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15のまなび 残る3回の日程のご案内です。 [2015年11月26日(Thu)]
12回まで終了した、15のまなびですが、
1回での参加もお待ちしております。
参加費は1回が2000円で、保育は1名につき500円です。
遠方からのご参加もあり、常に、いろんな出会いの場となっています。
新たな支援の姿を模索されている方、悩みを共に話し合いたい方、
支援を深めるために学ばれている方、皆さん一緒に学びましょう。
詳しくは、HPをご覧ください。

第13回  12月13日(日)  灘 裕介 氏
子育てに活かす作業療法視点 
講師紹介:(有)あーと・ねっと 作業療法士
マイナー職種の作業療法士という仕事をしています。作業療法は、一般的には『リハビリ』です。元々、小児の病院に勤めていましたが、医療機関の枠組みに捉われることなく、もっと広く作業療法の視点を、活用頂きたく、独立・事業展開していま
す。現在は、乳児相談や健診、保育所・幼稚園訪問、学校等への他職種の方々とも連携しつつ、個別セッション(作業療法)もしつつ、子育て支援をしています。

第14回  2016年 1月11日 (祝)  谷口英子さん
地域を知り地域をサポートする 
講師紹介:NPO法人まちづくりサポートクラブ/副代表理事/舞鶴市社会教育委員
出産を機に専業主婦となるも「良妻賢母として生きる」ことに縛られる生活に行き詰り、子どもを連れながら、子育て当事者主体の子育て支援活動を始める。現在は、法人が指定管理者として受託している舞鶴市西市民プラザでの地域子育て支援拠点事業や介護予防事業の運営のほか、丹後地域での民間子育て支援団体の設立に携わっている。高校生から小学生まで5人いる子どもたちは、おんぶで育てた。

第15回(最終回)
2016年1月30日(土)  朱 まり子さん
子育て支援者の基本となる学びを構築するために 
講師紹介:子育ての文化研究所 代表
専門は児童文化学。幼稚園教諭時に長男を出産し、保育園の豊かな子育てを経験。夫の転勤で知り合いゼロ地域に転居し、子育て家庭を受け入れない社会の大きな壁に直面。片や、ご近所さんの大いなる力に日々感激して過ごす。その後、京都に戻り、自宅マンションで週2回の子育てサークルを開始。以後、子育て支援のクラブを立ち上げ、地域の子ども対象のNPO活動等に専念する。
15のまなび 迫きよみさん 「抱っことおんぶのサポート実践を通して見えてきたこと」 [2015年11月26日(Thu)]
第12回 11月23日(月・祝)
「抱っことおんぶのサポート実践を通して見えてきたこと」
  10:15〜12:15 講演・意見交換会
  12:45〜14:00 講師を囲んで座談会
講師:NPO法人子育てを楽しむ会 代表理事
  京都キッズプロジェクト 代表 迫 きよみさん

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 残すところ少なくなってきた15のまなび、第12回は「抱っことおんぶのサポート実践を通して見えてきたこと」というテーマで行われました。講師は、ご存知の方も多く、この子育ての文化研究所の事務局長でもある、迫きよみさんでした。迫さんは、福祉現場での経験やそこから感じた事、ご自身の出産、育児を通して受けた思いを子育て支援に繋げ、精力的に活躍されています。活躍の場は多く、それと同時に様々な立場で子育て支援に関わる方達と繋がりを作り、時には、その方たち同士の繋ぎ役も担っておられます。そして現在は、10年前から関心の持たれた「だっこ」と「おんぶ」を切り口に活動されています。今回は、なぜ迫さんが今の活動に至ったのか、どのような思いで活動しているのか、そして今後どういうこうとを目標に活動していきたいかを、年表や図を使いながらお話下さいました。参加者も定着しつつ、また、新しいお顔や新生児さんを連れて来て下さった方など今回もたくさんの方が来られました。

 迫さんは19歳の時から、保育士資格を通信で勉強しながら滋賀県の障害児施設で12年間住み込みで勤務され、この12年があったから今に繋がっていると仰っていました。その施設は夜勤もあり、大変忙しく、職員もなかなかまわらない状況だったそうです。他の女性職員も居られ、妊娠された方も居られたそうですが、職場の状況から妊娠を言えず就労を続けた結果、死産や流産となる方も居られたようです。迫さんはそのような現場を見て、自分は仕事をしながらの出産や子育てはせず、仕事とプライベートは分けたいと感じられたそうです。

