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12回目の誕生会 [2018年10月03日(Wed)]

「これ、Cちゃんが作ってくれた、誕生日のアルバムやねん。」

娘が見せてくれたのは、12年生の娘の誕生日を祝って、Cちゃんが贈ってくれたお祝いのアルバム。クラス全員一人一人の手をほぼ実物大の写真に撮り、そこにお祝いメッセージが書かれ1冊のアルバムにまとめられています。なんて素敵なプレゼント!
娘はにこにこ笑いながら「すごくうれしい!」と幸せそうでした。

娘達は高等部生になってから、くじ引きで自分が担当する相手を決めて、クラスメートの誕生日を祝い合ってきました。今年、娘の誕生日を担当してくれたのがCちゃんだったのです。

さて9月。娘の口からときおり聞こえてくるのはT君の誕生日のこと。娘はTくんのお祝いの係りになりました。
「T君の誕生日のアルバムどんな風にしようかなぁ。」
「Tくんの誕生日のおやつ何にしよう?」
Cちゃんに素敵なアルバムをいただいた娘は、こんどは自分がTくんに良い感じのアルバムを贈りたいと思っているようです。
小さいころは先生が開いて下さった誕生会。今は当然のように自分たちで同級生の誕生日を祝っています。

 娘は、クラスメート全員に、Tくんへのお祝いメッセージをカードに書いてもらいました。担当の先生からのカードもあります。ひとつとして同じカードはありません。文字もイラストも、メッセージも実にさまざま。
 娘はアルバムに細工をして「手紙を待つ少年に届く手紙」というストーリーを持たせ、完成させたようです。
一方娘が作ることにしたおやつは「ヘルシーレーズンバー」という焼き菓子でした。オーブンから焼き菓子の良い匂いが漂っていました。ひとつ味見をさせてもらいました。香ばしくどっしりした風味です。

今朝、娘はT君へのアルバムと26人分(クラスメートと担当の先生の分)のおやつを持って登校しました。
T君の12回目の誕生会はどんなだったのかな?
これまで娘たちがクラスメートや先生方とともに互いの誕生を祝ってこられたことを感謝しつつ。 
k/k
Posted by 京田辺シュタイナー at 13:08 | 生活 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出〜両方の翼を広げたい・その2〜 [2018年09月20日(Thu)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その2〜

私たちの学校は、保護者と教員が一丸となって「学校づくり」をしています。
教育は教員の方々にお任せしていますが、運営については保護者がみんなで力を合わせて行っています。
「どのくらい関わらないといけないのですか?」という質問を学校見学会でもよく聞きますが、「いけない」というよりは、「やろう」という意思が大切だと私は思っています。

開校当時、私は1年生保護者でした。
実は当初、私は左半分の校舎(当時は「二期校舎」と呼んでいました)その建設には反対でした。
この学校では「全員で話し合う」ということが大変尊重され、保護者も教員も、先輩も後輩もなく、全員で意見をかわしていましたので、私もその場に積極的に参加しました。
その後、私の気持ちも変化し、学校全体として「二期校舎を作ろう」という大きな決意をしました。

さて、それからは、みんなで本当に力を合わせました。経済的にも体力的にも。
人それぞれ出来ることは違っても、みんなで力を合わせたという実感がありました。
2003年春、二期校舎は完成、今のL字型の校舎となりました。天井を塗ったり、棚を作ったり、カーテンを染めたり、シェードを縫ったり、楽しい思い出です。
左半分の校舎を「二期校舎」と呼ぶ人も、いまではもうかなりの少数派になっているかもしれません。
あの廊下より先がなかった時代を知る世代にとっては、みんなで力を合わせて「想いを形にした」象徴のように思えます。

