂泊中)、船首方向から来襲した大波(有義波高の2倍の6m前後)を船体に受け、復元力を消失し、転覆・沈没した。」と特定しました。
具体的には、「最初の高波で(船首の右舷側を中心に)海水約76トンが甲板上にたまった。」と報じられています。
この点なのです。操舵室に幹部船員がいて見張りを行っていた場合、突然、眼下の船首甲板を大波が襲い、しかも、ほぼブルーワークを満たすまでの大量の海水がとどまっている状況を見て、どう対応したでしょうか。
まず間違いなく、船内に危険を知らせる警報を鳴らし、乗組員に知らせていたはずです。しかし、実際には警報は鳴らされませんでした。少なくとも生存者は聞いていないと伺っています。
そこで、“当時、操舵室に見張りを立てていなかった”という判断が下されたのではないでしょうか。最初に結論ありきで途中経過の推定を行う場合、どうしても、いくつかの事象を避けざるを得ないことになりがちです。
なお、生存者は後部甲板から脱出する直前、操舵室の後ろの階段から降りてきた甲板長(死亡)に遭遇したと伺っています。
彼は生存者に対し“エンジンをかけろ!”とだけ伝え、他の作業に出向いたそうです。事実だとすれば、幹部船員である甲板長が、操舵室から降りてきたのです。
仮に操舵室の眼下の船首甲板を大波が襲い、しかも、ブルーワークを満たすまでの大量の海水がとどまっていたとしたら、少なくとも甲板長はそのことについて、何か一言でも触れるはずです。
なによりも、操舵室内には少なくとも甲板長がいたこととなり、“操舵室に見張りを立てていなかった”とは言い切れない気がします。
私は事故当時、幹部船員の誰か少なくとも一人が操舵室内にいたと思っています。しかも、一回目の衝撃の後、他の幹部船員らも慌てふためき、ごく短時間のうちに続々と操舵室に集結したのではないかと思っています。甲板長もその一人であったと思います。
しかし、集まった幹部船員らでさえ、少なくとも操舵室から見渡す限り、何が起こったのか判断できないような状況が、第58寿和丸を見舞ったのではないでしょうか。
そのため、ある幹部船員はエンジンの発動に向かい、ある幹部船員は後部甲板のクレーンの発動に向かった、こうして、何が起きているのかわからないまま、幹部船員らはできる限りの対応措置を行おうとした最中、ごく短時間のうちに転覆に至ったのではないでしょうか。
私は海上保安庁の大ファンの一人です。皆さんもよくご承知のとおりです。しかし、今回に関しては、正直申し上げて、不起訴の理由が“被疑者死亡”ではなく、“嫌疑不十分”であることを期待していました。













