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かがやき [2019年04月02日(Tue)]
「シュタイナー学校って、通信簿あるの?」親戚や、友人から、聞かれることが時々あります。
答えは、「YES」でもあり、でもやっぱり「NO」ともいえるような・・・。

京田辺シュタイナー学校では、1〜8年生の初、中等部は年度末に1回、9〜12年生の高等部は学期末毎に「かがやき」といういわゆる通信簿のようなものをもらいます。
娘が1年生の春休み、私がはじめて「かがやき」を目にした時の第一印象は、「アレ、数字が無い!?」。そうです、「かがやき」には、お馴染みの評価を表す、数字やアルファベットなどの記号はありません。
表紙をめくると、まず目に飛び込んでくるのは、詩です。これは、それぞれの子どもに向けた担任の先生自作の詩で、内容は、子どもを勇気づけるようなものや、導いてくれるようなもので、その時々によります。毎年、その時の子ども自身にしっくりくる、宝物のような存在です。
2ページ目は、1年間のメインレッスンの学びや学校生活の様子を丹念に綴った担任の先生の言葉で埋められています。
3ページ目以降は、専科と呼ばれる英語や中国語、手仕事、体育など各教科の先生から、それぞれの授業での子どもの様子が記されています。学年が上がるにつれて、専科も少しずつ増えていきますが、どの先生の言葉からも、子どもの奥に宿る光を見出し、その輝きをより強く、大きくしたいという温かくも強い思いが、伝わってきます。
よくよく見ると、表紙に書かれた「かがやき」というタイトルの下には「成長の記録」とサブタイトルが添えられていて、「これは、通信簿ではないんだな〜」と改めて思います。

「早くいっしょに見ようよ〜っ」娘に急かされて、手に取った5回目の「かがやき」。
低学年の間は、先生から保護者へのものという位置づけで、子どもには、詩だけが贈られていましたが、娘のクラスでは4年生から、保護者と子ども両方に向けたものになりました。
さっそく、嬉々として新たな自分の詩を繰り返し唱える娘。今年の詩は、娘を花開く桜になぞらえたものでした。

学校の前の桜の木には、小さなつぼみが、ほんのりと色づいています。
もうすぐ、新学期、そして入学式。今年も、また、たくさんの子どもたちのかがやく姿に触れるのが楽しみです。
C.T


かがやき.JPG
Posted by 京田辺シュタイナー at 07:00 | 授業 | この記事のURL
労働体験実習を受け入れて [2019年03月20日(Wed)]
9年7年の保護者です。
レストランを経営しています。
普段はほぼ仕事をしているので、他学年の子どもたちのことは、あまり詳しくありません。
それが、昨年、私のお店に労働体験実習で、11年生の男の子がやってきました。
本校では、11年生になると、自分の興味のある職業を約1週間体験するというカリキュラムがあるのです。

来る子どもの方も不安でしょうが、受け入れるこちら側も、実は不安です。どんな子だろう、どう接したらいいだろう、どんな経験を持ち帰らせてあげることが出来るだろうなど、色々悩みました。悩んだ挙句に、学校の子どもだということは忘れて、特別扱いはせず、普通の社会人として接することに決めました。

「声が小さいよ」とか「挨拶はハッキリね」など当たり前のことを注意します。厨房職が希望ということでしたが、せっかくの一週間だから、レストランの仕事を出来る限り見せてあげようと思い、掃除・ホール・企画・広報など、料理を作る以外の仕事もなるべく経験してもらいました。

教える中で、「あれ、これまで私が教えてきた若者たちとはちょっと違うな」と思ったことが二つあります。一つは注意をされたときに素直だということ。もう一つは、自分の中のベストを尽くそうとすること。「この程度やったらいいかな」とラインを探ろうとする子が多い中、「美しさ」を目指そうとする意欲を感じました。

ややもすると、私たちプロの側でさえ、時間に追われ、仕事に追われる中で、「うーん、このぐらいでいいか」なんて思ってしまいがちです。レストランという仕事の目標<食で人を喜ばせる>ことにまっすぐで、一瞬一瞬成長しようとする姿は、私たちがついうっかり忘れていたことを思い出させてくれるのに十分でした。

