集団同調性バイアスと正常性バイアスの落とし穴『人は皆「自分だけは死なない」と思っている -防災オンチの日本人 』山村武彦 著
[2011年07月01日(Fri)]
昨日、長野でM5.5の強い地震がありました。
6月初めに、政府の地震調査委員会が、立川断層帯(東京都、埼玉県)、双葉断層(宮城県、福島県)、糸魚川―静岡構造線活断層系の中部付近(長野県、山梨県)での地震発生確率が高まった可能性があると公表していたようです。
長野や311の震源地のみならず、他の地域も益々予断を許さない状況ですね。
(日本は当たらない地震研究をやめちまえ!と、のたまっていた某米国人の東大教授G氏はこれも全否定するのかな?)
また、例の高周波活性オーロラ調査プログラムのチャートが乱れ、地震波が計測されている可能性があるようです。
日本方向であれば、、、、次はこの3つの断層か?それか千葉東方沖か?311のアウターライズか?
立川断層と千葉沖に来たら、、、首都圏は大変なことになると思います。
関東大震災の震源は三浦半島付近ということですから、また違う!
いずれにしても、今は気を付けなければなりませんね。
そんな折、
『人間には「自分だけは大丈夫」と期待する本能がある。』
という題から始まるこちらの本。

「集団同調性バイアス」
「正常性バイアス」
「エキスパート・エラー」
「楽観的無防備」
「刺激的な映像を見慣れると災害時の対応を間違う」
「異常慣れに陥り、異常を異常と感じなくなる」
「前回は・・・だったからが命取りになる」
「過去の災害にとらわれると安全の死角が生まれる」
「統計やアンケートは必ずしも信用できない」
等々、災害時に陥りやすい心理状態を、事例あげてわかりやすく解説してくれています。
なかなか痛いところをついた内容です。
なかでも今回取り上げたいのが、
「集団同調性バイアス」
「正常性バイアス」
「エキスパート・エラー」
「楽観的無防備」
でしょうか。
この本では、2003年に韓国で起きた放火による地下鉄火災が一例にありましたが
先日、JR北海道でもトンネル火災が発生しましたね。
幸い北海道の事故では、異変を感じた人が率先して逃げたおかげで
奇跡的に人命は助かったようでしたが、災害の種類に関係なく
このような事態はいつでも起こりうることなのでしょう。
そのことを証明するがごとく、今回の東日本大震災における大川小学校での
出来事が起きてしまいました・・・
避難まで30分校庭に待機(NHK)全校児童の7割が亡くなった大川小学校高台避難まで30分校庭待機していたことが明らかになっていたようです。
その間教師同士でずっと話し合いをしていたり、「大丈夫」と言っていたり・・
さらに、津波が来るから裏山に逃げるように催促した保護者に対して、避難をするどころか「落ち着いて」と言っていたようですね。
これは、「集団同調性バイアス」「正常性バイアス」が起こったのかなあと思います。
証言3・11:東日本大震災 津波時の避難所未指定−−宮城・大川小
毎日新聞
◇迷う教師、即決できず
◇裏山「足が滑る」と敬遠、市教委「過失あった」
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110604ddm041040147000c.html
以下、本著より。
「集団同調性バイアス」
緊急時、人間は1人でいるときは「何が起きたのか」とすぐ自分の判断で行動を起こす。
しかし、複数の人間がいると「皆でいるから」という安心感で、緊急行動が遅れる傾向にある。
集団でいると、自分だけがほかの人と違う行動を取りにくくなる。
おたがいが無意識に牽制し合い、他社の動きに左右される。
自分個人より集団に過大評価を加えていることが読み取れる。
結果として逃げるタイミングを失うことにもなりかねない。
まるで、「災害時、皆でいれば怖くない」である。
「皆で入れば安心だ」と思う心理には客観的合理性や。科学的根拠はない。
災害が発生したとき、または危ないなと思ったら、まず安全なところへ避難することだ。
「皆がいるから」の心理が働いて、その場にじっとしている自分に気が付いたら、ぜひこの話を思い出して欲しい。
皆がいるから大丈夫なのではなく、皆がいるから危険に流される場合がある。
「正常性バイアス」
思い込みによって、頭が非常事態であるという認識に切り替わらない状態のこと。
外部の強烈な刺激に対して、それを心理で抑制して、正常に保とうとする。
これら心理的バイアスは、私たちの日常の経済活動等にも言えることで
例えば、有価証券等に投資をしている人が、急激な価格の下落などに対して判断に迷った挙げ句、塩漬けにしてしまう・・・なんてことがありますよね。
この時の心理状態として、
「今起きていることは、たまたま(一時的な)ことだから、大丈夫」
