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春のメンテナンス&交流会 [2019年05月14日(Tue)]
気持ちよく晴れたGW初日、京田辺シュタイナー学校では「春のメンテナンス&交流会」がありました。
学内でのバザー、学校のメンテナンスを通しての保護者と教員の親睦、新規家庭(新1年生・編入生)と在校家庭の交流、など諸々の企画が一緒になって、ここ数年は次のような一日となっています。

まず、午前中は校舎や校庭のメンテナンス。
高等部生徒と教員、保護者、そして卒業生やその保護者が参加します。
今年の作業内容は木部(本校は廊下や外壁に木材がたくさん使われています)への紙やすりがけとオイル塗装、竹垣を作って道路との境界に設置、草引き、暖房器具と扇風機の入れ替え、換気扇・蛍光灯の掃除、など。他にも、教室の壁の漆喰を塗りなおしたり、樹木の剪定をしたりする年もあります。
参加者全員が校庭に集まって簡単な説明を聞いたのち、各自必要な道具を持って、それぞれの作業場所へ。
途中休憩をはさみながら3時間ほど、そろそろお腹がすいてきたな、という頃にもう一度校庭に集まります。

その少し前から、各教室では、いろいろなお店が準備を整えています。販売するものは、お弁当やお菓子、お茶やジュースやコーヒー、古着・本・雑貨などのリサイクル品、手作りのおもちゃ・雑貨など。

さて、12時を過ぎたら、ここからは交流会。
メンテナンスに参加していた人、お店を出している人、低学年の子どもたちを連れて交流会から参加の人、しばらくは思い思いに食事や買い物、おしゃべりを楽しみます。
そうこうしているうちに「ホールへ集まってください」という呼びかけがあり、そう広くはないホールは大人と子どもでいっぱいになります。
ここで改めて新1年生と編入生の家庭の紹介があります。
新しい家庭の方に「これから長い時間をともに過ごすことになりますね、どうぞよろしく」という気持ちを込めたこの企画。参加するたびに、ああ、私もこうして迎えられたのだなあと感じます。

交流会の最後はみんなで後片付けと掃除。お店で使った机やイスを教室に元通りに並べて、この盛りだくさんの一日が終了です。

今年はとりわけ長かったGWが、先日明けました。
たくさんの人の手によってきれいになった学校で、子どもたちはまた元気に学んでいることと思います。

n*h
Posted by 京田辺シュタイナー at 12:00 | 運営 | この記事のURL
All for One [2019年03月25日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校は「親と先生でつくる学校」。その場の一つが、親も先生も参加して自由なテーマで意見交換する「全体集会」です。

学期に1度、年3回ほど開かれ、毎回100人以上が参加します。先月あった集会のテーマは「持続可能な教育環境を考える」。今回は先生方の働き方、給料や生活状況についても突っ込んで話し合いました。NPO法人立である私たちの学校には一条校(※)のような公費助成はなく、財政は潤沢ではありません。先生方は家族を養いながら何とか生活をやりくりしています。

それでもある先生は「子どもたちを、この学校を愛している」と言い、またある先生は「子どもと接している時、自分は何て幸せだろうと思う」と語り、その思いと志が胸に染みました。この学校は先生方に支えられ、また同時に私たちが支えていることを互いに共有する場でした。

巨大な経済社会の中で、ともすると自分の位置を見失いそうになります。この学校にいると、自分はコミュニティーの一員なのだと改めて思います。One for all, All for one を実感するのです。   

N.S.

※京田辺シュタイナー学校は、学校基本法に基づく学校(いわゆる一条校)として認可を受けた私立学校ではありません、学校法人の認可を受けるには、校舎や敷地の面積、設備、資金などに関する厳しい条件が数多くあり、数億円を超える資金が必要になります。 
抜粋引用「親と先生でつくる学校」せせらぎ出版

Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 運営 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出〜両方の翼を広げたい・その2〜 [2018年09月20日(Thu)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その2〜