彼が去る日はみなさみしくて“実習生ロス”を感じたほど。実習生を受け入れた時間は、教えるつもりが教わり、大切な宝物をたくさん頂けた時間だったのでした。

y.k
Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 授業 | この記事のURL
手毬づくり体験会に参加しました [2019年01月27日(Sun)]
先日京田辺シュタイナー学校で開かれた「讃岐かがり手毬」のワークショップに参加しました。
教えてくれたのは、本校12年生(高校3年生)の生徒です。

これは卒業プロジェクトの一環で、彼女は自身の卒業プロジェクトで文化・伝統工芸をどのように未来につなげていけるかをテーマとして取り組んでいるそうです。香川県の伝統工芸品であるこの手毬を彼女自身も作っているのですが、今回は学内向けに体験してもらおうということになったようです。
もともと手仕事が好きな私は早速申し込みました。

当日は、お母さん方を中心に高等部生徒も混じり、彼女が作ってくれた毬の土台に好きな色の糸を重ね合わせていきました。カラフルな綿糸はすべて彼女が草木染めをしたもので、なんともやさしい風合いに、糸を見ているだけでうっとりしてしまいました。
土台の毬の色もそれぞれ、またその上に重ねる綿糸の色もそれぞれで、悪戦苦闘しながらも完成した手毬をみていると、その人その人の個性が表れていると感じました。

12年生の彼女は堂々としたもので、本当に初めて人に教えるのかな?と思うくらいテキパキしていてとても感心しました。
卒業プロジェクトの本発表まであと1ヶ月。その発表の場で彼女が伝統工芸としての手毬やその他の文化や伝統工芸をどのように未来につなげていこうと考えているのかじっくり聞いてみたいと思います。

このブログが掲載される頃には、12年生の生徒たちは、プロジェクトの仕上げに入っていることでしょう。本発表ではそれぞれの雄姿を見られることをとても楽しみにしています。

※ 卒業プロジェクト発表は一般には公開されていません。
※ 卒業プロジェクトのテーマについては、こちらの記事も御覧ください。

:y…k:

手毬.jpg
Posted by 京田辺シュタイナー at 23:06 | 授業 | この記事のURL
ランタンウォーク [2018年11月24日(Sat)]
 京田辺シュタイナー学校では、11月の初めに2年生がランタンウォークという行事を行います。ランタンウォークは、日本では有名ではありませんが、ヨーロッパでは11月11日の聖マーティンの日の頃に、聖マーティン祭(またはランタン祭)を行い、子ども達が様々なランタンを作ってお祝いするそうです。
 本校の2年生も、水彩絵の具で色をつけ、菜種油を塗った画用紙を折って、ランタンを手作りしました。その作業は楽しかったようで、家に帰ってきてからも、ミニランタンを作っていました。そして、近くの竹林で拾ってきた枝を、針金でランタンに取り付けてもらい、完成。
 ランタンウォーク当日は、手作りのランタンにろうそくの火を灯し、その明かりだけで暗い竹林の中を歩く、という体験をした2年生。学校の2階で見ていると、暗い中、みんなのランタンの明かりだけが光っている様子は、幻想的なものでした。
 学校に行く前に「暗いところに1人で行くのは怖いけれど、みんなと一緒なら大丈夫かな」と話していた子どもは、帰り道で「やっぱりちょっと怖かったけど、大丈夫やった」と話してくれました。1年の中で1番昼が短い冬至に向かって、段々と日暮れが早まり、寒くなってゆくこの時期に、ランタンの明かりを頼りに、暗闇の中へと勇気を出して歩いて行ったことは、子ども達の心の中に暖かい光をもたらしてくれた事だろう、と思いました。
                      n.m.



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Posted by 京田辺シュタイナー at 10:04 | 授業 | この記事のURL
測量実習 [2018年11月13日(Tue)]
10年生の娘のクラスでは、秋休み前のメインレッスンで「測量」を学んでいました。
学校周辺で測量機器の使い方を練習したり、計算方法を習ったりしたのち、近隣の野外活動センターに通って4日間の測量実習。3つのグループに分かれてそこの土地を測量し、最終的には各自が200分の1の測量図を作成するとのことでした。

測量を担当する先生によれば、測量実習は、数学で学んだ三角関数が生活の中でどのように使われているのかを実地の作業を通して学ぶという目的のほかに、自分の行動の結果が自分に返ってくる、ということを「誤差」を通じて体験する機会としても大事なのだそうです。

