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15のまなび 第14・15回「子育ての文化を歴史的に探る」講師:朱まり子さん  [2017年02月02日(Thu)]
15のまなび 第14・15回
「子育ての文化を歴史的に探る」
講師:朱 まりこ さん(子育ての文化研究所 代表)
1月15日(日)舞鶴会場  1月29日(日)宇治会場 13:30〜16:30

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とうとう2016年度最後の15のまなびとなった今回は、このまなびの企画者でもある子育ての文化研究所代表の朱まり子さんにお話を頂きました。最後と言う事で、参加者も顔なじみになってきましたが、中には初めて参加された方も居られ、新しい意見も頂けました。今回は、子育ての文化を歴史的に探るというテーマに沿って、昨年末に発刊した「AKAGO」を作るに至った経緯、AKGO@を実際手に取った感想、意見、課題の話し合い、という3部構成でした。

まず「歴史的に探る」とは、「人の歩んできた道筋を辿る、振り返る」という事なのでしょう。朱さんは「振り返ると置き忘れていたものに気付く、子育ての文化の中で置き忘れたものを伝えたい」と最初に話されました。また、未来のために原因を探るには過去を振り返る、というお話もありました。つまり、歴史に戻り振り返る事は、過去を見ながら未来をどう良くしていくかを考える工程なのでしょう。振り返った事で得た気付きは、新たな視点となります。一度気付くと今まで見えて来なかった事が見えるようになります。そういった事から「歴史的に探る」大切さが伺えます。今回は子育ての文化を振り返る上で「おんぶとだっこ」「がらがらおもちゃ」という二つの事から見ていきました。
おんぶとだっこについて、中世、明治、昭和、と、どの時代でも着物の中におんぶされている、母親以外におんぶされているという共通点がありました。また、明治幕末期の外国人の目から見た日本の絵や写真には誰かにおんぶされているものが多く、それだけだっこやおんぶは当たり前のありふれた光景であり、日本の日常を象徴するものだったのでしょう。つまり、日本の子どもは昔から色んな人におんぶされていたと言う事。それは、母親が一人で子育てをしていたわけではなく、父、祖父母、きょうだいみんなで子育てをしていたと言う事です。みんなが子育てに関わっているからこそ、対処法がわかり、子育てをしんどいを思わなかったそうです。授乳という視点に少し変えて見ても、「乳奉公」「貰い乳」という言葉があるくらい子育てにはたくさんの人が関わっていました。つまり、それだけたくさんの人が子どもを育てていた、母親だけが子育てをしなくても良かったのです。そのような状況を振り返ると、今の子育ては非常に厳しいと言葉にされていました。
がらがらおもちゃについて、素材と機能の変還を見ていくと、戦前は金属やセルロイドと言う素材が主でした。けれど、セルロイドは熱に弱いということから戦後は下火に。替わりに塩化ビニール、ポリエチレンなどの素材が出てきました。しかし素材の変化は機能の変化に繋がりました。がらがらおもちゃは打楽器という事だけでなく、以前は音を吹く事で鳴らす笛機能もありました。現在は「鳴らす+吹く」という複合おもちゃは殆ど無くなり、木製からセルロイドへの変化の中で消えていったものです。

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次に第2部「AKAGO」を通して伝えたい事、発刊に至った思いです。今、伝えられてきたはずの子育てが伝わらない・・・と言われる事も多く、その背景には親世代が子どもに「今の子育ては昔と違うから・・・」と口を噤み伝え無くなった事が挙げられます。しかし、実際はそれほど変わった事はありません。つまり『子育ての積み重ね=子育ての文化は、意識しないと伝わらない』という事。その危機感から子育て支援者として子育ての文化を伝えられるツール作りに発展。それならば、“先人の知恵と新たな知恵をミックスしたもの”“手にとってもらいやすいもの”“頑張っている親を労い応援し底上げ出来るもの”“知らないから不安になるけどママも0年生だから知らなくて当たり前。知らないから知ってね、と不安に寄り添ったもの”にしたいというたくさんの思いからAKAGOの編集、発刊となりました。
AKGO@の中には「親子で絵本のある生活を楽しもう」というページがあります。それは、読み語りは読んで終わりではなく、生活に繋げて欲しいと言う思いがあります。文を読んで意味を理解するだけが読み語りではなく、内容を理解しなくても一緒に同じ絵を見る時間を楽しむ、ということを大切にする。更には遊びの場から派生して子育てに役立つ「1粒で2度美味しい」ものを選ぶと良いとの事。その例として「1はゴリラ」「わたし」という絵本を紹介して下さいました。人によって「1粒で2度美味しい」と感じるものは違うでしょう。絵本だけでなく、おもちゃやお子さんに関わる事で何かを選んだ時に、「こういう思いがあって選んだ」「こういう視点から選んだ」と言えることが大切との事。それは子どもにどう育ってほしいかという、生きることへの“願い”を持つ事になります。最後に、支援者としてなら、自分の支援の現場に「何を伝えたくて物を置くのか」「願いを持って支援してほしい」と話して下さいました。