私たちの学校は、保護者と教員が一丸となって「学校づくり」をしています。
教育は教員の方々にお任せしていますが、運営については保護者がみんなで力を合わせて行っています。
「どのくらい関わらないといけないのですか?」という質問を学校見学会でもよく聞きますが、「いけない」というよりは、「やろう」という意思が大切だと私は思っています。

開校当時、私は1年生保護者でした。
実は当初、私は左半分の校舎(当時は「二期校舎」と呼んでいました)その建設には反対でした。
この学校では「全員で話し合う」ということが大変尊重され、保護者も教員も、先輩も後輩もなく、全員で意見をかわしていましたので、私もその場に積極的に参加しました。
その後、私の気持ちも変化し、学校全体として「二期校舎を作ろう」という大きな決意をしました。

さて、それからは、みんなで本当に力を合わせました。経済的にも体力的にも。
人それぞれ出来ることは違っても、みんなで力を合わせたという実感がありました。
2003年春、二期校舎は完成、今のL字型の校舎となりました。天井を塗ったり、棚を作ったり、カーテンを染めたり、シェードを縫ったり、楽しい思い出です。
左半分の校舎を「二期校舎」と呼ぶ人も、いまではもうかなりの少数派になっているかもしれません。
あの廊下より先がなかった時代を知る世代にとっては、みんなで力を合わせて「想いを形にした」象徴のように思えます。

もし、これをお読みくださっている方が、校舎の右半分、かつての「一期校舎」の教室にお入りになることがあったら、ちょっと下を見てみて下さい。
ちょうど教室の真ん中あたりに、1本のレールが敷いてあります。そこで教室を半分に分けていました。黒板もここで半分となって、それぞれの教室で開くようになっています。
1つの教室で、同時に別々の授業をしていた、ということがお分かりいただけると思います。
多いクラスで、1学年16人いました。
狭いとお感じになるでしょうが、それでも、私たちがそこでシュタイナー学校を始められたことは大変大きな喜びでした。

そして、あの時には想像も出来なかった未来がいま、学校にはあります。空間的にも教育内容的にもです。ということは、いま想像もできないようことも、未来には何か出来るのかもしれません、みんなで力を合わせれば。それが何かはいまの私にはわかりませんが、「目の前の子どもを観る」ということの積み重ねが、その未来を切り開いていくのかもしれない、と、両方の翼を広げた今の校舎を見るたびに思います。

<おわり>

卒業生保護者 M・T
009.JPG

Posted by 京田辺シュタイナー at 20:31 | 運営 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出 〜両方の翼を広げたい・その1〜 [2018年09月10日(Mon)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その1〜

現在の木造校舎、最初は「半分」しかなかったこと、ご存じですか?
(2001年〜2002年)
校舎の中央にあるホールより右側、隣にある教員室を真ん中でスパンと割ったところから、右側半分の校舎しかありませんでした。

つまり、ホールはなくて、現在の、1・3・12年生教室、一階部分で言うと、5・7・9年生教室ですね、その6教室しかなく、現在のようなL字型の校舎ではなく、I字型の校舎だったわけです。
なぜそうだったのかは、ひとえに経済的な理由でした。

この校舎の設計図には、実に驚くほど多くの想いが込められています。
1〜12年教室に対する想いについては、学校の書籍などにもありますように、シュタイナー教育の観点から、その位置・天井の形状・色彩に反映されておりますが、そのほかにも、なぜ校舎の右側部分に池があって、なぜそこは「石」が積まれているのか、なぜ校舎左側部分に「かまど」があって、校舎中央に位置するホールの上の屋根はあのようにとんがった形状になっているのか、実に面白いです。

もちろん、経済的な理由で「そうせざるを得なかった」という部分もあるのですが、それを含めて聞いても、実に興味深く、ワクワクするのです。
(日本独自の「縁側」を校舎に取り入れた理由なども・・・)

私はその校舎のコンセプトを聞いて「親鳥が両翼を広げて、雛鳥を守り慈しみながら育てる」という風に感じました。
(設計の伊藤先生がそうおっしゃったのか、私が勝手にそう感じたのか、今ではわからなくなりました。)

片側しかない校舎を見ながら、「いつかその完成形を見たい」「いつかその完成形の校舎の中で子どもたちを育てていただきたい」という想いを持っていましたが、その「いつか」は、開校して数年の年月が経って「経済的な余裕が出来たら」となるのだと思っていました。