 1995年、結婚を機に宇治に転居、現在は19歳と17歳になるお子さんが居られます。1人目のお子さんの時はつわりが大変酷かったようで、その時に産前産後のケアの大切さを知ったと話されました。また、2人目のお子さんの時に、バセドウ病にかかり体重もかなり落ちたそうです。闘病生活を乗り越えての子育て時、マタニティースイミングで出会ったお母さん方の相談に乗っておられる中で、出産する前から離婚する、など口にされる不安定な方も居られ、親身にサポートしたり、お話を聞いたりしている間に人数も増え、定期的なお茶会や同窓会のようになったと仰っていました。そこでは、色々な思いを抱えながら子育てをされるお母さん方が集まり、様々なお話が飛び交いました。中には、病気の時に医師からスポーツ飲料をたくさん飲ませた方が良い、と言われたからと、病気以外でも常時スポーツ飲料ばかり飲ませているお母さんや、産婦人科で授乳前後に体重を計るように言われたため、生後6カ月になっても授乳前後で毎回きちんと体重を測り、忙しいと口にされるお母さんも居られたようです。そのようなお母さん達は、お茶会や同窓会の場で初めて、そうではない、そこまでしなくて良い、ということを知ったようです。迫さんは、「始まりの指導はあっても、終わりを教えてくれない」と言葉にされていました。そのような場を目の当たりにして、サークルの大切さと、その場所の少なさを感じ、それが今の活動に繋がるきっかけになったそうです。
 しかし、当時はサークルを行うにしても公共施設の理解が無く、なかなか活動場所が確保できなかったので、その時に京都子育てサークルと共同し宇治で子育てしやすくなるために活動を立ちあげられました。当時で子育てサークルは他に30ほどあったのですが、迫さんはサークルだけ繋がっていても良くはならないと感じられたようです。なぜなら、サークルは子育て中のお母さんが自分の足で一歩踏み出さないと生かされません。でも、出て来られない人は、出て来られないままです。特に1歳までのお子さんを抱えておられるお母さん方はなかなか外出が難しく、サークルだけでは完全ではないと感じ、ご自身のお子さんも幼稚園に上がったこともあり、再出発されることになりました。

 だっこ紐との関わりは、少し前から流行っていた、だっこ紐を手作りでされていた方との出会いがきっかけで、だっこ紐をお母さんが手作りする教室として始まりました。手作り教室は、お子さんを保育する体制でしたが、参加者の中には、自分の時間の為に子どもを預ける(保育する)という事は気がひけて出来ない、という方も居られました。しかし、だっこ紐の制作は子どもの為なので、そう考えると預けられた、預けても良いのだと思った、と仰ったそうです。最初のだっこ紐はM、Lなどでしたが、徐々にお母さん方の体のサイズに合わせ、細分化させていったそうです。
 この教室、目的は子どもの為のだっこ紐を作る事ですが、その作業時間の間だけはお母さんは一つの事に夢中になれ、普段は相談できない事も相談出来る時間になりました。当時の子育て支援の主体は保育園が担っており、内容は親子遊びがほとんどであったため、親だけの時間を持つことは難しかったようです。しかし、迫さんは女性としての、ひとりの時間を持てる事、相談に乗れる事を目指し、その後、京都キッズプロジェクトを立ち上げ、子育て支援の輪を広げて行かれました。

 ここで、2005年にご自身が作られた三角ピラミットの説明がありました。
一番下の層は「特別支援の必要を感じない」、
次に「適切なサポート」、
そして「虐待のリスク」、一番上が「虐待」となっています。
この図を作られた当時、リスクの感じない部分は8割ぐらいだと感じられたようですが、2012年には逆転、子育ての情報が無いとすぐに上の段階に行くと感じるようになったと仰っていました。

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 だっこ紐との出会いを通して、だっことおんぶに関心が移り、2010年からはだっこ紐を沢山集め出します。当時はまだ子育て支援とだっこ紐、おんぶ紐を繋げて調べる人はいなかったとのことでした。沢山あるだっこ紐を集めることで、何かが見えると思ったそうです。それと同時に、おんぶの人がいないことも気付かれたそうです。おんぶを提案してみても、中々受け入れられず、中には、子どもの姿が見られないので怖い、後ろから刺された時に守れないので怖い、と話された方も居られ、迫さん自身衝撃を受けたそうです。
 同じ頃、輸入物の抱っこ紐とイクメンのブームがやってきました。それまでのだっこ紐は小ぶりで色もカラフルで女性向きが多かったようですが、それは海外では男性がつけている事でも話題になり、基本的にサイズが大きく、色もモノクロ調のものもあり、そのような斬新さ、イクメンの流行に乗ってSNSや口コミを頼りに、日本の女性には大きい商品がそのまま入り、定着していきました。日本には、子どもにとって良いかどうかを判断する機関が無く、育児用品が無選別で入ってくると迫さんは指摘されていました。
 たくさんの育児用品であふれる情勢の中で、ひろばに来られるお母さん方や赤ちゃん達を見ていると、赤ちゃんに語りかける事がなかったり、表情が乏しかったり、寝返りが出来ないなどの相談をされる方が多くなりました。迫さんは、これらの事に対し、子育ての文化が伝承されていないと気付かれたそうです。新たな抱っこ紐は、その使い方を人から教わらなくても良い物、取扱説明書があれば使用できる物で、これらの普及が、昔ながらの抱っこ紐を廃れさせたと思われます。抱っこ紐の形が大きく変わったことと同時に、子育ての文化が受け継がれ無くなったと感じたそうです。また、そのような抱っこ紐が普及すると、赤ちゃんを素手で抱けない人が多くなり、サロンに来られた2時間、赤ちゃんを置いたら泣いてしまうからと、ずっと赤ちゃんを抱っこ紐から出さない方も居られ、とても疑問に思うようになったと仰っていました。

