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全国キャラバン in 宮城  [2007年11月29日(Thu)]

みやぎ自殺対策2007「みやぎの自殺対策を考える〜つながりを信じて〜」


報告者:滑川明男・高橋聡美(仙台グリーフケア研究会)


1.宮城県内のプロジェクト

 宮城県では今年自死遺族を支援する団体が合同で「みやぎ自殺対策2007」と銘打ち、7月から3ヶ月連続のイベントを行ってきました。民間主導による官民連携のこのような動きは全国でも稀なのではないでしょうか。
 9月20日はその総仕上げとも言うべき県主催のフォーラムが開催されました。平日にも関わらず会場には500名を超える人たちが集まりました。
 このフォーラムは、自殺対策を社会的取り組みとして位置付け、自殺に追い込まれることのない「生き心地の良い社会の実現」を目指して教育・産業・医療それぞれの現場の実態を共有しながら必要な取り組みを考えるという主旨のもと開催されました。
 
 冒頭に村井知事の挨拶があり、続いてご遺族お二方のお話がありました。
 
 基調講演では講師として平山正実先生をお招きし「大切な人を喪った悲しみを癒すために」というお話を頂きました。


基調講演 平山先生


 その中で「悲嘆援助活動は社会の要請である」という話しがあり、グリーフケアは単なる個人の問題ではなく、社会全体の課題なのであるということを再認識しました。 
 私たち自身、ご遺族と関わる中で「人は人によって傷つきもするし、人によって癒されもする」ということを感じています。グリーフケアは病院からもらう薬だけでは不可能で、人とのつながりが必要なのだと思います。
 
 後半の部では、宮城県精神保健福祉センター所長の白澤英勝氏をコーディネーターに、教育の現場からスクールカウンセラーの高橋総子氏が、産業の現場からは宮城産業保健推進センターの千葉健氏、相談の窓口から仙台いのちの電話の田中ヤ子氏、医療の現場からは滑川からそれぞれ現場からの話がありました。
 各々立場は違いますが、一人でも多くの命をつなぎとめたいという思いは一つです。
 

様々な現場からの声



2.自殺対策リボンバッジ

 宮城県ではこのプロジェクトと平行して、7月に「自殺対策リボンバッジ」が作成され、全国へリリースされました。「この街から自殺という悲劇をなくしたい」という祈りにも似た思いのシンボルです。
 リボンの形には「結ぶ・つながる」という意味が込められています。死にたいと思っている人の命をつなぎ、彼らを支えてくれる人たちとつながっていくこと、大事な人を自殺で亡くしたご遺族たちが孤立せず誰かとつながっていくことを意味します。
 萌黄色には芽生え・再生・広がり・生命の息吹の意味を込め、「信頼の芽生え」「人と人とのつながりの広がり」「生きる力の回復」そういう願いが込められています。
 リボンを縁取るゴールドはプライドの色です。自殺で大切な人を亡くした人のプライドの回復、自分の存在価値を見失った人のプライドの回復を願う色です。 このリボンをつけることは、「自殺予防対策活動や自死遺族支援活動を行う気持ちがある」という意思表明となります。
 宮城県では自殺対策リボン運動を県が後援し、運動に賛同する県職員約1800名が募金をし、シンポジウムなどでリボンバッジを着用しています。9月のフォーラムでも村井県知事がリボンバッジを胸にメッセージを県民に届けました。


自殺対策リボンバッジを胸にフォーラムで挨拶をした村井知事


 2007年は宮城県の自殺対策にとって意義深い1年だったように思います。宮城県内には自死遺族のわかちあいを持つ団体が4つ(県精神保健福祉センターを含む)あり、そういう意味では他都道府県よりも一歩先に進んだ自殺対策を行っているように思います。宮城から発信したリボン運動同様、このwaveが全国に広がり、命を繋げられればと願っています。






 萌黄色の自殺対策リボンバッジは一口300円の募金で頒布しており、
 全国にその輪を広げている。
 問い合わせribbon2007@gmail.com
 ホームページ: http://ribbon2007.com/
「遺族語る」のパネル展示について [2007年11月26日(Mon)]