もし、これをお読みくださっている方が、校舎の右半分、かつての「一期校舎」の教室にお入りになることがあったら、ちょっと下を見てみて下さい。
ちょうど教室の真ん中あたりに、1本のレールが敷いてあります。そこで教室を半分に分けていました。黒板もここで半分となって、それぞれの教室で開くようになっています。
1つの教室で、同時に別々の授業をしていた、ということがお分かりいただけると思います。
多いクラスで、1学年16人いました。
狭いとお感じになるでしょうが、それでも、私たちがそこでシュタイナー学校を始められたことは大変大きな喜びでした。

そして、あの時には想像も出来なかった未来がいま、学校にはあります。空間的にも教育内容的にもです。ということは、いま想像もできないようことも、未来には何か出来るのかもしれません、みんなで力を合わせれば。それが何かはいまの私にはわかりませんが、「目の前の子どもを観る」ということの積み重ねが、その未来を切り開いていくのかもしれない、と、両方の翼を広げた今の校舎を見るたびに思います。

<おわり>

卒業生保護者 M・T
009.JPG

Posted by 京田辺シュタイナー at 20:31 | 運営 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出 〜両方の翼を広げたい・その1〜 [2018年09月10日(Mon)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その1〜

現在の木造校舎、最初は「半分」しかなかったこと、ご存じですか?
(2001年〜2002年)
校舎の中央にあるホールより右側、隣にある教員室を真ん中でスパンと割ったところから、右側半分の校舎しかありませんでした。

つまり、ホールはなくて、現在の、1・3・12年生教室、一階部分で言うと、5・7・9年生教室ですね、その6教室しかなく、現在のようなL字型の校舎ではなく、I字型の校舎だったわけです。
なぜそうだったのかは、ひとえに経済的な理由でした。

この校舎の設計図には、実に驚くほど多くの想いが込められています。
1〜12年教室に対する想いについては、学校の書籍などにもありますように、シュタイナー教育の観点から、その位置・天井の形状・色彩に反映されておりますが、そのほかにも、なぜ校舎の右側部分に池があって、なぜそこは「石」が積まれているのか、なぜ校舎左側部分に「かまど」があって、校舎中央に位置するホールの上の屋根はあのようにとんがった形状になっているのか、実に面白いです。

もちろん、経済的な理由で「そうせざるを得なかった」という部分もあるのですが、それを含めて聞いても、実に興味深く、ワクワクするのです。
(日本独自の「縁側」を校舎に取り入れた理由なども・・・)

私はその校舎のコンセプトを聞いて「親鳥が両翼を広げて、雛鳥を守り慈しみながら育てる」という風に感じました。
(設計の伊藤先生がそうおっしゃったのか、私が勝手にそう感じたのか、今ではわからなくなりました。)

片側しかない校舎を見ながら、「いつかその完成形を見たい」「いつかその完成形の校舎の中で子どもたちを育てていただきたい」という想いを持っていましたが、その「いつか」は、開校して数年の年月が経って「経済的な余裕が出来たら」となるのだと思っていました。

しかし、その「いつか」は必要に迫られて、「すぐに」となっていました。開校時、1・2年生の入学希望者が予想以上に多く、また、高学年の授業では、空間が狭いことから生じる様々な困難があり、のびのびとした授業をするために「空間」が必要でした。

「両方の翼を広げたい」という私たちの取り組みは、開校して間もなく開始せざるを得ませんでした。

<つづく>

卒業生保護者 M・T

校舎平面図

現在の教室配置図


『親と先生でつくる学校ー京田辺シュタイナー学校 12年間の学び』の詳細はこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:41 | 運営 | この記事のURL
11年生の夏休み [2018年08月26日(Sun)]
8月が終わりに近づき暑さも一段落し、まもなく11年生の息子の夏休みが終わろうとしています。

「12年の夏はすごく忙しくなるから、やりたいことをするのは今年しかないんだよ」と、息子が半年以上前から楽しみにしていた夏休みですが、11年生の一学期後半からは思った以上に忙しく、梅雨が終わっても、酷暑が始まっても、なかなか『やりたいこと』は始められず、直面している課題に取り組む日々でした。