 迫さんは2006年に、ハグモミの手島渚先生と出会われたそうです。手島先生は東北支援でベビーヨガソシエイトの高橋由紀先生と出会われ、迫さんに高橋先生を紹介されました。手島先生・高橋先生との出会いは、今の子育ては、赤ちゃんへの思いや気持ち、時間、お金をかけているのに赤ちゃんにとって心地良いものになっていない、また、今の子育て中の方達の特徴として、体で感じるよりも頭で判断する人が多いことなどを気づく契機になったそうです。例えば、おへその下の方で抱っこ紐を付けて何か変だな、と感じても、その位置で着けている方が多いから、説明書通りにしているから、これで良いと頭が判断してしまい、自分にあっただっこ紐や、適切な位置を感じられないなど、赤ちゃんとのやり取り、抱っこの仕方などが、ここ5年で低下していると仰っていました。

 続いて、ミクロ(個人・家庭)、メゾ(地域・企業・コミュニティー)、マクロ(国・自治体)の図について説明がありました。今の子育て情勢を考えるとメゾの部分は連携する必要があるとのことで、その相談窓口は沢山あった方が良く、その窓口は必ずしも行政に繋がっているわけではないので、行政に繋がっていないからこそ相談に来る方も居ると仰っていました。だからこそ、メゾの中で1人だけ居るのではなく、手を繋ぎ、色んな切り口を作る必要があるとお話し下さいました。そして、その繋がりと支援を通して国としての仕組みづくりのための実績を作りたいと仰っていました。
ご自分達の世代は育児本を何冊もそろえた「マニュアル世代」、今の子育て世代はキーワードを入力すれば必要な知識だけ得られる「ネット世代」と表現されていました。その違いとして、育児本には知りたい部分だけではなく、その前後の子どもの発達が載っているが、キーワードでは、その知識に関して色々な意見が得られる一方、その前後の発達に関する知識が得られない、文化が繋がらない、と指摘されました。

 このような状況から考えると、サポートが増えればリスクも減るだろうが、今すぐに国の制度としてサポートを取り入れる事は難しく、そのためにメゾのような繋がり、支援を「京都モデル」として作り上げ、それにより「育児不安が減った」ということを示したい。先ずは、新たなプログラムを作成し、もう一度子育ての文化を家族や地域に返し、さらなる目標として、子育ての文化を家族や地域に戻せたら、新しいプログラムや制度をなくす、というところまで目指していると、話して下さいました。
 最後に、ご自身の経験や抱っこやおんぶで見えてきたものを通して自分達に出来る支援を地域に返す事で、ピラミットの下の部分の人達を増やしていきたいこと、そのためにはみんなで手を繋いでやっていきたいと、今後の展望と思いをまとめられました。
自分がどういう思いで今の活動と今後の活動を行っていきたいのかを少しでも知ってもらえたら、と迫さんは仰っていましたが、講演中、参加者の皆さんは何度も頷かれており、その思いは強く伝わったのではないかと感じました。

 午前中の講演後、参加者からの講演を聞いた感想や意見交換をし、午後は参加者の自己紹介と質疑応答が行われたのち、講演で紹介された「むぎゅっと」や一本紐を、参加者がお子さんを抱っこやおんぶされる実演タイムがありました。体験された方は「あっ」という表情になり「こっちの方が楽」と感想を述べておられました。迫さんは、「今はこの『あっ』という感覚を持つ方が少なくなってきている」と話されました。見ている側としても、「むぎゅっと」や一本紐は、お母さんの体とお子さんにフィットしているようでした。今の子育てをしている方達が、「あっ」という感覚が持てるように、子どもが「心地良い」と感じられる機会が増えるように、それぞれの立場でできることを出し合っていきたいと思える今回のまなびでした。
「抱っことおんぶのサポート実践から見えてきたこと」 [2015年11月25日(Wed)]
生み育てる人の心と体に寄り添うための
子育て支援者「15のまなび」第12回
11月23日 
「抱っことおんぶのサポート実践から見えてきたこと」
迫きよみさんのお話しから