しかし、その「いつか」は必要に迫られて、「すぐに」となっていました。開校時、1・2年生の入学希望者が予想以上に多く、また、高学年の授業では、空間が狭いことから生じる様々な困難があり、のびのびとした授業をするために「空間」が必要でした。

「両方の翼を広げたい」という私たちの取り組みは、開校して間もなく開始せざるを得ませんでした。

<つづく>

卒業生保護者 M・T

校舎平面図

現在の教室配置図


『親と先生でつくる学校ー京田辺シュタイナー学校 12年間の学び』の詳細はこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:41 | 運営 | この記事のURL
春らんまんの集いカフェ [2018年05月07日(Mon)]
新学期がはじまり、一か月。初々しい一年生を迎え、学校全体がいつもに増して、光り輝いているように感じます。
京田辺シュタイナー学校では、一年生は保護者とともに登下校します。また、四月いっぱいは下校時間もお昼前と、初めて学校生活を送っている一年生の子どもたちのペースに配慮して、ゆったりと学校生活がスタートします。
一方、この時期の一年生の保護者は、しばし、送り迎えで慌ただしい日々を過ごします。
集いカフェは、そんな一年生の保護者のみなさんが、お迎えまでの時間にほっと一息つきつつ、在校生保護者との交流を通じて、新しい生活への不安や疑問を解消するお手伝いが出来たらという思いからはじまった保護者の活動です。
カフェと言っても、場所は日替わりで、学校付近の在校生保護者宅です。そのお宅の保護者の他に数名の在校生保護者が加わり、新入、編入生の保護者のみなさんとほっこりとお茶とお菓子を囲んでおしゃべりに花を咲かせます。
話題は、学校生活の細々としたことや、遠方から転居して来た方に向けての地元情報にはじまり、学校やシュタイナー教育に寄せる思いや、子育てのこと等々、まさに百花繚乱です。笑いたっぷり、時にはしみじみと涙することも・・・。
私も遠方から引っ越して来て、わからないことだらけだった娘の入学時、このカフェの存在を大変有難く思いました。それ以来、毎年参加しておりますが、様々な年齢の子どもを持つ、様々な立場のお母さんやお父さんたちと気さくに話せる雰囲気は、なんとも温かく、この学校らしいなと思います。
来年も、桜の頃のこのカフェで、たくさんの素敵な出会いがありますように。
C.T

Posted by 京田辺シュタイナー at 20:37 | 運営 | この記事のURL
講演会のご紹介〜ウテ・クレーマーさんの蒔いた種〜 [2018年04月02日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校では、年に数回、外部から講師をお招きして、一般の方や学内保護者向けの講演会を企画、運営する保護者の活動があります。
すっかりお馴染みとなり、毎年大勢の方が心待ちにして下さっている講演会もあれば、次にお話を伺える機会はあるのだろうかと彗星を仰ぎ見るような気持ちになる会もあります。

4月に本校でお話をしてくださるウテ・クレーマーさんも、目下、私の中で、ひと際強い輝きを放ちつつ近づいてくるキラ星のような存在となっています。
ブラジル、サンパウロに無数に点在するファベーラと呼ばれる貧民街。そのうちの一つのモンチ・アズールという街で、1975年、ウテさんは数人の協力者を得て、小さな学校と診療所を始めました。シュタイナーの思想に基づき、地域の住民とともに築いていった愛と喜びに満ちたコミュニティは、その後、助産院、生産工場、農園、職業訓練学校、シュタイナー学校、保育園等を営む大きなコミュニティへと発展し、現在では、ブラジルの市民社会を教育、保健面でけん引する存在となっているそうです。

〜どんなに小さいことでも、私たちにできることが必ずあるはずです。そして、そういう小さいことに手をつけることからすべてが始まる〜    ウテ・クレーマー(小貫大輔著『耳をすまして聞いてごらん』より)