事務局:森山


 このブログでもたびたび出てきた、「遺族語る」のパネル展示。

 いま、「全国キャラバン」とともに、全国各地をめぐっています。

 実際にご覧になった方は、どのようなものかご存知だと思いますが、「遺族語る」と題されたこのパネル1枚1枚には、自死によって亡くなられた方の生い立ちや性格、死に至った経緯、そして自死遺族の方々の「思い」が詰め込まれています。

 お亡くなりになった方が、どのような人生を歩んでこられたのか、どのような性格の方だったのか…。どのように生き、そして、どのようにして亡くなられていったのか…。さらに、どのような思いをご遺族の方々は持っているのか…。1枚のパネルには、それぞれの方の、それぞれの人生が描かれています。

 この「遺族語る」のパネル展示は、7月からこの11月まで、全国各地、地方によって様々なシチュエーションで展示が行われてきました。そして、これからの「全国キャラバン」でも展示が行われる予定です。


「遺族語る」のパネルのご遺族の一人、ヨシフミさんはおっしゃいます。

 「遺族の実態を知ってほしいと思いましたし、実際に見ていただいて、少しでも見ていただいた人の心に訴えたいという気持ちがありました。母と私の実名、顔写真をパネルに載せることにはそれなりの勇気が要りましたが、来場された多くの方が真剣に読んでくださったとのご報告を受け、パネルにしていただいた甲斐があったと思っています。これからも、多くの方に見ていただきたいです。」と。




宮崎会場にて



西多摩会場にて



福島会場にて



兵庫会場にて


 「全国キャラバン」の中でも、大きな位置を占めるこの展示。

 5人の方々の、それぞれの思いが詰め込まれています。

 「自死」が特別なことではなく、身近にありえることだということ。自死を特別視せず、見てほしいということ…。
 そして、自死で亡くなった方も、ひとつひとつの人生を生きた方々であるということ。
 見てくださる人に対しても、自分だったらそういうときにどうするか、明日自身の身に起こりえても不思議ではない、身近なこととして考えてほしいということ…。
 
 それぞれの会場では、じっとパネルを見つめていらっしゃる方や、涙を流されながらご覧になっている方々がたくさんいらっしゃいました。
 機会がありましたら、まだご覧になられていない方は、ぜひご自身の目でご覧になられてみてください。そして、その「思い」を実際に受け取られてください。

 なお、「ライフリンク通信」第7号にも、3人の方について掲載させていただいております。「ライフリンク通信」ご希望の方は、ライフリンク事務局までご連絡ください。
全国キャラバン in 徳島 [2007年11月20日(Tue)]

報告者:森山(NPO法人ライフリンク)


2007年11月15日(木)、徳島県徳島市。



 透き通るような青空が広がる中、徳島県障害者交流プラザにて、
とくしま自殺対策シンポジウム(自死遺族支援全国キャラバンin徳島)が開催されました。

平日にもかかわらず、会場はほぼ満席で、約100人の方々が参加されました。

◇◇◇


 まずはじめに、徳島県保健福祉部長三木さんより、徳島県知事のご挨拶の代読がありました。

◇◇◇


 その後、清水康之さん(NPO法人ライフリンク代表)より、自死遺族支援全国キャラバンの主旨説明がありました。自殺対策の中で、自死遺族支援が立ち遅れているものであり、そのためにこのシンポジウムがあるということ、そして今回のシンポジウムも四国では初めてであるということが話されました。そして、1人90人あまりのかけがえのない人生を生きた方々が亡くなっているということで、自殺者は、「減る」ことは無く、毎年3万人以上新たに「増えている」いうことがお話されました。