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滋賀県の重度知的障害者の施設で
保育士として11年仕事をされた経験の中で
一人一人の変化をつぶさに感じ取ることが、
子育て支援の現場で、赤ちゃんを見たさいに
赤ちゃんの気持ちや状態をぱっと見て気づける力、
皮膚をとおしたコミュニケーションが
できるようになったと思うとのこと。

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結婚して自分の子育てしながら
サークルを作ったり、抱っこひもの手作り教室を
開催されてきた経緯から、
京都キッズプロジェクトにかかわり、
行政を協同するにはどういう取り組みをしたらよいかを
考えるようになったとか。

自分の子育ての頃は
特別な支援を必要としない人や
適切なサポートがあれば大丈夫な方が8割くらいだった。
ところが、今は、特別な支援を必要としない層が
減ってきているのではないか?

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それというのも
抱っこひももネットで買う人が増えたぶん、
使い方がわからないという相談も増えてきたこと。

食事の支度の時どうしたらいいの?という相談で、
おんぶするのはできない、こわいという人もでてきた。

2010年から2年間、助成金を得ることができたので
70個ほどの日本、海外の抱っこひもの新品を
購入し、どういう説明がついているのか、
メーカーの社史なども調べ、輸入の意図や、
どんな商品が開発されたのかなども調べてみた。

いろいろ調べてみると、
日本には、商品の安全性を検査する安全協会は
あるものの、育児商品が、赤ちゃんの体の発達に
どういう影響があるのかを調査している機関もないこと。

抱っこひもという名称ながら、 赤ちゃんを運ぶ目的で
作られた輸入製品の 抱っこひもの使用が増えたあたりから、

赤ちゃんと視線を合わせるママが減り、
赤ちゃんの表情もボーとしていたり、
2012年には赤ちゃんサロンの2時間のあいだ、
おいたら泣くからと、赤ちゃんを抱っこひもに
抱いたママもでてきたこと。

日本には、おんぶやわらべ歌、 目をあわせて語りかける文化が
もともとあったのに、 抱っこひもの形が大きく変わったことで、
育児文化が伝わらなくなってきたように思う。

手作り抱っこひも「むぎゅto」と 制作、販売をしていく過程で
感じたのは、 抱っこひもを買うために 相談にこれるママもいるし、
月〜金の無料の子育てサロンにのみ 参加するママもいたりで、
子育てママが参加できるいろいろな切り口が
あってもいいんじゃないか?

これまでなら、自分にあうサイズ抱っこひもをつけると、
「あー楽」と言葉がでて、体で感じとることが
できるママがいたのが、
頭で考えたり、 外からの情報に頼る人が増えてきて、
自分の体で感じとることが極端に減ってきている。

今は、素手で赤ちゃんを抱くことや 目と目を合わせて
語りかけることを、 すべての親子に伝えていくことが
必要なのでは?

おんぶひもの使い方については、 講座の後、
わからなかったらまたここへきてねとは
言わないようにしてる。
それというのも、自分の身近なところで、
おんぶひもの使い方を教えてもらってねと伝え、
おんぶを新しいプログラムとして伝えながら、
地域や家族に返していくようにしたい。

子育て支援にかかわっている方は
押しつけや上からの言い方になりがちなところがあって、
これからは、伝え方や教え方を もっと工夫していく
必要があると思う。

まずは伝え方についての京都モデルを作ってみて、
それによって育児不安が減ったという実績を作り、
全国へと発信できたらと思っている。

ランチの後は、参加者の方の自己紹介と
ご自分の体験からのお話しも。
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実際におんぶひもを使ってのおんぶと
手作り抱っこひも「むぎゅto」を見たいという要望も
あって、 参加者の赤ちゃんをモデルに つけてもらった
のがこれ。

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この結び方だと、胸元もばってんにならず、すっきり。

ママの身長にみあった手作り抱っこひも「むぎゅto」

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赤ちゃんの足を、ママの腰にそわせるように抱くことで、
赤ちゃん自身のしがみつく力もついてくると、
2歳、3歳と体が大きくなり体重が増えてきても
じつは抱っこは楽になるもの。