「こんなことが起こるはずがない。きっとまた元に戻るはず」
「こんなこと考えていなかった」
などなど、嫌なことには目をつぶる、投資の判断の間違いを認めたくない・・・
という心理から、そのままにしてしまい、結局塩漬けになってしまった・・・と。
(身内がこれらの仕事をしていますが、やはりモットーは「儲けるというより、損切りをいかにできるか」「ちょっとでも危ないと思ったら(もしくは、下がり始めたら)すぐに売る」とのことです。)
例として投資の話を出しましたが、金融の分野では「行動ファイナンス」という学問があります。
これは人間の認知の仕方やこの心理的バイアスが、どのように意思決定や経済活動に影響するか研究するものですが、まさに災害時という非常事態時においても同じようなことが起きてしまったのかもしれません。
「エキスパート・エラー」
専門家の指示を鵜呑みにしてしまったことによって招いた最悪の結果のこと。
たとえ専門家といえども事故現場にいない以上、完全に正しい指示をくれるとは限らない。
現場の情報は現場にいる人が一番把握しているはずである。
だから、生死に関わることは、自分の五感で確認した情報に基づき、自分で意思決定をすることが重要なのである。
福島第一原子力発電所の事故において、今まさに信頼できる政治家・専門家不在のような状態になっていますが
やはり専門家の意見や指示を鵜呑みにしてしまったり、それらの指示を待っていた結果
「気が付いたら遅かった・・」などという事態が起き始めているようです。
NHK ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」という番組の中で
浪江町の町長が「指示がなかったので避難せずに待っていた」と言っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=PXOsZr8-B6A&feature=related(後半、最後の方です)
(NHKや民放は著作権云々で消されてしまうことが多いので、動画はなるべく保存しておくことをお勧めします)
私は、この言葉と姿勢には、ちょっと驚きました。
原子力を受け入れ、仮にも一自治体の長なのですから
このような非常事態に備えることと、「万が一」を考えて住民に避難の判断・指示を
出すのはこの町長の役目であったのではないでしょうか。
お上が言ってくれないのなら、自分が判断するしかないのです。
確かに上には知事はじめ、お上や専門家が蠢いていますが
リスクマネジメントを行うべき立場の一代表者が、このような待っている姿勢では不味いと思います。
この取材だけでは全てはわかりませんが、第一に自ら率先して速やかに避難指示を出すべきでした。
「上が言わないから」「他のところ(自治体)ではやっていないから」etc・・
非常事態では必ずしも正しい判断とは言えないのではないでしょうか。
「楽観的無防備」
自分にとって望ましいことが起こる確率は高く、望ましくないことが起こる確率は低いと考えてしまうこと。
人間はある条件下に置かれると、自分に都合のよい情報だけを受け入れ、都合の悪い情報を自動的にカットしてしまうのである。
この本では、旅行先のホテルで起きた火災の事例を挙げており、
行楽地に出かけた人間は緊張から解き放たれ警戒心が弱まり、本来疑うべき事象がおきても、楽しいはずの状況では自分達に都合よく楽観的に解釈してしまう。
そこから、火災報知機が誤作動だと「決めつけ」てしまい、逃げ遅れてしまったことに加え
「万が一」を考えて率先して避難行動をとったリーダーがいなかった人たちが犠牲になってしまったとのことでした。
言わずもがなですが、政府や電力会社、官僚や自治体はじめその利権に群がる関係者たちは、まさに原子力に対してこれらの無防備な思い込みがあったのではないでしょうか。
「正常性バイアス」も同様ですが。
「まさかね、そんなこと起こるはずがない。何を言っているんだ」
と一笑に付してきた結果が、今日の姿なのでしょう。
事故が起きたら起きたで
「想定外でした」
「前向きなことはただちに報道」
「(悪いデータが出たら)これは機械の故障かも」
「(悪いことは後で言えばいいや)」
「これから考えます」
と。
まあ、政府に至っては別の目的もあるのかもしれませんが。
上で例に挙げた投資の話も同じことですね。
6月初めに、政府の地震調査委員会が、立川断層帯(東京都、埼玉県)、双葉断層(宮城県、福島県)、糸魚川―静岡構造線活断層系の中部付近(長野県、山梨県)での地震発生確率が高まった可能性があると公表していたようです。
長野や311の震源地のみならず、他の地域も益々予断を許さない状況ですね。
(日本は当たらない地震研究をやめちまえ!と、のたまっていた某米国人の東大教授G氏はこれも全否定するのかな?)