第3部はそれぞれの立場から特に課題だと思う事に焦点を当て意見を頂きました。編集側では頭が固くなって気付かなかったことがたくさん出てきました。今回頂いた意見を基に改編、続編に繋げられたらと思います。

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12月3日(土)15のまなび 島田礼子さんによる「自分のまんなかを確かめる ミニ・ワークショップ」講座 [2016年12月11日(Sun)]
15のまなび 第11回
12月3日(土)宇治会場
13:30〜16:30

「自分のまんなかを確かめる ミニワークショップに繋がる話」
講師:島田礼子さん(臨床心理士)

今年最後の15のまなび第11回目は「自分のまんなかを確かめる ミニワークショップに繋がる話」というテーマで、島田礼子さんを講師にお招きしました。島田さんは臨床心理士として15年間カウンセリングをされてきました。現在は京都府南部を中心に非常勤でスクールソーシャルワーカー、幼稚園や保育園の巡回相談、保健センター内で健診後のフォローとしての子育て相談、療育プログラムなどの現場で活躍されています。また、子どもや保護者の心や育ちに寄り添うプログラムを実施されたり、アートセラピーを取り入れた“ツナギーズ”という活動内でワークショップをされています。ツナギーズという活動は、奈良県で始まったものです。作ると言う体験を通じて、自分のまんなかを知るワークショップになります。子どものワークショップは最初のアイスブレイクが肝心だそうで、導入を大切にされています。
また、島田さんは3人のお子さんを育てる“お母さん”でもあります。その中で、仕事と生活を繋げて“地域に住む大人として、親として何ができるか”と考えられました。その発想が形になり“冒険あそび場”ができました。これは宇治の公園内を利用し『いつでも誰でも来ておくれ』をコンセプトに遊び場と遊びを提供しています。利用状況はその時々で異なるようですが、細々でもやっているとやりがいを感じるとお話されました。他にも自宅の近くで子ども達を集めて七輪焼きをする『もくもく七輪』という活動もされています。これら子ども達との活動は“子ども達に何を残せるか”という平和を紡ぐ会に全て繋がっていると話されました。

島田さんは、たくさんの活動の中で、大人も子どもも支え合っている姿から繋がりの中で生きる、育つ、という力を感じ、それが活動の根っこになっているそうです。そのような「場」が「在ること」、それだけで価値があるとのこと。そして、その「場」とは「自由かつ制限のある環境」だとお話されました。「自由かつ制限のある環境」とは「安心できる」環境になります。「安心できる環境」があるからこそ各々意欲が生まれ、衝突もまた生まれます。その衝突は我慢や社会性に繋がるため、島田さんは「安心できる環境」をじっくりと大事にしたいという思いを話してくださいました。この「安心できる環境」の中では、例え失敗しても、嫌なことがあっても、心のコップの水が少なくなるような事があっても、受け止めてもらえます。その安心感があるからこそ、コップの水が少なくなる度に戻ってきて、また挑戦の一歩を踏み出せます。島田さんは、そのような循環の中に親も子も居られるような社会を作りたいと仰っていました。
お話の後は、自分のまんなかにつながるミニ・ワークショップを行いました。自分の気持ちを思い思いに絵にしました。その後シェアリングをしましたが、その人それぞれの状況によって絵の現れ具合が異なっていました。負の感情を寒色で表す方も居られれば、暖色で表す方も居られました。絵を描いている間は、自分の気持ちに向き合うことができ、それを言葉にして相手に伝えることで自分自身の気持ちを認識できました。そして、相手の話を聞くことで新しい知見も得ることができたかと思います。
最後に、ワークショップを重ねて思うことをお聞きしました。ワークショップや学生時代の心理的トレーニングを通じ、自分を知る、自分に気づくということは人と関わる中で大切だということ。人と関わるには自分自身を武器に戦い勝負するしかない。つまりは、自分の持ち味で生きていくという事だそうです。また、「繋がり」というのは、連続性を言うだけでなく、枠、境、制限など「繋がりを断ち切る」ことも次へ繋がる一歩だと教えていただきました。今回の15の学びを通して、皆さん思いを吐き出せたり、新たな視野が広がったのではないでしょうか。
11月6日 15のまなび [2016年11月13日(Sun)]
15のまなび 第10回
11月6日(日)宇治会場
13:30〜16:40

「育児用品の変換から子育てを考えてみよう」
講師:迫きよみさん(NPO法人 子育てを楽しむ会 つどいの広場 りぼん)