本校教員の一人はかつてモンチ・アズールでその活動に参加していました。講演会当日はその教員の体験談も少し聞いていただけそうです。強い信念と深い慈愛に満ちた、ウテさんのお話を皆さまとともに、分かち合えるひと時を心待ちにしております。

☆ウテ・クレーマーさん講演会「ひと粒の種から世界が変わる」についての詳細はこちらをご覧ください。
ウテ・クレーマーさん (1).jpg

C.T

Posted by 京田辺シュタイナー at 15:08 | 運営 | この記事のURL
保険の話 [2018年03月11日(Sun)]
京田辺シュタイナー学校には、学校を支える活動をする保護者のグループがたくさんあります。その中には保険に関する活動を行うグループもあります。

本校は小学1年生から高校3年生までが在籍し、かつ公的な保障のないNPO法人です。起こりうるケガや事故に、どう対処したらいいのか。開校前から話し合いが持たれ、保険に関して知識や経験、関心がある保護者を中心にグループができたそうです。NPO法人の学校であるためできないことはありながらも、数年をかけておおまかな体制を整え、その後も見直しなどを続けています。一方で、このような学校だからこそ各家庭が万が一の場合に備えることも必要不可欠であるとの認識から、学内や新規参入の家庭に個人保険の加入を推奨する活動を開校当初より継続して行っています。

特に保険に関する知識などない私ですが、縁あってこのグループに入っています。
新しく入ってくる家庭に、どのように本校の保険の在り方を伝えたらいいだろうかと考える過程で、「親のひとりひとりがこの学校の経営者(責任者)」だということが少しずつ自分の中で腑に落ちてきたように思います。授業時間に限らない幅広い学校生活のなかで、一般に「学校の責任」が問われるようなこと、たとえば子どものケガや事故といった何事かが起きたとしたら、それは他でもない、この学校に我が子を通わせている「自分の責任」が問われているということ。そう思うようになりました。
だからひとりひとりが備えることが大事。だけど、「保険、結局1回も使わなかったね」といいながら卒業していければそれがいちばん。そんな気持ちで活動しています。

n*h


Posted by 京田辺シュタイナー at 23:28 | 運営 | この記事のURL
「ねむり」は深いです!?〜子育て講座のテーマによせて〜 [2017年12月02日(Sat)]
二学期のはじめ、まだ蝉しぐれが賑やかだった頃、子育て講座のスタッフが、今年の講座のテーマについて話し合いました。
スタッフは、本校教員、乳幼児の育児に奮闘中の保護者、卒業生の保護者、仕事で幼児教育に携わる保護者と立場も様々です。毎回、話し合いでは、自分や身近な人の子育ての悩みや幼児教育に寄せる思い等、様々な意見が熱っぽく交わされます。そんな語り合いの後に、皆の思いがストンと一つにまとまり、決まった今年のテーマは、「睡眠」です。

テーマが決まった時、娘が通っていたシュタイナー幼稚園の先生の言葉が思い出されました。
(親は)「難しいことはせんでええ、ただ毎朝、元気に子どもを遅刻しないで園に連れてくればええ。」
シュタイナー教育についてほとんど知らないまま、ドキドキしながら行った入園説明会で、先生が保護者に向けてかけて下さった言葉です。その時は、「え、それだけ?」と拍子抜けしましたが、その後、折にふれて、今もってなお、その言葉の奥深さを噛み締めています。

朝、気持ちよく目覚め、健やかに一日を過ごすために大切なねむりとは・・・
そしてそのようなねむりが育むものは・・・

小学生になった娘にも、そしてもしかしたら大人の私にも・・・

「ねむり」をとりまく様々なお話。
当日、どんな風に話が広がっていくのでしょうか。私自身も楽しみです。

C.T

子育て講座 「ねむることと育つこと〜小さな子どもにとっての睡眠とは〜」の詳細はこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 23:16 | 運営 | この記事のURL
地域と共に [2017年10月18日(Wed)]
 年間3回発行している学校報「プラネッツ」に、地域の方々へのインタビューを紹介する「ひらどつつじ」というコーナーがあります。ひらどつつじは本校がある京田辺市の「市の花」。地域とつながる思いを込め、タイトルにしています。

