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進学式 [2019年04月22日(Mon)]
 12年間一貫教育の京田辺シュタイナー学校において、子どもたちは8年生で初等、中等部を卒業します。そして高等部に上がる9年生の4月、『進学式』に臨みます。

  新年度4月の初めての登校日は、全校生徒がホールに集まり、それぞれの進級を迎えるのと同時に、進学式が執り行われます。
昨春、私は9年生保護者として、初めてこの進学式に参加しました。
新しく高等部のメンバーとなった9年生たちはステージに立ち、名前と高等部での抱負を一人一人発表しました。
高等部の先輩たちからは、文具のプレゼントをもらい、お祝いとして歌を歌ってもらいました。小さい時から常に音楽が身近にあることが、素晴らしいハーモニーとなって響きあうのだということを実感した日でした。

 その感動から1年が経ち、我が家の長男は10年生へと進級し、迎えられる側から迎える側へと移りました。今年は9年生のお祝いのために、朝早くから歌の練習や、進学式後の歓迎会の準備に勤しんでいました。

 月日の流れの速さに驚くとともに、先輩から後輩へのバトンは確実に受け継がれ、その伝統は温かさとともにあるということを感じました。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:15 | 行事 | この記事のURL
かがやき [2019年04月02日(Tue)]
「シュタイナー学校って、通信簿あるの?」親戚や、友人から、聞かれることが時々あります。
答えは、「YES」でもあり、でもやっぱり「NO」ともいえるような・・・。

京田辺シュタイナー学校では、1〜8年生の初、中等部は年度末に1回、9〜12年生の高等部は学期末毎に「かがやき」といういわゆる通信簿のようなものをもらいます。
娘が1年生の春休み、私がはじめて「かがやき」を目にした時の第一印象は、「アレ、数字が無い!?」。そうです、「かがやき」には、お馴染みの評価を表す、数字やアルファベットなどの記号はありません。
表紙をめくると、まず目に飛び込んでくるのは、詩です。これは、それぞれの子どもに向けた担任の先生自作の詩で、内容は、子どもを勇気づけるようなものや、導いてくれるようなもので、その時々によります。毎年、その時の子ども自身にしっくりくる、宝物のような存在です。
2ページ目は、1年間のメインレッスンの学びや学校生活の様子を丹念に綴った担任の先生の言葉で埋められています。
3ページ目以降は、専科と呼ばれる英語や中国語、手仕事、体育など各教科の先生から、それぞれの授業での子どもの様子が記されています。学年が上がるにつれて、専科も少しずつ増えていきますが、どの先生の言葉からも、子どもの奥に宿る光を見出し、その輝きをより強く、大きくしたいという温かくも強い思いが、伝わってきます。
よくよく見ると、表紙に書かれた「かがやき」というタイトルの下には「成長の記録」とサブタイトルが添えられていて、「これは、通信簿ではないんだな〜」と改めて思います。

「早くいっしょに見ようよ〜っ」娘に急かされて、手に取った5回目の「かがやき」。
低学年の間は、先生から保護者へのものという位置づけで、子どもには、詩だけが贈られていましたが、娘のクラスでは4年生から、保護者と子ども両方に向けたものになりました。
さっそく、嬉々として新たな自分の詩を繰り返し唱える娘。今年の詩は、娘を花開く桜になぞらえたものでした。

学校の前の桜の木には、小さなつぼみが、ほんのりと色づいています。
もうすぐ、新学期、そして入学式。今年も、また、たくさんの子どもたちのかがやく姿に触れるのが楽しみです。
C.T


かがやき.JPG
Posted by 京田辺シュタイナー at 07:00 | 授業 | この記事のURL
All for One [2019年03月25日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校は「親と先生でつくる学校」。その場の一つが、親も先生も参加して自由なテーマで意見交換する「全体集会」です。

学期に1度、年3回ほど開かれ、毎回100人以上が参加します。先月あった集会のテーマは「持続可能な教育環境を考える」。今回は先生方の働き方、給料や生活状況についても突っ込んで話し合いました。NPO法人立である私たちの学校には一条校(※)のような公費助成はなく、財政は潤沢ではありません。先生方は家族を養いながら何とか生活をやりくりしています。

それでもある先生は「子どもたちを、この学校を愛している」と言い、またある先生は「子どもと接している時、自分は何て幸せだろうと思う」と語り、その思いと志が胸に染みました。この学校は先生方に支えられ、また同時に私たちが支えていることを互いに共有する場でした。

巨大な経済社会の中で、ともすると自分の位置を見失いそうになります。この学校にいると、自分はコミュニティーの一員なのだと改めて思います。One for all, All for one を実感するのです。   

N.S.