今年度も残すところあと5回を切った15のまなび第10回目は「育児用品の変換から子育てを考えてみよう」というテーマで、子育ての文化研究所メンバーである迫きよみさんを講師としてお話を頂きました。ご存知の方も多いかと思いますが、迫さんはおんぶ、抱っこをキーワードに今まで子育てを考えてこられ様々な活動、取り組みをされています。今回、お話をするにあたり、迫さんは東京の立川の図書館に数日通い詰め、昔の育児雑誌、文献からだっことおんぶに関する資料を集めてこられました。またその研究は、この日に発刊された『AKGOA』を編集するにあたり参考にされました。

時代は遡る事1982年。育児雑誌で「ねんねこばんてん」という言葉が載りました。掲載ページも実際見せてもらいましたが、おんぶの位置が高く、且つ、おしゃれな印象でした。しかし、その後すぐにメッシュ記事のおんぶひもや横抱きのだっこ紐が載り、実はこの時代からそのような育児グッズが手に渡っていました。
2年後の1984年には「3点サポート」という機能を表しただっこ紐が登場しました。これは3点で体幹を支えてからカバーを被せるタイプのものです。ここまで横抱きでも3点サポートでも「だっこ紐」と表してきましたが、実はこの時代、「だっこ紐」という言葉ではありませんでした。「前おんぶ」「後ろおんぶ」という言葉が主流でした。「だっこ紐」という言葉は山口百恵がだっこ紐を使いブームになったからだそうです。当時のスナップ写真もいくつか見せて頂きましたが、そこには「前おんぶ」「後ろおんぶ」をするパパが載っており、「イクメン」という言葉もこの時代から使われていました。そして何より、皆さん紐を使わなくてもしっかりした位置と抱き方で「前おんぶ」「後ろおんぶ」をされていました。

時代は少し流れ1994年。首がすわる前からでも使えるだっこ紐が登場。お出かけのサポートや簡易なものが主流となり、「母親として生きる」事を支えるものとしてだっこ紐が使われるようになりました。10年前に使われていただっこ紐とは、目的、概念が変化してきたようです。それでも1997年ぐらいまではだっこ紐を使っても子どもはしっかりパパ、ママの手におしりが包まれ、足もMの字に開いていました。
しかし、1998年から2005年ごろまでをピークにたくさんのメーカーからだっこ紐が大量に登場しました。抱っこベルトやポーチタイプ、多機能多素材など様々な形の抱っこひもは外国人モデルを起用して掲載されました。一見、おしゃれに見えますが実際付けるのは日本人であるためモデルと同じように付けてもぴったりした位置がわからず、“とりあえず付けている”という流れになりました。その流れのまま2009年以降、それまで包まれていた子どものお尻から手が外れた状態が多くなりました。更には長時間使用しても疲れないベルトや「抱っこであやす」という謳い文句の抱っこ紐も登場。この流れに対し迫さんは、子どもを包む手が外れたことへの問題意識、長時間使用することが前提という概念に変わってきたことや、あやし方もわからなくなってきた変化を述べられました。

現代の利便性を求めた抱っこやおんぶですが、もともとの抱っこやおんぶの概念を探るため迫さんは宮古島と新潟に出向き、昔の抱っこやおんぶはどうだったのか、昔の子育てのお話を聞いてこられました。昔は家族全員で農作業をし、子どもも多かったため手が足りず、おんぶは生きていくために必要な手段だったようです。生活=農作業が基本だったためおんぶをするにしても“いかに体を楽にするか”という考えから自然と“上の方におんぶする”(重心を上にする)ようになりました。そうすると、自然と子どもは肩の後ろから親と一緒に同じ物を見る事が出来ます。地域によって紐に使われている素材、巻き方に違いはありました。また、大人は忙しかったため、きょうだい間で抱っこやおんぶをするのが当たり前でした。だからこそ、誰もが抱っこやおんぶを身近に感じ、自然と自分の子どもにも、自分でしてもらった抱っこやおんぶをし、受け継がれてきました。

子育ては受け継がれれば出来ることも、今はそれが途切れているため、出来ない事、知らない事が多いのです。また、伝える方も無意識のうちに身に着けていたため教え方がわからないのです。そのため子育ての伝承を今の子育て家庭、子育て支援者に繋ぐため、15の学びを通して学んだエッセンスを盛り込んだ冊子『AKAGO』を発刊する運びになりました。今回紹介された『KAKGOA』は、抱っことおんぶをメインにして迫さんが代表編集者として作りました。(『KAKGO@』は11月中に発刊予定です。)これを読むことで傷つかないよう言葉一つ一つに配慮し、「私にもできるかな」と思ってもらえるようにしたとのこと。今までの学びと迫さんが研究されたものを合わせ、何が正解かとは書かず、「こんな方法もあるよ」と新しい子育てのポケットをそっとプレゼントできるようにと思いを込められました。今まで明確な回答が無かった「いつからおんぶして良いのか」という質問に、どこかで伝えなければという思いから掲載しています。参加者の皆さんには『AKAGOA』を配布させていただき、内容を確認しました。最後には「おんぶにチャレンジ」というページを参考にみんなで一本紐のおんぶ講座をして締めくくられました。
「子育て支援のこれからを考える」講師:松田妙子さん [2016年10月25日(Tue)]
「子育て支援のこれからを考える」
講師:松田妙子さん(NPO法人せたがや子育てネット代表)