また、例の高周波活性オーロラ調査プログラムのチャートが乱れ、地震波が計測されている可能性があるようです。
日本方向であれば、、、、次はこの3つの断層か?それか千葉東方沖か?311のアウターライズか?
立川断層と千葉沖に来たら、、、首都圏は大変なことになると思います。
関東大震災の震源は三浦半島付近ということですから、また違う!
いずれにしても、今は気を付けなければなりませんね。
そんな折、
『人間には「自分だけは大丈夫」と期待する本能がある。』
という題から始まるこちらの本。

「集団同調性バイアス」
「正常性バイアス」
「エキスパート・エラー」
「楽観的無防備」
「刺激的な映像を見慣れると災害時の対応を間違う」
「異常慣れに陥り、異常を異常と感じなくなる」
「前回は・・・だったからが命取りになる」
「過去の災害にとらわれると安全の死角が生まれる」
「統計やアンケートは必ずしも信用できない」
等々、災害時に陥りやすい心理状態を、事例あげてわかりやすく解説してくれています。
なかなか痛いところをついた内容です。
なかでも今回取り上げたいのが、
「集団同調性バイアス」
「正常性バイアス」
「エキスパート・エラー」
「楽観的無防備」
でしょうか。
この本では、2003年に韓国で起きた放火による地下鉄火災が一例にありましたが
先日、JR北海道でもトンネル火災が発生しましたね。
幸い北海道の事故では、異変を感じた人が率先して逃げたおかげで
奇跡的に人命は助かったようでしたが、災害の種類に関係なく
このような事態はいつでも起こりうることなのでしょう。
そのことを証明するがごとく、今回の東日本大震災における大川小学校での
出来事が起きてしまいました・・・
避難まで30分校庭に待機(NHK)全校児童の7割が亡くなった大川小学校高台避難まで30分校庭待機していたことが明らかになっていたようです。
その間教師同士でずっと話し合いをしていたり、「大丈夫」と言っていたり・・
さらに、津波が来るから裏山に逃げるように催促した保護者に対して、避難をするどころか「落ち着いて」と言っていたようですね。
これは、「集団同調性バイアス」「正常性バイアス」が起こったのかなあと思います。
証言3・11:東日本大震災 津波時の避難所未指定−−宮城・大川小
毎日新聞
◇迷う教師、即決できず
◇裏山「足が滑る」と敬遠、市教委「過失あった」
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110604ddm041040147000c.html
以下、本著より。
「集団同調性バイアス」
緊急時、人間は1人でいるときは「何が起きたのか」とすぐ自分の判断で行動を起こす。
しかし、複数の人間がいると「皆でいるから」という安心感で、緊急行動が遅れる傾向にある。
集団でいると、自分だけがほかの人と違う行動を取りにくくなる。
おたがいが無意識に牽制し合い、他社の動きに左右される。
自分個人より集団に過大評価を加えていることが読み取れる。
結果として逃げるタイミングを失うことにもなりかねない。
まるで、「災害時、皆でいれば怖くない」である。
「皆で入れば安心だ」と思う心理には客観的合理性や。科学的根拠はない。
災害が発生したとき、または危ないなと思ったら、まず安全なところへ避難することだ。
「皆がいるから」の心理が働いて、その場にじっとしている自分に気が付いたら、ぜひこの話を思い出して欲しい。
皆がいるから大丈夫なのではなく、皆がいるから危険に流される場合がある。
「正常性バイアス」
思い込みによって、頭が非常事態であるという認識に切り替わらない状態のこと。
外部の強烈な刺激に対して、それを心理で抑制して、正常に保とうとする。
これら心理的バイアスは、私たちの日常の経済活動等にも言えることで
例えば、有価証券等に投資をしている人が、急激な価格の下落などに対して判断に迷った挙げ句、塩漬けにしてしまう・・・なんてことがありますよね。
この時の心理状態として、
「今起きていることは、たまたま(一時的な)ことだから、大丈夫」
「こんなことが起こるはずがない。きっとまた元に戻るはず」
「こんなこと考えていなかった」