※京田辺シュタイナー学校は、学校基本法に基づく学校(いわゆる一条校)として認可を受けた私立学校ではありません、学校法人の認可を受けるには、校舎や敷地の面積、設備、資金などに関する厳しい条件が数多くあり、数億円を超える資金が必要になります。 
抜粋引用「親と先生でつくる学校」せせらぎ出版

Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 運営 | この記事のURL
労働体験実習を受け入れて [2019年03月20日(Wed)]
9年7年の保護者です。
レストランを経営しています。
普段はほぼ仕事をしているので、他学年の子どもたちのことは、あまり詳しくありません。
それが、昨年、私のお店に労働体験実習で、11年生の男の子がやってきました。
本校では、11年生になると、自分の興味のある職業を約1週間体験するというカリキュラムがあるのです。

来る子どもの方も不安でしょうが、受け入れるこちら側も、実は不安です。どんな子だろう、どう接したらいいだろう、どんな経験を持ち帰らせてあげることが出来るだろうなど、色々悩みました。悩んだ挙句に、学校の子どもだということは忘れて、特別扱いはせず、普通の社会人として接することに決めました。

「声が小さいよ」とか「挨拶はハッキリね」など当たり前のことを注意します。厨房職が希望ということでしたが、せっかくの一週間だから、レストランの仕事を出来る限り見せてあげようと思い、掃除・ホール・企画・広報など、料理を作る以外の仕事もなるべく経験してもらいました。

教える中で、「あれ、これまで私が教えてきた若者たちとはちょっと違うな」と思ったことが二つあります。一つは注意をされたときに素直だということ。もう一つは、自分の中のベストを尽くそうとすること。「この程度やったらいいかな」とラインを探ろうとする子が多い中、「美しさ」を目指そうとする意欲を感じました。

ややもすると、私たちプロの側でさえ、時間に追われ、仕事に追われる中で、「うーん、このぐらいでいいか」なんて思ってしまいがちです。レストランという仕事の目標<食で人を喜ばせる>ことにまっすぐで、一瞬一瞬成長しようとする姿は、私たちがついうっかり忘れていたことを思い出させてくれるのに十分でした。

彼が去る日はみなさみしくて“実習生ロス”を感じたほど。実習生を受け入れた時間は、教えるつもりが教わり、大切な宝物をたくさん頂けた時間だったのでした。

y.k
Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 授業 | この記事のURL
年例祭 [2019年02月26日(Tue)]
2月下旬、京田辺シュタイナー学校の年例祭がありました。

年例祭は、年度の終わりに、1年から12年までの各クラスがその年の学びを披露する行事です。わが子のクラスはもちろん、他学年の子どもたちの成長も身近に感じられて、毎年楽しみな行事のひとつです。
内容は楽器の演奏や歌、オイリュトミー、劇などクラスによってさまざまですが、例年5年生は他のプログラムよりも少し多めに時間を取って劇を披露します。
今年はギリシャ神話のペルセウスを題材にした劇でした。
場面転換のたびに、大道具小道具を出し入れするのも全部5年生の子どもたち。慌てるでもなく粛々と作業を進めると舞台袖に一旦退場し、それから新たな場面が始まります。
普段10年生(高校1年)の娘を見ている私からすると、5年生なんてまだ幼く見えるのに、落ち着いているなあ。娘が5年生の時はこうだったかな・・・?

その日の帰り道、5年生の劇が話題に上りました。
娘が言うには、
「みんな役者さんやで〜。舞台袖では(小道具の準備などで)バタバタ走り回って、ワイワイしているのに、出番になったらすーっと(落ち着いて)出て行ってた」
舞台裏はそうだったのですね。

8年生での卒業演劇や10年生での悲劇のときに、舞台で役を演じつつ合間には裏方でいろいろな役割を担う経験をしてきて、娘はこの日の5年生の一生懸命ぶりが微笑ましかったのでしょう。その娘も、集大成の12年生卒業演劇に向けて、11年生12年生とこれからまだまだ学ぶことはたくさんあると思います。
こんな風に学びが積み重なっていくのだなと感じた年例祭でした。

n*h

Posted by 京田辺シュタイナー at 23:26 | 行事 | この記事のURL
節分 [2019年02月11日(Mon)]
「今日、鬼来たで〜」と、学校帰りに2年生の末っ子が嬉しそうに教えてくれました。
節分の頃になると、京田辺シュタイナー学校でも豆まきの行事が行われます。今年は7年生と高等部有志の生徒達が‘鬼’になって、各クラスに登場したようです。大きい学年には、鬼たちはそれなりに怖く登場するらしいのですが、2年生のクラスには、あまり怖がらせないようにやって来てくれたようです。
「窓の外にいてるのが見えてるねん。それで、(太鼓が)ドンドンってなったら入ってくるねん。」2年生は去年1度体験しているので、怖いというより、みんなワクワクドキドキしていたそうです。
子どもたちから豆を投げつけられて‘鬼’は帰っていくのですが、その時に毎年クラスの中から2人程‘鬼ヶ島’に連れて行かれます。‘鬼ヶ島’といっても怖いところではなく、行った人は鬼のお面をもらって帰ってくるそうです。
そして一緒に、梅の蕾の枝を持った‘福の神’もやって来てくれます。
節分行事は、立春の前日に邪気を追い払うという由来があるそうです。暗く寒い冬の季節が終わりを告げ、これから明るい春になっていく、という季節のリズムを‘鬼’と‘福の神’が象徴しているのだろうな、と思います。
立春とはいえ、まだまだ寒い日が続きますが、暖かい春の予感を感じながら、日々を過ごしていきたいと思いました。

