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県庁を飛び出そう! [2009年03月09日(Mon)]
【投稿 レポーターS】

 2005年5月に、当時の宮崎県商工観光労働
部長にインタビューしています。

 NPO法が施行された時の、初代担当課長もされた
落合さんです。

 県庁を飛び出して、民間の人とも、一緒に考え、
汗を流そうと呼びかけています。

   ■特集  企画段階から一緒に考える「協働」B

      宮崎県商工観光労働部 落合部長に聞く

(編集部)企画段階から一緒に考える「協働」をどう思いますか。

  今年は酉年です。そこで、商工観光労働部のキャッチフレーズを、
 「翔け県鳥(庁)、鳥(庁)舎を出よう!街に外に」としました。


 庁舎内に留まることなく、積極的に外へ出て活動していこう。
県民の皆さまの生の声に触れ、果敢にチャレンジする方々と
一緒に考え、ともに汗を流して、元気な宮崎県にしていくことを
モットーとしているので、どんどん声を掛けてほしい
と言っています。

  まさに、企画段階から一緒に考えて、汗を流すことです。

 これまで、県職員が、民の場に出ていくと、「県を代表して」
という気持ちになって、 陳情でも受けるのではないかと構えて
いましたが、もっとフリーな立場で、時間外や休日にでも、
積極的に出ていってほしいと思います。

 そのためには、「出前講座」のように官がセットするものではなく、
民が呼びかける 勉強会に県職員が任意で参加するカタチ。
個人として参加し、フリーに意見交換するのがいい。
 
 たとえば、大阪府の事業で大阪ボランティア協会が2005年3月に
発行した「コミュニティ・ビジネスハンドブック」には、地域の課題を
ビジネスという手法で解決した事例がたくさん紹介されています。

こうした全国の事例を持ち寄って、県職員にも声をかけてもらって、
勉強会をやってもいいですね。

(編集部)商工部門の4課を、
      4月から施策目的別に改編したねらいは。


 限られた財源の中で成果をあげるには、行政も、これまでの枠に
とらわれない仕事の進め方が必要です。

県民主役、県民協働で、民間活力を引き出せる支援を考えるのも、
県の役割です。

 商工政策課の事業は他の課に移管し、広報・調査担当を新設
しました。何をやるかは自分たちで考えるしかありません。

工業、商業という枠に捕らわれないで施策を展開するよう、
新産業支援課と地域産業振興課にしました。

  地域の課題を解決するコミュニティビジネスは、新産業でもあり、
地域産業でもあります。どこが担当というより、
どこも勉強しないといけない。

 社会の役に立つこと、地域の困っているところにはビジネス
チャンスがあります。これは、県職員がうといところです。
一方で、県には、全国の事例や、いろんな情報が集まります。

 商工団体の人には、県職員に、どんどん声をかけてと言って
いますが、NPOも同じです。

民と官がお互いに勉強して、まず情報交換を行う。行政なしで
やれる部分も見えてくるし、行政の支援のしかたも見えてくる。    

(編集部)初代のNPO担当課長として、
      これまでの協働をどう思いますか。


 NPO法ができる前は、「協働」という文字を誰も知らなかった。
 今では、当たり前のように使われている。確かに、少しづつ
変わってきています。

 どうすれば、県民と行政の協働が具体的に進められるかを考えると、
協働のファシリテーターという存在がいて、お互いに意見が出しやすい
状況(要求や言い訳にならない)ができると、うまくいくと思います。

