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器楽部のこと [2018年12月01日(Sat)]
 11年生の息子は、9年生までは野球部でしたが引退後(野球部は9年生まで)、10年生から器楽部に入りチェロを担当しています。オーケストラで弾く経験はほとんどなかったのですが、いつのまにか低音部を支える楽しさに目覚め、充実した放課後を過ごしています。

 秋には、一年に一度の学内向けの定期演奏会がありました。楽しんでもらいたいという想いが伝わってくる、暖かで居心地のよい演奏会で、小さな子どももあきずにリズムに合わせて音楽を楽しんでいました。

 定期演奏会は12年生の引退の節目でもあり、息子たち11年生は下級生を教える立場になりました。2学期後期から始まる6年生の体験入部も11年生がリードをとって進めます。毎晩帰宅すると翌日の準備のために、楽譜や五線譜を机に広げます。
 「音階を弾くだけじゃおもしろくないから、簡単に合わせられる曲を用意しておくんだ」
と、楽器経験が少ない下級生でも楽しく体験できるために工夫しています。

 冬の終わりに部内演奏会もあるので、後輩のためのソロ曲も見繕っています。部内演奏会は、定期演奏会とは違い全員で弾くのではなく、ソロや、くじ引きで決まったメンバーとのアンサンブル、自主的な演奏など、さまざまな取り組みの成果を披露する機会となります。
 「これはAちゃんだったら弾けるだろうけれどつまらないかもしれない」「Bちゃんが好きそうなメロディーだけれど難しすぎ」
など、下級生の好みや性格、力量を考え、チャレンジの気持ちで取り組むことができる曲を考えているようです。

 そのほかにも学校内の行事で弾く曲も練習しています。練習する曲目は多く、経験や性格様々な子たちが楽しく演奏できるよう、場をとりまとめてゆくのは大変そうですが、「教えるのも結構ためになるんだよ」と前向きに頑張っています。

 定期演奏会のときの12年生の挨拶で「器楽部で音楽が大好きになった」という言葉がありました。12年生の先輩の引退からひと月たちますが、『音楽が好き』という気持ちは先輩から受け継がれ、日々の中で育っていると感じます。

T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 16:03 | クラブ活動 | この記事のURL
ランタンウォーク [2018年11月24日(Sat)]
 京田辺シュタイナー学校では、11月の初めに2年生がランタンウォークという行事を行います。ランタンウォークは、日本では有名ではありませんが、ヨーロッパでは11月11日の聖マーティンの日の頃に、聖マーティン祭(またはランタン祭)を行い、子ども達が様々なランタンを作ってお祝いするそうです。
 本校の2年生も、水彩絵の具で色をつけ、菜種油を塗った画用紙を折って、ランタンを手作りしました。その作業は楽しかったようで、家に帰ってきてからも、ミニランタンを作っていました。そして、近くの竹林で拾ってきた枝を、針金でランタンに取り付けてもらい、完成。
 ランタンウォーク当日は、手作りのランタンにろうそくの火を灯し、その明かりだけで暗い竹林の中を歩く、という体験をした2年生。学校の2階で見ていると、暗い中、みんなのランタンの明かりだけが光っている様子は、幻想的なものでした。
 学校に行く前に「暗いところに1人で行くのは怖いけれど、みんなと一緒なら大丈夫かな」と話していた子どもは、帰り道で「やっぱりちょっと怖かったけど、大丈夫やった」と話してくれました。1年の中で1番昼が短い冬至に向かって、段々と日暮れが早まり、寒くなってゆくこの時期に、ランタンの明かりを頼りに、暗闇の中へと勇気を出して歩いて行ったことは、子ども達の心の中に暖かい光をもたらしてくれた事だろう、と思いました。
                      n.m.



