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今年もお世話になりました。
ご無沙汰しています。 皆さまはお変わりありませんか。
私にはと〜っても慌しい12月でしたが、今は実家でこたつに入って探偵ナイトスクープなんかを観ています。 そうそう、きのうは三宮に行って、万智さんが親しくされてるらしいセンター街の眼鏡屋さんで、万智さんが作詞された「ハイサイOKINAWA」のCDを買いました。 何から書くか迷うとこだけど、最近引っ越したんですよ♪ 仕事を辞めましたとか、事故に遭いましたとか、私の12月はそれはそれは波瀾万丈だったけど、いろんな面で2011年は心機一転あたらしい自分に生まれ変わろうと思います 前回以降のトピックス、自分のために記録しておくと、11月に日帰り関西で「地球交響曲」の監督やご出演の方のお話を聞きに行きました。地球にある生物すべてがお互いに響きあって影響しあっていることを胸に刻んで生きていこうと思いました。 翌週ONUのお家で鍋パ!ONUお手製のクリスマスケーキがおいしかったです。ギャー主査のK-POPダンスが楽しみだったけど、それは新年に持ち越し。 引越しを思い立ったのも11月。何事にも慎重な私が?珍しく即断をくだしてとんとん拍子にことが運びました。 12月、クマ先輩がユニセフの映画上映会に誘ってくれて、行く途中に一緒に光のページェント初日の点灯を観ました。とってもキレイでしたね!そしておそろいのクマを買いました。 それから、ずっと行ってみたかった万智さんお気に入りっていう国分町の「桃水」にルパンが連れてってくれました。ごちそう様!どういうつながりだか分かんないけど、このお店の名前は江國香織さんが付けられたそうです。きのうの眼鏡屋さんとかでもそうだけど、お店の方に万智さんのこと尋ねてみたりする勇気はなくて、熱意のワリにはへっぴり腰な私でしょう。。 15日に事故。ご心配かけましたがもうずいぶん快復してます。バイクで死ななかったのは魔除けのイヌ(←マレーシアみやげ)のおかげ?へんな物もってるからだって説もありますが。。 傷だらけのまま豪雪の月山を越えて、週末には秋田県本荘のぁりちゃんの結婚式に参加させてもらいました。もこみち風のダンナさんがカッコ良い!東北(秋田?)の結婚式の文化にもちょっとびっくりでした。万歳三唱とかがね。さそり座A型の会の3人で関西弁をしゃべくりたおして、思う存分ヘン顔を披露しあって楽しい2日間でした。花嫁の実家に泊まらせてもらって、きりたんぽもごちそうになって、ほんとお世話になりました。 引越し前日、職場の送別会をしていただきました。30歳になったら辞めますって1年以上前から宣言してたので、それまでは頑張ろうって思ってやってきたけど、最後までちゃんとやりました!とは全然言えなくて、仕事の面ではいろいろ申し訳ないきもちのままなのですが…。でもほとんど女性ばっかりの職場がこんなに楽しいとは、入社当時は思いもよらなかったです。引越し前夜だったのに結局2次会も夜中までご一緒させてもらいました。皆さんとのご縁はこれからも大切にしていたいです。 23日に引越し。業者にお願いしたんだけど、急きょタナ様にもお手伝い頂いてありがとうございました!段ボールを運んでくれたナベ君やステキな照明器具をくれたMっちにも感謝!あ、引越し先は仙台市内です。言っとくけど万智さんのご近所に、とかじゃないですよ(←みんなに聞かれるので)。ていうか万智さんちなんて知らないし。。 24日も大忙しで前の部屋の立会いとか、ネットの解約とか、病院行ったりしてから出勤しました。ネットの解約で以前の職場に行ったら、懐かしいWTBさんに会いました。今の原チャに乗れるのもおうのさんとWTBさんのおかげです。事故ったこととか報告して、かわいい来年のカレンダーをいただきました。お登勢さんやジムさんに会いたかったけど、ほんと時間なかったので…年明けに会いましょう!家に帰ったらティファールの湯沸しケトルが置いてありました。サンタさんが来たんだ♪って嬉しくなりました。 クリスマスは最後の出社日で、なごり雪がしんしんと降ってました。 土曜日だし遅番だしであんまり皆さんに会えなかったけど、私はお別れと思ってないので仰々しいお別れをしないくて済んだだけその方が良かったです。ONUは得意のケーキを作って来てくれました。そしてネコ先輩がチャングムのDVDをなんと全話分くださいました。 今年1年バルセロナに行ったり、初恋のチョンホ様に再会したり、引越をしたりっていう、いつでもできそうなのにしてこなかったことを、私にさせてくれたのはチャングム!って思います。説明はできないけど、ほんとそんな気がするんですねー。クマさんも本を下さったり、ドリさんは雪の帰り道を車で送ってくれました。皆さんとまたお会いできる日を楽しみにしていますっ♪ 万智さんのこの短歌を見てから、どんな別れも悲しくないような気がしてきました。だから淋しくないってわけじゃないんだけど、淋しいんだけど、なんていうか、、やっぱり淋しいですね。チョー淋しいです。 新居に段ボールを山積みのまま27日朝に帰省して、その日からさっそく母や祖母たちと京丹後にカニを食べに行きました。でっかいカニと温泉、今年も良い1年だったなぁとしみじみ。 大阪の祖父母や旧友たちに会って、いつもの感じで今年も終わろうとしています。これから父の旧友が来てくれるらしく、その後は兄のお家に行って、初詣に行って、また親戚たちにあいさつをしたら2日の夜に仙台へ帰ります。 関西のみんなも仙台のみんなも、ちょっとだけ広くなった新居にぜひ遊びに来てくださいっ♪ 新居は今までとガラっと雰囲気をかえて、まるで30代の女性の部屋(!)みたいにする予定なのでお楽しみに〜。 本当に今年1年も色んな方にお世話になりました。ありがとうございました! 皆さんも良い新年を迎えられますように。 2011年もどうぞよろしくお願いいたします
