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太鼓の響き [2019年10月26日(Sat)]
「どんつく、どんつく、どんどんつく…」。このところ、我が家には勇ましい掛け声が鳴り響いています。

 京田辺シュタイナー学校の秋祭り&バザーでは、オープニングとクロージングに6年生による和太鼓のセレモニーがあります。入学前に遊びに来たバザーで、初めて太鼓を見た時は、ずっと遠い先のことのように思っていましたが、今年は娘が太鼓を演奏する番となりました。

 9月半ばから、クラスのみんなが待ちに待った太鼓の練習が始まりました。先日は、6年生保護者のための太鼓体験会があり、我が家も夫婦で挑戦しました。すっかり耳に馴染んだ節回しは、簡単そうに思えましたが、大間違い。節に合せて手を伸ばしたり、足を曲げたり。その上、出来る限り腰を落とさねばならず、30分ほどで汗びっしょり。運動不足が祟って、膝はガクガク。気が付けば、真剣な面持ちの大人を、子供たちが余裕の笑みで囲み、いつもと立場が逆転しています。自分の親の姿にゲラゲラ笑いながらも、子ども達が根気強く教えてくれたおかげで、最後は、なんとか通しで演奏することができました。はじめての太鼓は、下手ながらも胸を揺るがすような響きと共に、爽快感のような達成感のような、不思議な余韻を体に感じました。思春期に入り始めた子供たちが、太鼓に向かうことによってもたらされるものをほんの少し体感できたような気がします。

 バザーが近づくにつれ、太鼓への熱もいっそう高まり、普段は家ではのんびりと手芸をしたり、本を読んだりしている娘も、連日、バチを手に素振りに励んでいます。6年生たちの雄姿、今から楽しみです。
C.T 


【秋祭り&バザー 100周年記念バージョン】概要:
11月3日(日)10:00〜15:00
・生徒・教員によるパフォーマンス
・保護者によるお店 子どもが参加できるワークショップ
・生徒による和太鼓演奏
・人形劇
など 詳細はこちらをごらんください。

Posted by 京田辺シュタイナー at 21:50 | 行事 | この記事のURL
進学式 [2019年04月22日(Mon)]
 12年間一貫教育の京田辺シュタイナー学校において、子どもたちは8年生で初等、中等部を卒業します。そして高等部に上がる9年生の4月、『進学式』に臨みます。

  新年度4月の初めての登校日は、全校生徒がホールに集まり、それぞれの進級を迎えるのと同時に、進学式が執り行われます。
昨春、私は9年生保護者として、初めてこの進学式に参加しました。
新しく高等部のメンバーとなった9年生たちはステージに立ち、名前と高等部での抱負を一人一人発表しました。
高等部の先輩たちからは、文具のプレゼントをもらい、お祝いとして歌を歌ってもらいました。小さい時から常に音楽が身近にあることが、素晴らしいハーモニーとなって響きあうのだということを実感した日でした。

 その感動から1年が経ち、我が家の長男は10年生へと進級し、迎えられる側から迎える側へと移りました。今年は9年生のお祝いのために、朝早くから歌の練習や、進学式後の歓迎会の準備に勤しんでいました。

 月日の流れの速さに驚くとともに、先輩から後輩へのバトンは確実に受け継がれ、その伝統は温かさとともにあるということを感じました。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:15 | 行事 | この記事のURL
年例祭 [2019年02月26日(Tue)]
2月下旬、京田辺シュタイナー学校の年例祭がありました。

年例祭は、年度の終わりに、1年から12年までの各クラスがその年の学びを披露する行事です。わが子のクラスはもちろん、他学年の子どもたちの成長も身近に感じられて、毎年楽しみな行事のひとつです。
内容は楽器の演奏や歌、オイリュトミー、劇などクラスによってさまざまですが、例年5年生は他のプログラムよりも少し多めに時間を取って劇を披露します。
今年はギリシャ神話のペルセウスを題材にした劇でした。
場面転換のたびに、大道具小道具を出し入れするのも全部5年生の子どもたち。慌てるでもなく粛々と作業を進めると舞台袖に一旦退場し、それから新たな場面が始まります。
普段10年生(高校1年)の娘を見ている私からすると、5年生なんてまだ幼く見えるのに、落ち着いているなあ。娘が5年生の時はこうだったかな・・・?