などなど、嫌なことには目をつぶる、投資の判断の間違いを認めたくない・・・
という心理から、そのままにしてしまい、結局塩漬けになってしまった・・・と。
(身内がこれらの仕事をしていますが、やはりモットーは「儲けるというより、損切りをいかにできるか」「ちょっとでも危ないと思ったら(もしくは、下がり始めたら)すぐに売る」とのことです。)
例として投資の話を出しましたが、金融の分野では「行動ファイナンス」という学問があります。
これは人間の認知の仕方やこの心理的バイアスが、どのように意思決定や経済活動に影響するか研究するものですが、まさに災害時という非常事態時においても同じようなことが起きてしまったのかもしれません。
「エキスパート・エラー」
専門家の指示を鵜呑みにしてしまったことによって招いた最悪の結果のこと。
たとえ専門家といえども事故現場にいない以上、完全に正しい指示をくれるとは限らない。
現場の情報は現場にいる人が一番把握しているはずである。
だから、生死に関わることは、自分の五感で確認した情報に基づき、自分で意思決定をすることが重要なのである。
福島第一原子力発電所の事故において、今まさに信頼できる政治家・専門家不在のような状態になっていますが
やはり専門家の意見や指示を鵜呑みにしてしまったり、それらの指示を待っていた結果
「気が付いたら遅かった・・」などという事態が起き始めているようです。
NHK ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」という番組の中で
浪江町の町長が「指示がなかったので避難せずに待っていた」と言っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=PXOsZr8-B6A&feature=related(後半、最後の方です)
(NHKや民放は著作権云々で消されてしまうことが多いので、動画はなるべく保存しておくことをお勧めします)
私は、この言葉と姿勢には、ちょっと驚きました。
原子力を受け入れ、仮にも一自治体の長なのですから
このような非常事態に備えることと、「万が一」を考えて住民に避難の判断・指示を
出すのはこの町長の役目であったのではないでしょうか。
お上が言ってくれないのなら、自分が判断するしかないのです。
確かに上には知事はじめ、お上や専門家が蠢いていますが
リスクマネジメントを行うべき立場の一代表者が、このような待っている姿勢では不味いと思います。
この取材だけでは全てはわかりませんが、第一に自ら率先して速やかに避難指示を出すべきでした。
「上が言わないから」「他のところ(自治体)ではやっていないから」etc・・
非常事態では必ずしも正しい判断とは言えないのではないでしょうか。
「楽観的無防備」
自分にとって望ましいことが起こる確率は高く、望ましくないことが起こる確率は低いと考えてしまうこと。
人間はある条件下に置かれると、自分に都合のよい情報だけを受け入れ、都合の悪い情報を自動的にカットしてしまうのである。
この本では、旅行先のホテルで起きた火災の事例を挙げており、
行楽地に出かけた人間は緊張から解き放たれ警戒心が弱まり、本来疑うべき事象がおきても、楽しいはずの状況では自分達に都合よく楽観的に解釈してしまう。
そこから、火災報知機が誤作動だと「決めつけ」てしまい、逃げ遅れてしまったことに加え
「万が一」を考えて率先して避難行動をとったリーダーがいなかった人たちが犠牲になってしまったとのことでした。
言わずもがなですが、政府や電力会社、官僚や自治体はじめその利権に群がる関係者たちは、まさに原子力に対してこれらの無防備な思い込みがあったのではないでしょうか。
「正常性バイアス」も同様ですが。
「まさかね、そんなこと起こるはずがない。何を言っているんだ」
と一笑に付してきた結果が、今日の姿なのでしょう。
事故が起きたら起きたで
「想定外でした」
「前向きなことはただちに報道」
「(悪いデータが出たら)これは機械の故障かも」
「(悪いことは後で言えばいいや)」
「これから考えます」
と。
まあ、政府に至っては別の目的もあるのかもしれませんが。
上で例に挙げた投資の話も同じことですね。