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10月15日(土)に行われた15のまなびでは、東京からNPO法人せたがや子育てネット代表をされている松田妙子先生をお呼びしました。今回のテーマは「子育て支援のこれからを考える」です。府をまたぎ男女共に、行政関係、助産師、子育てひろばなど幅広い分野の方が20名参加されました。最初は参加者の自己紹介と共に、自分が気になっていること、松田先生に聞きたいことを出し合いました。皆さん、現場も異なれば気になることも異なっており、それだけで交流の場になっているようでした。

松田先生はよくお話の場でワークショップをされるそうです。その一つとして「話を聴いてもらう」というワークショップ「耳カウンセリング」を紹介して下さいました。これは、15分間支援者同士で話を聴き合います。これの意図は、支援者も「聴いてもらう」という体験をする事です。時に支援者は「○○した方が良い」「○○じゃないといけない」という固定概念を持っている時があります。子育て支援の現場において、親子の思いを聴かずに支援者の考えや解決方法を伝えてしまうことがあります。それにより問題は解決したとしても、相談者の思いは未消化になり拒絶する危険もあります。「聴く」という行為は難しいですが、ワークショップを通して実際に「聴いてもらう」という体験をすると利用者側の立場を経験できます。どういう対応や応答が「聴いてもらえた」「わかってもらえた」という感情に近づくのかわかりやすくなります。
また、「共感」という言葉があります。子育てを経験した子育て支援者が子育て相談にのると、「うちもそうだったのよ。」と答える時があります。しかしそれは相談者にとっては支援者の“過ぎたこと”であり、ランクが違うのだと教えて下さいました。つまり、同じような体験でも、そのしんどさ、悩みを言えるのは当事者だけです。
後半には「支援者が素晴らしすぎてもダメ」というお話もありました。例えば、産前産後の訪問で、家も自分も綺麗にし、迎えてくれますが、そうすることで逆に疲れてしまうお母さんもいるとのこと。それでは訪問の意味が無くなってしまいます。「気を遣わないで」と言っても伝わらない場合があるため「着替えてもパジャマで」と言うそうです。パジャマであれば、疲れたら横になっても良い、化粧もしなくて良い、と自然に感じられるからです。そこへ訪問者(支援者)が綺麗な格好で訪問するとせっかくパジャマで気を抜いた母が打ちのめされてしまいます。だからこそ支援者が素晴らしすぎてもダメ、その時々のトーンを合わせる必要性があります。
相談の場面で、例えば「一時預かりをしたいんです」という相談があった場合、「○○という制度がありますよ」と答えるのは『回答』であり、「どうしたの?」と訊くのは『応答』だそうです。必ずしも支援者の出した回答が相談者に合うとは限りません。応答のように一緒に探すのが利用者支援だとお話されました。時には相談者のニーズや欲求がずれていることもありますが、まずは相談者の困っている気持ちに寄り添い「どうしたの?一緒に考えよう」という姿勢を伝えることが大切です。本当に必要な支援か精査をするには利用者との対話が重要になるとお話し下さいました。

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次に、直接支援と間接支援のお話がありました。直接支援は今まで松田先生がされていた子育て支援であり、『私が居ないとダメ』という支援だそうです。これは、直接反応が返ってくるので支援者としては気持ち良く、やりがいにも繋がりやすいです。また、これは企業に上澄みを搾取され、商業化されやすいとのこと。本来であれば親が自分で気づくものを商品化し、お金と時間で簡単に不安を解消してしまいます。それでは親自身の気付きの力が失われてしまいます。
最近、松田先生は間接支援の方へ活動の場をシフトされました。間接支援とは「見守る大切さ」であると言葉にされました。今の子育て支援には、直接関わって(直接支援)、誰かに繋ぐ(間接支援)ような存在が居ないと仰いました。現場に居るだけではわからない事、一歩引いて見守ることでわかる裏方のような存在が必要だそうです。