【(日記)タワラ記念日。の最新記事】
今日! と12月。
直前のお知らせですが、本日午後、紀伊國屋書店新宿南店 2F特設会場にて万智さんの新刊「生まれてバンザイ」のサイン会があるそうです! ていうか先日仙台のジュンク堂でもあったんだって。 だれか教えてくれたらいいのに、、うそ、、私が確認を怠ったためですモチロン。。
今日のこと、詳細は→ http://dowa-ya-p.blog.so-net.ne.jp/2010-10-19 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ それともうひとつ! 「夢・未来号」チャリティ クリスマスコンサート 日時:平成22年12月16日(木)17:30開場 18:00開演 開催場所:神戸朝日ホール(神戸市中央区浪花町59) 主催:KOBE三宮・ひと街創り協議会 ザ・ファースト 入場料:大人2,500円(CD付き) 高校生以下1,500円(CD付き) 出演:トーク 俵万智(作家・歌人「ハイサイ!OKINAWA」作詞者) 谷川浩司(日本将棋連盟・棋士)ほか 歌 妃月洋子 ミヤギマモル こちらの詳細は→ http://www13.plala.or.jp/okiosaka/
橋本高校!
10月31日。 万智さんファンなら誰もが1度は訪れたい(?)神奈川県立橋本高校に行ってきました〜
まさかだけれど知らない方のために書いておくと、ここは万智さんが4年間国語の先生をなさってた学校です。 私がその頃の教え子の皆さまをどれほどうらやましく思っているかは筆舌に尽くせませんが、そこは運命なので仕方がないです。 去年だっけ、万智さんがたしか横田やさんとのお話の中で、橋本もすっごく発展して都心から行き易くなったっていうようなお話をされてたのを思い出して、東京に行くならって朝っぱらから京王線で向かったわけです。 橋本駅の前には相原高校ってのがあって、相原駅に近い方に橋本高校がありました。 なんか不思議。 橋本高校は見たところ何の変哲もないフツーの学校だったけど、それでもやっぱり私の長年の憧れの場所であり、万智さんの思い出がいっぱいいっぱい詰まった場所で、ここであんな歌やこんな歌が生まれたんだって思うと感無量でした。 中に入りたかったけど、所詮部外者なのでピンポンも押せず、テニスコートとかグランドとかを見ながら学校を一回りして帰ってきました。 門の外から写真なんか撮って、そうとう不審者に見えたでしょうネ、、、 それから、橋本駅の近くにあるという万智さんの歌碑をさがしてさんざん歩き、ようやく見つけました。 短歌がどーんと大きく書いてあるのを想像してたので、最初に通った時にも見逃してしまっていたようです。 写真がコレ↓ 万智さんの文字が見えますか? ところで、仙台市野草園に万智さんの歌碑を建てようプロジェクト協賛者募集中♪…って私が勝手に言ってるだけなんだけど、同僚のイイヤ丸さんのご主人が石屋さんで、私のヘタな絵を渡したら後日お見積書をくれたんです。 それが思ったほど高くないんですね。 ちなみにその絵に書いたのは です。 野草園にぴったりでしょっ。 なぜ野草園かって言うと、たとえば話を持ちかけたときにいいよって言ってもらえそうな気がするから。 でもそれより万智さんに私がそんなお願いできるかっていうと、もしチャンスがあったとしても、言いたいけど、言えないかも知れません。 話が逸れましたが、そういうわけで束の間の相模原散歩たのしかったです☆ その後新宿に戻って、絵画コンテストで入賞したっていうONUの絵の展覧会を観に行って、それからもう何年も何年もお会いしたかった初恋の方に会ってきました。 なんで今さら初恋なんだってのを書き始めると長くなるのでまた次回書きますね。 橋本高校と初恋デート、私の長年の夢がまた2つ同時に叶っちゃいました
熊本&大分。
15年来の望みが叶って、先週東京で初恋の方にお会いしてきました♪
