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節分 [2019年02月11日(Mon)]
「今日、鬼来たで〜」と、学校帰りに2年生の末っ子が嬉しそうに教えてくれました。
節分の頃になると、京田辺シュタイナー学校でも豆まきの行事が行われます。今年は7年生と高等部有志の生徒達が‘鬼’になって、各クラスに登場したようです。大きい学年には、鬼たちはそれなりに怖く登場するらしいのですが、2年生のクラスには、あまり怖がらせないようにやって来てくれたようです。
「窓の外にいてるのが見えてるねん。それで、(太鼓が)ドンドンってなったら入ってくるねん。」2年生は去年1度体験しているので、怖いというより、みんなワクワクドキドキしていたそうです。
子どもたちから豆を投げつけられて‘鬼’は帰っていくのですが、その時に毎年クラスの中から2人程‘鬼ヶ島’に連れて行かれます。‘鬼ヶ島’といっても怖いところではなく、行った人は鬼のお面をもらって帰ってくるそうです。
そして一緒に、梅の蕾の枝を持った‘福の神’もやって来てくれます。
節分行事は、立春の前日に邪気を追い払うという由来があるそうです。暗く寒い冬の季節が終わりを告げ、これから明るい春になっていく、という季節のリズムを‘鬼’と‘福の神’が象徴しているのだろうな、と思います。
立春とはいえ、まだまだ寒い日が続きますが、暖かい春の予感を感じながら、日々を過ごしていきたいと思いました。

                n.m.



Posted by 京田辺シュタイナー at 14:07 | 行事 | この記事のURL
手毬づくり体験会に参加しました [2019年01月27日(Sun)]
先日京田辺シュタイナー学校で開かれた「讃岐かがり手毬」のワークショップに参加しました。
教えてくれたのは、本校12年生(高校3年生)の生徒です。

これは卒業プロジェクトの一環で、彼女は自身の卒業プロジェクトで文化・伝統工芸をどのように未来につなげていけるかをテーマとして取り組んでいるそうです。香川県の伝統工芸品であるこの手毬を彼女自身も作っているのですが、今回は学内向けに体験してもらおうということになったようです。
もともと手仕事が好きな私は早速申し込みました。

当日は、お母さん方を中心に高等部生徒も混じり、彼女が作ってくれた毬の土台に好きな色の糸を重ね合わせていきました。カラフルな綿糸はすべて彼女が草木染めをしたもので、なんともやさしい風合いに、糸を見ているだけでうっとりしてしまいました。
土台の毬の色もそれぞれ、またその上に重ねる綿糸の色もそれぞれで、悪戦苦闘しながらも完成した手毬をみていると、その人その人の個性が表れていると感じました。

12年生の彼女は堂々としたもので、本当に初めて人に教えるのかな?と思うくらいテキパキしていてとても感心しました。
卒業プロジェクトの本発表まであと1ヶ月。その発表の場で彼女が伝統工芸としての手毬やその他の文化や伝統工芸をどのように未来につなげていこうと考えているのかじっくり聞いてみたいと思います。

このブログが掲載される頃には、12年生の生徒たちは、プロジェクトの仕上げに入っていることでしょう。本発表ではそれぞれの雄姿を見られることをとても楽しみにしています。

※ 卒業プロジェクト発表は一般には公開されていません。
※ 卒業プロジェクトのテーマについては、こちらの記事も御覧ください。

:y…k:

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Posted by 京田辺シュタイナー at 23:06 | 授業 | この記事のURL
子どもと過ごす冬休み [2019年01月08日(Tue)]
あけましておめでとうございます。
本年が皆さまにとって、よき年となりますようにお祈り申し上げます