実際は、幼稚園で3歳のお子さんをみてる方から、
最近の3歳児さんは、しがみつく感じがなく、
しっかりの抱かないといけないとか。

園児でも、自分の体のコアを保持する力がなくて
椅子にきちんと座ってられないお子さんも
でてきているらしい、 などなど、
いろいろな場面での情報交換もありました。

常日頃の支援の中で感じていたこと、疑問に思うことが
そういうことだったのかと整理できたという感想も
ありました。

大阪からや愛知といった、遠方からもご参加
頂く方もいて、ここでしか聞けない講座やお話
だからこそと思います。
講座も残すところ3回となりました。
皆様のご参加をお待ちしております。
「抱っことおんぶのサポート実践を通して見えてきたこと」講座の案内  通して見えてきたこと」 [2015年11月17日(Tue)]
生み育てる人の心と体に寄り添うための
子育て支援者「15のまなび」の第12回は、

11月23日(月)10:15〜12:15 
         12:30〜14:00
 (食事をともにしながら、講師を囲んでの語り合い)

「抱っことおんぶのサポート実践を
 通して見えてきたこと」

迫きよみさん
 NPO法人子育てを楽しむ会 代表理事
 京都キッズプロジェクト 代表
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迫さんは、さまざまな福祉関係の仕事を経験してこられ、
子育て支援の場として宇治で
つどいの広場「りぼん」を立ち上げて続けてこられました。
11月13日は、りぼん7周年のお祝いも開催されました。

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つどいの広場などで、子育てママとじかにふれあう中で、
10年前から「だっこ」と「おんぶ」に関心をもち
さまざまな抱っこひも、おんぶひもを購入し、
その実際の使い心地はどうかを試し、
そこから、抱っこするママの体にあった、
オーダーメイドの抱っこひもを作成し販売するなど、
その探求心はとどまることを知らない方です。

最近では、ひもを使うだけではなく、
素手で抱っこ、おんぶすることの大切さも
もっと伝えていきたいと思い、
そのためには、ママと赤ちゃんの体は
どうあったらいいのかまでを含めた取り組みも
されていています。
いろいろな子育ての場に講師として招かれ、
そのわかりやすい説明に、
なるほどと納得されるママも多いもの。

さまざまな面から学んでこられたことと、
サポート実践を通して見えてきたことは、
子育て支援にかかわる方に、
今後の参考になることも多いと思います。

午後の部では、参加者の方の感想や、疑問
今とりくんでいることなどをお話し頂いています。

子育てママへ、どう伝えていったらいいかと
とまどっている方など、皆様の現場での体験をだしあって、
子育て支援について考える機会にしませんか?

 参考までに、2013年12月に
 母乳育児サークルで迫さんを招いての講座を紹介します。
 
 抱っこ、おんぶをもっと楽に!
 http://ameblo.jp/color-star-58/entry-11728554382.html
いのちを繋ぐ営みとしての子育てー歴史に学ぶ、絵本から学ぶ [2015年11月09日(Mon)]
生み育てる人の心と体に寄り添うための
子育て支援者「15のまなび」の第11回は

11月7日(土)10:15〜12:15
         12:30〜14:00  

「いのちを繋ぐ営みとしての”子育て”ー歴史に学ぶ」

沢山美果子先生 
   岡山大学大学院客員研究員
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”子育て”と”育児”という言葉に対して
「あなたが抱くイメージは?」という問いかけから
始まりました。

どちらかというと、「育児」は家の中といった狭い感じで
「子育て」はもう少し広がりがあり、
包括的な感じといったとらえ方をしている意見がでました。
 よく使われている言葉ながら、意外とその違いは
 はっきりわかってなかってないものですね。

歴史的に見て、どちらが先にあった言葉かというと、
じつは”子育て”が先、

 江戸時代からある言葉で
 江戸時代では、親が育てられない時は
 村で育てるという感じで、捨て子も多く、
 村の中でも豊かな家に拾われるように
 捨て子をしていたのだとか。

 武家の家では、家をつないでいくことが重要で、
 1年おきの妊娠で、母胎が弱り
 母子共に亡くなることも多かったため、
 養子をもらうということが一般的だったよう。

”育児”という言葉がでてきたのは
近代に入ってからで
女学校むけの教科書にでてきているのだそう。

 家庭の形変わっていく過程で
 実の子が大事、わが子と母親の結びつきが強まり、
 わが子への教育に集中していく中で、
 育児は女性がするものという考え方のもとに
 子育てが家庭の中に閉ざされた過程の中で
 でてきたものなのだとか。

現代になって、学歴や知力重視の育児から
もっと人間的な豊かさを復活させようという意図から
”子育て”の言葉が復権し、
”子育て支援”という言葉として広まってきているようです。

母親むけのお話しをされた時に、
母親が反省したり、落ち込んだりされることが
あったことから、親自身がのびのびと育つためには
どうしたらいいか?