◇◇◇


 基調講演では、「自殺総合対策について」という題で、高橋広幸さん(内閣府自殺対策推進室参事官)がお話下さいました。



 高橋さんは、自殺対策大綱のご説明と、現在の自殺対策の現状について、諸外国との比較などを通してご説明下さいました。

◇◇◇


 次に、自死遺族の方の体験談として、大学生の竹村彰太郎さんがご自身の体験をお話して下さいました。



 竹村さんは、中学3年生の時にお父さんを自死で亡くされ、お父さんが亡くなられた際の警察の対応についてや、ご遺族として経験してきた、その後についての辛い胸のうちを語って下さいました。
 竹村さんは、中学3年生の時、学校から帰宅後、自宅で首をつって亡くなっているお父さんを発見。見つけた瞬間は、どうしていいかわからず、お母さんに連絡するのが精一杯で、連絡を受けたお母さんもパニックになっていまい、お母さんの友達に電話するのがやっとで、なんとか救急車を呼んでもらえたということをお話されました。
 その時、お母さんがお父さんに付き添って病院に行った後、竹村氏は第一発見者だったがために、早く病院に行きたいのに、警察から現場の横で調書を取られ、それが苦しかったと当時のことを語られました。
 そして、お葬式で友達の顔を見たとき、「お父さんが自殺して、それを発見もして、怖かった」と言いたかったのに、何も話せず、ただただ涙が出てきてしかたがなかった、とお話されました。「(自死を)言ってはいけない」と思っていたと当時を振り返り語って下さいました。
 竹村さんは、お父さんが亡くなってから、不眠症になってしまい、たまに眠ってしまうと変わり果てたお父さんの姿を夢に見てしまったといいます。
 どうしていいかわからず、お金も無いために付属の高校へも行けずに、やむなくいった高校に通っても楽しいと思えなかったという竹村さん。ご遺族となってから、周りの人たちから言われた言葉に傷ついた経験も語ってくださいました。
 高校の家庭科の時間には、「父親とは」という課題を出され「高校も父親がいない人のことを考えてくれなかったんだ」と思ったということ、学校の健康診断で再検査になったときに、お母さんが働いていたため保護者同伴が必要な再検査にも一人でしかいけず、係の人に、「(保護者同伴と書かれている書類をさして)あなたはこの書類に書かれている日本語が読めないんですか?」と言われ傷ついたこと…。
 そして、その高校も、お母さんが過労で倒れ、辞めざるをえなかったこと。16歳無職という時期を経験し、なんとか新しい高校に通えても、周りからは、「なぜ母子家庭の長男なのに働かないの?」と言われ苦しい思いをしたこと…。
 「お父さんがいたら、そう言われないのに」と思ったこともあると言います。なんとか力がほしいと思い、1日十時間勉強して、今の大学を受験をしたといいます。大学生として存在する今の自分。「ここまでくるのはしんどかった」とお話されました。
 
 「自殺率が低い県でも苦しんでいる人がいるのだということを、わかってほしい」
竹村さんは、力を込めて会場に語りかけました。

 「お父さんの自殺は、ずっと人には言えなかったんです。でも、そんな中、お母さんを自殺でなくされた方と出会った。そして、話を聞いてくれる人がいれば、支えになるということを知った。学校の先生はそういう生徒がいるということを認識しなければならないし、行政の方には、どんなに自殺率が低いところでもそういった子がいるということを知ってほしい。そして、自分は、その子たちのために声をあげたいと思っています。」とお話されました。
 竹村さんがお話されている間、会場は静まり返り、竹村さんのその言葉の一言一言を受け止めているようでした。

◇◇◇


 休憩を挟んだ後には、「今 わたしたちにできること」という題で、シンポジウムが行われました。コーディネーターとして清水康之さん(NPO法人ライフリンク代表)、シンポジストとして近藤治郎さん(社会福祉法人徳島県自殺予防協会理事長)、杉本脩子さん(NPO法人ライフリンク自死遺族支援担当)、石元康仁さん(精神保健福祉センター所長)、そしてオブザーバーとして高橋広幸さん(内閣府自殺対策推進室参事官)が参加なさいました。


(左から、清水さん、近藤さん、杉本さん、石元さん、高橋さん)


 まず、前述の竹村さんのお話を受けた上で、コーディネーターの清水さんから、お話がありました。
 自死遺族の悲しみは、しばしば「サイレントグリーフ」(沈黙の悲しみ)と言われるということ。そのような中で、子ども達が声をあげて自分たちの経験を打ちあけてくれたけれども、まだまだご遺族は苦しんでいるということ。今まで、まわりの人たちが法律を作って、その中で有効な対策を…、と動いてきているので、ぜひ、会場の皆さんにも“参加”してほしい、と会場に呼びかけられました。
 そして、シンポジストの方々に対して、徳島県の自殺の現状と、自死遺族支援についてどういったものが必要であり先進的なところはどうでしょうか、と問いかけられました。