その筆頭は、『高卒認定試験』です。
NPO法人の学校である本校では、11年生(高校2年生)の8月に入ってすぐに高卒認定試験を受けるため、7月後半から2週間ほど補習があります。試験のために不足しているところを、教員の万全のサポートで勉強するので、親がすることは特にありません。本人が普通に勉強をしていれば大丈夫なのですが、『普通の試験勉強』という経験がないため、なれるまでに時間がかかりました。興味を持って学ぶ普段の勉強とは違い、好きな科目であっても身が入らない時期もありましたが、友達が頑張っているということに気持ちを支えられ、続けることができました。

補習期間中には12年生卒業演劇があり、11年生は手伝いをしました。演劇に取り組む熱を側で感じ、来年の自分たちのことを考え話し合う機会にもなったようです。
また、秋にあるバザーの集まりや、部活の強化練習もありました。何をするにも下級生を取りまとめる役割を担う学年ということで、自分が主となってやってゆくという様子がいままでとはちょっと違って見えました。
職業実習の実習先とのやりとりもありました。興味深い仕事をしている方と連絡をとることによって、自分の卒業後の進路や、卒業プロジェクトのテーマを考える機会にもなっているようでした。

そんなこんなで、しなければならないことが沢山ありますが、それらすべてが11年生の時期に大切なことばかりでした。

8月初旬、高卒認定試験が終わると、丸1日思いっきり眠りました。そして、部屋にちらばっている過去問の紙類をかたづけ、いよいよ『やりたいこと』の始まりです。最低限の着替えと寝袋、勉強のものをリュックに詰め込み、京田辺の我が家から、この夏の拠点となる父親の仕事場のある関東へと旅立ってゆき、ようやく息子の夏休みとなりました。

息子がしたいことは、遠方に住む友人たちとの旅行。北海道でのシュタイナー学校高等部交流会への出席。そして「青春18きっぷ」での一人旅。また、東京で仕事をしている父親のところに滞在しての本屋巡り。田舎の祖父母方でのんびりする、など。旅、旅、旅…。忙しい日々の中にも、いつのまにか企画は進んでいたようです。保護者の許可や大人の知恵が必要なこともあり、私と言い合うこともありましたが、バタバタと出てゆきました。
場所を移動し、多くの人と出会い、何を体験しているのでしょうか。一人で考える時間もあることでしょう。親ばかりが忙しかった夏休みははるか昔、母親は遠くから見守るのみ。
いいなあ、青春。

T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:04 | 生活 | この記事のURL
今回も演劇の話題です [2018年08月20日(Mon)]
7月に行われた12年生の卒業演劇は、京田辺シュタイナー学校で初めての試みとなる野外劇でした。心配した雨もなく、お陰さまで無事3日間の公演を終了いたしました。前回のブログに登場したオトカール君も腹話術師役の生徒とともに存在感を放っていました。

そして今は夏休み真っ只中。10年の娘のクラスでは、休みの間に『ハムレット』を読む、という課題が出ています。夏休み明けのエポック「悲劇・喜劇」で取り組む演劇の題目が決まったようです。

『10年生になると、重さや暗さを漂わせる時期に入ります。その重さや暗さは、それぞれが「自分とは何か」「自分はこれからどのように生きていくのか」といった問いを持ち始めることに根ざしています。自分の中に湧き上がる問いが深くなる分、物事を見る視点は多様になっていきます。
この時期に(・・・中略・・・)クラスで“悲劇”に取り組み、登場人物の感情や自分の内面を掘り下げることを通して人間の感情への理解を深めていきます。それは思春期により複雑になっていく自分自身の感情を客観的に見つめることにもつながります。
これらの学びや活動を通して、生徒たちは相対する立場や考え方の間に自分の立つ位置を見出し、自分自身という「中核」を温め始めます。』
(せせらぎ出版『親と先生で作る学校 −京田辺シュタイナー学校 12年間の学び−』より)