「お母さんの通信簿」という本のお話しから、
 家事、育児、仕事と
 なんでもかんでも自分でがんばろうとしても
 実際はできないことがある。
 そんな時に
「助けて」と言える力を母親がもつことが大事。

助けてと言えるような、人間関係を作っていることが
必要になってきます。

 助けを求める力は、私が思うに
 子育ての場面だけでなく、介護の山を
 超えていくときにも、生涯にわたって
 必要な力ではないかと思います。

後半は絵本を紹介しながら
子育てにとって大切なことをお話ししていただきました。

「おおかみと七ひきのこやぎ」
   フェリクス・ホフマン  せた ていじ訳
   福音館書店

 保育園の2歳の子どもたちに読み聞かせをしていくと、
 絵本の絵をよく見ていて、
 新しい発見をしてくれるというエピソードから、
 いい絵本、いい文化から、いいものを発見していく。

子どもは、いい文化を食べて大きくなるもの、
だからこそ、大人は、
いい文化を伝えていくことが大切。

「サンタクロースって、ほんとにいるの?」
  文 てるおかいつこ 絵 すぎうらはんも
  福音館書店

 経済学者であるてるおかさんが、
 実際に幼稚園児に読み聞かせたりして
 どういう言葉で表現したらいいかを探り
 制作までに3年かけてできた絵本だそうです。

サンタクロースとプレゼントにまつわる
エピソードは、各家庭それぞれにあるでしょう。

親が涙ぐましいまでの工夫をしてまで、
サンタクロースを信じさせることに、
どういう意味があるのか?を考えていく中で

 松岡享子さんの 「サンタクロースの部屋」
 という本の中にその答えを見つけられました。
 
 子どもはサンタクロースを信じることで、
 心の中に、サンタが住む部屋を作ることができる。
 サンタはでていってしまっても、
 それに代わる存在として、その部屋に
 友達や家族、恋人を住まわすことができると。

サンタを信じることで、
人への信頼の空間を心にもつことができ、
人への信頼をもつことが
人へ助けを求めることにつながるのではないか。

歴史を学ぶことで、
今、自分がどこにいるのか、
そこから自分自身を見直していくこと
=自己相対化することで、
自分自身を育てていくことにつながっていくのでは。
というお話しで、講座は終わりました。

ランチの後は、参加者お一人ずつ
感想やら、印象に残った言葉、
今感じている課題などをお話ししました。
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最後に、沢山先生から、
それぞれが、自分の中に問いを持ち続けることが
大切という言葉をいただきました。

参加された皆様にとっても、
問い続け、学ぶことの意味にあらためて
気付くことのできる機会になったことと思います。
15のまなび 沢山美果子さん いのちを繋ぐ営みとしての”子育て”ー歴史に学ぶ [2015年11月08日(Sun)]
第11回 11月7日(土)「いのちを繋ぐ営みとしての”子育て”―歴史に学ぶー」
      10:15〜12:15 講座
      12:45〜14:00 講師を囲んで座談会・質疑応答
     講師:岡山大学大学院客員研究員 沢山美果子先生

 昨日行われた11回目になる15のまなびは岡山大学で大学院客員研究員としてご活躍の沢山美果子先生をお招きしました。沢山先生は、江戸から現代までの子育ての歴史を紐解き、ご自分の子育てとも重ね合わせながらいのちをめぐる研究をすすめておられる研究者です。また、先生はもともと福島のご出身であり、東日本大震災によって原発被害が未来の子ども達にツケとして回ってしまった事にも心を痛めておられる事も冒頭でお話して下さいました。そのこともあり、「いのちを繋ぐ」ということに責任を感じ、このテーマで研究を進められています。沢山先生には3年連続で来ていただきました。前回、前々回のお話も参加された方にとって新たな気付きになったことがわかるぐらい、今回も大勢が参加されました。