その日の帰り道、5年生の劇が話題に上りました。
娘が言うには、
「みんな役者さんやで〜。舞台袖では(小道具の準備などで)バタバタ走り回って、ワイワイしているのに、出番になったらすーっと(落ち着いて)出て行ってた」
舞台裏はそうだったのですね。

8年生での卒業演劇や10年生での悲劇のときに、舞台で役を演じつつ合間には裏方でいろいろな役割を担う経験をしてきて、娘はこの日の5年生の一生懸命ぶりが微笑ましかったのでしょう。その娘も、集大成の12年生卒業演劇に向けて、11年生12年生とこれからまだまだ学ぶことはたくさんあると思います。
こんな風に学びが積み重なっていくのだなと感じた年例祭でした。

n*h

Posted by 京田辺シュタイナー at 23:26 | 行事 | この記事のURL
節分 [2019年02月11日(Mon)]
「今日、鬼来たで〜」と、学校帰りに2年生の末っ子が嬉しそうに教えてくれました。
節分の頃になると、京田辺シュタイナー学校でも豆まきの行事が行われます。今年は7年生と高等部有志の生徒達が‘鬼’になって、各クラスに登場したようです。大きい学年には、鬼たちはそれなりに怖く登場するらしいのですが、2年生のクラスには、あまり怖がらせないようにやって来てくれたようです。
「窓の外にいてるのが見えてるねん。それで、(太鼓が)ドンドンってなったら入ってくるねん。」2年生は去年1度体験しているので、怖いというより、みんなワクワクドキドキしていたそうです。
子どもたちから豆を投げつけられて‘鬼’は帰っていくのですが、その時に毎年クラスの中から2人程‘鬼ヶ島’に連れて行かれます。‘鬼ヶ島’といっても怖いところではなく、行った人は鬼のお面をもらって帰ってくるそうです。
そして一緒に、梅の蕾の枝を持った‘福の神’もやって来てくれます。
節分行事は、立春の前日に邪気を追い払うという由来があるそうです。暗く寒い冬の季節が終わりを告げ、これから明るい春になっていく、という季節のリズムを‘鬼’と‘福の神’が象徴しているのだろうな、と思います。
立春とはいえ、まだまだ寒い日が続きますが、暖かい春の予感を感じながら、日々を過ごしていきたいと思いました。

                n.m.



Posted by 京田辺シュタイナー at 14:07 | 行事 | この記事のURL
りんごろうそく [2018年12月17日(Mon)]
 12月に入り、街はクリスマスの光や音楽に満ちています。
 クリスマス前の約4週間はアドヴェント(待降節)と呼ばれますが、京田辺シュタイナー学校では、その初日である日曜の日没後に1、2年生が「アドヴェントの庭」という行事を行います。

 「生命(いのち」の蝋燭」を中央に置き、樅や檜葉など常緑樹の枝によって螺旋状にかたどられた道。ライアーのひそやかな音が響く中、子どもたちが一人ずつ、蝋燭を立てた林檎を持って螺旋を入り、中央の蝋燭から光を取ります。向きを変えて戻る途中、星型の印がある場所に、灯のついた「りんごろうそく」を置き、螺旋を出てまた元の席に着きます。
 はじめ、生命の蝋燭の他に数本の蝋燭が灯っているだけのホールはほとんど真っ暗で、子どもたちも緊張していますが、一人また一人と進んで行くうちに、螺旋の道にぽつぽつと置かれたりんごろうそくがやさしく光り、皆の心も暖められるように感じます。幼い足取りながらも厳粛な面持ちで歩く子どもと、少しずつ増えてゆく螺旋の光はとても幻想的です。

