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全国キャラバン in 島根 [2008年01月21日(Mon)]
報告者:竹村


 遅くなりましたが、昨年12月22日(土)に行われました『自殺対策シンポジウムinしまね』の報告をさせていただきます。

 会場となったのは、島根県松江市にあるサンラポーむらくもでした。
 当日、私は大阪の自宅から会場に向かったのですが、濃霧のため飛行機が着陸できない可能性があり、開場までたどり着けるか不安でしたが、無事到着することができてよかったと思います。

◇◇


 当日、約100名の方が参加され、行政関係者の方が多く来場されていました。



 最初に島根県健康福祉部長の法正良一さんが開会の挨拶をされました。法正さんは、「島根県は自死遺族支援が遅れている。何ができるか今後の糸口をこのシンポジウムで得たい。」と述べられた後、「すべての県民が自死を自らの問題として考えてほしい。一人ひとりができることを考えていきたい。」と述べられていました。
 自死遺族支援に取り組む中で、取り組みたい気持ちがあっても、方法論が見つからなければ、前に進むことができない。だから、このシンポジウムをきっかけに方法論を見つけ、自死遺族支援を少しでも前に進めていきたいという想いが私には伝わってきました。

 次に島根県障害者福祉課長の小池律雄さんが、島根県の自殺の現状を説明してくださいました。島根県は過去からずっと自殺率が非常に高いということを話されました。自死で亡くなられた方しか数字では示されていませんでしたが、その背景には、自死遺族や自死の未遂者がいるということも強調されていました。
 これに関しては、私もそう思っています。この記事を執筆している私自身、自死遺族として苦しんでいました。父一人が自死で亡くなると遺された4人(母、妹、弟、私)が、自死遺族になります。だから、自死で亡くなられた方よりも多くの方が自死遺族として苦しんでおられるということを知っていただければと思っています。

 その後、島根県では自死で亡くなられる方が男性に多いということ、島根県内の地域別の現状、自死で亡くなられた理由などを話されました。それらの統計をまとめると、『相談相手のいる人が40歳代、50歳代の男性に特に少ない。』という見解を示されました。
私自身、何か辛いことがあったとき、相談する人がいるだけですごく助けになると日々感じています。相談できる人がいなければ、心に大きな負担を背負って生活しなければならないと感じています。

 シンポジウム前半の最後に、ライフリンク代表の清水康之さんから、平成18年6月の「自殺対策基本法」の成立には、自死遺族の学生が懸命に声をあげてきたという背景があることを語られました。
 
 そして、私の先輩である自死遺族の学生からのメッセージが収録されたDVDを上映されました。そのDVDには、私の先輩である山口さんが「仲間の存在が大切な人の自死から立ち直るきっかけになる。後輩たちに勇気を与えたい。後輩たちに辛い想いをさせたくない。」とおっしゃっていました。
 
 私は、その先輩のメッセージにすごく共感しました。私が現在、元気に大学生活を遅れているのは、私を支えてくれた仲間がいるからだと思っていますし、私が頑張って後輩たちに背中をみせることができれば、後輩たちが少しでも勇気を持ってくれるかもしれないと思っています。
 その後に、もう一本DVDを上映されました。そのDVDには、自死遺族の学生の頑張りを受け、「自死を少しでも止めたい」と遺族の方が自分の体験を語り始めたというものでした。その中で、「安心して自分の体験を語れる場は必要。」と遺族の方がおっしゃっていたのが印象に残っています。

 最後に、清水代表が「自殺の問題は他人事ではない。どれだけご遺族の言葉にリアリティを感じることができるのか、私たちの想像力が問われている」と述べられた後に、私が自分自身の体験を参加者の皆さんに話させていただきました。