みなさまはどのような冬休みを過ごされましたでしょうか?
我が家は、毎年、冬休みの大半を京田辺で過ごします。
5年生の娘は、夏休みには、川やプールへと連日のように出かけますが、冬休みは打って変わって、家の中でほっこりと過ごします。
クリスマスまでは、お友達や家族へのクリスマスカードやプレゼントを作ったり、ツリーの飾りつけを作ったり。そして、クリスマスが終わると、カレンダー作りが始まります。1年生の時に「自分の絵のカレンダーを作ってみたい!」と言ったのがきっかけですが、この時は数枚の絵を描いただけで完成しませんでした。2年生になって、再びチャレンジすると、なんとか12枚の絵を描けるようになりました。その後、3、4年生と、徐々に、娘の担当箇所が増えていきましたが、暦の部分を書いたり装丁したりなど、作業の大半は私がしていました。
そして、5回目となった今回、いつ、手伝ってと言われるかと思っていると、「ママ、見て!」いつの間にか娘が一人で仕上げたカレンダーを見せに来ました。
季節にちなんだ12枚の絵は、自分の好きな動物や季節の風物を描いた、これまで同様のあどけないものに交じって、植物学や郷土学などの授業で学んだものを再現した、手の込んだ絵もあり、様々な意味で成長を感じました。

どこへ出かけるでもなく、派手な出来事もない日々ですが、クリスマスキャロルや学校で習った歌をいっしょに口ずさみながら、子どもと共に過ごす時間は、私にとって何よりのクリスマスプレゼントでした。
C.T

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Posted by 京田辺シュタイナー at 21:40 | 生活 | この記事のURL
りんごろうそく [2018年12月17日(Mon)]
 12月に入り、街はクリスマスの光や音楽に満ちています。
 クリスマス前の約4週間はアドヴェント(待降節)と呼ばれますが、京田辺シュタイナー学校では、その初日である日曜の日没後に1、2年生が「アドヴェントの庭」という行事を行います。

 「生命(いのち」の蝋燭」を中央に置き、樅や檜葉など常緑樹の枝によって螺旋状にかたどられた道。ライアーのひそやかな音が響く中、子どもたちが一人ずつ、蝋燭を立てた林檎を持って螺旋を入り、中央の蝋燭から光を取ります。向きを変えて戻る途中、星型の印がある場所に、灯のついた「りんごろうそく」を置き、螺旋を出てまた元の席に着きます。
 はじめ、生命の蝋燭の他に数本の蝋燭が灯っているだけのホールはほとんど真っ暗で、子どもたちも緊張していますが、一人また一人と進んで行くうちに、螺旋の道にぽつぽつと置かれたりんごろうそくがやさしく光り、皆の心も暖められるように感じます。幼い足取りながらも厳粛な面持ちで歩く子どもと、少しずつ増えてゆく螺旋の光はとても幻想的です。

 クリスマスという宗教的な行事に関連づけられてはいますが、シュタイナー教育独特のこの行事には、子どもたちへの教育的な配慮が込められています。
 暗闇の中で感覚は自ずと研ぎ澄まされ、光、音、蝋燭や枝の香り、つるつる紅くずっしりと手に収まる林檎、そして歩む自分自身の身体を深く感じます。
 また、第1七年期(0歳〜7歳)を終えて、自分の中で闇と光がせめぎ合うように感じはじめる1、2年生の時に、自分の行為によって闇の中に光を増やしてゆくというシンプルな経験は、これから少しずつ向かっていく世界に自分が主体的に関わっていくための原体験となるのではないでしょうか。
 地上へ降りてくる誕生の道を象徴している、とも言われる螺旋を通るとき、子どもは普段と違ったその子の本質のような姿を見せることがあります。クラスごとに行われるこの行事で、暗闇のなかに友達の新しい姿を発見し、その歩みを見守り、戻ってきたことを喜ぶひと時を持ったことで、クラスの絆がさらに強まったように思います。

 冬至を前に暗闇の極まるこの季節、燦々と輝くイルミネーションに心躍らせることもありますが、闇を打ち破る蝋燭の小さな光にも心を向けたいと思います。

参考:纐纈好子「アドベントのはじまり りんごローソクって何だろう」(学校報『プラネッツ』第56号、2007年12月)

Y.T.