 クリスマスという宗教的な行事に関連づけられてはいますが、シュタイナー教育独特のこの行事には、子どもたちへの教育的な配慮が込められています。
 暗闇の中で感覚は自ずと研ぎ澄まされ、光、音、蝋燭や枝の香り、つるつる紅くずっしりと手に収まる林檎、そして歩む自分自身の身体を深く感じます。
 また、第1七年期(0歳〜7歳)を終えて、自分の中で闇と光がせめぎ合うように感じはじめる1、2年生の時に、自分の行為によって闇の中に光を増やしてゆくというシンプルな経験は、これから少しずつ向かっていく世界に自分が主体的に関わっていくための原体験となるのではないでしょうか。
 地上へ降りてくる誕生の道を象徴している、とも言われる螺旋を通るとき、子どもは普段と違ったその子の本質のような姿を見せることがあります。クラスごとに行われるこの行事で、暗闇のなかに友達の新しい姿を発見し、その歩みを見守り、戻ってきたことを喜ぶひと時を持ったことで、クラスの絆がさらに強まったように思います。

 冬至を前に暗闇の極まるこの季節、燦々と輝くイルミネーションに心躍らせることもありますが、闇を打ち破る蝋燭の小さな光にも心を向けたいと思います。

参考:纐纈好子「アドベントのはじまり りんごローソクって何だろう」(学校報『プラネッツ』第56号、2007年12月)

Y.T.

りんごろうそく.jpg
Posted by 京田辺シュタイナー at 05:45 | 行事 | この記事のURL
8年生卒業セレモニーを終えて [2018年03月24日(Sat)]
 先日、8年生の長女の卒業セレモニーが終わりました。

 私にとっては、初めて体験するシュタイナー学校の卒業セレモニー。
どんな感じなんだろうとドキドキワクワクだったですが、当日は感動がいっぱいでした。

 まず、「さすがはシュタイナー学校!」と惚れ惚れしたのが、たくさんの音楽です。
7年生オーケストラによる素晴らしい「カノン」の演奏。教員からの合唱は、天へ続くのではないかと思うような澄んだ美しい声の重なりでした。入場も退場も、たくさんの方々の歌声の中で行われました。

 音楽のほかにも、あちこちにこの学校らしさが溢れていました。保護者の手でお花が丁寧に活けられ、どこもかしこも掃除が行き届き、まるで空気までも清らかになって、あたたかな優しさに祝福されているかのようでした。

 壇上では、担任の先生を先頭にして子どもたちが名簿順に並びます。背は大人と変わらぬほど大きくなり、自分の言葉で8年間の感想やこれからの抱負を語ります。

 その並びを見ていたら、ふと、少し緊張したような小さな子どもの面影が重なって見えてきました。そういえば、1年生の頃、同じように並んで、この学校に迎えてもらったのを思い出したのです。今より8歳若かった先生、そしてあどけなく幼かった子どもたち。自分の両隣をみれば、共に子育てをした仲間。仕事が忙しくあまり活動に参加できなかった私ですが、それでも、1年生から8年生までのたくさんの出来事が次々と思い出されました。

 ホームルームという言葉がありますが、この学校での8年間という月日は、私にとって、まさにHome<帰れる場所>を与えてくれたんだなぁと思います。卒業セレモニーは、感謝感激の1日でした。支えて下さった皆様、見守って下さった方々、本当にありがとうございました。

y.k
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:04 | 行事 | この記事のURL
東大寺二月堂竹送りに参加して [2018年02月22日(Thu)]
京田辺シュタイナー学校から、ほど近いところにある奈良の東大寺。
東大寺の二月堂では、3月1日から2週間、修二会(お水取り)と呼ばれる、752年から途絶える事無く続けられてきた法会が行われます。夜を徹して世界平和と人々の幸福を祈る僧侶達を照らす松明に、京田辺の竹も使われてきたそうで、二月堂まで竹を届ける風習を竹送りと言います。昔は、この時期になると街道筋に並んだ寄進竹を旅人や村人がリレー方式で奈良へと届けていたそうですが、現在は地域の方々のご尽力で市民参加型の行事として続けられています。
この竹送りに、本校4年生も郷土学の学びの一環として毎年参加させて頂いております。

