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バレーボール部 [2018年04月14日(Sat)]
10年生の娘はバレーボール部に入っています。
普段の練習場所は校庭の端にある屋外のバレーコート。1面のコートを男子と女子で譲り合いながら使っています。
照明が無いので、日没が早い冬場は、練習の前に延長コードを使ってフェンスにライトを取り付け、練習が終わるとそれを取り外して片づけるのだとか。

6年生の後半でクラブの体験入部が始まったとき、娘がそんなことをたんたんと当たり前のように話しているのを聞いて、心の中でびっくり。「みんなよくやってるなぁ」と感心しました。
でも、昔バレーボール部だった夫曰く「すべり込み(スライディングレシーブ)の練習はできんやろな」。
さすがにそれは痛いだろうね。そういえば、コートの石拾いをしたと言ってたこともあったような・・・。

そんなバレーボール部にとって、長期休みは屋内でたっぷり練習できる貴重な時間。体育館を借りたり、他校に練習試合に行ったり、この春休みもよく出かけていました。
12年生の引退試合となる大会も目前です。いろいろハンデはありつつも、結構楽しそうにやってるバレーボール部の子どもたち。応援しているからね。頑張って!

n*h


Posted by 京田辺シュタイナー at 14:03 | 生活 | この記事のURL
講演会のご紹介〜ウテ・クレーマーさんの蒔いた種〜 [2018年04月02日(Mon)]
京田辺シュタイナー学校では、年に数回、外部から講師をお招きして、一般の方や学内保護者向けの講演会を企画、運営する保護者の活動があります。
すっかりお馴染みとなり、毎年大勢の方が心待ちにして下さっている講演会もあれば、次にお話を伺える機会はあるのだろうかと彗星を仰ぎ見るような気持ちになる会もあります。

4月に本校でお話をしてくださるウテ・クレーマーさんも、目下、私の中で、ひと際強い輝きを放ちつつ近づいてくるキラ星のような存在となっています。
ブラジル、サンパウロに無数に点在するファベーラと呼ばれる貧民街。そのうちの一つのモンチ・アズールという街で、1975年、ウテさんは数人の協力者を得て、小さな学校と診療所を始めました。シュタイナーの思想に基づき、地域の住民とともに築いていった愛と喜びに満ちたコミュニティは、その後、助産院、生産工場、農園、職業訓練学校、シュタイナー学校、保育園等を営む大きなコミュニティへと発展し、現在では、ブラジルの市民社会を教育、保健面でけん引する存在となっているそうです。

〜どんなに小さいことでも、私たちにできることが必ずあるはずです。そして、そういう小さいことに手をつけることからすべてが始まる〜    ウテ・クレーマー(小貫大輔著『耳をすまして聞いてごらん』より)

本校教員の一人はかつてモンチ・アズールでその活動に参加していました。講演会当日はその教員の体験談も少し聞いていただけそうです。強い信念と深い慈愛に満ちた、ウテさんのお話を皆さまとともに、分かち合えるひと時を心待ちにしております。

☆ウテ・クレーマーさん講演会「ひと粒の種から世界が変わる」についての詳細はこちらをご覧ください。
ウテ・クレーマーさん (1).jpg

C.T

Posted by 京田辺シュタイナー at 15:08 | 運営 | この記事のURL
8年生卒業セレモニーを終えて [2018年03月24日(Sat)]
 先日、8年生の長女の卒業セレモニーが終わりました。

 私にとっては、初めて体験するシュタイナー学校の卒業セレモニー。
どんな感じなんだろうとドキドキワクワクだったですが、当日は感動がいっぱいでした。

 まず、「さすがはシュタイナー学校!」と惚れ惚れしたのが、たくさんの音楽です。
7年生オーケストラによる素晴らしい「カノン」の演奏。教員からの合唱は、天へ続くのではないかと思うような澄んだ美しい声の重なりでした。入場も退場も、たくさんの方々の歌声の中で行われました。