 私はこのコーナーで5年ほど前から取材を担当しています。これまでに「木津川マラソン」実行委員長の山村武正さん、「みどり農園」園主の村田喜昭さん、「伊賀の里モクモク手づくりファーム」の家城誠さん、「義定刃物」の刀匠・山口悌市朗さん、「酬恩庵」(一休寺)住職の田辺宗一さん、地元の重文旧家「澤井家住宅」を管理する亀村司さん−−などにお話を聞きました。子供たちが農業や金属加工の実習、地域学習などでお世話になった方々です。

 インタビューは多くの発見があります。自分たちが暮らす地域についてまだまだ知らないことがたくさんあるのだなと気付かされます。

 今夏の号で紹介したのは、地元にある「酒屋神社」の総代長、村田新之昇さん(81歳)でした。神社の鎮守の森は子供たちの格好の遊び場です。

 本校がある地域は興戸(こうど)という地名。この辺りは平城京と各地域を結んだ官道が通り、古くから人が往来する場所でした。古代に酒を造る技術を持った酒人(さこうど)が移り住み、転じて「こうど」になったといいます。一方、神社には第二次大戦で戦死した人たちの氏名が掲げられ、農村の若者が戦地へ駆り出された歴史の一端を映しています。村田さんはこうしたことを丁寧に教えてくれました。

 木津川左岸に広がる京田辺はベッドタウンとして宅地開発が進んでいますが、今も多くの田畑が残っています。農業は種をまき、丹精込めて世話をして収穫する営み。ただ、何でも店で買える時代になり、人々からそうした営みが遠くなっていると村田さんは心配されていました。本校の子供たちは村田さん宅の近くの田畑で米や野菜を育て、声も掛けていただいています。村田さんに「農業の体験は将来に生きる」と励ましてもらい、心強く思いました。

 本校には4年生で「郷土学」という授業があります。学校周辺の地図をノートに色鮮やかに描いたり、先生やクラスメートと地元の史跡を訪ねたり、名産の茶摘みを体験させていただいたりして学びを深めます。広い世界へ目を向けるその始まりとして、自分たちが暮らす土地の歴史、風土、文化を学ぶのです。これからも地域とのつながりを大切にし、地域に支えていただきながら本校の営みを続けていけたらと思っています。

NS

※学校報「プラネッツ」についてはこちら

酒屋神社.jpg
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:44 | 運営 | この記事のURL
ベルマークを集めています [2017年07月09日(Sun)]
文房具や食品などのパッケージについている小さなベルのマークをご存知でしょうか?

学校単位でこのベルマークを集め、マークに書いてある点数を企業ごとに集計してベルマーク教育助成財団に送ると、1点が1円に換算されてベルマーク預金になります。この預金で、学校に必要な備品や設備を協力会社から購入できる仕組みがベルマーク運動です。1960年に始まったそうですから、長く続いている運動なのですね。私も小学生のころ、集めて学校に持って行った記憶があります。

京田辺シュタイナー学校もベルマーク運動に参加しています。常時収集箱を設置しているほか、保護者が多く集まる会議の日に大きめの箱を用意して、ベルマークを持参してもらうよう呼びかけたりしています。自宅で集める以外にも、「職場でもらってきました」「おじいちゃんおばあちゃんが協力してくれました」という話を聞きます。

この学校でベルマークの集計作業に参加するようになって初めて知ったのですが、ベルマーク運動にはへき地の学校などへの教育支援活動の側面があります。ベルマーク預金を使って協力会社から品物を購入すると、購入金額の10%がその協力企業から財団に寄付され、それがへき地や被災地の学校・特別支援学校・病院内学級などの支援のために使われています。つまり自分の学校の品物を購入することが他の学校の支援につながるのです。

商品によってはマークがとても小さかったり、一枚の点数が0.1点や0.5点など1点に満たないものもあったりして、収集・集計は意外に時間と手間がかかる作業。でも、いつか学校に必要な物が購入できるように、そして微力ながら他の学校のお役に立てるように、コツコツと地道な活動を続けています。

n*h
Posted by 京田辺シュタイナー at 00:02 | 運営 | この記事のURL
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