竹送り当日、まずは竹林で竹を掘り出します。周囲の太さ34cm、長さ7mの真竹は、重さはなんと50kg。さっそく、何本かのうちの一本を本校の25名の子ども達と引率の先生で近くの観音寺まで担ぎます。お花見に、校外学習にと慣れ親しんだ田園の奥にひっそりとたたずむこのお寺に、かつておられた和尚さんがお水取りの創始者と聞き、感慨もひとしおです。お寺で道中安全祈願をしていただいた竹は、一旦トラックに載せられ東大寺へ。
東大寺境内は、お水取りとゆかりの深い様々な地域の方々と共に、再び子ども達も竹を運びます。保護者もお手伝いさせていただきましたが、大勢の観光客と行きかう鹿の間を縫うようにして竹を運ぶのは至難の業です。「よいしょっ、よいしょっ」と元気な掛け声で、登り坂を進んで行く子ども達に着いて行くのが精いっぱいで、二月堂に着いた時には、汗ばんでいました。

帰宅後は、家族でお水取りの話に花が咲きました。ひとしきりお水取りに関連する郷土学の様々な学びを熱心に語った娘は、「それにしても、おいしかったなぁ〜」と、京田辺と奈良で地域の方々が振舞って下さった大根の炊き合わせやおぜんざいを思いだしてほくほく顔。
竹送りに寄せられた様々な時代の様々な人々の思いを、子ども達は、担った竹の重さだけではなく、おなかを満たした温もりを通じて、感じた一日だったのかもしれません。

※竹送りの様子は、学校報「プラネッツ」90号にも掲載されております。くわしくはこちらをご覧ください。

C.T





1元気に竹を運ぶ子供たち=観音寺で.jpg


Posted by 京田辺シュタイナー at 17:35 | 行事 | この記事のURL
三男の入学式 [2017年04月25日(Tue)]
 我が家の三男が今年、京田辺シュタイナー学校に入学しました。長男、次男は入学式準備のため、一足先に家を出たので、夫と私と三男の三人であちこちに咲いている桜を眺めながら、学校に向かいました。

 学校に着くと、三男は1年生の教室に入り、夫と私はホールへ。1年生が入場してくる時に歌う歌の練習をしたりしながら、待っていました。準備が整い、1年生は8年生と手をつないで入場してきました。三男も緊張の面持ちで入場してきます。1年生の他の女の子と手をつないだ8年生の長男も、三男と同じように緊張した面持ちで入場してきていて、何だか笑えました。

 入学式は卒園した幼稚園の先生方や、学童保育の先生方が来てお祝いの言葉を下さったり、担任の先生が一年生の名前を紹介してお花をプレゼントしてくれたり、次男のクラスの5年生が歌を歌ってくれたりして、終始和やかな雰囲気のまま終了しました。また、ホールを出た後、校庭にたくさんの在校生・保護者の方が集まってきていて、1年生おめでとうの歌を歌ってお祝いしてくれました。

 緊張していた三男も、みんなに温かく迎えられて過ごすうちに、段々とこの学校に馴染んでいくのだろうな、と思います。親も子も新しいクラスの仲間と共に、実り多い時間を過ごせますように。

                        n.m.

 

 
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:40 | 行事 | この記事のURL
12回目の年例祭 [2017年03月02日(Thu)]
本校では毎年度の終わりに、その1年の学びの一端を保護者も見ることが出来る機会があり、年例祭と呼ばれています。
今年は2月24日の夕方から城陽市にある文化パルク城陽のホールをお借りして、年例祭が行われました。息子は12年生、もうすぐ卒業。今回が12回目、最後の年例祭です。
「息子が年例祭に出るのもこれが最後かぁ。」1年生や2年生のころ、先生に手を引かれて舞台の上でライゲンをしたり、笛を吹いたりしたことを思い出します。

さて、今年の年例祭、我が家の一番の話題は12年の息子と10年の娘が一緒に「選択オイリュトミー」の発表に出ること。

オイリュトミーというのは、ことばや音楽の音の響きを体で表現する芸術です。本校では高等部になると、「選択授業」という科目があります。9年生から12年生までの生徒が縦割りで、各自が選択した科目(今年度はオイリュトミー・美術・書道・管楽器・コーラス)の授業を週1回受けています。クラスの枠を越えて一緒に学べる選択授業は、子どもたちにとって楽しい機会の様です。