 音楽のほかにも、あちこちにこの学校らしさが溢れていました。保護者の手でお花が丁寧に活けられ、どこもかしこも掃除が行き届き、まるで空気までも清らかになって、あたたかな優しさに祝福されているかのようでした。

 壇上では、担任の先生を先頭にして子どもたちが名簿順に並びます。背は大人と変わらぬほど大きくなり、自分の言葉で8年間の感想やこれからの抱負を語ります。

 その並びを見ていたら、ふと、少し緊張したような小さな子どもの面影が重なって見えてきました。そういえば、1年生の頃、同じように並んで、この学校に迎えてもらったのを思い出したのです。今より8歳若かった先生、そしてあどけなく幼かった子どもたち。自分の両隣をみれば、共に子育てをした仲間。仕事が忙しくあまり活動に参加できなかった私ですが、それでも、1年生から8年生までのたくさんの出来事が次々と思い出されました。

 ホームルームという言葉がありますが、この学校での8年間という月日は、私にとって、まさにHome<帰れる場所>を与えてくれたんだなぁと思います。卒業セレモニーは、感謝感激の1日でした。支えて下さった皆様、見守って下さった方々、本当にありがとうございました。

y.k
Posted by 京田辺シュタイナー at 22:04 | 行事 | この記事のURL
保険の話 [2018年03月11日(Sun)]
京田辺シュタイナー学校には、学校を支える活動をする保護者のグループがたくさんあります。その中には保険に関する活動を行うグループもあります。

本校は小学1年生から高校3年生までが在籍し、かつ公的な保障のないNPO法人です。起こりうるケガや事故に、どう対処したらいいのか。開校前から話し合いが持たれ、保険に関して知識や経験、関心がある保護者を中心にグループができたそうです。NPO法人の学校であるためできないことはありながらも、数年をかけておおまかな体制を整え、その後も見直しなどを続けています。一方で、このような学校だからこそ各家庭が万が一の場合に備えることも必要不可欠であるとの認識から、学内や新規参入の家庭に個人保険の加入を推奨する活動を開校当初より継続して行っています。

特に保険に関する知識などない私ですが、縁あってこのグループに入っています。
新しく入ってくる家庭に、どのように本校の保険の在り方を伝えたらいいだろうかと考える過程で、「親のひとりひとりがこの学校の経営者(責任者)」だということが少しずつ自分の中で腑に落ちてきたように思います。授業時間に限らない幅広い学校生活のなかで、一般に「学校の責任」が問われるようなこと、たとえば子どものケガや事故といった何事かが起きたとしたら、それは他でもない、この学校に我が子を通わせている「自分の責任」が問われているということ。そう思うようになりました。
だからひとりひとりが備えることが大事。だけど、「保険、結局1回も使わなかったね」といいながら卒業していければそれがいちばん。そんな気持ちで活動しています。

n*h


Posted by 京田辺シュタイナー at 23:28 | 運営 | この記事のURL
東大寺二月堂竹送りに参加して [2018年02月22日(Thu)]
京田辺シュタイナー学校から、ほど近いところにある奈良の東大寺。
東大寺の二月堂では、3月1日から2週間、修二会(お水取り)と呼ばれる、752年から途絶える事無く続けられてきた法会が行われます。夜を徹して世界平和と人々の幸福を祈る僧侶達を照らす松明に、京田辺の竹も使われてきたそうで、二月堂まで竹を届ける風習を竹送りと言います。昔は、この時期になると街道筋に並んだ寄進竹を旅人や村人がリレー方式で奈良へと届けていたそうですが、現在は地域の方々のご尽力で市民参加型の行事として続けられています。
この竹送りに、本校4年生も郷土学の学びの一環として毎年参加させて頂いております。