                n.m.



Posted by 京田辺シュタイナー at 14:07 | 行事 | この記事のURL
手毬づくり体験会に参加しました [2019年01月27日(Sun)]
先日京田辺シュタイナー学校で開かれた「讃岐かがり手毬」のワークショップに参加しました。
教えてくれたのは、本校12年生(高校3年生)の生徒です。

これは卒業プロジェクトの一環で、彼女は自身の卒業プロジェクトで文化・伝統工芸をどのように未来につなげていけるかをテーマとして取り組んでいるそうです。香川県の伝統工芸品であるこの手毬を彼女自身も作っているのですが、今回は学内向けに体験してもらおうということになったようです。
もともと手仕事が好きな私は早速申し込みました。

当日は、お母さん方を中心に高等部生徒も混じり、彼女が作ってくれた毬の土台に好きな色の糸を重ね合わせていきました。カラフルな綿糸はすべて彼女が草木染めをしたもので、なんともやさしい風合いに、糸を見ているだけでうっとりしてしまいました。
土台の毬の色もそれぞれ、またその上に重ねる綿糸の色もそれぞれで、悪戦苦闘しながらも完成した手毬をみていると、その人その人の個性が表れていると感じました。

12年生の彼女は堂々としたもので、本当に初めて人に教えるのかな?と思うくらいテキパキしていてとても感心しました。
卒業プロジェクトの本発表まであと1ヶ月。その発表の場で彼女が伝統工芸としての手毬やその他の文化や伝統工芸をどのように未来につなげていこうと考えているのかじっくり聞いてみたいと思います。

このブログが掲載される頃には、12年生の生徒たちは、プロジェクトの仕上げに入っていることでしょう。本発表ではそれぞれの雄姿を見られることをとても楽しみにしています。

※ 卒業プロジェクト発表は一般には公開されていません。
※ 卒業プロジェクトのテーマについては、こちらの記事も御覧ください。

:y…k:

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Posted by 京田辺シュタイナー at 23:06 | 授業 | この記事のURL
子どもと過ごす冬休み [2019年01月08日(Tue)]
あけましておめでとうございます。
本年が皆さまにとって、よき年となりますようにお祈り申し上げます

みなさまはどのような冬休みを過ごされましたでしょうか?
我が家は、毎年、冬休みの大半を京田辺で過ごします。
5年生の娘は、夏休みには、川やプールへと連日のように出かけますが、冬休みは打って変わって、家の中でほっこりと過ごします。
クリスマスまでは、お友達や家族へのクリスマスカードやプレゼントを作ったり、ツリーの飾りつけを作ったり。そして、クリスマスが終わると、カレンダー作りが始まります。1年生の時に「自分の絵のカレンダーを作ってみたい!」と言ったのがきっかけですが、この時は数枚の絵を描いただけで完成しませんでした。2年生になって、再びチャレンジすると、なんとか12枚の絵を描けるようになりました。その後、3、4年生と、徐々に、娘の担当箇所が増えていきましたが、暦の部分を書いたり装丁したりなど、作業の大半は私がしていました。
そして、5回目となった今回、いつ、手伝ってと言われるかと思っていると、「ママ、見て!」いつの間にか娘が一人で仕上げたカレンダーを見せに来ました。
季節にちなんだ12枚の絵は、自分の好きな動物や季節の風物を描いた、これまで同様のあどけないものに交じって、植物学や郷土学などの授業で学んだものを再現した、手の込んだ絵もあり、様々な意味で成長を感じました。

どこへ出かけるでもなく、派手な出来事もない日々ですが、クリスマスキャロルや学校で習った歌をいっしょに口ずさみながら、子どもと共に過ごす時間は、私にとって何よりのクリスマスプレゼントでした。
C.T

1月ブログ写真.JPG

Posted by 京田辺シュタイナー at 21:40 | 生活 | この記事のURL
りんごろうそく [2018年12月17日(Mon)]
 12月に入り、街はクリスマスの光や音楽に満ちています。
 クリスマス前の約4週間はアドヴェント(待降節)と呼ばれますが、京田辺シュタイナー学校では、その初日である日曜の日没後に1、2年生が「アドヴェントの庭」という行事を行います。