 県民から積極的声をかけてもらって、県職員も、今の担当者に
限らず、経験者で情報を持っている人も呼んでもらう。
時間外でも、喜んで出てくる職員はいますよ。

 そんなところから、企画段階から一緒に考える「協働」を
始めてみませんか!
大和市の成長するシステム [2009年03月07日(Sat)]
【投稿 レポーターS

 2005年4月に、宮崎大学の根岸助教授にインタビューしました。
宮崎県が、「NPOとの協働指針」をつくる1年前のことです。

 宮崎県の協働指針作成委員会の座長は、根岸先生でした。
最終案には、「成長する指針」という言葉が入りました。

 これから、「みやざき協働事業マニュアル」に書かれた理念が
協働指針にフィードバックされるみたいです。

(編集部)企画段階から一緒に考える「協働」をどう思いますか。

 ドロップインの原田さんが、「問いの共有」ができなければ、
いい協働はできないと言ってました。

 同じ問題意識を持って、それぞれの資源を持ち寄る。
行政の組織のような上下関係ではない役割分担が必要です。

 今はまだ、行政が「やらせてあげる」という意識があるようです。
まず、行政に変わってもらいたい。

 また、NPOが行政に代わって、全部の責任を取れるわけでは
ありません。NPOの責任の取り方、事業の進め方のルールも必要です。

(編集部)どこから「協働」をスタートすればいいですか。

 新しい「公共」の考え方から入っていくのがいいと思います。
これまでは、「公共」=「官」でした。官がやるから公共、官がつくるから
公益法人でした。

 「公共」=「官」ではなく、みんなの利益を実現するために、さまざまな
担い手が関わる。たとえば、みんなの利益のために個人の資源を提供
すれば、それは「社会資源」です。

 民の専門性、多様性を社会的資源として活用できれば、いろんな
組み合わせ、関係の仕方がある。そこから協働のルールづくりが
始まります。

(編集部)全国の自治体が「協働の指針」をつくっていますが…

 全国の「協働の指針」には、協働の理念のほか
@「行政の発注マニュアル」になっているもの
ANPOが主体的に協働のルールを提案しているもの
があります。

 「誰のためのルールか」が大事です。
役所のためなのか、NPOのためなのか。
NPOのためであり、NPOと協働したい役所や企業のためにもなる。

 大和市は、「成長するシステム」という言葉を使っていますが、
「企画段階から一緒に考える」NPOと行政ためのルールを、
積み重ねて、走りながら直していことが必要です。

(編集部)NPOと行政が「一緒に考える」には…
 行政がNPOと一緒に考えるなら「情報公開」が前提です。

 パブリックコメントをアリバイにした情報公開ではなく、
問題を共有する、一緒に考えるための情報公開です。

 当事者、関係者に意見を求めることもなく事務局案をつくり、
形式的にパブリックコメントを実施するだけの情報公開は意味がない。

 行政は、最初から、完全な(すきのない)システムを求めるから
無理がある。「成長するシステム」を前提に、情報公開にチャレンジ
してほしいですね。
企画段階から一緒に考える「協働」 [2009年03月06日(Fri)]
【投稿:レポーターS】

 最近、ブログを始めちゃったNPO法人の代表理事と言えば…
インフルエンザも、エネルギーに変えてしまうあの人です。

 まだまだ「協働」という言葉が通じないらしい宮崎の地では、
2005年3月のインタビューが新鮮です。

   企画段階から一緒に考える「協働」

    NPO法人宮崎文化本舗 石田達也代表理事に聞く

 宮崎市の事業にも、宮崎県の事業にも、「協働」という文字が
目に付く。「協働の指針」をつくっている自治体も少なくない。
でも、NPOの側からは、実態が見えない。

 そこで、「協働の行方」を宮崎のNPO側から考えるリレートーク。
第1回は、たぶん、宮崎で「協働」に最も振り回されているNPO人
石田達也氏の登場です。

(編集部)石田さんの考えている「協働」とは何ですか。

  今、「協働」というと、委託事業か補助金しかないですよね。
後援は、名目だけなので論外。

 企画段階から一緒に考えるのが、本当の協働だと思います。

 対等なパートナーシップという言葉がありますが、疑問です。
行政セクターには、金、情報、人がある。 宮崎では、「大企業」です。
それに比べて、NPOは町工場みたいなものです。

 SONYと町工場が、対等な立場で、製品をつくれるでしょうか。
そういう契約は、現実にはありません。

 協働の指針を、全国の自治体でつくると、
当たり前のように、「対等なパートナーシップ」と書いてありますが、
違いますよね。

 対等ではないけれど、お互いの長所、短所を補完しながらやる
のが「協働」。本当に協働を推進するルールづくりが必要です。

(編集部)どんな協働のルールが必要ですか。
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チャイルドラインみやざきの研修 [2009年03月04日(Wed)]
【投稿 レポーターS