竹送り当日、まずは竹林で竹を掘り出します。周囲の太さ34cm、長さ7mの真竹は、重さはなんと50kg。さっそく、何本かのうちの一本を本校の25名の子ども達と引率の先生で近くの観音寺まで担ぎます。お花見に、校外学習にと慣れ親しんだ田園の奥にひっそりとたたずむこのお寺に、かつておられた和尚さんがお水取りの創始者と聞き、感慨もひとしおです。お寺で道中安全祈願をしていただいた竹は、一旦トラックに載せられ東大寺へ。
東大寺境内は、お水取りとゆかりの深い様々な地域の方々と共に、再び子ども達も竹を運びます。保護者もお手伝いさせていただきましたが、大勢の観光客と行きかう鹿の間を縫うようにして竹を運ぶのは至難の業です。「よいしょっ、よいしょっ」と元気な掛け声で、登り坂を進んで行く子ども達に着いて行くのが精いっぱいで、二月堂に着いた時には、汗ばんでいました。

帰宅後は、家族でお水取りの話に花が咲きました。ひとしきりお水取りに関連する郷土学の様々な学びを熱心に語った娘は、「それにしても、おいしかったなぁ〜」と、京田辺と奈良で地域の方々が振舞って下さった大根の炊き合わせやおぜんざいを思いだしてほくほく顔。
竹送りに寄せられた様々な時代の様々な人々の思いを、子ども達は、担った竹の重さだけではなく、おなかを満たした温もりを通じて、感じた一日だったのかもしれません。

※竹送りの様子は、学校報「プラネッツ」90号にも掲載されております。くわしくはこちらをご覧ください。

C.T





1元気に竹を運ぶ子供たち=観音寺で.jpg


Posted by 京田辺シュタイナー at 17:35 | 行事 | この記事のURL
学校の周辺~駅前にて〜 [2018年02月13日(Tue)]
 『京田辺シュタイナー学校って、どんなところにあるの?』
 『京田辺って、どこ?京都?』
私たち家族が、たびたび遠方の友人からうける質問です。
そんなときは、いつも決まって、
 『ほどよい田舎で住み心地のよいところ』
と、答えています。

京田辺シュタイナー学校の最寄り駅はJR同志社前駅と近鉄興戸駅という小さな駅です。
同志社大学の校舎があるので、JR同志社前駅の周辺には飲食店やコンビニなどありますが、少し奥に入ると、民家と畑と田んぼののどかで静かな環境になります。
川近くの公園までゆけば、散歩の高齢者や、幼児連れの家族などを見かけます。土日や放課後の時間帯は若もの、家族連れでにぎわっています。

京都、奈良、大阪までは一時間前後。
生活必需品の最低限は駅の近くでことたりますが、大きなお店や書店、図書館など公共施設を利用するときには、自転車、車、電車を使うことになります。
JR同志社前駅と近鉄興戸駅、この二つの駅を利用する家庭は多く、子どもたちにとって、駅は身近な存在です。

我が家は、学校近く、駅の近くにありますので、朝夕の犬の散歩、仕事、買い物、と、一日に何度も駅の近くを通りかかります。
朝や午後の駅前では、通学途中の京田辺シュタイナー学校の子どもたちや送り迎えの低学年親子が、のんびりおしゃべりしながら歩いている姿をよく見かけます。
夕方近くになると、高学年、高等部生が帰ってきて、15分に一本の電車を待つ子につきあって、徒歩通学、自転車通学の子どもたちがひと時立ち話をしてゆきます。
静かでのどかな駅前で、子どもも、大人も、しばし学校の余韻を味わってから帰るのかもしれません。

私たち家族は、喧噪の大都会と、車必須の田舎と、どちらをも経験してから京田辺に転入してきましたが、ここは大変住み心地よく、もっと子どもが小さなころに、この街で子育てしたかったと、小さなお子さんの手をつなぎ歩いているお母さんたちを見ながら思います。

T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 09:42 | 生活 | この記事のURL
ESD(持続発展教育)ワークショップに参加して [2018年01月22日(Mon)]
10年生の息子は、高等部に進学してからの2年間、大阪ユネスコスクールネットワークの活動に参加しています。
月1回程度おこなわれるESDワークショップでは、地域や学校が抱えている課題について各自が時間をかけて考え、意見交換してきました。