続いて地域支援のお話です。現代は昔よりも地域の繋がりが希薄と言われます。近所付き合いや、いざという時に繋がれる支援を考えた時、松田先生は世田谷という地域でその難しさを感じられたそうです。そのため、地域が繋がるにはどんな支援があると良いかを聴くことから始められたそうです。それにより町の人と繋がれたり、地域住民同士が繋がろうと思えたりし、社会の基盤になるそうです。
現在の松田先生の活動の基盤は、「個を支援できる地域」を作るための地域支援を行う事です。その目標として『“助けてと言える地域”を支援する』を掲げると、活動の途中でも今自分は何をしているのか、と振り返る事が出来るそうです。また、今までやってきたことを捨てるのではなく、それを伝えること、他の世代に引き継ぐ、という意識の切り替えも出来たそうです。

今回は社会福祉学の視点だけでなく、子育てをする一人の親として、地域に住む住民、そして様々な子育て支援の現場を経験された支援者として、多様な角度からお話し下さいました。人が居てこその支援者であり、親と子が居てこその子育て支援です。目の前の親と子の声を聴くこと、本当のニーズは何か見極める目を養う事は容易ではありません。だからこそたくさんの現場から声を拾い、親と子と共に子育て支援を考えていけたらと思う15のまなびでした。

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「生きる力を育てる遠野のわらべうた」木津陽子さん 講師:木津陽子さん  [2016年09月05日(Mon)]
「生きる力を育てる遠野のわらべうた」
  講師:木津陽子さん

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土曜日の舞鶴会場に続き、9月4日(日)、第8回となる15のまなびは「生きる力を育てる遠野のわらべうた」をテーマに木津先生に、宇治会場でお話を頂きました。わらべうたに興味、関心を持ち、遠くは福島県から来られた方や団体での参加もあり、20名を超える参加者となりました。幅広い世代の参加となり、それぞれの世代から見た「わらべうた」の魅力を感じる事が出来たかと思います。

講師の木津先生は、もともと京都生まれの京都育ちでしたが、ご結婚され東京に引っ越され、周りは誰も知らない中での子育てで不安やお子さんの夜泣きの悩みを抱えている時にわらべうたに出会ったそうです。
もともと、わらべうたの「わらべ」は一般庶民を表し、「わらべうた」は一般庶民の気持ちが込められているそうです。つまり、昔の一般庶民の生き方が込められており、それを赤ちゃんの育ちに伝えていきたいと話して下さいました。先生は「伝承の子育て」と表し@わらべうた、A昔話、Bなぞかけの三つを挙げられました。この三つにはそれぞれ@話す力、A聞く力、B考える力が育まれるとのこと。わらべうたは話し言葉にも繋がるため。昔話は、いくつも聞くのではなく、一つの話を長く骨身に染みるまで聞くのが良いとの事。最初はわからなくても何度も繰り返して聞くうちにわかるようになる。読み手の相槌を感じ取り聞き上手になるとのこと。なぞかけは、一つの事を色んな言葉で色んな角度で表されるため考えられるからだと教えて下さいました。

わらべうたの中には@遊び唄、A呼びかけの歌、Bはやし唄、C子守唄の四つがあります。遊び唄は手遊びなどにも通じますが、目的は赤ちゃんが人を知る事。赤ちゃんに対して色々な表情、言葉、しぐさを遊びの中でやってみる。そうすると、赤ちゃんは人には色んな表情があって、そこから人には色んな感情があると気付くようになるそうです。ここで重要なのが目を見てやること。この遊び唄は後半ワークも兼ねていくつか紹介して頂きました。
呼びかけの歌は、自然への呼びかけの歌であり、自然への感謝、命の大切さを感じ取れるようになるのが目的です。都会には自然が少ないから難しい、と思わず、鉢植えでも良い、空ならどこにでもある、と身近な自然に目を向ける大切さを教えて下さいました。また、寒暖を感じることで五感をひらく役目もあります。寒暖を赤ちゃんに合わせて短い言葉で表現するのが大切との事。はやし唄は言葉の力を知ることが出来ます。子守唄は寝かせ唄とも呼ばれ、土地の歴史や生き方を伝えられます。

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ここで、わらべうたを体験するためいくつかわらべうたの中の遊び唄を教えて頂きました。赤ちゃんは生まれると羊水の中から重力のある世界に出て来るため疲れます。そこに優しく声をかけてあげる赤ちゃんとの初めての会話「うんこ語り」です。おっぱいを飲ませる距離で赤ちゃんと目の焦点を合わせ会話します。「んこー」という短い言葉にいろいろな気持ちを乗せていきます。会話は声を発している間だけでなく言葉と言葉の「間」にも意味があります。その「間」を大切にして赤ちゃんとまなざしを合わせ気持ちを伝えていきます。これは一カ月ほど続ける根気のいるものですが、次第に赤ちゃんから同じように言葉が返ってきます。
次は、赤ちゃんの発達や月齢に合わせて気持ちを育てるわらべうたです。
@ てんこ てんこ てんこ…顔の横まで手を挙げ、手首を返す(まねる、手首の運動)
A にぎ にぎ にぎ…顔の横で手を握ったり開いたりする(ひぎったり開いたり出来る)
B かんぶ かんぶ かんぶ…首を振る(首がちゃんとまわる)
C てうち てうち てうち…手をたたく(腰を強くする)
D ちょつ ちょつ ちょつ…手をおでこに当てる(両手を顔まで挙げられる)
E あた〜ま なり なり なり…自分の頭をなでる(片手で、頭をさする)
F ばんざ〜い…両手を上げる(両手が上がる)