 街が元気だネット!のNPOレポートを再録します。

 チャイルドラインみやざきの事業報告書に、参加者の声として
掲載されたレポートです。

 2005年10月30日(日)に、宮日会館で開催されました。

     〜子どもの心を聴こう〜

 イギリスのチャイルドラインは、24時間365日フリーダイヤル。
サッチャー首相の時から、1/3を国が補助。ダイアナ妃がチャリティの
先頭に立った。

 日本でチャイルドライン推進議員連盟の事務局を務めた保坂展人
さんは、9月の総選挙で復活した。話題の東京比例区で、社民党
候補として当選。自民党の候補者名簿が足りなくなるという事態を、
支援者は、パンドラの箱の底に残された最後の「希望」と言った。

 チャイルドラインみやざき運営委員会が企画した講演&シンポ
「子どもの心を聴こう」は、チャイルドラインに届いた子どものSOSを
受け止め、社会に問題提起しようというイベント。
10月30日(日)に宮日会館で開催された。

 基調講演の講師は保坂展人さん。教育ジャーナリストとして、いじめ
の現場を数多く取材し、留守電で、相談ダイヤルも開設していた。

 どの学校で起こっても不思議ではないと思われた佐世保事件のルポ
「佐世保事件から私たちが考えたこと」を、直接、語ってくれた。

 マスコミが一斉に引き上げる(と予想された)終業式の日に佐世保
入りして、前日までほぼ取材拒否をしていた関係者から話を聞いた。

 いくつかの原因と思われる出来事があった。それは、どこの家庭でも
起こりそうなことだった。結果が出てみると、なるほどと思うが、事件に
ならなければ、親は気づかない。

 社会問題になりつつある「引きこもり」の多くは、いじめられた過去が
あり、いじめがなくなってからフラッシュバックして、自分を責めている。

「おまえはダメだ。」と言われた人が、「自分はダメだ。」と思い始める。

 第2部のシンポジウムも、具体的で、参加者が大きくうなずく話ばかり
だった。小児科医の佐藤氏が、2歳までは、テレビ、ビデオを見せるな
と言うのは、光刺激にさらされた赤ちゃんの前頭前野に血液が流れ
ないで、コミュニケーション障害が起こるから。

 チャイルドラインみやざき事務局の後藤さんは、子どもたちが「安心
してしゃべる場」をつくっている。いじめのことを親に言うと心配する。
学校の先生には言ってもムダだと子どもたちは言う。

親も先生も、子どもの話を聞く気持ちはあるけど、「受け入れる」
空気がない。子どもたちが発信しているサインに気づいてない。
今、話したいことを聞いてあげることが大事だと言った。

 コーディネータで精神科医の細見氏は、子どもの話を黙って聞く
ことが、親には難しいと言う。つい、親の意見を言ってしまう。
無言の業で、「一緒に考える」ことが大事だ。

 親にとって、無言の業は難しい。
「たいへんだね。」「よく頑張っているね。」という肯定のメッセージだけ、
判を押したように、繰り返し言ってあげる。

「問題は必ず解決する。」「何年でも待てる。」というタフなラブ。
忍耐強さが必要。そうすれば、子どものサインを見落とさない。
心を聴くことができる。子どもの方から発してくれる。

 問題を抱えた当事者が、一番聞きたい、具体的な話があった。
親の価値観を押しつけ、親が言いたいことだけ言うのではなく、
子どもと一緒に考える。

 「子どもの心を聴こう」とすなおに思った講演&シンポジウムだった。

【街が元気だネット 事務局S】
協働パネル展 都城会場の為田さん [2009年03月03日(Tue)]
【投稿 レポーターS

 県民との協働パネル展の宮崎会場は、
かなりガッカリしましたが、都城会場は期待できます。

 会場の都城大丸の担当者が為田さんだからです。

 NPO法人宮崎県ノルディックウオーキング協会
チラシ持ち込み(企画参加も?)します。

 それでは、2006年2月の、為田さんへのインタビューを
ご覧ください。

   「ちまちまイベント」が効く!