◇◇




 私が話したことは、まず、私が中学校3年の時に父が自室で首つり自殺をしたことです。
父は自営業の経営に失敗して借金を抱えて思い悩んだ結果、自殺をしたと私は考えています。父が首を吊っていた現場で警察の方に調書をとられて辛かったこと、父親が首を吊っている姿が夢に出てくるフラッシュバックに思い悩んだこと、まわりの友達に父の自殺を言えず独りで思い悩んだことを話しました。
 次に、父が亡くなったことで経済的に苦しんだことを話しました。私は私立中学に通っていたが経済的な理由で公立高校に進学したこと、高校1年の秋に母が倒れ経済的な理由から退学を余儀なくされたこと、国立大学に進学するために1日10時間勉強したことを話しました。
 私は自分を振り返ってみると、父が亡くなってから他人にあまり相談をすることなく、苦しみに耐えていました。そうしたのは、相談しても誰も自分のことを分かってくれないと感じていたからです。
 大学2年生のときにボランティア活動がきっかけです、自死遺族の先輩に出会ったことを話しました。
 私はその先輩に自分の体験を話しました。そのときに、私はすごく泣いていました。私は、その時に初めて自分の話が受け止めてもらえたと感じました。

 この体験を踏まえて私は、『自死遺族には自分の体験を分かち合う場が必要です。』と訴えました。私自身も分かち合う場を求めていたし、自死遺族にとって、分かち合う場所は必要だと本気で思っているからです。どうかこの想いが届いてほしいと願いながら、私は体験を語らせていただきました。

◇◇


 シンポジウムの後半は、パネルディスカッション「自死遺族支援のあり方を考える」が行われました。



【コーディネーター】
青木眞策氏(島根県立 心と体の相談センター所長)
【パネラー】
藤井麻由美氏(島根県障害者福祉課保健師)
清水康之氏(NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク代表)
西田正弘氏(わかちあいの会あんだんて顧問)

 はじめに藤井麻由美さんは「島根県における自殺対策の取り組みと課題」について話されました。「自殺対策はどういうところが大事か、何をすればいいか、悩んでいる。」という言葉から始まりました。
 島根県の現状は、うつ対策を中心とした自殺対策の重要性について関係機関の共通認識が図られていること、普及啓発を行ってきたことなどがあげられました。その一方で、必要な人に情報が届いているか、自死の未遂者対策の糸口がつかめない、遺族支援の取り組み方針が明確になっていないなどの課題が挙げられました。
 自殺対策の重要性が分かっていても、具体的な対策がでてこない島根県の現状を痛感いたしました。

 次に清水康之さんは「自死遺族支援策のフレームワーク」について話されました。
 はじめに、「遺族が安心して悲しむことのできる場を、地域で作っていく必要があります。」という言葉を述べられ、自死遺族の多くは「自殺のに対する社会の偏見」に怯えており、自分の体験を話すことができず苦しんでいるという共通点を持っていると話されました。その後、語れる場があれば回復できること、回復できる場(分かち合いの場)では自死遺族は誰からも批判されたりおしつけられたりせず自分の体験に向き合うことができること、だからこそ社会が分かち合い場所を作るべきであるということを話されました。

 最後に、西田正弘さんは「自死遺族のつどいの運営」について話されました。
西田さんは、まず、ご自身が12歳のころに父親を交通事故で亡くされた経験を話され、現在では、交通事故は社会問題として認識されているが、自死はそうではないということ、自死遺族への認識をかえる必要があること、行政がファシリテーター(分かち合いの場を適切に運営する人)の要請と場所の確保を行うことで、分かち合いの場を運営し続けること、ファシリテーターがどういったものなのかを話されました。

 その後の質疑応答では、「他地域では、わかちあいの場がどのようにしてできているか」という質問がされました。でき方は様々で、自死遺族のグループで形成されている団体、子どもを支えている団体、特定の人たちで形成されている団体などがあると西田さんは答えられていました。
 また、今年の1月に分かち合いの会の準備会がすでに予定されていたのですが、「当日は西田さんに予定を空けておいて頂いて分かち合いの会に参加してもらってはいかがでしょうか。」と提案されると、会場からは拍手が起こりました。西田さんも快く参加を承諾されていました。
 島根県の方々は分かち合いの会を求めていることが実感できました。

 なお、島根県でのキャラバン・キーワードは、「安心して思いを語れる環境を、声に耳を傾けることから」となりました。

◇◇


 私はこのシンポジウムに参加して、大切な人を自死で失った体験を話せない自死遺族がいるということ、その解決策を求めているがいるということを改めて心に刻みました。