Cは「じょうず じょうず じょうず」にも繋がり人の事を褒める気持ちが育ちます。Dの「ちょつ」は「笑止」から派生した言葉で「恥ずかしい」という気持ちに繋がるとの事。Eは「おいしい」と自然に感謝する気持ちに繋がり、Fは「やったー」という達成感に繋がるとの事。これらは全て3回ずつ繰り返します。そのリズムは赤ちゃんにとって聞きやすく、同じ言葉で繰り返される事で土台が作られます。これらの遊び唄によって赤ちゃんの気持ちの「素」を起してあげる事が育てる上で大きなことだと話して下さいました。
また、オムツを換える時など、臭い時には「臭い」、きれいになったら「気持ち良い」など赤ちゃんの気持ちを代弁して関わると赤ちゃんも快、不快の区別がつくようになります。そうした「声を出す」関わりの大切さもいくつか教えて頂きました。
また、身体をつくる目的でハイハイしている時にうしろから「まて まて まて」と追いかけるのもわらべうたの一つとの事。そうして追いかけられると赤ちゃんは嬉しくて自分からどんどんハイハイをやりたがります。このように、声にならない声に応えてあげると、自分から行動する前向きな気持ちが育つとの事。

休憩後、後半は二人一組になって赤ちゃんの遊びを表す遊び唄をお互いにやり合いっこしました。実際にやってみることで目を合わせる難しさや声の出し方、やってもらう赤ちゃんの気持ちがわかりました。そして、目を見て話す大切さを感じることができました。どの方々も、とても優しい表情で語りかけていました。
赤ちゃんが何かできたら大人も声を掛け、それにまた赤ちゃんが反応します。そうした相乗効果が生まれ、人との関わりが始まると教えて下さいました。

参加された方のお子さんが先生のわらべうたに反応し色々なしぐさをしてくれました。そのたびに周りの参加した大人達は声をあげ、「じょうず じょうず じょうず」と声をかけました。人見知りは全然しませんでしたが、しばらくお母さんから離れ、何かできたり周りで声を掛けられると嬉しそうにお母さんの元に戻っていく姿が見られました。昔の子育てを今の子育てに伝える、まさしく「伝承の子育て」を感じられました。

  今回の内容が分かり易く書かれた本として、
  『「わらべうた」で子育て 入門編 』阿部 ヤヱ (著), 福音館書店発行
  をご紹介頂きました。

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15のまなび 中原規予さん(2回目)子供の発達と運動 [2016年08月09日(Tue)]
時系列ではなく、2回前の講座の報告となりますが、
15のまなびで、今年度 2回目のお話となる、中原規予さん(理学療法士)の講座のまとめです。

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第4回15のまなび 7月10日(日)宇治会場
     13:30〜16:30 講座・ワーク・質疑応答
演題「子供の発達と運動」
講師:中原規予さん(理学療法士)

15のまなび第4回は、第1回目から講師をお願いしている中原先生から「子供の発達と運動」というテーマでお話を頂きました。(同じテーマで第3回として7月9日に舞鶴会場でお話を頂いております。)前回も大変好評だったため舞鶴会場、宇治会場共に20名を超える参加者が集まりました。遠方から行政や子育て支援団体としての参加も多く、幅広い参加層となりました。

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今回のテーマである「子供の発達と運動」についてまずは「発達」の部分からお話が始まりました。発達とは「受精から死にいたるまでの人の心身及び、その社会的な諸関係の量的変化・変容をいう」と定義されました。その上で、子どもの発達とは、前回も説明いただいた「発達を見る七つの窓」の「生活習慣」を中心に変化が起きているか、を見る事だそうです。
人の発達過程として胎児期から老齢期までありますが、今回は最初の胎児期(受精後8週後〜出産)、新生児期(出生後4週ないし1カ月未満)、乳児期(生後1年前後)、幼児期(生後1年から6歳ぐらいまで)をメインにお話をされました。赤ちゃんは最低限の筋肉しか持って生まれないため、生きるために必要な「原始反射」があります。原始反射とはそれぞれの発達に応じて出る反射が変わるため、反射を見るとどこが発達して、どこが滞っているかわかるそうです。原始反射は生きるために必要であり、発達を見る目安になりますが、ずっと残っていると発達が阻害されてしまいます。例えば、「吸啜反射」という原始反射があります。これは赤ちゃんの口に乳首を持っていくと反射的に舌を出して吸います。生まれたばかりの赤ちゃんが母乳を飲む動作は生きるための反射的なものです。しかしこの反射がご飯を食べる頃まで残っていたとすると、口に食べ物を入れる度に舌を出し、更には食物を口の中で丸められないという弊害が起きるそうです。このように、原始反射は生きるため、必要な時に出て、必要無くなると消えるものだと仰っていました。
また、産まれたばかりの赤ちゃんは自分の身体がどんな形なのか自分の手足がどこにあるか感覚がわからないまま出生してきます。そのため運動の発達とともに身体図式(ボディーイメージ)と構築する必要があるとの事。