なるほど。いい加減な測量をすれば誤差が大きくなる。もしその値を用いて測量図を作成したとしても、正確さを欠いたものしかできない。逆に、正確さを期した行動は、誤差の少なさという成果に結び付く。つまり、自分の行動の結果がシンプルに現れるということでしょうか。

数学も細かな作業も苦手な娘のこと、さぞかし苦戦しているのでは・・・と思って水を向けてみると、
「大丈夫。グループ分けのとき、数学の得意な人とか、リーダーシップをとって(作業を)進められる人とか、几帳面な人とかが、どのチームにもバランスよく分かれるようにみんなで話し合って決めたから。(機器の)使い方もたくさん練習したし」と娘。
チームワークにも助けられながら、娘は4日間の実習を終えたようでした。

n*h

Posted by 京田辺シュタイナー at 18:00 | 授業 | この記事のURL
今回も演劇の話題です [2018年08月20日(Mon)]
7月に行われた12年生の卒業演劇は、京田辺シュタイナー学校で初めての試みとなる野外劇でした。心配した雨もなく、お陰さまで無事3日間の公演を終了いたしました。前回のブログに登場したオトカール君も腹話術師役の生徒とともに存在感を放っていました。

そして今は夏休み真っ只中。10年の娘のクラスでは、休みの間に『ハムレット』を読む、という課題が出ています。夏休み明けのエポック「悲劇・喜劇」で取り組む演劇の題目が決まったようです。

『10年生になると、重さや暗さを漂わせる時期に入ります。その重さや暗さは、それぞれが「自分とは何か」「自分はこれからどのように生きていくのか」といった問いを持ち始めることに根ざしています。自分の中に湧き上がる問いが深くなる分、物事を見る視点は多様になっていきます。
この時期に(・・・中略・・・)クラスで“悲劇”に取り組み、登場人物の感情や自分の内面を掘り下げることを通して人間の感情への理解を深めていきます。それは思春期により複雑になっていく自分自身の感情を客観的に見つめることにもつながります。
これらの学びや活動を通して、生徒たちは相対する立場や考え方の間に自分の立つ位置を見出し、自分自身という「中核」を温め始めます。』
(せせらぎ出版『親と先生で作る学校 −京田辺シュタイナー学校 12年間の学び−』より)

日々の生活で「重さや暗さ」を漂わせ、家族をはじめ自分の周囲の人たちや環境にこれまでと違った視線を向ける娘を見ていると、今まさにこの時期にいると感じます。親にできることがだんだん少なくなってきている今、悲劇を演じることを通じて、またほかのカリキュラムに支えられて、少しずつ自分自身を育てていってくれたらいいなと思います。

先日、注文していた『ハムレット』が家に届きました。
9月下旬には、在校生と学内保護者を対象に、10年生による悲劇が上演されます。
それまでに私も『ハムレット』を読んでみようかな。

n*h
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:43 | 授業 | この記事のURL
もうすぐ卒業演劇  [2018年07月13日(Fri)]
5月半ば、娘の友人Aちゃんが、一体の人形を抱えてやって来ました。この夏12年生が行う卒業演劇。娘は全体統括と呼ばれるグループの仕事を担っていますが、Aちゃんは美術で小道具を担当しています。劇に登場する人形作りも仕事のひとつです。
卒業演劇で生徒たちは、自分の好きなことや得意なことを生かし、大道具・舞台、演出、台本、衣装、音響、ダンス担当、パフォーマンス、広報といったさまざまなグループで仕事を担います。

人形はまだのっぺらぼう。丸いあたまのなかに片手を入れて口をぱくぱく開け閉めできるようになっています。あとは胴体と手足がついているだけ。男の子の人形だそうです。
Aちゃんは裁縫道具を取り出しちくちく。娘はAちゃんを手伝います。
「中に何入れたらいい?」「羊毛だけだと重さが足らへんねん。〇〇くんの膝に座らせなあかんねんけど。どうしよう?」舞台上での人形の姿をイメージしながら話している様子。

次にその人形がやって来た時、ぱくぱく開く口のなかに赤みがかった布が貼られ、より口らしくなっていました。口を動かすために手を入れた時も動かし易さが増しています。人形にも程よい重みが備わっていました。
その次に会った時、人形にはちょこんと形の良い鼻がついていました。Aちゃんが作る人形は少しずつ完成に向かっているようです。
その後、彼は洋服を着てやってきました。赤い上着に黒いズボン。上着には昔風のボタンが3つついています。「いい感じのボタンやろ。」とAちゃん。
人形作りのあいま、ふたりは饒舌に語るのではないけれど、劇作りの段取りやテーマのこと、ポスターのことや係り同士の連携のことなどをぽつぽつ語っています。「良い舞台にしたい!」という彼女たちの思いが伝わってきます。