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Posted by 京田辺シュタイナー at 05:45 | 行事 | この記事のURL
器楽部のこと [2018年12月01日(Sat)]
 11年生の息子は、9年生までは野球部でしたが引退後(野球部は9年生まで)、10年生から器楽部に入りチェロを担当しています。オーケストラで弾く経験はほとんどなかったのですが、いつのまにか低音部を支える楽しさに目覚め、充実した放課後を過ごしています。

 秋には、一年に一度の学内向けの定期演奏会がありました。楽しんでもらいたいという想いが伝わってくる、暖かで居心地のよい演奏会で、小さな子どももあきずにリズムに合わせて音楽を楽しんでいました。

 定期演奏会は12年生の引退の節目でもあり、息子たち11年生は下級生を教える立場になりました。2学期後期から始まる6年生の体験入部も11年生がリードをとって進めます。毎晩帰宅すると翌日の準備のために、楽譜や五線譜を机に広げます。
 「音階を弾くだけじゃおもしろくないから、簡単に合わせられる曲を用意しておくんだ」
と、楽器経験が少ない下級生でも楽しく体験できるために工夫しています。

 冬の終わりに部内演奏会もあるので、後輩のためのソロ曲も見繕っています。部内演奏会は、定期演奏会とは違い全員で弾くのではなく、ソロや、くじ引きで決まったメンバーとのアンサンブル、自主的な演奏など、さまざまな取り組みの成果を披露する機会となります。
 「これはAちゃんだったら弾けるだろうけれどつまらないかもしれない」「Bちゃんが好きそうなメロディーだけれど難しすぎ」
など、下級生の好みや性格、力量を考え、チャレンジの気持ちで取り組むことができる曲を考えているようです。

 そのほかにも学校内の行事で弾く曲も練習しています。練習する曲目は多く、経験や性格様々な子たちが楽しく演奏できるよう、場をとりまとめてゆくのは大変そうですが、「教えるのも結構ためになるんだよ」と前向きに頑張っています。

 定期演奏会のときの12年生の挨拶で「器楽部で音楽が大好きになった」という言葉がありました。12年生の先輩の引退からひと月たちますが、『音楽が好き』という気持ちは先輩から受け継がれ、日々の中で育っていると感じます。

T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:03 | クラブ活動 | この記事のURL
ランタンウォーク [2018年11月24日(Sat)]
 京田辺シュタイナー学校では、11月の初めに2年生がランタンウォークという行事を行います。ランタンウォークは、日本では有名ではありませんが、ヨーロッパでは11月11日の聖マーティンの日の頃に、聖マーティン祭(またはランタン祭)を行い、子ども達が様々なランタンを作ってお祝いするそうです。
 本校の2年生も、水彩絵の具で色をつけ、菜種油を塗った画用紙を折って、ランタンを手作りしました。その作業は楽しかったようで、家に帰ってきてからも、ミニランタンを作っていました。そして、近くの竹林で拾ってきた枝を、針金でランタンに取り付けてもらい、完成。
 ランタンウォーク当日は、手作りのランタンにろうそくの火を灯し、その明かりだけで暗い竹林の中を歩く、という体験をした2年生。学校の2階で見ていると、暗い中、みんなのランタンの明かりだけが光っている様子は、幻想的なものでした。
 学校に行く前に「暗いところに1人で行くのは怖いけれど、みんなと一緒なら大丈夫かな」と話していた子どもは、帰り道で「やっぱりちょっと怖かったけど、大丈夫やった」と話してくれました。1年の中で1番昼が短い冬至に向かって、段々と日暮れが早まり、寒くなってゆくこの時期に、ランタンの明かりを頼りに、暗闇の中へと勇気を出して歩いて行ったことは、子ども達の心の中に暖かい光をもたらしてくれた事だろう、と思いました。
                      n.m.



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Posted by 京田辺シュタイナー at 10:04 | 授業 | この記事のURL
測量実習 [2018年11月13日(Tue)]
10年生の娘のクラスでは、秋休み前のメインレッスンで「測量」を学んでいました。
学校周辺で測量機器の使い方を練習したり、計算方法を習ったりしたのち、近隣の野外活動センターに通って4日間の測量実習。3つのグループに分かれてそこの土地を測量し、最終的には各自が200分の1の測量図を作成するとのことでした。

測量を担当する先生によれば、測量実習は、数学で学んだ三角関数が生活の中でどのように使われているのかを実地の作業を通して学ぶという目的のほかに、自分の行動の結果が自分に返ってくる、ということを「誤差」を通じて体験する機会としても大事なのだそうです。