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Posted by 京田辺シュタイナー at 10:04 | 授業 | この記事のURL
測量実習 [2018年11月13日(Tue)]
10年生の娘のクラスでは、秋休み前のメインレッスンで「測量」を学んでいました。
学校周辺で測量機器の使い方を練習したり、計算方法を習ったりしたのち、近隣の野外活動センターに通って4日間の測量実習。3つのグループに分かれてそこの土地を測量し、最終的には各自が200分の1の測量図を作成するとのことでした。

測量を担当する先生によれば、測量実習は、数学で学んだ三角関数が生活の中でどのように使われているのかを実地の作業を通して学ぶという目的のほかに、自分の行動の結果が自分に返ってくる、ということを「誤差」を通じて体験する機会としても大事なのだそうです。

なるほど。いい加減な測量をすれば誤差が大きくなる。もしその値を用いて測量図を作成したとしても、正確さを欠いたものしかできない。逆に、正確さを期した行動は、誤差の少なさという成果に結び付く。つまり、自分の行動の結果がシンプルに現れるということでしょうか。

数学も細かな作業も苦手な娘のこと、さぞかし苦戦しているのでは・・・と思って水を向けてみると、
「大丈夫。グループ分けのとき、数学の得意な人とか、リーダーシップをとって(作業を)進められる人とか、几帳面な人とかが、どのチームにもバランスよく分かれるようにみんなで話し合って決めたから。(機器の)使い方もたくさん練習したし」と娘。
チームワークにも助けられながら、娘は4日間の実習を終えたようでした。

n*h

Posted by 京田辺シュタイナー at 18:00 | 授業 | この記事のURL
優しい上級生が大好き! [2018年10月25日(Thu)]
 今春、次女が京田辺シュタイナー学校に入学しました。
 待ちに待った学校生活は楽しいことばかり。先生や友達、メインレッスンや専科の授業、おにぎりタイムとお弁当の時間、どれも大好きで、休み時間はどこで誰と遊ぼうか迷ってしまうほど。

 上級生はみな1年生に優しいのですが、とくに8年生(中学2年生)は、入学式の時に手を引いてくれた縁で、いつも1年生のことを気にかけてくれます。また、教室が1年生と隣同士の12年生(高校3年生)も、頼りになる最上級生として、一緒に遊んだりお世話をしてくれたりします。

 入学してまだ間もなく、子どもたちが学校に慣れないうちは、休み時間も校舎内だけで過ごすことになっています。そんな頃、8年生の女の子数人が自作の歌とダンスを見せに来てくれました。それをまた見ようと翌日も8年生教室を訪れた1年生に、お姉さんたちは「あれは月曜日にやるからね。来週また見せてあげるよ。」と言ってくれたそうです。
 それからは毎週月曜日が楽しみで、お弁当が終わるやいなや、大挙して8年生のところに向かい、楽しませてもらいました。しばらくすると1年生もその歌と振りを覚え、今度は自分たちが各学年の教室に披露して回ったそうです。

 あるお昼休みのこと、娘の友達が8年生教室に遊びに行ったまま、鐘が鳴っても戻ってきませんでした。
(シュタイナー学校では、8年生くらいまでは担任の先生が鳴らす鐘で教室に呼び集められます。クラスごとに鐘の音も時間も違うのですが、この音は○年生、とちゃんと分かるとのこと。)
 「1年生の鐘、鳴ったよ。」と言われてもなかなか動こうとしなかったその子は、お姉さんに抱っこしてもらって1年生教室まで帰って来たそうです。

 ある朝は、いつものように8年生教室に行ったら、教室はもぬけの殻。近くにいた子から「修学旅行に行ったんだよ」と教えてもらった娘たちは、その足で今度はお隣の12年生教室に行きました。
 そして、「ねぇねぇ、8年生、どこに行ったか知ってる?」と得意げに尋ねたのですが、お姉さんが「知ってるよ。北海道でしょ。」と答えたところ、「違うよー!シュウガクリョコウっていう所だよー!」と嬉しそうに「訂正」してあげたそうです。

 毎日こうして楽しく遊んでもらっている子どもたちが、8年経って高等部に入る頃には、今度は自分たちが優しい上級生として小さい子と遊んであげるようになるのかな、そうなって欲しいな、と願っています。

Y.T.