運動発達については段階に沿ってお話を頂きました。まずは「追視」です。人は生まれたばかりでも視力があり30センチぐらいまでなら見えているそうです。次は「正中位指向」。これは指しゃぶり足しゃぶりに見られるように身体の中央に手足を持ってくる発達ですが、ゆくゆく座った時に両手で遊べる運動に繋がるそうです。そして、この指しゃぶり足しゃぶりを通して自分の手足がどこにあるのか確認も行います。同時に指をしゃぶる事は口を刺激する事にも繋がり、食べ物を丸める動きにも繋がるとの事。そのため赤ちゃんの身体を触って刺激する事はスキンシップの役目の他、赤ちゃんが自分の身体をわかるためにも、各器官の発達のためにも大事だと感じました。
その次が、首が座ったかどうか試す「定顎」。首がすわっていると、手を持ち、引き起こした時に顎を引いた状態で頭部が付いてきます。この動きは首とお腹の筋肉が連動してできるそうです。首がすわると「寝返り」ができるようになりますが、これは最初の追視から繋がって偶然に出来るところから始まります。寝返りが出来るとうつ伏せの状態になるので「前腕指示」や「両手指示」で身体を支え起き上がってきます。次第に「四つ這い」ができ、「座位」として座れるようになります。座らせた時、膝がまっすぐだと座らせても座れないので、まだ「座位」には早いとのこと。次の段階の「つかまり立ち」ですが、足に筋力が無いと手に力を入れて立とうとするため、つかまり立ちが早く出来てしまうそうですが、ハイハイの時期はとても大切。発達が早いと周りは囃し立てる事がありますが、それが本当にその子にとって必要かどうか、「発達を見る」のではなく、「その子を見る」ことが大切だと感じます。最後の発達段階は「歩行」です。赤ちゃんは最初、無意識に肩甲骨に力を入れるため歩き始めは手を上に挙げて歩くそうです。

続いて、「赤ちゃん自身の気付き」についてお話を頂きました。これは大人がやることではなく赤ちゃん自身がやること、つまり大人は見守るだけです。中原先生は現場でも保護者の方に見守るだけにしてくださいね、と伝えているそうですが意外と難しく、赤ちゃんが困っていたらついつい助けてしまう保護者が多いとの事。
この「見守り」はただ赤ちゃんを見ているだけではなく赤ちゃんの反応を見ます。人は困ったら@誰かに助けてもらうAこのままにしておくB自分で何とかしようと思う、の選択肢があるそうです。そのため、赤ちゃんが困っているからと言って、むやみやたらに助けてしまうとBの思いが育たなくなり自分で行動しなくなります。先生は、運動とは自分が動きたいと思って行う行動だと仰っていました。だからこそ、赤ちゃんが@ABのどの選択肢を選ぶのか、何を求めているのか、欲求は何か見極めるためにも「見守り」は大切だと思いました。

最後のお話として子どもと遊びについてです。子どもが外の世界に遊びに行けるのは主たる養育者との間に安心感や愛着が構築されている事が必要です。この愛着形成には「揺れ」「柔らかい手触り」が効果的との事。揺れについて少し抵抗のある方も居られるかもしれませんが、揺れによるダメージは揺れ自体ではなく、揺れが止まる時の衝撃とのこと。また、脳の外側には衝撃を吸収する水も張ってあります。赤ちゃんを揺らしている時に心地よく感じているかよく観察しておくことが必要だと仰っていました。
子どもにはどんな遊びがあるのか。子どもは大人が思っているよりもたくさん見ています。そして見たものをマネするようになります。これが遊びに繋がると仰っていました。だからこそ、色んなものを見ることで色んな遊びを知ることができます。

