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2013年09月09日

ストレスと食べもの(その3・完)

今の世代にとっては知る由も無いことだが、昭和20年前後は長い間食糧不足が続いた。
米作り農家が、腹一杯の米のご飯を食べることが出来ず、大豆や芋・カボチャを代用食として賄った。家族の栄養不足を補うために牛や鶏を飼い、自前での栄養補給の日々であった。

そのような状況でも病人は少なく、病人の多くは伝染病患者であり、全体の死亡率を高めていた。当時は保険制度の不備から治療費が高く、病気との闘いは並大抵のもので無かったことは間違いない。しかし、そんな時代の食べ物でも、バランスの取れた食生活が生活の中で培われていた事を知るべきである。

一方、現世代の健康感覚は希薄で、乏しい限りと言わざるを得ない。
「飽食」と言われるまでに豊かな現代にもかかわらず、健康に影が落とされている。人々の健康・長寿への願いに不安を与えていることに、喝を入れるべきであろう。

私は、自分自身が糖尿病という生涯治らない病気持ちであることから、合併症・肥満・メタボ・食事・運動・ストレスなどの管理に心身を厭(いと)い、健康管理を自分のこととして嗜(たしな)め、徹底を極めている。

私は、父の指導である「怪我と病気は自分で治せ」を、唯一の教訓として今まで努力して来たつもりである。自分の健康管理さえできない者が、家族の健康指導は無理であろう。

自分で健康を管理するには、健康の理念・健康のメカニズムを勉強し、気力・活力・精神力を備えることである。

そして、さらに生きる活力に必要なことは、ズバリ「恋をすること」であり、恋心がホルモンの作用を促し気力が充実するのである。


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◇ のぶお(完)
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