※クラスの鐘についてご興味のある方はこちらの記事もご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 14:55 | 生活 | この記事のURL
12回目の誕生会 [2018年10月03日(Wed)]

「これ、Cちゃんが作ってくれた、誕生日のアルバムやねん。」

娘が見せてくれたのは、12年生の娘の誕生日を祝って、Cちゃんが贈ってくれたお祝いのアルバム。クラス全員一人一人の手をほぼ実物大の写真に撮り、そこにお祝いメッセージが書かれ1冊のアルバムにまとめられています。なんて素敵なプレゼント!
娘はにこにこ笑いながら「すごくうれしい!」と幸せそうでした。

娘達は高等部生になってから、くじ引きで自分が担当する相手を決めて、クラスメートの誕生日を祝い合ってきました。今年、娘の誕生日を担当してくれたのがCちゃんだったのです。

さて9月。娘の口からときおり聞こえてくるのはT君の誕生日のこと。娘はTくんのお祝いの係りになりました。
「T君の誕生日のアルバムどんな風にしようかなぁ。」
「Tくんの誕生日のおやつ何にしよう?」
Cちゃんに素敵なアルバムをいただいた娘は、こんどは自分がTくんに良い感じのアルバムを贈りたいと思っているようです。
小さいころは先生が開いて下さった誕生会。今は当然のように自分たちで同級生の誕生日を祝っています。

 娘は、クラスメート全員に、Tくんへのお祝いメッセージをカードに書いてもらいました。担当の先生からのカードもあります。ひとつとして同じカードはありません。文字もイラストも、メッセージも実にさまざま。
 娘はアルバムに細工をして「手紙を待つ少年に届く手紙」というストーリーを持たせ、完成させたようです。
一方娘が作ることにしたおやつは「ヘルシーレーズンバー」という焼き菓子でした。オーブンから焼き菓子の良い匂いが漂っていました。ひとつ味見をさせてもらいました。香ばしくどっしりした風味です。

今朝、娘はT君へのアルバムと26人分(クラスメートと担当の先生の分)のおやつを持って登校しました。
T君の12回目の誕生会はどんなだったのかな?
これまで娘たちがクラスメートや先生方とともに互いの誕生を祝ってこられたことを感謝しつつ。 
k/k
Posted by 京田辺シュタイナー at 13:08 | 生活 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出〜両方の翼を広げたい・その2〜 [2018年09月20日(Thu)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その2〜

私たちの学校は、保護者と教員が一丸となって「学校づくり」をしています。
教育は教員の方々にお任せしていますが、運営については保護者がみんなで力を合わせて行っています。
「どのくらい関わらないといけないのですか?」という質問を学校見学会でもよく聞きますが、「いけない」というよりは、「やろう」という意思が大切だと私は思っています。

開校当時、私は1年生保護者でした。
実は当初、私は左半分の校舎(当時は「二期校舎」と呼んでいました)その建設には反対でした。
この学校では「全員で話し合う」ということが大変尊重され、保護者も教員も、先輩も後輩もなく、全員で意見をかわしていましたので、私もその場に積極的に参加しました。
その後、私の気持ちも変化し、学校全体として「二期校舎を作ろう」という大きな決意をしました。

さて、それからは、みんなで本当に力を合わせました。経済的にも体力的にも。
人それぞれ出来ることは違っても、みんなで力を合わせたという実感がありました。
2003年春、二期校舎は完成、今のL字型の校舎となりました。天井を塗ったり、棚を作ったり、カーテンを染めたり、シェードを縫ったり、楽しい思い出です。
左半分の校舎を「二期校舎」と呼ぶ人も、いまではもうかなりの少数派になっているかもしれません。
あの廊下より先がなかった時代を知る世代にとっては、みんなで力を合わせて「想いを形にした」象徴のように思えます。

もし、これをお読みくださっている方が、校舎の右半分、かつての「一期校舎」の教室にお入りになることがあったら、ちょっと下を見てみて下さい。
ちょうど教室の真ん中あたりに、1本のレールが敷いてあります。そこで教室を半分に分けていました。黒板もここで半分となって、それぞれの教室で開くようになっています。
1つの教室で、同時に別々の授業をしていた、ということがお分かりいただけると思います。
多いクラスで、1学年16人いました。
狭いとお感じになるでしょうが、それでも、私たちがそこでシュタイナー学校を始められたことは大変大きな喜びでした。