 NPOと企業の人が、交互に登場するNPOパートナー・リレートーク。
宮崎駅前商店街を元気にする取り組みをした宮崎大学の根岸ゼミの
酒井祐介さんのリクエストは、都城大丸ショッピングモールのイベント
担当の為田和代さん。

 いつのまにか2時間すぎていたインタビューを、コメントとエピソードで
紹介します。

 「自分が歩いて楽しい街にしたい。
  福岡や熊本なら、街に行けば『見せてくれる』ものがある。
 都城では、自分でやらないと、誰も見せてくれないと
 気づいたんです。」

 為田さんは、10年前、熊本から都城に引っ越した。子育てサークル
に入り、子育て支援センター天神で、情報誌「えぷろん」をサークルの
お母さん達と発行している。

 市役所から「まちづくり委員会」の呼び出しがあった。行ってみると、
委員は、ひとりだけだった。仲間を誘ってもいいと言われたので、
もう一人誘って、「まちづくり委員会」を始めた。

 「街中探検隊」という情報誌をつくった。商店街を取材した。
気になるイスがあった。いろんな色を塗りたいと思った。家族総出で
作業すると言ったら、オーナーの了解が得られた。商店街に我が家の
優先席ができた。

 オーバルパティオの広場が好きだった。ここで、ビアガーデンをしたい
と思った。毎月、ここで飲み会をしたメンバー21名で、異業種サロン
「ケミストリー倶楽部」をつくった。第一線の現役世代、社長さんたちが
集まっていた。
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街が元気だネット! 特集NPOレポート [2009年02月28日(Sat)]
【投稿 レポーターS】

 街が元気だネット!の特集NPOレポートは、
2007年度は、県の委託、2008年度は県社協の
委託事業です。いずれも、企画公募で選考されました。

 あらためて、充実のラインアップだと思います。
宮崎のNPOの活動を、もっと多くの人に伝えたい。

 NPO活動の営業や事業報告に
活用していただけるといいなと思います。

2008年度レポート

 ホームホスピス宮崎  ドロップインセンター

  ゆめ家族        大淀川流域ネットワーク

 都城 ポン太クラブ    フロンティア会

  延岡市ボランティア協会  オレンジ

国際ビフレンダーズ宮崎自殺防止センター

人間関係アプローチ宮崎“きらきら”

エコライフ・西都  チャイルドラインみやざき

 2007年度レポート

 アジア砒素ネットワーク 宮崎県マンション管理組合連合会

 どこでもドアの会     宮崎文化本舗

 みやざき子ども文化センター  NPO 吹矢de元気!協会

 YAH!DOみやざき   正応寺ごんだの会

 キャンバスの会     こども遊センター

 iさいと           五ヶ瀬自然学校
宮崎ライフセービングクラブ 誕生前 [2009年02月12日(Thu)]
【投稿 レポーターS】

 街が元気だネット!のNPOレポートを再録します。

第四弾は、「宮崎ライフセービングクラブ」。
CANPANの団体ブログで、under20(常時20位以内)の
団体がNPO法人になる前の、貴重なレポートです。

******************************************************
   日本一 安全で きれいで楽しい宮崎の海
   (2005.4.19)

  宮崎のNPOと企業つなぐNPOパートナー・リレー・トーク。
第3回は、宮崎サーフライフセービングクラブの藤田さん。

 サンビーチ一ツ葉で、ビーチボールが風に流されて沖の方に
向かったとき、レスキュー用のサーフボードで、波間を滑るように
近づき、取ってくれた人。オーシャンドームで泳いでいるような
安心感に、見ていた人たちもホッとしました。

 宮崎のきれいな海が好きだから、もっと楽しんでほしい。
そんな海のNPOのお話です。

(編集部)宮崎初の「ライフセービング」団体のきっかけは?