ついに人形にふたつの黒くて丸い目が入りました。「君はこんな顔だったんだね!」かわいらしいその顔を見て思います。
さいごに人形は、Aちゃんが作ったかっこいい紐靴をはかせてもらい、ドアマンのような帽子と毛糸の髪の毛をつけてもらいました。Aちゃんが出来上がった人形を見せにきてくれました。
残念ですが彼はもうわが家にやってくることはありません。12年生の生徒たちと一緒に劇の練習をしているはずです。

さて、人形の名は「オトカール」。Aちゃんも娘も、彼がのっぺらぼうだった頃からオトカール、オトカールと呼んでかわいがっていました。「オトカールかわいいなぁ。」「オトカールのわた、もう少し足さなあかん。」「オトカールの服どうしよう。」
彼女たちが幼かった頃人形遊びをしていた姿がふと思い出されたりもしました。しかし楽しそうに根気強くこつこつ作り上げて行くその姿は、幼いころのほんわりした人形遊びの様子とは違います。しなやかな力強さを感じます。

人形作りに限りません。12年生たちは劇に関わるさまざまなこと、さまざまなものを手を動かし、体を動かし、話し合い、工夫をこらして準備しています。先生方・スタッフとして関わってくださる大人たちの知恵や助言に助けられながら、一歩一歩本番に向かいます。

7月20・21・22日に行われる12年生の卒業演劇「サーカス物語」。初めての試みである野外舞台。夜の上演。天気のこと。心配の種はたくさんあります。でも彼らにめげる様子はありません。
12年生たちが全力を尽くし、悔いのない舞台を作り上げられますように!劇の中でオトカールに再会できることを楽しみにしながら、エールを送ります。
                      
k/k
卒演ポスター青02.jpg


※卒業演劇の詳細については、こちらをご覧ください。12年生のブログも開設しています。

Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 授業 | この記事のURL
初めての世界史 [2018年07月01日(Sun)]
京田辺シュタイナー学校では、5年生で歴史の学びが始まります。娘のクラスでは一学期の後半に、一回目の世界史のエポック授業がありました。

「ママ、メソポタミアって知ってる?」学校から帰った娘が、おやつを頬張りながら言いました。
「うん、知ってるよ。」高校時代の怪しげな記憶を辿りながら、メソポタミアの関連語句を必死で思い出して、次なる質問に備える私に、「じゃあ、エントウインショウは?」と娘。「何それ?」。早くも旗色が悪くなった私に、娘が、身振り手振りを交えて授業の様子を教えてくれました。粘土をこねて筒形にして、そこに絵を彫り、乾いて固くなったら、柔らかい粘土で作った板の上を転がして…。メソポタミアで文字が生まれる前に作られた円筒印章なるものを作ったそうで、「とっても楽しかったから、今度、家でいっしょに作ってみようね。」と、かなりの熱中ぶりです。
 
数日後、姿勢を正して黙々とノートに何やら書いている娘の姿に、今日の宿題は漢字の練習かなと思いつつノートを覗くと、見慣れぬ図形がびっしり。どうやら娘は、くさび型文字の自主練習に励んでいるようです。くさび型文字って、そんなに面白いものなのかな?と思っていると、保護者会で、担任の先生から歴史の授業の様子の紹介がありました。みんなでメソポタミア時代のやり方に習い、葦の茎を粘土の板に押し付けてくさび型文字を書いたところ、鉛筆では大変書きにくかったくさび型文字が、すごく簡単に書けたそうです。また、その後の古代エジプトの学びでは学校に生えているパピルスを取って、パピルス作りもしたそうで、なんだか先生まで、目を輝かせていて楽しそうです。

更に、数日後、娘はまたもや書き取り練習に励んでいます。今度は古代エジプトの文字だそうで、鳥や動物の絵も混じっていて、とっても面白そうです。これは夢中になるのも無理はない、と微笑ましく思いながらも、そろそろ、実用的な文字の方も少しは練習してくれないかな…という思いも微かに胸に去来します。そんな矢先、娘の元に遠方に住むお友達から手紙が届きました。早速、娘がお返しに書いた手紙には、古代エジプト文字がずらり。古代エジプト文字を実用化している娘に一本取られた思いでした。
 