でもその前に、九州旅行の記録です。 ![]() 10月17日からタヌキと2泊3日の九州ツアーに行ってきました。 わけあって?私たち以外はみなさん仙南のややご年配の方たちだったので、のんびりゆったりの旅程で日頃の疲れを癒してきました。 出発の朝は7時前に空港に集合だったので、ここだけはのんびりしていられません。 16日の夜から空港ちかくのタヌキのお家にお泊まり。 旅行の前にってタナ様が出雲大社のお守りを届けに来てくれて、夜おそくまで話し込んでいました。 タナ様は1ヶ月くらい休暇をとって、西日本をバイクでまわってきたらしく、別府の地獄蒸しプリンが美味しいなどということを教えてくれました。 タナ様のお話を聞いて、私もいつかバイクか車で九州ひとり旅をしたいな、いや、する!って思いました。 思い出の場所を巡って懐かしい人たちにも会いに行きたいです。 17日、空港に着いたら参加者の方が続々と集まってきてました。 思えばツアー旅行なんて自分が添乗員をやってた時以来です。 ご挨拶なさってる添乗員さんを見ながら、前は自分があちら側でご挨拶していたのかと思うと信じられないような、思い出したくないような、当時のドキドキがよみがえってくるようでした。 年々小心者になっていくのか、最近は職場の朝会でご挨拶するだけでも緊張しちゃってダメです。 でもツアー旅行は時間や行動範囲も限られるものだから、その分せっかくなので色んな方とお話できればいいなって思いました。 まずは飛行機で伊丹空港へ。 乗り換えの合間にタヌキが(これから九州に行くっていうのに、)(まだここは伊丹なのに、)(なぜか四国の)讃岐うどんをおみやげに買っていました。 なにもわるくないんだけどね。。 それから熊本空港へ飛び立ちました。 たしか私が初めて飛行機に乗ったのがJEXの「伊丹→熊本」路線でした。 誰にも内緒で好きな男に会いに行った18歳の夏。 あれはあれでやっぱり初恋みたいな気がするなぁ。 空が澄みわたっていて、地上が日本地図そのままに見えて、日頃の高所恐怖症も吹っ飛んで、心の底から感動したのを今でもはっきり思い出せます。 花火を見て、お城の公園を散歩して、白川の河原からSLを眺め、船で天草に渡ったのもたしかあの時…と思い出に耽っていると、すぐ熊本に着きました。 お食事(馬しゃぶ)を食べてから水前寺公園を見学。 水前寺清子さんが結婚式を挙げたっていうありがたーい神社のおみくじで、私は大吉を引きました♪ その後、門前の売店で「いきなり団子」を買ってバスで食べました。 九州についてから1度もお腹がへったなんてことはなく、常にお腹いっぱい胸いっぱいの幸せな時間でした。 熊本の友人あーちゃんが働いてるっていう鶴屋デパートの前を通り過ぎて、熊本城に行きました。 ずいぶん様子がかわったように見えたのは、最近、本丸御殿が修復されたとのこと。 御殿の中には大御台所ってのがあって、近頃チャングムに夢中な私は宮中の水刺間(スラッカン)と重ね合わせて、そこに生きた女たちを想いました。 お城を出たあと、横井小楠さんの記念館に行きました。 幕末志女仲間には恥ずかしい話ですが、この方の功績を私は何も知らずにいました。 早くから開国を唱えて、松陰先生や坂本龍馬にも大きな影響をもたらしたとのこと。 バスガイドさんがちらっと言ってた「彼は楠木正行に憧れて小楠の名前をつけた」ってのが気になってて、いま調べたら桜井の別れの後にも正行は南朝方として戦って、明治維新の尊王の模範とされていたらしいです。 1日目は内牧温泉に泊まって、おいしいお食事 、楽しい宴会、久々の温泉を堪能しました。 18日。 バスで阿蘇山にのぼりました。 周辺の山をひっくるめて阿蘇山と呼ぶそうなので、正確には中岳ってところにのぼったみたいです。 肥後は火の国よ恋の国〜 燃える中岳よ胸焦がす〜 ( 火の国の女 ) の、あの中岳です。 お天気はすばらしく晴れてたんだけど、火山ガス発生のため火口までは行けませんでした。 今回の旅のお供・つよし(ディープインパクトのぬいぐるみ)を草千里に遊ばせて、タヌキと丘の上までずいぶん歩きました。 その後なんだかワイナリーに行って、由布岳を見上げながら昭和歌謡を口ずさみ、それから湯布院に行きました。 軽井沢を小さくしたみたいってガイドさんが言ってはったように、かわいい雑貨屋さんとかおしゃれなカフェの建ちならぶステキな街でした。 また大分を訪れるなら今度は湯布院に泊まってゆっくり散策したいです。 私はリスのガラス細工などを買いました。 別府のお宿に向かう途中、鶴見岳のふもとを通りかかりました。 21世紀を迎えた瞬間、あの時も私は大分にいて、元旦の初日の出を見る予定だったわりにはずいぶんと寝坊してしまって、お昼近くになってからロープウェイで鶴見岳にのぼったんでした。 タヌキがバスでも外でも『岬めぐり』を歌うので、旧い恋に思わずしんみりしてしまいます。 宿に着いたら温泉入ろーって思っていたら、仙南マダムの愛猫談議に聞き入ってるうち夕食の時間に。 優雅なマダムのお話を聴きながら、猫の愛し方ひとつでこんなにも自分の生き様を表現できるんだって感心しちゃいました。 連夜の宴会。 やっぱり昭和の歌は深いねって言って、帰ったら昭和のカラオケ大会やろうねって話はこの時に企画された話。 ←もちろん早速やりました。 最終日は別府の地獄を見に行って、タナ様おすすめの地獄蒸しプリンを味わいました。 これは万智さんが大分に行かれて別府で「地獄釜会席」を召し上がった時の短歌です。 なにが残酷なのかって気になった方は、「九十八の旅物語」を読んでみて下さい。 大分について他にもいろいろご紹介してくださっていますョ。 高崎山へ行く途中に港を通りかかったら、戦艦大和かってくらいの見たことないような巨大な船が停泊していて仰天しました。 