なるほど。いい加減な測量をすれば誤差が大きくなる。もしその値を用いて測量図を作成したとしても、正確さを欠いたものしかできない。逆に、正確さを期した行動は、誤差の少なさという成果に結び付く。つまり、自分の行動の結果がシンプルに現れるということでしょうか。

数学も細かな作業も苦手な娘のこと、さぞかし苦戦しているのでは・・・と思って水を向けてみると、
「大丈夫。グループ分けのとき、数学の得意な人とか、リーダーシップをとって(作業を)進められる人とか、几帳面な人とかが、どのチームにもバランスよく分かれるようにみんなで話し合って決めたから。(機器の)使い方もたくさん練習したし」と娘。
チームワークにも助けられながら、娘は4日間の実習を終えたようでした。

n*h

Posted by 京田辺シュタイナー at 18:00 | 授業 | この記事のURL
優しい上級生が大好き! [2018年10月25日(Thu)]
 今春、次女が京田辺シュタイナー学校に入学しました。
 待ちに待った学校生活は楽しいことばかり。先生や友達、メインレッスンや専科の授業、おにぎりタイムとお弁当の時間、どれも大好きで、休み時間はどこで誰と遊ぼうか迷ってしまうほど。

 上級生はみな1年生に優しいのですが、とくに8年生(中学2年生)は、入学式の時に手を引いてくれた縁で、いつも1年生のことを気にかけてくれます。また、教室が1年生と隣同士の12年生(高校3年生)も、頼りになる最上級生として、一緒に遊んだりお世話をしてくれたりします。

 入学してまだ間もなく、子どもたちが学校に慣れないうちは、休み時間も校舎内だけで過ごすことになっています。そんな頃、8年生の女の子数人が自作の歌とダンスを見せに来てくれました。それをまた見ようと翌日も8年生教室を訪れた1年生に、お姉さんたちは「あれは月曜日にやるからね。来週また見せてあげるよ。」と言ってくれたそうです。
 それからは毎週月曜日が楽しみで、お弁当が終わるやいなや、大挙して8年生のところに向かい、楽しませてもらいました。しばらくすると1年生もその歌と振りを覚え、今度は自分たちが各学年の教室に披露して回ったそうです。

 あるお昼休みのこと、娘の友達が8年生教室に遊びに行ったまま、鐘が鳴っても戻ってきませんでした。
(シュタイナー学校では、8年生くらいまでは担任の先生が鳴らす鐘で教室に呼び集められます。クラスごとに鐘の音も時間も違うのですが、この音は○年生、とちゃんと分かるとのこと。)
 「1年生の鐘、鳴ったよ。」と言われてもなかなか動こうとしなかったその子は、お姉さんに抱っこしてもらって1年生教室まで帰って来たそうです。

 ある朝は、いつものように8年生教室に行ったら、教室はもぬけの殻。近くにいた子から「修学旅行に行ったんだよ」と教えてもらった娘たちは、その足で今度はお隣の12年生教室に行きました。
 そして、「ねぇねぇ、8年生、どこに行ったか知ってる?」と得意げに尋ねたのですが、お姉さんが「知ってるよ。北海道でしょ。」と答えたところ、「違うよー!シュウガクリョコウっていう所だよー!」と嬉しそうに「訂正」してあげたそうです。

 毎日こうして楽しく遊んでもらっている子どもたちが、8年経って高等部に入る頃には、今度は自分たちが優しい上級生として小さい子と遊んであげるようになるのかな、そうなって欲しいな、と願っています。

Y.T.

※クラスの鐘についてご興味のある方はこちらの記事もご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 14:55 | 生活 | この記事のURL
12回目の誕生会 [2018年10月03日(Wed)]

「これ、Cちゃんが作ってくれた、誕生日のアルバムやねん。」

娘が見せてくれたのは、12年生の娘の誕生日を祝って、Cちゃんが贈ってくれたお祝いのアルバム。クラス全員一人一人の手をほぼ実物大の写真に撮り、そこにお祝いメッセージが書かれ1冊のアルバムにまとめられています。なんて素敵なプレゼント!
娘はにこにこ笑いながら「すごくうれしい!」と幸せそうでした。

娘達は高等部生になってから、くじ引きで自分が担当する相手を決めて、クラスメートの誕生日を祝い合ってきました。今年、娘の誕生日を担当してくれたのがCちゃんだったのです。