そして、あの時には想像も出来なかった未来がいま、学校にはあります。空間的にも教育内容的にもです。ということは、いま想像もできないようことも、未来には何か出来るのかもしれません、みんなで力を合わせれば。それが何かはいまの私にはわかりませんが、「目の前の子どもを観る」ということの積み重ねが、その未来を切り開いていくのかもしれない、と、両方の翼を広げた今の校舎を見るたびに思います。

<おわり>

卒業生保護者 M・T
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Posted by 京田辺シュタイナー at 20:31 | 運営 | この記事のURL
校舎が出来るまでの思い出 〜両方の翼を広げたい・その1〜 [2018年09月10日(Mon)]
【今回のブログ記事は卒業保護者に執筆依頼しました。9月前半後半2回の掲載になります。】

●校舎が出来るまでの思い出
〜両方の翼を広げたい・その1〜

現在の木造校舎、最初は「半分」しかなかったこと、ご存じですか?
(2001年〜2002年)
校舎の中央にあるホールより右側、隣にある教員室を真ん中でスパンと割ったところから、右側半分の校舎しかありませんでした。

つまり、ホールはなくて、現在の、1・3・12年生教室、一階部分で言うと、5・7・9年生教室ですね、その6教室しかなく、現在のようなL字型の校舎ではなく、I字型の校舎だったわけです。
なぜそうだったのかは、ひとえに経済的な理由でした。

この校舎の設計図には、実に驚くほど多くの想いが込められています。
1〜12年教室に対する想いについては、学校の書籍などにもありますように、シュタイナー教育の観点から、その位置・天井の形状・色彩に反映されておりますが、そのほかにも、なぜ校舎の右側部分に池があって、なぜそこは「石」が積まれているのか、なぜ校舎左側部分に「かまど」があって、校舎中央に位置するホールの上の屋根はあのようにとんがった形状になっているのか、実に面白いです。

もちろん、経済的な理由で「そうせざるを得なかった」という部分もあるのですが、それを含めて聞いても、実に興味深く、ワクワクするのです。
(日本独自の「縁側」を校舎に取り入れた理由なども・・・)

私はその校舎のコンセプトを聞いて「親鳥が両翼を広げて、雛鳥を守り慈しみながら育てる」という風に感じました。
(設計の伊藤先生がそうおっしゃったのか、私が勝手にそう感じたのか、今ではわからなくなりました。)

片側しかない校舎を見ながら、「いつかその完成形を見たい」「いつかその完成形の校舎の中で子どもたちを育てていただきたい」という想いを持っていましたが、その「いつか」は、開校して数年の年月が経って「経済的な余裕が出来たら」となるのだと思っていました。

しかし、その「いつか」は必要に迫られて、「すぐに」となっていました。開校時、1・2年生の入学希望者が予想以上に多く、また、高学年の授業では、空間が狭いことから生じる様々な困難があり、のびのびとした授業をするために「空間」が必要でした。

「両方の翼を広げたい」という私たちの取り組みは、開校して間もなく開始せざるを得ませんでした。

<つづく>

卒業生保護者 M・T

校舎平面図

現在の教室配置図


『親と先生でつくる学校ー京田辺シュタイナー学校 12年間の学び』の詳細はこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:41 | 運営 | この記事のURL
11年生の夏休み [2018年08月26日(Sun)]
8月が終わりに近づき暑さも一段落し、まもなく11年生の息子の夏休みが終わろうとしています。

「12年の夏はすごく忙しくなるから、やりたいことをするのは今年しかないんだよ」と、息子が半年以上前から楽しみにしていた夏休みですが、11年生の一学期後半からは思った以上に忙しく、梅雨が終わっても、酷暑が始まっても、なかなか『やりたいこと』は始められず、直面している課題に取り組む日々でした。