 「生命(いのち」の蝋燭」を中央に置き、樅や檜葉など常緑樹の枝によって螺旋状にかたどられた道。ライアーのひそやかな音が響く中、子どもたちが一人ずつ、蝋燭を立てた林檎を持って螺旋を入り、中央の蝋燭から光を取ります。向きを変えて戻る途中、星型の印がある場所に、灯のついた「りんごろうそく」を置き、螺旋を出てまた元の席に着きます。
 はじめ、生命の蝋燭の他に数本の蝋燭が灯っているだけのホールはほとんど真っ暗で、子どもたちも緊張していますが、一人また一人と進んで行くうちに、螺旋の道にぽつぽつと置かれたりんごろうそくがやさしく光り、皆の心も暖められるように感じます。幼い足取りながらも厳粛な面持ちで歩く子どもと、少しずつ増えてゆく螺旋の光はとても幻想的です。

 クリスマスという宗教的な行事に関連づけられてはいますが、シュタイナー教育独特のこの行事には、子どもたちへの教育的な配慮が込められています。
 暗闇の中で感覚は自ずと研ぎ澄まされ、光、音、蝋燭や枝の香り、つるつる紅くずっしりと手に収まる林檎、そして歩む自分自身の身体を深く感じます。
 また、第1七年期(0歳〜7歳)を終えて、自分の中で闇と光がせめぎ合うように感じはじめる1、2年生の時に、自分の行為によって闇の中に光を増やしてゆくというシンプルな経験は、これから少しずつ向かっていく世界に自分が主体的に関わっていくための原体験となるのではないでしょうか。
 地上へ降りてくる誕生の道を象徴している、とも言われる螺旋を通るとき、子どもは普段と違ったその子の本質のような姿を見せることがあります。クラスごとに行われるこの行事で、暗闇のなかに友達の新しい姿を発見し、その歩みを見守り、戻ってきたことを喜ぶひと時を持ったことで、クラスの絆がさらに強まったように思います。

 冬至を前に暗闇の極まるこの季節、燦々と輝くイルミネーションに心躍らせることもありますが、闇を打ち破る蝋燭の小さな光にも心を向けたいと思います。

参考:纐纈好子「アドベントのはじまり りんごローソクって何だろう」(学校報『プラネッツ』第56号、2007年12月)

Y.T.

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Posted by 京田辺シュタイナー at 05:45 | 行事 | この記事のURL
器楽部のこと [2018年12月01日(Sat)]
 11年生の息子は、9年生までは野球部でしたが引退後(野球部は9年生まで)、10年生から器楽部に入りチェロを担当しています。オーケストラで弾く経験はほとんどなかったのですが、いつのまにか低音部を支える楽しさに目覚め、充実した放課後を過ごしています。

 秋には、一年に一度の学内向けの定期演奏会がありました。楽しんでもらいたいという想いが伝わってくる、暖かで居心地のよい演奏会で、小さな子どももあきずにリズムに合わせて音楽を楽しんでいました。

 定期演奏会は12年生の引退の節目でもあり、息子たち11年生は下級生を教える立場になりました。2学期後期から始まる6年生の体験入部も11年生がリードをとって進めます。毎晩帰宅すると翌日の準備のために、楽譜や五線譜を机に広げます。
 「音階を弾くだけじゃおもしろくないから、簡単に合わせられる曲を用意しておくんだ」
と、楽器経験が少ない下級生でも楽しく体験できるために工夫しています。

 冬の終わりに部内演奏会もあるので、後輩のためのソロ曲も見繕っています。部内演奏会は、定期演奏会とは違い全員で弾くのではなく、ソロや、くじ引きで決まったメンバーとのアンサンブル、自主的な演奏など、さまざまな取り組みの成果を披露する機会となります。
 「これはAちゃんだったら弾けるだろうけれどつまらないかもしれない」「Bちゃんが好きそうなメロディーだけれど難しすぎ」
など、下級生の好みや性格、力量を考え、チャレンジの気持ちで取り組むことができる曲を考えているようです。

 そのほかにも学校内の行事で弾く曲も練習しています。練習する曲目は多く、経験や性格様々な子たちが楽しく演奏できるよう、場をとりまとめてゆくのは大変そうですが、「教えるのも結構ためになるんだよ」と前向きに頑張っています。

 定期演奏会のときの12年生の挨拶で「器楽部で音楽が大好きになった」という言葉がありました。12年生の先輩の引退からひと月たちますが、『音楽が好き』という気持ちは先輩から受け継がれ、日々の中で育っていると感じます。

T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:03 | クラブ活動 | この記事のURL