そして、年末には、中国の小中学校の生徒、教員を迎えて、国籍、学校、年齢の枠組みを超えたグループに分かれ、問題解決のためのプレゼンテーションをおこなったそうです。

大阪ユネスコネットワークの活動は活発で、初参加の昨年は、『他の学校の人と知り合って楽しい』『皆テキパキ動いて気持ちがいい』と、年齢や学校を超えて、積極的に参加し発言する様子に刺激を受けていました。

参加2年目の今年は、ESDについて考えたことを言葉にする余裕が出てきたようです。
また、年末の交流会に向けての具体的作業でまかされる部分が増え、息子の様子からは、学校の行事とは違う緊張感が伝わって来る一年間でもありました。

ちょうど、京田辺シュタイナー学校がESD重点校に認定されたこともあり、私も知りたいと言う気持ちから、ESDとは何か、他校ではどのような活動をしているのか、息子に尋ねてみました。

 「そうだなあ、ペットボトルの蓋を集めたり、挨拶しましょう、とか、地域清掃とか、学校によってしていることはいろいろあるけれど、でも、それがESDということではなく、
『それも』ということ、、、
大事なのは『サステイナブル・ディベロップメント』この世界が持続してゆくために必要なこと何でも、、、
あるものが存続できなくなったり、生き難くなったり、絶滅したり、持続を阻害するものは何か考えるということ、、、
遠くの場所で起こった問題に、直接は関わりなくても自分の身近な問題には共通点はないのか、身近なところに置き換えるとどういうことなのか、そういうことを考える、、、」

と、息子なりに理解した言葉で、ぽつりぽつりと語ってくれました。

休日の土曜・日曜に、日常生活の場である京都郊外から大阪まで出かけて行き、次回までの課題もあり、大変そうではありますが、
他校、異年齢の人と出会い、考え実行するプロセスから学ぶことは大きいと感じます。


T.S.
Posted by 京田辺シュタイナー at 20:11 | 持続発展教育 | この記事のURL
始業式 [2018年01月14日(Sun)]
新しい年を迎え日常の生活に戻りつつありますが、みなさまはどのような新年を迎えられたのでしょうか?本年がみなさまにとって素敵な一年となりますようお祈り申し上げます。そして今年もどうぞよろしくお願いします。

京田辺シュタイナー学校も各学期の始まりに始業式を行います。1年生から12年生までがホールに集まり、教員からのお話を聞きます。本校には校長という立場の教員はいないため、いろいろな教員が交代で話をします。その話も私が小、中学生時代に聞いていたものとは全くちがうようで、いろんな国の童話だったり、昔話だったりと、子どもたちはいつも楽しみにしています。
「今回はどの先生の話やろな?」
「どんな話するんやろ?」
と学校に行くのが待ち遠しい様子です。
今年は、5年生の担任の話でした。干支にちなんでか、犬の出てくる話だったようです。我が家の息子たちによると、犬とネコのコンビが狼とイノシシのコンビと勝負をして犬とネコが勝った、と話してくれましたが、話の内容はだいぶ省かれているような気もします。それでも素語りの話を毎回聞いている彼らにとっては、今回のお話にもじっくり浸れたであろうことは感じ取れました。

新年を迎えた3学期の始業式にはいつもとは違う楽しみがあります。ホールに集まった後に、近くの酒屋神社に初詣に出かけます。神社から戻ると教室で七草がゆを作り、クラスごとに食べます。そういうわけで例年1月7日の人日の節句が初登校というのが京田辺シュタイナー学校の年初めですが、今年は日曜日と重なったため、1月9日が初登校日となりました。

各クラスで七草がゆをいただきながら、わいわいと冬休みの出来事などを話している子どもたちの様子が思い浮かびます。冬休みのあいだ、ひっそりとしていた校舎も息を吹き返したように暖かくなっていることでしょう。

