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2015年03月22日

第4回「あなたの人生聴かせて下さい〜古賀志山:池田さん編」報告

2015年3月22日(日)

 去る、3月17日(火)池田正夫氏(NPO法人古賀志山を守る会の代表)を講師に迎え開催しました。

 今回は、Part1「古賀志山を知ろう!池田さんと登山道」と4月7日(火)Part2「古賀志山を歩こう!満開の櫻と旧跡巡り」の連続特別企画として実施し、今回の座学編には、20名ほどの皆さんがお集まり下さいました。

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 最初にプロフィールをご紹介します。
 現役時代は市内小学校校長を歴任。退職後は宇都宮市中央公民館の社会教育指導員の傍ら、趣味として、古文書を手掛かりに日光山地に750回踏み入り、日光修験者の辿った道を単独踏破。

 その経験を電子書籍化。さらに、郷里古賀志の歴史を古文書を手掛かりに現地調査されたそうです。平成24年より3年間「古賀志塾」を主宰する。現在、「NPO法人 古賀志山を守ろう会」理事長を務められています。

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著書の【古賀志の里歳時記−橿と櫻は夫婦なり】
 【日光修験三峯五禅頂の道】(随想舎刊)

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【三種の神器その@ つえ】

前半 【日光修験三峰五禅頂の踏み跡を歩く】
 退職後、第二の人生を模索の中、日光興雲律院住職「中川光熹氏」と出会い、一冊の本『日光の四季』冬峰・華供峯・夏峯・五禅頂の存在を知り、この古文書が「私の人生を変えた」と話す池田さん。

 古文書より、日光修験三峰五禅頂の踏み跡調査のため、平成10年〜15年、四季に応じて6巡(計750回)に及ぶ。単独山行に連日入り「山のとりこ」となり、奥様からはひんしゅくをかい、山では熊と遭遇するなど、貴重な経験談(苦労話・笑い話)を語って頂きました。

※単独山行を支えたもの 
    ・@つえ Aアザミの歌  B水(レモン・梅・黒砂糖入りの特製)
 覚えたのはお経 ・@心経 A陀羅尼(だらに)B世尊偈(せそんげ)

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後半 【故郷 古賀志の歴史に取り組む】 
 池田さんは、故郷古賀志の歴史について、古文書を手掛かりに現地調査。文書「北條文次郎家から受けた衝撃」・「孝子桜考」などから、「孝子の名の由来」とは、江戸時代五代将軍徳川綱吉の時代、下野国にも数十人の孝子、節婦と呼ばれる人達が現れたと伝われている。「孝子」は男子に、「節婦」は女子に与えられた称号である。

 「孝子」という尊称は、北條家に代々引き継がれ、現在の城山西小の敷地には、尊称が朽ちずに埋まっていたのである。
 宇都宮市立城山西小学校、校庭の真ん中で、学校の子ども達を樹齢400年以上も見守り続けている「孝子桜」。「親孝行の息子が、病気の父親に冬の寒い時期、一目見させてあげたいと大日様にお願いしたところ花を咲かせてくれた」という、皆さんご存知の伝説があります。

 一方で、古賀志には元々文章化されていない「古賀志大日様の入口にある一株の山桜を昔より孝子桜と呼んでいた」という伝説がありました。
 史実があって伝説が生まれる、民話はその伝説から生まれ創作である以上、史実とも伝説とも一致しない。人々に感銘を与えるのは民話であり、魔力である。と力説する池田さん。

 現在も多忙の中、時間があれば古賀志山系の山岳ガイド、古賀志塾(古賀志村を学ぶ)を主宰、昨年NPO法人「古賀志山を守ろう会」の代表として設立されるなど、山に対する熱い思いは今なお健在で、参加者も感銘を受けた様です。

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 今回、池田さんの経験談から「私の人生を変えた」山の魅力、想いなど、長時間にわたり有り難うございました。参加者の皆さんも「日本百低山に選定の古賀志山」の魅力を再認識されたようです。また、今回の講演会には、多数の方が参加され、ありがとうございました。

 引き続き、4月7日(火)【PART2 古賀志山を歩こう!満開の櫻と旧跡巡り】を予定してい
ますので、よろしくお願い致します。

 また5月には、新しくまちぴあに団体登録を下さった新規団体の皆さんも交えた「まちぴあ座談会」も予定しています。皆様の参加をお待ちしています。 

(文章作成:M、投稿:小倉)
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