日々の生活で「重さや暗さ」を漂わせ、家族をはじめ自分の周囲の人たちや環境にこれまでと違った視線を向ける娘を見ていると、今まさにこの時期にいると感じます。親にできることがだんだん少なくなってきている今、悲劇を演じることを通じて、またほかのカリキュラムに支えられて、少しずつ自分自身を育てていってくれたらいいなと思います。

先日、注文していた『ハムレット』が家に届きました。
9月下旬には、在校生と学内保護者を対象に、10年生による悲劇が上演されます。
それまでに私も『ハムレット』を読んでみようかな。

n*h
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:43 | 授業 | この記事のURL
もうすぐ卒業演劇  [2018年07月13日(Fri)]
5月半ば、娘の友人Aちゃんが、一体の人形を抱えてやって来ました。この夏12年生が行う卒業演劇。娘は全体統括と呼ばれるグループの仕事を担っていますが、Aちゃんは美術で小道具を担当しています。劇に登場する人形作りも仕事のひとつです。
卒業演劇で生徒たちは、自分の好きなことや得意なことを生かし、大道具・舞台、演出、台本、衣装、音響、ダンス担当、パフォーマンス、広報といったさまざまなグループで仕事を担います。

人形はまだのっぺらぼう。丸いあたまのなかに片手を入れて口をぱくぱく開け閉めできるようになっています。あとは胴体と手足がついているだけ。男の子の人形だそうです。
Aちゃんは裁縫道具を取り出しちくちく。娘はAちゃんを手伝います。
「中に何入れたらいい?」「羊毛だけだと重さが足らへんねん。〇〇くんの膝に座らせなあかんねんけど。どうしよう?」舞台上での人形の姿をイメージしながら話している様子。

次にその人形がやって来た時、ぱくぱく開く口のなかに赤みがかった布が貼られ、より口らしくなっていました。口を動かすために手を入れた時も動かし易さが増しています。人形にも程よい重みが備わっていました。
その次に会った時、人形にはちょこんと形の良い鼻がついていました。Aちゃんが作る人形は少しずつ完成に向かっているようです。
その後、彼は洋服を着てやってきました。赤い上着に黒いズボン。上着には昔風のボタンが3つついています。「いい感じのボタンやろ。」とAちゃん。
人形作りのあいま、ふたりは饒舌に語るのではないけれど、劇作りの段取りやテーマのこと、ポスターのことや係り同士の連携のことなどをぽつぽつ語っています。「良い舞台にしたい!」という彼女たちの思いが伝わってきます。

ついに人形にふたつの黒くて丸い目が入りました。「君はこんな顔だったんだね!」かわいらしいその顔を見て思います。
さいごに人形は、Aちゃんが作ったかっこいい紐靴をはかせてもらい、ドアマンのような帽子と毛糸の髪の毛をつけてもらいました。Aちゃんが出来上がった人形を見せにきてくれました。
残念ですが彼はもうわが家にやってくることはありません。12年生の生徒たちと一緒に劇の練習をしているはずです。

さて、人形の名は「オトカール」。Aちゃんも娘も、彼がのっぺらぼうだった頃からオトカール、オトカールと呼んでかわいがっていました。「オトカールかわいいなぁ。」「オトカールのわた、もう少し足さなあかん。」「オトカールの服どうしよう。」
彼女たちが幼かった頃人形遊びをしていた姿がふと思い出されたりもしました。しかし楽しそうに根気強くこつこつ作り上げて行くその姿は、幼いころのほんわりした人形遊びの様子とは違います。しなやかな力強さを感じます。

人形作りに限りません。12年生たちは劇に関わるさまざまなこと、さまざまなものを手を動かし、体を動かし、話し合い、工夫をこらして準備しています。先生方・スタッフとして関わってくださる大人たちの知恵や助言に助けられながら、一歩一歩本番に向かいます。