ちょうどマイミクさんに大分の海上自衛隊の方がいらっしゃったので、後日聞いてみると、あれが護衛艦だっていうのを教えてくれました。 あんな船に乗ってみたいです! 高崎山にはお猿がたくさんいて、小猿がメチャメチャかわいかったです。 バスで隣りあったご夫婦に私が申年だって言ったら、そうだろうと思ったって言われて、、なんでかな。 私とタヌキは趣向が似ているわけじゃないんだけど、2人ともささやかな願いとして猿を飼いたいと思っています。 私はアメディオみたいに肩乗りのいつも側から離れない猿を希望。 ほんとはみよちゃんも肩乗りにしつけたかったのだけれど、まったく聞いてくれないんだもん。 旅行の最後に臼杵の石仏を見に行って、あとは一路福岡空港へ。 30分ほど空港にいますよって言っても懐かしい男はドラマのように会いには来てくれなかったけれど、海に山に愛おしく懐かしい日々を思い返し、旅行中は心も温泉に浸かっている気分でした。 時々ふっと甦るジャイアンの声、昔の男を忘れない限りおまえは本当に幸せにはなれないよ、って言葉をそうかな?うん、そうかも?いやしかし…って何度考えたかわからないけど、結果として忘れたりはしないのだから、心の中の休息地として大切にしようと思います。 今回はタヌキ家ご両親のお取り計らいによって、旅行には無料ご招待していただきました。 なんとお礼を言っていいのか、、ありがとうございましたっ! 関係者の皆さまも、お世話になりました。
パリ。
このところ「レアアース」って言葉が、中国の輸出規制でにわかに脚光を浴びていますが、この言葉を最近まで知らなかったな〜んて言ったら、職場とかで笑われちゃうので皆さまご注意ください
レア・アース 万智さんはこの歌で「希土類」って言葉を世間に広めた功績から、もうずいぶん前に日本希土類学会の名誉会員になられているそうですよ。 さてさて。 先日友人と九州旅行に行ってきました! *.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.... でも順番テキに、パリのご報告からしておこうと思います。 ![]() 9月5日、バルセロナで朝寝坊した私たちでしたが、日本人のガイドさんに空港まで連れて行ってもらって、ちゃんとパリに辿りつくことが出来ました。 ツアー予約の時、迷ったあげくに送迎つきの高い方にしておいて、ほんっと良かったです。。 ホテルに荷物を置いて、ラドロン対策をばっちりやってから、モンマルトルに行きました。 丘の上にそびえたつサクレクール寺院が、青空に映えてとってもキレイでした。 10年前に建築科のこまっちセンパイとパリに行った時、彼女はサクレクール寺院だけはなにがなんでも行こうねって言ってたから、私もその名前は印象に残ってたんだけど、今回同行のマドモアゼルは建築より絵画派なので、ゴッホが住んでたアパートだとか、ルノワールの絵の舞台になった場所とかのほうが断然興味があるみたいでした。 道連れ次第で旅もいろいろやなぁなんて思いながら、私はといえば珍しいものはなんでも面白いのでキョロキョロしながら歩いてました。 テルトル広場で似顔絵描いてもらおうって言ってたんだけど、どこも大繁盛で順番待ちのためやめておきました。 そして近くのお店でお食事。 レストランで食事をする時、なぜかことごとく予想外の食べ物が運ばれてくるのが、今回の旅でちょっと困ったことです。。 マドモアゼルが「肉に飽きたからピザでも食べたい」って言って、ピザを頼んだつもりが、でっかいステーキが出てきました。 トマトソースがかかってたから、ピザ風って意味かな?とか言いながら食べてました。 日が暮れてから、ムーランルージュのショーを見ました。 おっぱい丸出しの女性たちが踊ってるからドキドキするけど、いやらしい感じはなくてとっても面白かったです。 首から下も1人ずつちがうので、ずっと見てると身体が顔みたいに見えてきました。 劇場の中は赤いランタンの灯りでひしめいていて、心がちょっとムラムラします。 終わったあと売店のマダームとお揃いのシャツを買いました。 翌日。 朝からルーブル美術館に行きました。 マドモアゼルは半日でも見たいって言うので待ち合わせ場所を決めて解散。 私は彫刻コーナーとモナリザらへん、あとアフリカのコーナーをちらっと見てあとは1人で町歩きをしてました。 キューピッドとプシケの像だけはまた見たかったんだけど、探すのも面倒だし1回見たからまぁいいやって、絵葉書を買って満足ってことに。 もうちょっとルーブルを見たかった気もするけれど、なんせ私は「ポン・ヌフに風」めぐりをしたかったので。 でもモローやブランクーシの作品を見に行ったわけではなく、生牡蠣やシュークルートを食べたわけでもなく、もちろん地図の上で抱かれたり青銅色のルームキーが重いなんてこともなかったんだけど。 万智さんはどんなステキな男性と(←決めつけ。)この町を歩いてはったんやろー?って、考えながらお散歩するのは楽しい時間です。 サンジェルマンデプレ教会やサントシャペルを見学して、小さなお店をのぞきながらルーブルに戻りました。 マドモアゼルと合流してからノートルダム大聖堂に行きました。 