:y…k:
Posted by 京田辺シュタイナー at 15:44 | その他 | この記事のURL
クリスマスを待つ日々 [2017年12月21日(Thu)]
12月に入ると、京田辺シュタイナー学校でも、クリスマスに向かう準備が様々に行われます。アドベントカレンダーや、週毎に灯すキャンドルが増えていくアドベントリースなど、クリスマスを楽しみに待つ日々を大切に過ごします。

 我が家の一年生の息子も、クリスマスが大好きです。せっせと折り紙でツリーやサンタクロースや星を折ったり、クリスマスツリーに飾り付けをしたり、サンタさんにお手紙を書いたり、「サンタさんは毎年プレゼントをくれる良い人だもんね。お返しにお菓子を作っておいて、食べてもらおうね。」と準備に余念がありません。アドベントカレンダーを毎朝一つずつ開けるのもこの時期の楽しみの一つです。冬生まれという事もあり、クリスマス、お正月、自分の誕生日と行事が続く冬が、一年の中でも一番大好きな、嬉しい季節のようです。

 そんなある日「今日、学校で先生がヨゼフとマリアのお話をしてくれたで。このお話好きやわ。」と話してくれました。幼稚園でも、キリスト生誕のライゲンをしていたので、馴染みがあったからなのかもしれませんが、きっと深い所で心に響いているのでしょう。毎年、巡ってくるクリスマスを、子どもと共に楽しみに待ち、そしてまた新たな年、新たな未来を迎えていく喜びを感じながら、過ごせていけたらいいな、と思います。

 今年も一年間、ありがとうございました。最後に、プラネッツ2008年12月冬号から、クリスマスについて書かれた文章を載せたいと思います。どうぞ、暖かいクリスマス、そしてお正月をお過ごしください。

“シュタイナーはクリスマスに向かう私たちの感情の基礎になるのは普段は置いてきぼりにしている、「人間は本来聖なるものであるということを思い出すことだ」と述べている。クリスマスという祝祭は過去の出来事を思い出すというだけではなく、人間のあるべき姿を思い出し、その感情を自分の内にそのつど生み出して新たな年に向かって準備するという未来に向かう祝祭である”

                      n.m.
 
イメージ.jpg

Posted by 京田辺シュタイナー at 13:02 | 生活 | この記事のURL
「ねむり」は深いです!?〜子育て講座のテーマによせて〜 [2017年12月02日(Sat)]
二学期のはじめ、まだ蝉しぐれが賑やかだった頃、子育て講座のスタッフが、今年の講座のテーマについて話し合いました。
スタッフは、本校教員、乳幼児の育児に奮闘中の保護者、卒業生の保護者、仕事で幼児教育に携わる保護者と立場も様々です。毎回、話し合いでは、自分や身近な人の子育ての悩みや幼児教育に寄せる思い等、様々な意見が熱っぽく交わされます。そんな語り合いの後に、皆の思いがストンと一つにまとまり、決まった今年のテーマは、「睡眠」です。

テーマが決まった時、娘が通っていたシュタイナー幼稚園の先生の言葉が思い出されました。
(親は)「難しいことはせんでええ、ただ毎朝、元気に子どもを遅刻しないで園に連れてくればええ。」
シュタイナー教育についてほとんど知らないまま、ドキドキしながら行った入園説明会で、先生が保護者に向けてかけて下さった言葉です。その時は、「え、それだけ?」と拍子抜けしましたが、その後、折にふれて、今もってなお、その言葉の奥深さを噛み締めています。

朝、気持ちよく目覚め、健やかに一日を過ごすために大切なねむりとは・・・
そしてそのようなねむりが育むものは・・・

小学生になった娘にも、そしてもしかしたら大人の私にも・・・

「ねむり」をとりまく様々なお話。
当日、どんな風に話が広がっていくのでしょうか。私自身も楽しみです。

C.T

子育て講座 「ねむることと育つこと〜小さな子どもにとっての睡眠とは〜」の詳細はこちらをご覧ください。
Posted by 京田辺シュタイナー at 23:16 | 運営 | この記事のURL
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