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市民会議の笹森会長逝去 [2011年06月16日(Thu)]

2007年から、「協同労働の協同組合」法制化をめざす市民会議の会長に就任し、全国各地の市民集会に参加、協同労働で働く現場の人たちと交流しながら、協同労働の協同組合を深く理解し、必要性や可能性の大きさに揺るぎない思いをもたれていた、笹森清会長(中央労福協会長)が6月4日未明に逝去された。
集会や国会などへ同伴するうちにいろいろとお話をするようになって、とても親しみを感じていた笹森さんの死は、伏流水のような喪失感をもたらしている。個人的には、亡くなる2日前くらいに、笹森さんの夢を見た。いつもの笑顔で「お、いたな」と声を掛けてくれ、いろいろ話した後、姿勢のいい伸びやかな身体で大きく手を振って私とは違う道を進んで行かれた。入院したと聞いていたので、私の中でかすかな予感が働いたのだと思うが、わざわざ私のような者までにも別れの挨拶に来てくれたのだろうと、思うことにしている。
心からご冥福をお祈りしたい。

協同労働法制化運動だけでなく、反貧困の取り組み、大震災での地域の復興への市民の活躍の場を保障する運動にも大きな損失となると思う。残念でならない。


市民会議会長代行の永戸祐三労協連理事長の追悼の言葉を紹介したい。

あ、笹森です。今度の総会にはいつ行けばいいの」
これが携帯で直接お聞きした最後の言葉でした。
「一日目冒頭でお話ししていただきたい」
それから数日して本部事務局に「入院することになったので総会には参加できない」旨、連絡が入ったとのことだった。

なにか今もって現実感を持てないまま笹森さんの死を受け止めている。
いや、受け止めきれないままでいるといっていいかもしれない。
 思い起こせば、法制化市民会議の代表(会長)を受けて欲しいという要請にこたえてくれたのは、2007年の6月だったかと思う。
「受けた以上は2年以内に法律を作りきる」と力強く宣言していただき、全国の仲間はその一言に奮い立ち法制化への取り組みを大きく発展させることになった。

地方議会の法制定促進決議も800議会を超え、国会の超党派議連も200人以上をずっと維持し、議論を深めていただいた。
国会で最終的に法律としていまだ成立させていただいていないが、実際には全国的に協同労働は、協同労働の協同組合はこの社会に必要なものであるとの認知が大きく進み、実体の取り組みが日々大きく発展している。
 これは笹森さんの法制化の取り組みを通じた、全国の仲間への限りない励ましがあってのことだと確信するし、心から感謝してもいる。
笹森さんは法制化市民会議の会長を受けていただいたその時から、全国のどんな小さな集会にも顔を出していただき、現場をまわっていただいた。
その中から、一段と協同労働への思いを深めていかれたように思う。
 こういう姿こそ、大衆運動のトップリーダーのあり方だと、私は心から敬意を感じ続けていた。

法制化へ今一歩という時。
震災からの復興がまだまだ
これからという時。
原発の事故収束がいまだみてないこの時。
何よりも安定しない政治の状況。
心に残ること、いっぱいの中で命の終わりを迎えられたこと。
 「無念」の一言かもしれません。
 「やれることは、やったよ」とおっしゃるかもしれない。

 いずれにせよ、やさしく相手の気持ちを慮りつつ、笑顔で話してくれたあの姿をもう見ることはできない。

 笹森さん。ほんとうに、ありがとうございました。お別れなのですか。ほんとに。

語り合った日本社会の未来への運動のあり方、その一歩を踏み出そうといっていた笹森さんとの話の続きを自問しながら、お別れします。

さようなら。ほんとうに心の底からありがとうございました。
            2011年6月10日
日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会
              理事長 永戸祐三
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