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 まずは、「子育て」と「育児」のイメージの違いを切り口にお話を始められました。参加された方数人にマイクを回しイメージの違いをお聞きしましたが、皆さんはいかがでしょうか? 
参加された方達は「子育て」と聞くと、友人知人や地域全体で長期的に取り組む事、やわらかい、広いイメージ、という声が挙がりました。一方「育児」については、家庭内の事、子どものお世話というイメージ、専門用語であり狭いイメージと答えられていました。先生はこの二つの言葉は江戸から現代までの歴史と重なり、江戸は子育て、現代は育児に重ねられるとお話されました。それは、歴史が現代に近づくにつれ、母親が1人で学んで詰め込み、自分の子どものみに焦点を合わせ家庭に閉ざされてしまったことを表している、とのことでした。この反省を生かし、地域に目を向けていくのが今の子育てに繋がるのではないかと提起して下さいました。
 また、内在的に大人が子どもをどのように捉えているのか、日本と外国の様子を比較して教えて下さいました。韓国やチリでは親子連れの方に出会い、子どもがぐずったり子どもに話しかける際には、親を通さずすぐに抱き上げてあやしたり、子どもにダイレクトに声をかけるそうです。日本でいきなりそのようにされたら、親御さんは驚かれるのではないでしょうか。日本は親と子をペアに考えているところがあり、子どもに関わるにはまず親を通してからになる。つまりこの事は、子どもは親の所有物と言う意識が強い表れだと指摘されました。逆に韓国やチリは子どもを対等に見ていることになるのだと仰いました。

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 次に、富山大学の学生が江戸と現代の子育てを比較して男女のジェンダー論について学んだ際のレポートを紹介して下さいました。沢山先生も学生たちの視点の鋭さに驚かれ、いかに今の子育てが不自由かわかり、歴史を学ぶと言うことは「過去と現在を対話して未来を考えていく事」であるか、と仰いました。学生たちの指摘から江戸の子育ては基本的に子どもを「家の子」であると同時に「村の子」として捉えていたため、たくさんの人が1人の子どもに関わり、育てるため責任が分散されていたと説明して下さいました。一方、現代の育児は母親1人のプレッシャーが強く、子どもの数も減り、子どもを持て余し、このことが虐待の歪みを生んだと仰いました。実際、現代の教科書に「親は女性」と書かれていたそうです。このことや、子どもを取り巻く環境の変化からも、先述した「子育て」と「江戸」、「育児」と「現代」が重なるとの意味がよくわかりました。

 続いて、先生は「捨て子」に焦点を当ててお話して下さいました。捨て子の歴史的記録については岡山県津山市の記録からたくさん出てきたそうですが、先生は、もし今それほど多くの捨て子が居たら貰い手はあるのか、なぜこの時代に捨て子が多く、また貰い手も多いのか疑問に思われたそうです。さらに歴史を深めると犬将軍と言われた徳川綱吉が「捨てられた子(動物)を見つけたら、見つけた人、またはその村が育てるように」という旨の法令を出し、そのため、江戸時代には「捨てたら必ず拾われる」→「自分達で育てられなくなったら捨てれば確実に命が繋がれる」という構図が出来上がっていたそうです。
 また配布資料として江戸の「捨て子」の様子を描いた資料がありました。その絵を見てどう思うか参加者の感想も聞きました。その資料には捨て子を見つけ囲むお役所らしき人物とその様子を蔭から見守る親らしき人物が描かれていました。先生は、この絵から親はあえて裕福な家庭の前や、人が通りそうな時間帯に子どもを捨てて、無事拾われるまで見守っている事が読み取れると説明して下さいました。先生のお話を聞き、「捨て子」の持つ少しマイナスなイメージが、江戸の親は決して愛情が無いから子どもを捨てるのではないのではなく、逆に、愛しいわが子の命を確実に繋ぐために「捨てる」ことを選んだ親の気持ちを感じました。先生はこの事を「生き延びるための捨て子」と表現されていました。
 また、名付けについても江戸と現代とは子どもを思う気持ちの違いが表われているとお話し下さいました。例えば江戸時代では、幸せの象徴である「鳩」と、人から助けられる「助」を合わせて「鳩助」という名前を付けられたり、末広がりの八十八を組み合わせて「米」と「吉」を合わせて「米吉」と名付けられ、そのどちらもその子の幸せを祈っている事がわかると説明されました。しかし明治時代になると、警察が捨てられていた場所にちなんで機械的に名前を付けたために、明らかに捨て子だとわかったそうです。先生は、「名前は一番短い物語」と言葉にされましたが、本当にその通りだと感じました。これらのことからも江戸は地域の人々が子どもを育てる社会だった事がわかるそうです。
 ところが、近代になると親子心中が増え、心中場所は家の中など人目につかないところで見つかり、特に母子心中が多くなります。父子心中も無くは無いのですが、母子心中とは理由が異なるそうです。母子心中に至る理由の多くは家庭不和が原因だそうですが、父子心中に至る理由は貧困が挙げられ、ここにもジェンダーの違いがあると仰っていました。
 なぜ、近代になるにつれ親子(母子)心中が増加したのか。それは、子どもを育てることに対し、親だけに責任があり地域でも育ててくれない社会になったこと、核家族の増加により「家」の在り方(後継ぎなどの意識の低下)の変貌により我が子の結びつきが強くなり道連れという選択肢になったのだと説明されました。また、親子心中とは、子殺しと自殺が合わさったものだが、子どもを残して自殺できない親の愛情を称賛した社会があり、このことは、子どもを「社会の子ども」として見ていない、と指摘されました。