 次の歴史のエポックは、二学期で、ギリシャ時代です。10月には、毎年5年生が行う古代オリンピックの競技会もあり、親子共々、楽しみです。  
C.T


※5年生の歴史の学びはこちらを、古代オリンピック競技会はこちらをご覧ください。
手紙エジプトの字.jpg
円筒印章、くさび型文字.JPG
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:43 | 授業 | この記事のURL
5年生 クラス全員で木津川サイクリング [2018年06月14日(Thu)]
京田辺シュタイナー学校では、4年生で「郷土学」(地理)を学びます。以前このブログで紹介した「東大寺二月堂の竹送り」もその学びの一つです。その他、我が子のクラスは方位磁石を首から下げ、学校の周辺をグループ毎に歩いて地図を仕上げたりもしました。このような校外学習が子どもたちは大好きですが、今回の木津川サイクリングは郷土学での学びの集大成でした。

京田辺シュタイナー学校の近くには、一級河川の木津川が流れており、その川沿いにはサイクリングロードが京都の嵐山まで整備されています。その道を利用して5年生クラス25名がサイクリングに出かけました。

木津川、宇治川、桂川の三川は京都府の大山崎町辺りで合流し淀川となり、大阪湾へ流れています。目指すはその三川合流地点です。25人の子どもたちを6チームに分け、各チームに保護者が2〜3名ずつ伴走し、約20キロを走って目的地へ到着しました。サイクリング当日は天候にも恵まれ、展望台からの眺めも素晴らしく、心地よい風が吹き抜けて清々しい気分になりました。

子どもたちは…というと、約20キロを走った後も元気いっぱい。お弁当を食べてからは、先生やお父さんたちと一緒に鬼ごっこや木登りをして楽しんでいました。

復路も同じ道のりを走り、全員無事に戻って来ることができました。集合場所へ迎えにいくと、どの子もやり遂げた充実感にあふれていたように見えました。いつもはあまり学校でのことを話さない我が子が、この日は興奮気味にたくさん話してくれました。体も心も満たされた一日であったのだろうと思います。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:20 | 授業 | この記事のURL
三校合同オリンピック [2017年11月29日(Wed)]
 京田辺シュタイナー学校では、メインレッスンで古代インドやエジプト、ギリシャ文明などを学ぶ世界史の授業の一環として、毎年五年生が「古代ギリシアオリンピック」を行っています。
 一昨年までは本校だけで行われていたオリンピックですが、昨年は愛知シュタイナー学園、そして今年はさらに福岡シュタイナー学園も参加して、三校合同でオリンピックを開催しました。
 前日に愛知と福岡から京田辺に来てくれた子ども達と合同練習をしたり、夜は一緒に学校に泊まり、ご飯を作って食べたりして、友好を深めたようです。オリンピック当日は、残念ながら朝から雨が降っていたのですが、室内で出来る競技はホールで行い、小雨になった時に槍投げや、円盤投げ、長距離走、リレーといった競技をレインコートを着てグランドで行いました。
 オリンピックが始まる前に「各学校でそれぞれ練習はしてきているものの、雨のせいもあり、三校合同で全体を通しての予行練習を行うことが出来ませんでした」という話が体育の教員からあった時は「大丈夫かしら・・・」と思いましたが、体育の教員が競技の種目を言って合図の太鼓をポンと鳴らすと、子ども達はみんな落ち着いて素早く用意をして、「いつもこんな風にやっています」というような感じで平然と競技に取り組んでいるのです。予行練習ができなかったなんて、聞いていなければ分からないくらい、みんな普通の様子で、子ども達の底力を感じました。
 軽やかな跳躍、力強さを感じたレスリング、美しいフォームで飛ばす槍投げや円盤投げ、チームで協力して一生懸命走ったリレーなど、どれもこれも五年生の心身共にバランスのとれた美しさが随所に現れていて、とても良かったです。そして今まで練習してきた競技に、精一杯の力で取り組んだ子ども達の姿に感動し、胸がいっぱいになったオリンピックでした。

                   n.m.
Posted by 京田辺シュタイナー at 12:41 | 授業 | この記事のURL
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