 このお話を受けて、石元さんから徳島県の精神保健福祉センターの業務内容と、徳島県の自殺の現状についてのお話がありました。徳島県は自殺率は低いけれども、毎年150人以上が亡くなっているわけでまったくいないわけではないということ、徳島県は糖尿病死が多いといわれているがそれよりも自殺の方が多いということ。
 そして、自死遺族支援についてはできていないのが課題であるとお話がありました。
 その中で、竹村さんのお話を聞いて、ご遺族の気持ちを知ることができ、接点が大切だと思ったということをお話され、「ヒントや情報をいただいたのでこれからゼロからの出発で頑張っていきたい」とお話がありました。

 県内で自殺予防運動をなさっている近藤さんからは、まずご自身がなぜこのような支援の活動をはじめたか、というお話がありました。31年前に未遂女性と出会い、こんな哀しいことがあって良いのか?と思ったという近藤さん。30年前は、自殺の問題に耳を貸してくれる人はいなかったといいます。以来、奥様と二人で相談にのる日々を送られたものの、やればやるほど相談は増え、これは生涯をかけて、命をかけてやらねばと思ったとお話下さいました。
 また、「困った人を支援することも大切だけれども、困る人を作る社会を変えることが大切で、これは社会運動として発展するべき活動です」とお話になられました。
 そして、「3年ほど前に自死遺族の方の分かち合いの会を呼びかけたけれども、0人でした。しかし、これから・・・!」と締めくくられました。

 杉本さんからは、ご遺族の分かち合いの会を運営されてきた経験からのお話がありました。ご遺族の悲嘆は、1人で解決するのは難しく、大切な人を亡くした上に周囲の方々の言葉によって二次的な心的外傷をおう場合もあるといいます。理解がないことによって、偏見がうまれ、苦しんでいるご遺族が多くいらっしゃる現実。
 また、「悲しみを消す魔法はどこにもないんです」と杉本さんはおっしゃいました。「けれど、まっくらなトンネルにも必ず出口があります」とお話になられました。
 現代社会は、充分に涙を流すことなど、ネガティブな感情を外に出すことが難しく、安心することができません。感情は、外に出さない限り変化はしない。社会の自殺に対する偏見もあり、話せない苦しみが遺族の方の孤立感・孤独感を深めてしまう…ということを、ご自身のご経験によりお話になりました。
 そして、遺族支援には、3つのことが必要であるとお話になりました。1つめに、既存の人間関係の中での支援、2つめに、医師や臨床心理士などの専門職による支援、3つめに、当事者を含めた総合支援。いままでは、当事者のグループの存在が足りなかったとお話になられました。ご遺族の方同士がお互いの思いを語り合える場で、“仲間”がいることで気づくこともあるとお話になりました。

 そして、高橋さんからは、自死遺児の子たちが声をあげたことでこの今の機運に結びついてきた、ということで、自分としては頭の下がる思いであり、敬意を表したいとお話がありました。 自死遺族支援では、行政とご遺族の接点がなかなか見つからないが、先行しているグループを参考にさせていただきながら、まずはそこからはじめたいとのお言葉がありました。

 徳島でのこのキャラバンは、最後に、「行政・民間一体となってがんばっていきましょう」という司会者の方の言葉で締めくくられました。

◇◇◇


 会場の後方には、「遺族語る」のパネルが設置され、多くの方々がひとつひとつのパネルをじっとご覧になられていました。



 なお、徳島県でのキャラバン・キーワードは、『話を聞いてくれる人がいることが生きる支えとなる』となりました。
ライフリンク会員紹介@ [2007年11月12日(Mon)]

事務局:森山


 ライフリンクには、様々な経歴をもった多くの方が、
会員として一緒に活動をしています。

 そんなライフリンクの頼もしいメンバーの中から、
本日は、あるライフリンク会員の方をご紹介します。

先日、ライフリンクでの作業を手伝いに来てくれた、彼。



実は、アーティストなのです。



「全国キャラバン」シンポジウムで、
「遺族語る」のパネルをご覧になった方は、
彼のことを覚えていらっしゃるかもしれません。
自死遺族でもある彼が、7月に『無音のノイズ』という曲を作りました。
この曲には、遺族としての思いや、さまざまな思いが込められています。

◇◇◇

ヨシフミ(27)

秋田県出身、さいたま市在住。
19歳の時に、お母さんが自死(享年48歳)。
当時在学していた大学を退学し、精神科医になるために医学部を受験。
大学時代は、あしなが学生募金でも活動。
勉強の合間に路上ライブを行う。
医学部を卒業したものの、お父さんの病気がわかり、
現在は闘病中のお父さんと同居をしながら、家事に専念している。
現在に至るまで、約50曲を作った。