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 次に、「3歳児神話」の疑問についてお話を頂きました。この言葉が普及したのはいわゆる団塊世代の頃で、この言葉には3歳までは確実に生き延びている事、母親が家事・育児に専念できている事が裏付けされているとお話して下さいました。また、この時期に「一姫二太郎」の意味が変わってきたそうです。江戸時代は家を存続させるために後継ぎを確実に残すために女の子は1人、男の子は2人(長男に何かあった時のために)計3人という意味だったのですが、この時代になり最初は育てやすい女の子、次は男の子の計2人で良いという意味に変わったようです。
 このように子どもの数が減り、子どもを育てるという行為が閉ざされていく中で子どものいろいろな問題が起こるようになってきたとのことです。(その問題に関しては昨年お話をいただきました)。そのため「子育て支援」と「育児ノイローゼ」という言葉が増えてきたようですが、先生は、子育て支援が母親に対して「頑張れ」という支援になってしまっている事を懸念されていました。忘れてはいけない事は、子どもは親が伸び伸びした分、伸び伸びできるとのことなので、子育て支援は親を支援する事でもあるが、一番は子どもを中心に支援する事であると仰いました。また、「助けて」と言える力を持つ事が大切だと教えて下さいました。人に助けを求めない人は、自分で何でも出来ると思いあがっているとも言え、助けを求められる人間関係が出来ていないことを表していると仰いました。

 最後に2冊の絵本を紹介して下さいました。1冊目は「おおかみと七ひきのこやぎ」(グリム童話/フェリス・ホフマン:え/せた ていじ:やく)です。この絵本は使われている色が少ないため、子どもに読み聞かせをすると色々なところを敏感に感じ取り、気付くそうです。例えば、母親の目線からわかる愛情、作中には出てこない父親の存在、歴史、時間・・・そのような文章では語られない大切な気付き、子どもに伝えたいものが詰まっていました。先生は子どもに「良い文化を与える=良い文化を食べる」と、良く育つため大人がいかに良い文化を持ち、伝えられるかが大切になってくるとお話し下さいました。

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 2冊目は「サンタクロースってほんとにいるの?」(てるおか いつこ:文/すぎうら はんも:絵)です。この絵本から先生はご自分のお子さんに対してクリスマスをどのように過ごされたか、いつの時点でどのようにサンタクロースの存在をカミングアウトしたのかをお話し下さいました。先生の経験談に大きく頷かれる参加者も多く、ご自身のクリスマス時期の子育てを反芻されているようでした。
 この絵本の題名通り、子どもに「サンタクロースを信じさせる意味」については、サンタクロースを信じていると心の中にサンタクロースのお部屋が出来、それが何かの拍子にサンタクロースは居ないのだと言うカミングアウトを受け、サンタクロースがお部屋から出て行ってしまっても、サンタクロースを信じていたものに代わるものを入れることができ、このことが他人(サンタクロース)を信頼する空間になるとのことでした。そして、人を信頼すれば助けを求める力に繋がり、自分のことも信頼出来るようになる。つまり、自分のことを愛せる人は他人の事を愛する力になるのだとお話し下さいました。

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 歴史の勉強とは、自分を振り返るチャンスで、自分を相対化できる事であり、他人に対する思いに繋がること。そして、幸せな事に、自分を育てる事と子どもを育てる事は一致するので、子ども達に文化を与え、いのちを繋いでいくことの繰り返しが文化になり、歴史を紡いでいくのだと仰いました。それは普通でありながら奇跡にも近いこと、とも。
 先生は最後に、それぞれが課題を持って今回のような場に聞きに来ている事、問いを持ち続ける事が大事だと仰いました。そして、15のまなびを出会いの場とし、常に学び続け、人と人との繋がりを大切にすることが自分も他人も支えることに繋がるのだとお話し下さいました。子ども達が良い文化を食べる機会を増やせるよう、一つ一つのまなび、人との出会いを大切にしていきたいと感じる学びとなりました。

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 午後は参加者一人一人が自己紹介と午前中の感想、質問を述べました。今回も多様な職種の方が参加されましたが、皆さん先生のお話の中でサンタクロースのお話が印象に残っておられるようでした。ご自分のお子さんに対してクリスマスプレゼントをどのように渡されていたのか、いつサンタクロースの存在をカミングアウトしたのかという話をして下さり、笑える「親の心子知らず」な経験談が多く出て、和やかな雰囲気でした。
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