その筆頭は、『高卒認定試験』です。
NPO法人の学校である本校では、11年生(高校2年生)の8月に入ってすぐに高卒認定試験を受けるため、7月後半から2週間ほど補習があります。試験のために不足しているところを、教員の万全のサポートで勉強するので、親がすることは特にありません。本人が普通に勉強をしていれば大丈夫なのですが、『普通の試験勉強』という経験がないため、なれるまでに時間がかかりました。興味を持って学ぶ普段の勉強とは違い、好きな科目であっても身が入らない時期もありましたが、友達が頑張っているということに気持ちを支えられ、続けることができました。

補習期間中には12年生卒業演劇があり、11年生は手伝いをしました。演劇に取り組む熱を側で感じ、来年の自分たちのことを考え話し合う機会にもなったようです。
また、秋にあるバザーの集まりや、部活の強化練習もありました。何をするにも下級生を取りまとめる役割を担う学年ということで、自分が主となってやってゆくという様子がいままでとはちょっと違って見えました。
職業実習の実習先とのやりとりもありました。興味深い仕事をしている方と連絡をとることによって、自分の卒業後の進路や、卒業プロジェクトのテーマを考える機会にもなっているようでした。

そんなこんなで、しなければならないことが沢山ありますが、それらすべてが11年生の時期に大切なことばかりでした。

8月初旬、高卒認定試験が終わると、丸1日思いっきり眠りました。そして、部屋にちらばっている過去問の紙類をかたづけ、いよいよ『やりたいこと』の始まりです。最低限の着替えと寝袋、勉強のものをリュックに詰め込み、京田辺の我が家から、この夏の拠点となる父親の仕事場のある関東へと旅立ってゆき、ようやく息子の夏休みとなりました。

息子がしたいことは、遠方に住む友人たちとの旅行。北海道でのシュタイナー学校高等部交流会への出席。そして「青春18きっぷ」での一人旅。また、東京で仕事をしている父親のところに滞在しての本屋巡り。田舎の祖父母方でのんびりする、など。旅、旅、旅…。忙しい日々の中にも、いつのまにか企画は進んでいたようです。保護者の許可や大人の知恵が必要なこともあり、私と言い合うこともありましたが、バタバタと出てゆきました。
場所を移動し、多くの人と出会い、何を体験しているのでしょうか。一人で考える時間もあることでしょう。親ばかりが忙しかった夏休みははるか昔、母親は遠くから見守るのみ。
いいなあ、青春。

T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:04 | 生活 | この記事のURL
今回も演劇の話題です [2018年08月20日(Mon)]
7月に行われた12年生の卒業演劇は、京田辺シュタイナー学校で初めての試みとなる野外劇でした。心配した雨もなく、お陰さまで無事3日間の公演を終了いたしました。前回のブログに登場したオトカール君も腹話術師役の生徒とともに存在感を放っていました。

そして今は夏休み真っ只中。10年の娘のクラスでは、休みの間に『ハムレット』を読む、という課題が出ています。夏休み明けのエポック「悲劇・喜劇」で取り組む演劇の題目が決まったようです。

『10年生になると、重さや暗さを漂わせる時期に入ります。その重さや暗さは、それぞれが「自分とは何か」「自分はこれからどのように生きていくのか」といった問いを持ち始めることに根ざしています。自分の中に湧き上がる問いが深くなる分、物事を見る視点は多様になっていきます。
この時期に(・・・中略・・・)クラスで“悲劇”に取り組み、登場人物の感情や自分の内面を掘り下げることを通して人間の感情への理解を深めていきます。それは思春期により複雑になっていく自分自身の感情を客観的に見つめることにもつながります。
これらの学びや活動を通して、生徒たちは相対する立場や考え方の間に自分の立つ位置を見出し、自分自身という「中核」を温め始めます。』
(せせらぎ出版『親と先生で作る学校 −京田辺シュタイナー学校 12年間の学び−』より)

日々の生活で「重さや暗さ」を漂わせ、家族をはじめ自分の周囲の人たちや環境にこれまでと違った視線を向ける娘を見ていると、今まさにこの時期にいると感じます。親にできることがだんだん少なくなってきている今、悲劇を演じることを通じて、またほかのカリキュラムに支えられて、少しずつ自分自身を育てていってくれたらいいなと思います。