※追記(2008.4.4.)
2008年4月より、家事と両立させながら、病院で研修医として勤務されています。

◇◇◇

ヨシフミさんからメッセージ

 『無音のノイズ』はメッセージソングであるとともに、自分自身に向けた応援歌でもあります。

 この曲は、7年前に自殺した母親と、脳の病気で現在闘病中の父親のことを思って作りました。
 昨年の6月に父親の病気が発見され、手術のために入院となりました。
 私は父親の面倒をみようと、当時在籍していた大学の講義に全く出席しなくなりました。その年の10月からは、卒業するために必要な試験が20科目以上控えており、途方に暮れました。大学を休学しようかと悩んだ時期もありました。
 しかし、父親が入院する病院に通う毎日の中で、なんとかして大学を卒業しようと決意を固めるに至りました。
 「早く卒業することで父親を喜ばせたい」と。

 そう決意するまでの約1ヶ月間で、本当に色々なことを考えました。
 特に、自分が生きる意味や、両親が歩んできた人生、自分たち家族のそれまでの歴史について。
 「自分がいまこうして生きていられるのは、両親が奇跡的な確率でであった末に自分が生まれたから。両親が一生懸命、自分たちを育ててくれたから」。
 そんな当たり前のことを、私は父親が病気になるまで忘れていました。
 両親への感謝の気持ちを忘れ、母親の自殺をただひたすら嘆き、うまくいかないことがあるとそれを母親の自殺のせいにしてきた自分がいました。
 
 そんなふうにやりきれない気持ちを抱え込んだ時、私は部屋にこもって作曲をしていました。
母親が亡くなってからの7年間、ずっとそうでした。
作曲をしてギターで弾き語りをすることが、私にとっての心の支えでした。

 今回CDにした『無音のノイズ』は昨年の7月頃、
父親が入院している時期に作りました。
 必死にもがいていた自分のそれまでの生き方、両親への思い、これから自分が生きていく決意、それらをこの曲の中に凝縮しました。
 自分にとって大切なことをこれからも忘れないようにと、一つの曲として形にしたかったのです。
 そこで歌われている“大切なもの”は、親が生きているかどうかに関係なく、親の死因が自殺であるかどうかにも関係なく、多くの人にとって“大切なもの”であるはずです。
 だから、立場が自分と近い遺族の方々のみならず多くの人にこの曲を聴いてほしいと思っています。

 それでも、『無音のノイズ』の歌詞の最後の一行には、自死遺族としての思いを込めました。
 どんなに自分の考え方が前向きになったとしても、遺族としてどうしても心の中に残ってしまう、おそらく一生残るであろう、微妙な部分を。
 そういった意味で、この曲はメッセージソングでもあります。



少しでも多くの方に聴いてもらいたいという
ヨシフミさんの思いがあります。
パソコンで音楽をお聴きになれる方は、お聴きになってください。↓

『無音のノイズ』



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「無音のノイズ」は、秋田市内の“FM椿台”というラジオ局でもオンエア中です。
(11月5日〜11月30日まで、平日の朝8:45から)
11月30日追記:オンエアが12月いっぱいに延長されたそうです!

秋田市にお住まいの方は、ぜひお聴きください。
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無音のノイズの歌詞・お問い合わせ先については、こちらへ↓
続きを読む・・・
全国キャラバン in 兵庫 [2007年11月05日(Mon)]

報告者:森山(ライフリンク)


 去る10月14日、窓からおだやかな海の見える兵庫県こころのケアセンターにて、「自死について考えるシンポジウム 自死遺族とともに」が開催されました。



◇◇


 まずはじめに、井戸敏三兵庫県知事によるご挨拶がありました。知事は、現在の兵庫県における自殺者数の推移や、遺族の方々の現在置かれている立場などについてお話になられました。