7月20・21・22日に行われる12年生の卒業演劇「サーカス物語」。初めての試みである野外舞台。夜の上演。天気のこと。心配の種はたくさんあります。でも彼らにめげる様子はありません。
12年生たちが全力を尽くし、悔いのない舞台を作り上げられますように!劇の中でオトカールに再会できることを楽しみにしながら、エールを送ります。
                      
k/k
卒演ポスター青02.jpg


※卒業演劇の詳細については、こちらをご覧ください。12年生のブログも開設しています。

Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 授業 | この記事のURL
初めての世界史 [2018年07月01日(Sun)]
京田辺シュタイナー学校では、5年生で歴史の学びが始まります。娘のクラスでは一学期の後半に、一回目の世界史のエポック授業がありました。

「ママ、メソポタミアって知ってる?」学校から帰った娘が、おやつを頬張りながら言いました。
「うん、知ってるよ。」高校時代の怪しげな記憶を辿りながら、メソポタミアの関連語句を必死で思い出して、次なる質問に備える私に、「じゃあ、エントウインショウは?」と娘。「何それ?」。早くも旗色が悪くなった私に、娘が、身振り手振りを交えて授業の様子を教えてくれました。粘土をこねて筒形にして、そこに絵を彫り、乾いて固くなったら、柔らかい粘土で作った板の上を転がして…。メソポタミアで文字が生まれる前に作られた円筒印章なるものを作ったそうで、「とっても楽しかったから、今度、家でいっしょに作ってみようね。」と、かなりの熱中ぶりです。
 
数日後、姿勢を正して黙々とノートに何やら書いている娘の姿に、今日の宿題は漢字の練習かなと思いつつノートを覗くと、見慣れぬ図形がびっしり。どうやら娘は、くさび型文字の自主練習に励んでいるようです。くさび型文字って、そんなに面白いものなのかな?と思っていると、保護者会で、担任の先生から歴史の授業の様子の紹介がありました。みんなでメソポタミア時代のやり方に習い、葦の茎を粘土の板に押し付けてくさび型文字を書いたところ、鉛筆では大変書きにくかったくさび型文字が、すごく簡単に書けたそうです。また、その後の古代エジプトの学びでは学校に生えているパピルスを取って、パピルス作りもしたそうで、なんだか先生まで、目を輝かせていて楽しそうです。

更に、数日後、娘はまたもや書き取り練習に励んでいます。今度は古代エジプトの文字だそうで、鳥や動物の絵も混じっていて、とっても面白そうです。これは夢中になるのも無理はない、と微笑ましく思いながらも、そろそろ、実用的な文字の方も少しは練習してくれないかな…という思いも微かに胸に去来します。そんな矢先、娘の元に遠方に住むお友達から手紙が届きました。早速、娘がお返しに書いた手紙には、古代エジプト文字がずらり。古代エジプト文字を実用化している娘に一本取られた思いでした。
 
 次の歴史のエポックは、二学期で、ギリシャ時代です。10月には、毎年5年生が行う古代オリンピックの競技会もあり、親子共々、楽しみです。  
C.T


※5年生の歴史の学びはこちらを、古代オリンピック競技会はこちらをご覧ください。
手紙エジプトの字.jpg
円筒印章、くさび型文字.JPG
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:43 | 授業 | この記事のURL
京田辺市民総体にて [2018年06月27日(Wed)]
 6月の初めに京田辺市民総合体育大会が行われ、本校の野球部も参加しました。9年生の長男は野球部に所属しているので、私も球場に足を運びました。年間を通して近隣の中学校や本校野球部OBとの練習試合はあるものの、公式戦は市民総体だけなので、この日は野球部の保護者だけでなく、違うクラブに所属する同級生や、野球部OBの先輩、そしてまだクラブに入っていない後輩達など、たくさんの人が応援に来てくれました。