 宮崎青年会議所の50周年企画のひとつとして、
宮崎の海の安全を守る組織をつくりたい。
その気運を盛り上げるためにつくった組織です。

ライフセービング世界大会誘致も視野に入っていました。

 藤田さんは宮崎出身。湘南の会社(ビーチプロダクション)で、
5年間、ライフセービングを実践していました。
続きを読む...
NPO法人キャリアアプローチ宮崎 [2009年02月03日(Tue)]
【投稿 レポーターS】

 街が元気だネット!のNPOレポートを再録します。

第三弾は、「NPO法人 キャリアアプローチ宮崎」です。

********************************************
NPOレポート「今が旬!できたてNPO」(2004.12.20)

平成16年11月26日認証。
先週登記したばかり(取材時)のNPOをご紹介。
  
 「できたてNPO」ならではのアツ〜イ想いは、
カウンセリング、研修、アンケートがひとつになった
人材育成のコンサルティング。

 17年2月6日に、こんなに素敵な
講演会&トークセッションの企画を実現。
http://www.machi-gennki.net/documents/neet.pdf

 ひきこもりでもフリーターでもない
働けない若者を「ニート」と名付けた東京大学の玄田助教授。

親が読む子どものための就職ガイダンス「子供を就職させる本」
で話題の小島貴子氏。

いきなり、こんな企画ができちゃったNPO法人は、
「キャリアアプローチ宮崎」。
 (通称「CAM」は「キャム」と呼ぼうと取材中に決まりました。)

 メンバーは「人間関係アプローチ宮崎”きらきら”」と一緒。
どうして別法人を立ち上げたのかは、これまで「きらきら」で実績を
つくってきた「リーダー養成講座」「キャリアアップ講座」
「メンタルヘルス・ケア講座」について依頼を受けやすくするため。

県内の大手企業や自治体に口コミで広がった職場研修は、
カウンセリングと研修とアンケートを一体となって進めるもの。
研修の講師がカウンセリングにも応じてくれる安心感が評判。

企業や自治体の研修担当者が、どうして「人間関係アプローチ」に
職場研修を依頼するのか、説明に苦労しないよう別法人の事業にした。

 「きらきら」はカウンセリングの専門家集団。
民間企業でも食べていけるスキルを持ちながら、NPO法人にしたのは、
NPOが「協働」のつなぎ役になれると思ったから。

単なる技術の切り売りではなく、地域の声を生かしたプログラム、
当事者の役に立つプログラムを、企業や行政との協働で実現できる、
そんなNPOの可能性に注目したから。

雇用を生み出さない事業は継続できない。
ボランティアを継続している人には頭が下がるけど、
誰でもやれる事業に組み立てるには、食べていけるNPOになること。

 きらきらカフェ「親業セミナー」は、参加費5百円で毎月開催。
http://www.machi-gennki.net/documents/oyagyo.pdf

自分らしく生きると、みんな「きらきら」する。
心理学のスキルで経験したことをシステムにする。
継続してフォローできるように事業にする。

人間を変えることはできないけれど、
コミュニケーションの技術を身につけると、
他人との関わり方が変わってくる。

ずっと「相手を変えよう」と思いこんでいた意識の
サビを落として、コミュニケーションの技術を磨き続けると、
みんな「きらきら」してくる。
その「拠点」として責任を持つのがNPO法人だった。

 生活者の視点から、人間関係にアプローチする。
生活を支えるために、キャリアにアプローチする。

それぞれの事業を、それぞれの市場に、わかりやすくアピール。
そんな2つのNPO法人の「できちゃったレポート」でした。
***************************************************

YAH! DO みやざき 障がい者の親が死んでも… [2009年02月03日(Tue)]
【投稿 レポーターS】

 街が元気だネット!のNPOレポートを再録します。

第二弾は、「NPO法人YAH! DO みやざき 」

宮崎のNPOの魂を伝えるブログ」では、障害者
自立応援センター YAH! DO みやざき の
特集NPOレポートを紹介しました。

********************************************
■「安心・安全」より「生きている実感」 (2004.8,11)

「安心・安全」より「生きている実感」がほしい。
 「やっど」という前向きな宮崎弁を法人名にした
NPO法人の理事長、永山昌彦は言った。

 「親が死んだら施設に行く。」
そんな常識を背負った障害者として生きてきて、
親が死んでも、施設に入らない
選択があるという前例をつくった男が、障害者の
「あこがれの人生」を「あたりまえ」にするために、
「障害者自立応援センターYAH!DOみやざき」を、
NPO法人にした。