そのあと公園でパンを食べてたら、子どもがスズメを手に乗っけて遊んでいました。 日本のスズメは安易に人間の手に乗ったりしないと思うから、その光景がなんかすごくヨーロッパ風に感じました。 しかもその子がサッカーフランス代表のユニフォームみたいなのを着てるんだもん。 いかにもフランスの子ども!みたいなね。 パリのスズメは5匹のうち2匹くらい、すごくやさしそうな顔をしています。 これは私だけの意見じゃなくて、マドモアゼルも同感のようでした。 スズメはリスに似ている、これは私の意見です。 電車に乗って、エッフェル塔を見に行き、あまりの行列に上るのは断念、セーヌ川を見ながらながいこと話し込んでたような気がするけど、今となっては何を話してたんだかまったく思い出せません…。 日々の会話もそんなものだけど、その日その時が楽しかったらいいですネ。 お店で買い物してから早めにホテルに帰って、泥のように眠りました。 パリ3日目。 きよしを連れて朝からジヴェルニーって村に行きました。 モネが生前暮らしたお家と、「睡蓮」の絵の池があります。 ご紹介が遅れましたが、きよしは写真に登場してるオラウータンの子どもです。 きよしと命名したのは大学時代のお友だちなので、私が氷川くんファンだからってわけじゃぁありません。 モネの家にはありとあらゆる場所に日本の浮世絵が飾られていました。 モネの絵なんてちょっとだけで、さながら浮世絵の美術館みたいです。 私は美術にもまったく疎いんだけど、かの有名な西洋の画家が日本の浮世絵をこんなにこんなに愛してたんだって思うと、日本人として嬉しい気分でした。 いつもホテルでお留守番だったきよしも、とってもイキイキしてました。 パリに戻って、午後からオルセー美術館に行きました。 マドモアゼルのパリ1番の楽しみって言ってた「ムーランドゥラギャレット」の絵は貸出中で見られず…なのでまたいつか行かなくちゃいけないそうです。 私だってロダンの「地獄の門」を見たかったのに、なぜかロダンコーナーは立入禁止っぽくなってて、あるんだかないんだかもよくわかりませんでした。 やむなし。 私が特別なにか見たいって時は、だいたい万智さんがらみです。 万智さんが入口で色んな感動に出会えるので、ほんと感謝に堪えません。 それからオペラ座に行って、ゴージャスな気分を味わったわりにはスーパーで買ったヘンな夕食をホテルで食べて、最後の夜は終了。 パリ最終日。 この日は朝からベルサイユ宮殿に行く予定だったのですが、ちょうどストライキにあたってしまい、行けなくなりました。 みんなに心配されてた2人の旅行がここまで驚くほど何事もなく順調だったので、ちょっとガッカリしたんだけど、気をとりなおして1度はあきらめたエッフェル塔に上ることにしました。 うす曇りのパリの街を見下ろしてたら、またいつか来るんじゃないかなって気がしました。 海外旅行って私は絶対にひとりじゃ行けないし、自分から誘うこともできないたちなので、きっかけが舞い込んできた時を逃さず「行く!」って言わなきゃ行けないものです、私には。 スペインみたいに憧れ続けたわけじゃないのに、パリには2回も来られたってのは、やっぱりご縁があったからなんだなって気がします。 どんな人や風景に出会えるかは行ってみないとわかんないと思うので、ご縁を大事に、ふたつ返事の身軽さを心がけたいです。 ( …って思っていたら、先日職場のセンパイが突如、「来年一緒にホノルルマラソンに出よう!」って誘ってくれました。 私の運動オンチを知らずに言ってるに決まってるんだけど、それでも私は安請け合いしてしまい…、でもこの件はセンパイの本気度も若干ギモンなので?どうなることやら。。 いちおう了承したからにはって、ナイキのランニングシューズと、走行距離が測れる腕時計型のナイキスポーツバンドってのを買いました。 練習はまだ2回しかしてません。) で、エッフェル塔の後はギャラリーラファイエットに寄って、マドモアゼルがでっかいシャンデリアを買うとか買わないとかやっぱり買うとか言ってるうちに私はヘンなパジャマを買いました。 日本にはなさそうなパリの記念って思ったけど、後日友人にパリジェンヌがこんなパジャマを着ているとは思えないと言われたらそんな気もして。 でも定番から外れたところにこそ旅の楽しみもあると思うので、それでいいんです。。 空港でチェックインする時、2人とも荷物が重量オーバーで、あやうく追加の料金をとられるところでした。 おいしそうなジャムとかがとっても安かったので、ビン入りの重いのをやたら買っちゃったためと、日本からムダなものをいっぱい持っていったからです。 でも一緒の飛行機に乗る日本の方の荷物がとっても少なかったために、その方に免じて追徴は免れました。 お名前も分かりませんが、本当にありがとうございました! 帰りは直行便だしマドモアゼルとおとなりどうしの席だったので、とっても早く感じました。 今回は往復JALを使ったので搭乗のポイントとカード支払いのポイントだけで、香港に1回行けるくらいのマイルが貯まりました。 今見たらこれまでと合わせて40000マイル貯まってたので、あと50万円買い物すればまたヨーロッパに行けるっぽいです♪もちろん1人じゃ行けないので行かないけど。。 書ききれなかったことは思い出したときにまた書きます。 20代最後の楽しい旅行になりました。