さて9月。娘の口からときおり聞こえてくるのはT君の誕生日のこと。娘はTくんのお祝いの係りになりました。
「T君の誕生日のアルバムどんな風にしようかなぁ。」
「Tくんの誕生日のおやつ何にしよう?」
Cちゃんに素敵なアルバムをいただいた娘は、こんどは自分がTくんに良い感じのアルバムを贈りたいと思っているようです。
小さいころは先生が開いて下さった誕生会。今は当然のように自分たちで同級生の誕生日を祝っています。

 娘は、クラスメート全員に、Tくんへのお祝いメッセージをカードに書いてもらいました。担当の先生からのカードもあります。ひとつとして同じカードはありません。文字もイラストも、メッセージも実にさまざま。
 娘はアルバムに細工をして「手紙を待つ少年に届く手紙」というストーリーを持たせ、完成させたようです。
一方娘が作ることにしたおやつは「ヘルシーレーズンバー」という焼き菓子でした。オーブンから焼き菓子の良い匂いが漂っていました。ひとつ味見をさせてもらいました。香ばしくどっしりした風味です。

今朝、娘はT君へのアルバムと26人分(クラスメートと担当の先生の分)のおやつを持って登校しました。
T君の12回目の誕生会はどんなだったのかな?
これまで娘たちがクラスメートや先生方とともに互いの誕生を祝ってこられたことを感謝しつつ。 
k/k
Posted by 京田辺シュタイナー at 13:08 | 生活 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出〜両方の翼を広げたい・その2〜 [2018年09月20日(Thu)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その2〜

私たちの学校は、保護者と教員が一丸となって「学校づくり」をしています。
教育は教員の方々にお任せしていますが、運営については保護者がみんなで力を合わせて行っています。
「どのくらい関わらないといけないのですか?」という質問を学校見学会でもよく聞きますが、「いけない」というよりは、「やろう」という意思が大切だと私は思っています。

開校当時、私は1年生保護者でした。
実は当初、私は左半分の校舎(当時は「二期校舎」と呼んでいました)その建設には反対でした。
この学校では「全員で話し合う」ということが大変尊重され、保護者も教員も、先輩も後輩もなく、全員で意見をかわしていましたので、私もその場に積極的に参加しました。
その後、私の気持ちも変化し、学校全体として「二期校舎を作ろう」という大きな決意をしました。

さて、それからは、みんなで本当に力を合わせました。経済的にも体力的にも。
人それぞれ出来ることは違っても、みんなで力を合わせたという実感がありました。
2003年春、二期校舎は完成、今のL字型の校舎となりました。天井を塗ったり、棚を作ったり、カーテンを染めたり、シェードを縫ったり、楽しい思い出です。
左半分の校舎を「二期校舎」と呼ぶ人も、いまではもうかなりの少数派になっているかもしれません。
あの廊下より先がなかった時代を知る世代にとっては、みんなで力を合わせて「想いを形にした」象徴のように思えます。

もし、これをお読みくださっている方が、校舎の右半分、かつての「一期校舎」の教室にお入りになることがあったら、ちょっと下を見てみて下さい。
ちょうど教室の真ん中あたりに、1本のレールが敷いてあります。そこで教室を半分に分けていました。黒板もここで半分となって、それぞれの教室で開くようになっています。
1つの教室で、同時に別々の授業をしていた、ということがお分かりいただけると思います。
多いクラスで、1学年16人いました。
狭いとお感じになるでしょうが、それでも、私たちがそこでシュタイナー学校を始められたことは大変大きな喜びでした。

そして、あの時には想像も出来なかった未来がいま、学校にはあります。空間的にも教育内容的にもです。ということは、いま想像もできないようことも、未来には何か出来るのかもしれません、みんなで力を合わせれば。それが何かはいまの私にはわかりませんが、「目の前の子どもを観る」ということの積み重ねが、その未来を切り開いていくのかもしれない、と、両方の翼を広げた今の校舎を見るたびに思います。

<おわり>

卒業生保護者 M・T
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Posted by 京田辺シュタイナー at 20:31 | 運営 | この記事のURL
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