 去年の試合では、緊張してあまり声が出ていなかったり、体の動きもぎこちなかったりした9年生ですが、今年は中学3年生の年で、野球部では一番先輩ということもあり、落ち着いて試合をしているように見えました。9年生のキャッチャーの男の子は、8年生がピッチャーの時に「ランナー見てね〜!」と声をかけるなど、後輩を気遣う余裕もできたんだな、と成長を感じられました。また、クラブに入って初めての試合となった7年生は、試合には出られなかった子が多かったのですが、ボールを審判に渡したり、バッターが塁に出る際に置いて行ったバットを拾う、といった仕事を嬉しそうにしていたのが印象的でした。

 残念ながら試合には負けてしまいましたが、子ども達の頑張る姿や普段と違う一面が見られて良かったな、と思いました。

                        n.m.
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Posted by 京田辺シュタイナー at 17:07 | クラブ活動 | この記事のURL
5年生 クラス全員で木津川サイクリング [2018年06月14日(Thu)]
京田辺シュタイナー学校では、4年生で「郷土学」(地理)を学びます。以前このブログで紹介した「東大寺二月堂の竹送り」もその学びの一つです。その他、我が子のクラスは方位磁石を首から下げ、学校の周辺をグループ毎に歩いて地図を仕上げたりもしました。このような校外学習が子どもたちは大好きですが、今回の木津川サイクリングは郷土学での学びの集大成でした。

京田辺シュタイナー学校の近くには、一級河川の木津川が流れており、その川沿いにはサイクリングロードが京都の嵐山まで整備されています。その道を利用して5年生クラス25名がサイクリングに出かけました。

木津川、宇治川、桂川の三川は京都府の大山崎町辺りで合流し淀川となり、大阪湾へ流れています。目指すはその三川合流地点です。25人の子どもたちを6チームに分け、各チームに保護者が2〜3名ずつ伴走し、約20キロを走って目的地へ到着しました。サイクリング当日は天候にも恵まれ、展望台からの眺めも素晴らしく、心地よい風が吹き抜けて清々しい気分になりました。

子どもたちは…というと、約20キロを走った後も元気いっぱい。お弁当を食べてからは、先生やお父さんたちと一緒に鬼ごっこや木登りをして楽しんでいました。

復路も同じ道のりを走り、全員無事に戻って来ることができました。集合場所へ迎えにいくと、どの子もやり遂げた充実感にあふれていたように見えました。いつもはあまり学校でのことを話さない我が子が、この日は興奮気味にたくさん話してくれました。体も心も満たされた一日であったのだろうと思います。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:20 | 授業 | この記事のURL
がんばったごほうびや! [2018年05月15日(Tue)]
「子どもの日にどうぞ」と知り合いの方が下さったひとつずつ種類の違うケーキがテーブルの上に並んでいます。
イチゴ、抹茶、紅茶にクリームチーズ、ブルーベリー、コーヒ−、オレンジ味のケーキ。
「さぁどれを食べようか」とテーブルを囲んでいるのは、12年生の娘と学校の帰りに我が家に寄った仲良しのクラスメート。そして息子と夫とわたし。

このゴールデンウィークの前半、12年生の娘のクラスでは毎日朝から夕方まで卒業演劇の練習をしてきました。今日はゴールデンウィーク演劇練習さいごの日。「とりあえず最初から最後まで劇を通してやってみる」というのをやり遂げて帰ってきたようです。

娘も友人のAちゃんもかなり疲れた様子。あんまり疲れたからか、Aちゃんは我が家の居間ですやすや眠ってしまいました。
初めて劇を通してみるのにずいぶん緊張したんだろうなぁ、とその様子を見て思います。

さあ、いただいたケーキを食べることに。
娘とAちゃんがそろって言ったひとこと。「一週間がんばったごほうびや!」
この先の2ヶ月半、卒業演劇本番まで彼らは色んなことを経験するんだろうな。12年生の子どもたちが「良いことも悪いことも“よいこと”」にしていけますように!

k/k
     
Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 生活 | この記事のURL
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