写真。
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バルセロナ。
ひと月おくれのご報告になりました、、
9月はじめ、職場の友人とヨーロッパ旅行に行ってきました。 私の夢だったバルセロナと、彼女の憧れだったパリです。 会社に戻ってきたとき、みんながみんな「ケンカしなかった?」って聞いてきたので、念のため先に書いておくと、残念ながら…ケンカはしなかったです。 前にも書いたと思うけど、私がスペイン(とりわけバルセロナ)に行きたいと思ったのは、小学校6年生の夏、テレビでバルセロナオリンピックを見たときからです。 何にそんなに憧れたかが思い出せないんだけど、とにかくバルセロナの空港に降り立った時点で、私の長年の夢は叶っちゃいました。 17年来の夢が叶った私は調子に乗って、15年来の恋も叶うんじゃないかって、つい最近12年ぶりに初恋の人に電話をかけてしまったほどです。 と、この話はまたの機会に。 とにかくそのくらいバルセロナの陽気で解放的な空気が私の心をオープンにしたのはまちがいありません。 (ちなみに九州の人じゃないし、もちろん嶋ちゃんではない。) バルセロナの初日は夜にホテルについてすぐ眠りました。 翌日ははじめの4時間ほど、現地ガイドさんに市場やカテドラルなんかを案内してもらって、地下鉄の乗り方とか教えてもらいました。 その後は2人で歩き回って、ピカソが通ったカフェでランチを食べたり、カタルーニャ音楽堂とかピカソ美術館とか、地中海の浜辺のほうまで行きました。 9月だけど浜はたくさんの人で賑わっていて、近くにはたくさんパエーリャのお店がありました。 地中海を見ながらおとなりのセニョリータが「スペインがこんなにいい所と思ってなかった」ってはしゃいでました。 彼女にとってはパリのついでのバルセロナだったので、喜んでいる姿に私もうれしくなりました。 夜、ランブラス通りのタブラオでフラメンコを見ました。本場の踊りって思ってたけど、本当はバルセロナよりもっと南部のアンダルシア地方の踊りだってガイドブックには書いてありました。 でもすごい迫力でたぶん日本じゃ見られない感じでした。 日本のフラメンコを見たことないのでわかんないけど。。 あんまり何度も足を踏み鳴らすものだから、そのうち床が抜けてしまうんじゃないかって心配になります。 セニョリータはうしろでギターを弾いている人が小錦に似てるって、コニチャンコニチャン言ってました。 どっちかって言うと曙じゃないかと私は思ったんだけど、まぁどちらでもいいです。 フラメンコの後は、カタルーニャ美術館前の噴水ショーに行きました。 巨大な噴水が音楽に合わせて高くなったり膨らんだり、きれいにライトアップされて感動的でした。 夜の12時近くなって地下鉄で帰ったのですが、この日だけでも2回地下鉄でスリらしき怖い目にあっていたので、(被害はなかったけど)ヒヤヒヤしました。 スペインで私たちが覚えた言葉は@パエーリャ=パエリア Aラドロン=泥棒 の2つです。 やられたら「ラドロン!」って叫ぼうっていってたけど、幸いなことにその後そんな機会には出くわしませんでした。 そうそう、その日の朝のオプションツアーにご一緒したのは大阪のご夫妻で、奥様の名前はみよさんとのことでした。 日本に残してきたみよちゃんのことを話したりしてると打ち解けて旅のハウツーを教えてくれました。 たとえば朝食がビュッフェなら最低クロワッサンとゆで卵くらいは持ち帰りなさい、とか…? みよさんのお名前は、お父様がみんなに愛される名前だからと付けてくれたそうで、たしかにご主人にも愛されてるみたいでご主人は「みよちゃん」っていう昔の歌を歌ってくれました。 へんなことを書くときりがないんだけど、セニョリータが旅行に行く前から、外人には折り紙と浮世絵が喜ばれるから持っていこう!って言って、本当に千代紙と北斎の絵葉書を持ってきました。 色紙はうちにもたくさんあるので私も持ってったら「千代紙じゃないじゃん」ってしかられましたが、飛行機であまりにヒマだったので、ひとりで十二面体とか手をつないだ鶴とか作ってました。 飛行機と宿以外はフリーのツアーだったんだけど、同行者と機内でとなりの席にするにはツアー代が1万円プラスっていうから頼まなかったら、本当にとなりでは取れなかったんですよ。 帰りはおとなりどうしだったから良かったけど。 乗り換えのロンドン空港で、手荷物検査のマダムが「オリガーミッ!!」って叫んでました。 力作の十二面体、あげちゃってもよかったんだけど、「どうぞ差しあげますよ」っていう英語さえ咄嗟に出てこないので、差し出しては見たもののあげられませんでした。。 こういう時は「プレゼントフォーユー」って言えば良かったのですか? ランチを食べたクアトロガッツでは、折鶴あげたら店員さんがハートの折り紙を折ってスペイン語で?何か書いてくれました。 だから北斎の絵葉書もあげたら喜んでたけど、私たちは相当うれしがりの日本人やなぁって呆れられてたかもしれません。 翌日は朝からサグラダファミリアに行きました。 