◇◇


 その後、永守研吾氏(兵庫県健康生活部障害福祉局障害福祉課長)より、兵庫県における自殺対策の取り組みなどが話されました。

◇◇


 基調講演では、「社会問題として自死を考える」〜遺族支援の必要性〜という題で、清水新二氏(奈良女子大学教授)がお話されました。
 清水氏は、まず、自殺が単一の背景によって発生しているものではなく、複数の要因が含まれているということ、そして自殺は個人だけの問題ではなく社会の問題であるということをお話されました。これまで日本も自殺対策は行ってきたものの、残されたご遺族に対するケアが見過ごされてきたというご指摘をされ、そして、うつ対策に加えて、再発防止(ポストベンション)が必要であるとお話されました。自死遺族が体験する感情的苦悩には、いろいろなものがあるということ、そして、非難やうわさ話・タブー視によってご遺族が二次被害にあってしまっているということ、自死遺族の方々の悲嘆は、個人で乗り切るには困難が大きすぎるために、自死遺族支援グループなどの民間団体だけではなく、行政も連携して係っていく必要があるということをお話されました。

◇◇


 休憩時間には、フルートとピアノの演奏がなされました。

◇◇


 自死遺族の体験談・手記の発表では、尾角光美氏、K氏、そして青森のご遺族の方の手記の代読がありました。



 尾角氏は、お母さんがお亡くなりになるまでの家庭の状況をお話され、お母さんが亡くなったときやその後のご自分の経験をお話になりました。辛いとき、支えになったのは、そばにいてくれた人の存在、メールでいつも気遣ってくれた友達の存在だったといいます。また、自死遺族である尾角氏のお友達が、「私、死因を聞かれたときに、自殺で亡くなったってすんなり言いたい」とおっしゃっていたということをお話されました。今の現状では、まだまだそのように言える状況ではないこと、そして今は誰だって死にたいと思うことはあるのに、そのときどうしたら良いか教えてもらえない、大人が語れないと子どもはどうしたら良いのでしょうか?とお話され、遺族としての痛みや悲しみは一生消えるものではないけれど、その気持ちに向き合っていきたいとお話されました。

 K氏は、奥様を亡くされた経験をお話になられました。本人が亡くなったことはとても悲しく辛いことだけれど、死の選択自体は認めたいという思いと、自分自身は助けられなかったという思いを背負っていかなければならないと思っていらっしゃること、そしてご自身のお気持ちについてお話されました。自死遺族は自分が悪いと思っている方もいるために、声を出せず、社会に対し何も言えない場合もあるということと、苦しんでいる方々はいつもぎりぎりの状態にいるために、私たちは苦しんでいる人を引き上げようとするのではなく、背中をいかに支えていけるかが大切だということをお話されました。

 手記の代読では、ご遺族の方のお話が代読されました。ご主人が亡くなった後、子ども達を育てていくうえで経済的辛さがあったこと、借金がふくらみ返済に困るようになってもどうして良いかわからなかったこと、そして大学に子どもを進学させるにも、経済的に困難であるにもかかわらず授業料の補助が受けられなかったことなど、感情の面だけではなく現実的に苦しいものがあるということがお話されました。この方は、民間団体へかけた一本の電話から、取るべき手続きがわかり、救われたということがお話されました。

 会場は、シーンと静まりかえり、来場者の方々はご遺族のお話に涙ぐみながらじっと聞き入っていました。

◇◇


 自死遺族の体験談の後は、「遺族支援の視点から」ということで、パネルディスカッションが行われました。



 座長には、清水新二氏(奈良女子大学教授)、コメンテーターに藤澤克己氏(NPO法人ライフリンク)、パネラーに高木慶子氏(兵庫・生と死を考える会)、藤本啓子氏(わかちあいの会 風舎)、弘中照美氏(多重債務による自死をなくす会)、そして渭川雄基氏(リメンバー神戸)が参加されました。
 
 まず、藤澤氏より、今回の「全国キャラバン」の趣旨説明がありました。現在、「全国キャラバン」もこの兵庫で17番目になるということ、自死遺族支援は自殺対策の大きな柱であるにもかかわらず全国的に見て遅れているということ、これまでは民間のグループが頑張ってきたがこれからは官民一体でやっていくことが必要だと思うということが話されました。これがゴールではなくスタートであるということを強調され、パネリストの方々には、「どんなことを問題として抱えているのか、率直に意見を出してほしい」ということが投げかけられました。

 それを踏まえ、まず「わかちあいの会 風舎」の藤本氏は、分かち合いの会の現状をお話されました。倫理的に配慮し、会では実名ではなくニックネームでの参加を認めている点、「自殺予防」という言葉は会としては連呼することを控えるということをお話になりました。「力には限界があり、全ての方に満足してもらえるのは難しいけれど、これからも大切な方を失った悲しみをもつご遺族の方々にとって、一人でも多くの同じ悲しみを持った方々がつどえる場所にしたい」とお話されました。
 