 障害者にとって、自分で選択して、自分で責任を
持って生きていくことは夢でしかなかった。

 福祉サービスは、「措置」と呼ばれ、行政の独占
事業だった。 平成15年4月1日。支援費制度が始まった。

 介護保険と同様に、利用者がサービスを選択する制度だ。
介護保険との違いは、ケアマネージャーではなく市町村が
サービス量を決定する。自己負担額が、サービス量に応じて
ではなく(応益負担)、負担能力で決められる(応能負担)。

 国の責任として国が費用の全てを保証する。
長年の障害者自立運動の成果として、支援費制度が実現した。

 しかし、自己選択できるといっても、多様な事業所がないと
利用者は選択できない。

 障害者自身が事業者になり、サービス提供者になることで、
自立を望む当事者に寄り添え、力づけられる。

 当事者が望むのは、障害者を守る「介護」ではなく、本人が
やりたいことができるように手助けする「介助」だ。
そんな理念でヘ
ルパー派遣事業に取り組んでいる。

 そのほか、自立生活を体験する「自立生活体験室」は、
年間200日稼動した。

 ここで経験を続けた二人の体験者が、それぞれ、アパート暮らし
を始める。 自己決定が難しいと思われる人でも、聞き方を変えれば
選択できると言い切る。

 「当事者主権」の発想を大事にすること、それぞれの経験を持ち寄って、
互いに力をつけていくこと、

 地域の課題を地域で解決していこうとするNPOに最もたいせつなことを、
ここで見つけた。

 そんな現場を、たずねてみたいと思った人は、今すぐアクセス。
http://www.h6.dion.ne.jp/~yahdo/
***********************************************************
「どこでもドア」は24時間年中無休のNPO [2009年02月01日(Sun)]
【投稿 レポーターS】

 街が元気だネット!のNPOレポートを再録します。

第一弾は、「NPO法人どこでもドアの会」

「宮崎のNPOの魂を伝えるブログ」では、新しい
事業展開を紹介しました。
  2008. 1.24 どこでもドアが保育園

*******************************************************
どこでもドアはどこへ行く(2004.7)

福岡より遠いニシタチがある?!

付き添った障害者の財布の中から、福祉タクシーの料金を支払ったとき
時任はあぜんとした。

  わずか片道15分ほどの往復に1万円以上かかる。
自分たちが福岡を往復するより高い料金で、ニシタチを往復する人たちが
いる。しかも高校生並の門限(運行時間帯の制限)があるなんて…

  「24時間年中無休の移送サービス」という言葉が時任の頭に浮かんだ。
無理だとは思わなかった。ひとりではできないとだけ思った。
それから中山がうなづくまで、1年半かかった。

 ムチャだと誰もが言った。

 利用時間の少ない深夜にコンビニでバイトすれば、 いつでも移送サービスに
対応できる。ただでさえ顔色の悪い中山に、 途中でつぶれたら障害者に
迷惑がかかると叱責する人もいた。

その人が福岡に転勤していた3年間、時任と中山は、病院、郵便局の
夜勤をしながら 原則24時間年中無休の移送サービスを続けた。

 「移送サービス」は道路運送法では「白タク」と同じ違反になると
公務員は言った。通告があれば、行政は法律違反を指導せざるを得なくなる。

そうならないように、患者移送限定の個人タクシーの免許を取るようすすめられた。
これまでのバス並の料金が、タクシーと同額になってしまうが 法令違反で
摘発される心配はなくなる。

 平成15年4月から、どこでもドアはタクシーになった。
NPO法人として、介護保険の訪問介護と居宅支援事業も始めた。
21名の有給スタッフが、ヘルパーと運転手になった。
気がつけば、NPOを仕事にした男たちがいた。

3年間の活動報告書をつづったファイルの背表紙に、
「俺たちの夏 〜軌跡を残して〜」と書いた時任は、 障害者の住居さがしに
苦労した経験から、 今度は、不動産屋になるかもしれないと言った。

その背中に「俺たちの夏は終わらない」と 「伝説の担当者」が声をかけた。
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