100年以上も建設中の教会は、あと10年くらいで完成する予定だそうです。 装飾がとっても斬新で、カタツムリとかお供え物の?リンゴとかバナナとかが壁にくっついてました。 ステンドグラスが入る予定の窓も今はまだ外の光が直に入って内部はとっても明るかったです。 完成したらまた行かなくちゃ!その時はスペインのほかの地方もいろいろまわってみたいです。 そこからグエル公園に行きました。 トカゲみたいなドラゴンが有名な公園。 むずかしい仕事から解放されて、今まさに夢の国に私たちはいるんだ!って思いました。 お天気やそこにいる人たちの感じがそう思わせてくれたのかも。 みんながみんな楽しそうに見えました。 嬉しくなって、モザイク模様のトカゲの飾りを買っちゃって、良い記念にはなったけど、もうちょいカワイイのにすれば良かったなぁと今は若干おもっています。 地下鉄で町の中心部まで行って通りを北上しながら長い長い距離をホテルまで歩きました。誰が言ったか知らないけれど、ランブラス通りは「世界で1番美しい通り」と言われているってガイドブックに書いてありました。 定禅寺通りがお気に入りの万智さんに、ぜひ見てもらいたい美しい通りでした。 行かれたかもしれないですね。 大道芸人やお花屋さんとか小動物の出店があって、私をとりこにしたのは小さなカゴにみよちゃんがいっぱいちょろちょろしてたこと! みよちゃんの巣箱をおみやげにしようかと思ったけど、ゲージが狭くなりそうでやめておきました。 大通り沿いにガウディの有名な建築でカサ・ミラとかカサ・バトリョっていう建物もあって、大行列できてたんだけどそこには入らずじまいでした。 彼の建物は本当にかわっていて、カサ・バトリョの壁面には人の足の骨、カサ・ミラには昆布をモチーフにした飾りだか柱なんだかがついていました。 次の日は朝からパリに移動だったのですが、会社も遅刻ぎみの私たちは案の定寝坊して朝ごはんを喰いっぱぐれて悔しかったです。 というのも、ケータイで目覚ましセットしたんだけど日本時間でセットしてしまった私が悪いのです。。 バルセロナだけで長くなっちゃったので、パリのことはまた改めて。 夢見る少年少女たちに、ずっと思いつづけてれば夢は叶うんだよって、教えてあげたいバルセロナでした。
『ダ・ヴィンチ』
おひさしぶりです。
i pad メインで使うようになってからパソコンの電源を入れるのが面倒になっちゃって…。 無事にヨーロッパからも帰ってきたので、そのこともご報告しようと思ってたんだけど。 今日、中島みゆきファンつながりのマイミクさんがステキな情報を教えてくれました。 昨日発売された「ダ・ヴィンチ」っていう雑誌で中島みゆき特集をやっていて、その中で万智さんの短歌が3首掲載されているそうです。 さっそく明日買いに行かなきゃね。 subaruさんありがとうございますっ 最近の私のお気に入りはこの曲。 中島みゆき『化粧』
大曲&郡山。
大曲の花火大会に行ってきました〜。 ↑今回はどっちかっていうと私は光を見る人でした。 先日の高崎ひとりぼっち花火では、どっちかっていうと闇を見る人だったと思うけど。 秋田の実家に帰っちゃったお友だちに会うのが花火以上の楽しみだったんだけど、お友だちに会えただけじゃなく、お友だちの親戚一同総勢30人くらいとご一緒させていただきました。 大曲の人たちにとったらこの日ばかりは親族が集まる、お正月みたいなものらしいです。 自分の親族だってこんなに集まるのはお葬式とかしかないような、、 大曲の花火は今年が100周年の記念の年で、各煙火会社の競技作品と、大会提供っていう例年の花火に加えて100周年の特別企画もあって、豪華な花火のフルコースでした。 桟敷席をとっていただいたので、ちょうど正面で10号割物花火を見られました。 競技の課題ってことみたいなんだけど、はじめに10号割物花火を2発あげて、その後に音楽に合わせた連発の花火を見せてくれます。 よその花火大会だと連発の花火をこそ観たいけれども、単発の花火をじっくり観るのもステキです。 美しい円形にひらくとそれだけでも感動だし、光の変化の種類も多種多様で、つい声をあげてしまいます。 花火のいいところは美しいだけじゃなくて、あんなにたくさんの人が1度に感動できること。 花火の下ではみんなが平等って気がします、なんとなく。 わぁ!とか、おぉ〜っとか、ヘンな声をあげながらどこからともなく沸き起こる拍手。 コンサート会場の拍手みたいに大げさじゃないのが好きです。 映画を観てほろっと涙が出ちゃうような感じで、ほろっと拍手しちゃった、みたいな? 5年くらい前にも大曲の花火を観に行って、あの時は仙台に帰る道が混むからって、青森側に抜けて、次の日は白神山地に行きました。 どうせその日のうちには帰れないのだから、そんなプランもオススメです。 でも私がこれから行くときは、コンブのお家を定宿にします! ところで、遅くなりましたが、先日万智さんのイベントで郡山に行ってきました。 この夏2度目のナマ万智さん。 今回も絵本についてのお話だったんだけど、私が印象に残っていることは、万智さん親子が大好きな「ぶたのたね」っていう絵本と、「エルマーの冒険」、ぜんぜん関係ない本なんだけど、ある1ヶ所の共通点を見つけて親子でにんまりしたみたいな話。