今年の年例祭前、本校ではインフルエンザが猛威をふるい、多くのクラスが学級閉鎖に追い込まれました。高等部4学年のうち12年生をのぞく3学年も次々学級閉鎖になりました。
子どもたちがオイリュトミーで動くのはベートーヴェンのピアノソナタ「テンペスト」第3楽章。ちょっとやそっとの練習で舞台発表が出来るような曲ではありません。にもかかわらず、週に1度の選択オイリュトミーの授業は、インフルエンザの流行によって、前々週、前週とつぶれてしまいました。年例祭直前の授業の日には、なんともうリハーサルが行われます。大ピンチ。

そんな状況下、年例祭2週間前あたりから、我が家では子どもたちが今までしたことのないことを始めました。
「練習出来ひん。どうしよ〜」と言いながら、家にあったCDでテンペスト3楽章を流して、狭いリビングルームで動いてみている二人。
音楽を聞きながら自分が舞台に出るタイミングのところでは、思わず「ここ!」と声を出す息子。
「最後のこれがむつかしいねん。」と言いながら、なんども動いて見せてくれる娘。
状況はピンチのようですが、二人の様子を内心面白がっている母。

年例祭当日の朝はまず学校で練習し、ホールでも練習し本番を迎えた子どもたち。9年生から12年生、合わせて20人の子どもたちは健やかで美しいオイリュトミーを見せてくれました。
ホールの少し上の方の席から見ていたわたしには、彼らの足元がよく見えました。そして彼らの足元がどんなに早い動きの時も、美しく動いているのに目を見張りました。

我が子の発表だけでなく、本校に通う子どもたち全員の学びの姿を見ることが出来る年例祭。楽しくも有り難い機会だなぁと、毎年のように思います。

k/k
Posted by 京田辺シュタイナー at 19:52 | 行事 | この記事のURL
秋祭り&バザー「にじいろの種」での低学年の様子 [2016年10月26日(Wed)]
今年も京田辺シュタイナー学校の秋祭り&バザー「にじいろの種」が、10月16日(日)に無事終了しました。
当日は晴天に恵まれ、朝からたくさんの方にご来場いただき、本当にありがとうございました。
例年通り6年生の太鼓演奏からはじまり、5年生のバンブーダンス、高等部生徒によるコーラスや楽器演奏などのパフォーマンスや、保護者・生徒・卒業生たちのお店など盛りだくさんでした。

このバザー当日、5年生以上の生徒たちは登校日扱いとなります。クラス毎、または担当毎に決まった時間に登校しますが、4年生以下の生徒たちは、休校です。お休みなので、必ず学校(バザー)に行かなければならないことはありません。ですが、バザーまでの毎日、上の学年のお兄さん、お姉さんたちが準備、練習に励んでいる様子を間近にみているので、当日を楽しみにしている低学年の子どもたちも多いのです。

かく言う我が家の次男3年生も、前日からプログラムを見つつ、どこに行こうか、何を食べようか、何を見ようかなど、考えている様子。当日は朝からソワソワして、何時に家を出たらいいのか、おばあちゃんと相談していました。毎年、我が家はバザーの日にはおばあちゃんの助っ人をお願いしています。保護者は出店、警備など、主催者としての役割があり、子どもにずっと付き添うことが難しいからです。

低学年の子どもたちは、経済(お金)の学びがまだ終っていないため、子ども自身が自由にお金を使うことができません。私たち保護者が子どものお金の使用には気をつけ、買い物、ゲームなど支払いが発生するときには、大人が必ず付き添います。

毎日通っている学校ですが、この日は特別な一日。しかしバザーだからといって、日常的に私たち大人が、子どもたちのために気をつけていることが変わるわけではありません。次男は至極当たり前といったふうで、おばあちゃんにお金を払ってもらって、飲んで食べて、たくさんゲームをして、大満足で帰りました。

※ バザーの準備等については、過去のブログを参考になさってください。(⇒こちら@AB


:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:48 | 行事 | この記事のURL
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