 「多重債務による自死をなくす会」の弘中氏からは、2007年3月に設立した会でこれまで1200件ものご相談があったというお話があり、弘中氏が実際に相談を受けてきた中で感じられてきたこと、そして経済的な面からも苦しんでおられるご遺族の実態について、お話がありました。これまで、多くの自死遺族の方とマンツーマンでお話してきた中で、相続の問題で悩まれている方もおり、手続きを知らないがために苦しんでいるという方がいらっしゃるというお話があり、そして、一人でも多くの自殺者を減らして行ければということがお話されました。

 「リメンバー神戸」の渭川氏からは、「ケアや支援では、県民の皆さんと一緒に何ができるのでしょうか」という会場への問いかけがありました。その中で、「私たちに出来ることは何なのでしょうか?」という問いかけがあり、そもそも、遺族ケアのグループやつどいはなぜ必要なのか、遺族の方がなぜ来るのか、来なくてはいけないのか、考える必要があるということをお話されました。「自死」について私たちが打ち明けてもらったとき、何と返せば良いか。ご遺族にとっては、こちらがぽろっといってしまった言葉が孤独にさせてしまったりすることさえあるといことをお話されました。遺族ではない立場として出来ることは何なのでしょうかという問いかけがあり、遺族ケアに求められるものは、専門家だけが出来るものでもなければ誰かがしてくれるものでもなく、一緒に考える姿勢こそが大切であり、大切な人の自死について向き合っていく姿勢が大切ではないでしょうかというお話をされました。

 「兵庫・生と死を考える会」の高木氏は、これまで長く遺族支援に関わってこられたご自身の経験についてお話されました。20年前は、「生と死」という言葉を使うだけで、失礼では?と言われたが、20年間続けてきて、今がありますということをお話されました。これまで兵庫は大震災や福知山線の事故も経験してきており、ご遺族の方々が多くいるはずであるということもお話されました。

 以上のパネリストの方々のお話を踏まえて、いろいろな立場でグリーフケアが行われているということ、兵庫県ではご遺族の方々がそれぞれの会に通うことができ、選択できる状況であるということ、今後兵庫県でも支援をしていただき、連携ができればというお話がされました。

 パネルディスカッションの後半、会場に駆けつけてくださっていた兵庫県司法書士会会長、島田雄三氏よりご挨拶がありました。「司法書士会としても以前からやれることはやらねばと思ってきましたが、今後相談窓口を設けることになりました」というご報告がありました。「そのため、今後はさらに責任も重大であり、兵庫県の人も力を振り絞って頑張っていきましょう」という力強いお言葉がありました。

 清水氏は、今回のシンポジウムで生の声を聞き、学ぶことが多くあったということ、自死遺族対策を自殺予防の中に入れるあやうさや、社会支援として自殺対策を考えていくことが必要であるということをお話されました。法律ができ、自治体には責務ができた、根拠がないとこれまで行政は動けなかったが、今はもうやらなければならない状態ではなく「やることができる」状態であるということ、官よりも民の方が先行しているが、うまく手をつなぎあって官民連携の対策をすすめていければとお話になられました。
 最後に、私たちが日々の生活の中でどういうことができるのか、ご遺族と寄り添って向かい合っていく、私たちにもできることをしていきたいと締めくくられました。

◇◇

 
 山口氏(兵庫県精神保健福祉協会副会長)より閉会の挨拶があり、「最近なんでもうつ病にしてしまう傾向があるが、自殺対策もおくが深いので、もう少し仕組みなどを考えていきたい」とお話があり、シンポジウムは閉会をむかえました。

◇◇


 兵庫県でのキャラバン・キーワードは、「ひとりじゃないよ」となりました。

 時間いっぱいまで様々な立場の方々が色々な視点からお話を交わした兵庫キャラバンですが、会場の外でもブースが設けられ、多重債務の問題への相談や心のケアの相談が行われておりました。

◇◇


 入り口近くでは、「遺族語る」や「自殺対策基本法について」などの展示もなされ、
「大切な人をなくしたあなたへ」というモニター画面にうつるメッセージもありました。