先日、注文していた『ハムレット』が家に届きました。
9月下旬には、在校生と学内保護者を対象に、10年生による悲劇が上演されます。
それまでに私も『ハムレット』を読んでみようかな。

n*h
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:43 | 授業 | この記事のURL
もうすぐ卒業演劇  [2018年07月13日(Fri)]
5月半ば、娘の友人Aちゃんが、一体の人形を抱えてやって来ました。この夏12年生が行う卒業演劇。娘は全体統括と呼ばれるグループの仕事を担っていますが、Aちゃんは美術で小道具を担当しています。劇に登場する人形作りも仕事のひとつです。
卒業演劇で生徒たちは、自分の好きなことや得意なことを生かし、大道具・舞台、演出、台本、衣装、音響、ダンス担当、パフォーマンス、広報といったさまざまなグループで仕事を担います。

人形はまだのっぺらぼう。丸いあたまのなかに片手を入れて口をぱくぱく開け閉めできるようになっています。あとは胴体と手足がついているだけ。男の子の人形だそうです。
Aちゃんは裁縫道具を取り出しちくちく。娘はAちゃんを手伝います。
「中に何入れたらいい?」「羊毛だけだと重さが足らへんねん。〇〇くんの膝に座らせなあかんねんけど。どうしよう?」舞台上での人形の姿をイメージしながら話している様子。

次にその人形がやって来た時、ぱくぱく開く口のなかに赤みがかった布が貼られ、より口らしくなっていました。口を動かすために手を入れた時も動かし易さが増しています。人形にも程よい重みが備わっていました。
その次に会った時、人形にはちょこんと形の良い鼻がついていました。Aちゃんが作る人形は少しずつ完成に向かっているようです。
その後、彼は洋服を着てやってきました。赤い上着に黒いズボン。上着には昔風のボタンが3つついています。「いい感じのボタンやろ。」とAちゃん。
人形作りのあいま、ふたりは饒舌に語るのではないけれど、劇作りの段取りやテーマのこと、ポスターのことや係り同士の連携のことなどをぽつぽつ語っています。「良い舞台にしたい!」という彼女たちの思いが伝わってきます。

ついに人形にふたつの黒くて丸い目が入りました。「君はこんな顔だったんだね!」かわいらしいその顔を見て思います。
さいごに人形は、Aちゃんが作ったかっこいい紐靴をはかせてもらい、ドアマンのような帽子と毛糸の髪の毛をつけてもらいました。Aちゃんが出来上がった人形を見せにきてくれました。
残念ですが彼はもうわが家にやってくることはありません。12年生の生徒たちと一緒に劇の練習をしているはずです。

さて、人形の名は「オトカール」。Aちゃんも娘も、彼がのっぺらぼうだった頃からオトカール、オトカールと呼んでかわいがっていました。「オトカールかわいいなぁ。」「オトカールのわた、もう少し足さなあかん。」「オトカールの服どうしよう。」
彼女たちが幼かった頃人形遊びをしていた姿がふと思い出されたりもしました。しかし楽しそうに根気強くこつこつ作り上げて行くその姿は、幼いころのほんわりした人形遊びの様子とは違います。しなやかな力強さを感じます。

人形作りに限りません。12年生たちは劇に関わるさまざまなこと、さまざまなものを手を動かし、体を動かし、話し合い、工夫をこらして準備しています。先生方・スタッフとして関わってくださる大人たちの知恵や助言に助けられながら、一歩一歩本番に向かいます。

7月20・21・22日に行われる12年生の卒業演劇「サーカス物語」。初めての試みである野外舞台。夜の上演。天気のこと。心配の種はたくさんあります。でも彼らにめげる様子はありません。
12年生たちが全力を尽くし、悔いのない舞台を作り上げられますように!劇の中でオトカールに再会できることを楽しみにしながら、エールを送ります。
                      
k/k
卒演ポスター青02.jpg


※卒業演劇の詳細については、こちらをご覧ください。12年生のブログも開設しています。

Posted by 京田辺シュタイナー at 00:00 | 授業 | この記事のURL
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