そのお話を聞いた時に「クマのプーさん!!」って思いました。 親子でにんまりしたワケは、おなじ絵本を一緒に読んできた親子だからこそって、万智さんはお子様との話として紹介してくれたんだけど、『101個目のレモン』の中の「クマのプーさん」は万智さんとお母様とのお話です。 「スカーフを二枚、上手に組み合わせて結ぶと、まるで新しいブラウスのように見えます」っていう雑誌の記事を見て、万智さんがそれをやってみられたそうなんですが…、万智さんが「お母さん、どんな風に見える?」って聞いたら、お母様が「そうねぇ、スカーフを二枚結んでいるように見えるわ」って。 そこで母と娘は同時に噴き出して…「ひどーい、それじゃクマのプーさんじゃない!」と。 なにゆえそれがクマのプーさんなのか、、、→詳細は『101個目のレモン』を読んでみて下さい♪ プーさんを読んだ人にはわかるかも。 会場で万智さんがあのお話をされたとき、『101個目のレモン』を読んだ人は、私と一緒ににんまりしてたかもしれません。 …うまく説明できなくてすみません。 あと『花さき山』とか『さんびきのヤギのがらがらどん』とか、万智さんのお好きな絵本を紹介してくれました。 万智さんのお話きければ満足だったので、すぐ帰る予定だったんだけど、おなじ会場ではその日夏祭り?みたいなのをやっていて、万智さんが「こんなに楽しいなら子どもも連れてきたらよかった」っておっしゃってたので、私もそんなに楽しいものだったら、ってついつい長居してしまいました。そしてB級グルメの浪江やきそばを食べたり、なつかしい絵本を読みふけってました。 でも仕事には少しでも行く約束だったので日が暮れる前に仙台に戻りました。
軽井沢&群馬県。
先日、万智さんのイベントで軽井沢に行ってきました。
矢代朝子さんとの対談では、軽井沢で詠まれた短歌をたくさん紹介してくださって、歌の詠まれた背景についてもいろいろ楽しいお話を聞かせていただきました。 第2部のパーティーではいっぱいお話もできて幸せでしたっ♪ ちょうど仙台では七夕祭りの本番っていう日で、私は七夕様に心から感謝しました。 何をお話したかはヒ・ミ・ツです。 とかいって会社ではついつい喋っちゃうけどね、、、 前日はせっかく遠くに行くんだからって、私にとっては未知の国・群馬県にも行ってきました。(ちなみに軽井沢はおとなりの長野県です。) 群馬県って私にはダルマと富弘美術館(←軽井沢から遠いので断念。)しか思いつかなくて、同僚に聞いたらコンニャクがあるんじゃない?とか言うので、期待しないでとにかく行ってみようって思いました。 ネットで調べてると、富岡製糸場がメイン観光スポットっぽかったので、まずはそちらに。 名前はたしか社会科の授業かなんかで聞いたことあるような… でも今回行って、メッチャ勉強してきましたよ。 だって他に見たいところも思いつかなかったから。 日本の近代産業の礎とも言うべき工場だそうです。興味のある方は調べてみてくださいっ。 そこから隣町の小幡っていう城下町に行ってみようと思ったのはいいけれど、バスが1時間以上なかったようなので、6キロくらいの道のりをどうせ歩いても1時間ちょっとだろうと思ったのが大失敗でした。。 半分くらい歩いたところでサンダルが壊れちゃって、しょうがないからヒールのあるサンダルに履き替えたものの、前に進む気は失せちゃって、およそ3キロを引き返しました。。。 予定通りにはいかない旅先のハプニングは嫌いじゃないんだけど、今回はほんと足が痛くて辛かったです。 それでも替えのサンダルを持っていってただけ助かりました。 なので初めての群馬県はちょっと苦い思い出だけど、軽井沢の帰りには高崎まつりの花火大会を見てきたので満足です。 高崎まつりの会場で、花火も見ながら私は一生懸命ダルマを探してました。 でも見つけることができず、しまいには駅のおみやげ屋さんでGETしました。 ダルマを3つ買ったのは願いごと3つ叶えてほしいから。 @赤ダルマ=万智さんと奥の細道できますように。 A黄ダルマ=ヨーロッパに無事に行けて、いっぱい楽しいことをして、そして無事に帰国できますように。 B青ダルマ=懐かしい人からお返事が来ますように。 願いを込めながら右の目を入れて、成就したら左の目を描くらしいんだけど、私はダルマの右目を入れながらあることに気がつきました。 自分が万智さんと奥の細道なんて、夢見ることさえおこがましいくらいなんだけど、万智さんのおかげで軽井沢にも行けたんだし、来週郡山に行けるのも万智さんのおかげ。 各地の旅先でも万智さんの歌や言葉に思いを馳せて旅情にひたれるように、そばに大好きな万智さんを感じられるなら、ひとりの細道でもいいんじゃないかな。 だから、ちょっと願いは叶ってるんじゃないかって、左目をちいさく入れてみました。 行く前から決めていたんだけど、軽井沢から懐かしい人に絵はがきを出しました。 私の気分を万智さんの短歌で言うと下記のごとくです。 軽井沢には文学碑がたくさんあって、だから浅間山がドーンと見える場所に、私は「引き返す…」の歌碑を建てたいなぁって思いました。 ああいうのって何円くらいするんでしょうね。 土地代とかもいるのかな、、、 |