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一旦、休憩をはさみ後半は赤ちゃんの気持ちに寄り添うため実際に赤ちゃんの動きをマネしてみました。正中位指向やうつぶせ、四つ這い、はいはい、など色々なポーズをやってみましたが、赤ちゃんと同じポーズをとる事は「しんどい」という声が一番あがりました。しかし、うつぶせから四つ這いに移行するだけで視点がぐんと高くなり赤ちゃんの好奇心が育つ感覚も得られたかと思います。また、以外にも赤ちゃんのポーズをとる事はバランス感覚が必要でした。つまり、赤ちゃんはバランスを覚えながら遊んでおり、少しずつ座れるようになったり遊びの幅が広がるのだと仰っていました。

最後に質疑応答です。今回は少し長めに時間をとりました。みなさんたくさんの質問、感想を発表して下さいました。その一部を紹介します。
Q:左右差がある子どもへのフォローとは?
A:個人差があるのでフォローの形は様々だが、遊んでいる中で使いやすい方に負荷を掛ける。
Q:原始反射が残っている子に対してどうするか
A:反射を誘発する刺激を入れない。原始反射の残存は中枢神経系の未成熟や脳障害が考えられる。不器用な子の中には、軽い脳性麻痺の様な子もいるが、診断がついていない以上憶測でしかない。また、本当に原始反射の残存であるかどうかも見慣れていないと分からない事でもある。どの時には負荷を軽くした状態で反射を誘発する刺激を入れてみる、他の場面を診る、などする。むやみに不安を煽らない様、注意が必要。

Q:見守り、観察する時のポイントとは
A:普段の赤ちゃんの姿を知るために観察する。そのポイントとしては、着替えやお風呂の時に、全体を見て左右差がないか、くすぐったり触ったり遊びながら観察する。普段から生活上の様子、機嫌などをみる。

この他にもたくさんの質問が飛び交いました。また質問の端々で、子どもの発達には自身の意欲が必要だということを話されていました。それには本人が移動しないといけない環境作りが必要です。逆に、骨折した時のギプスに例え、動けない、動かせない、動かせなくても良い環境は動く意思が無くなると仰っていました。

今回、赤ちゃんの気付きや意思を引き出す事の大切さ、赤ちゃんに触る事、赤ちゃんを見守る事、赤ちゃんがたくさんのものを見られるように工夫して生活の中に取り入れる事の大切さを教えて頂きました。今までのまなびから得た赤ちゃんとの関わり方は赤ちゃんの成長発達を促し、人生を豊かにするだけでなく、関わった養育者、私達も幸せな感情にさせてくれると改めて感じました。

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平田みすず先生の講義 赤ちゃんの育ちに寄り添って〜誕生から1歳半ごろまでの発達を中心に〜 [2016年08月04日(Thu)]
第5回 「赤ちゃんの育ちに寄り添って〜誕生から1歳半ごろまでの発達を中心に〜」
       7月24日(日)宇治会場 13:30〜16:30講座・質疑応答
   講師:平田みすずさん(臨床発達心理士)

 15のまなび第5回は、「赤ちゃんの育ちに寄り添って」というテーマで臨床発達心理士の平田先生をお招きしました。今回も京都市、宇治市内越えて遠くは三重、名古屋から、職種も子育て支援センターの方や助産師、地域のひろばで活動されている方などなど多岐に渡って17名の方が参加して下さいました。

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 まず、講師の平田先生は、子どもの発達についてマンツーマンで相談に乗ってくれる、親身で暖かいけど先生。はっきり言われても笑顔になれるすごい先生、という紹介から始まりました。平田先生の“臨床発達心理士”ですが、これは子どもを捉えるにあたり、臨床から捉えるか、発達から捉えるかの違いとのこと。先生は公立幼稚園の経験もありますが、低出生体重児の母の相談に乗るため発達の事を学びたいと思ったそうです。その思いもあり、今はたくさんの幼稚園や保育園を巡回訪問し発達の相談に乗っているそうです。子どもの発達相談ですが、相談を受けると子どもの発達の事だけでなく、子どもを通した家族相談になる事が多く、最終的に家族が育っていく助けの一手を担っておられます。

 今回は“1歳半ごろまでの発達を中心に”ということで、乳児期に焦点を当てました。このまなびで色んな先生方が何回も伝えて下さっているように、乳児期の1年間は人として発達するのに重要な時期です。脳の発達においては、生後1年で3倍にまで著しく発達します。また、聴覚や視覚など五感を刺激した体験は外界を捉えていく事に繋がりますが、赤ちゃんは1人ではそのような体験は出来ません。赤ちゃんと体験を繋ぐのは身近にいる大人なのです。

 その大人との関わり、赤ちゃんにとっての気持ちの表現は“泣く事”。赤ちゃんは自分の気持ちや欲求を泣く事で自ら発信しているとの事。赤ちゃんが泣き、その泣き声に反応して赤ちゃんは何で泣いているのか気持ちに寄り添って考え、オムツを替えたりミルクをあげたりする。このやり取りをすることで会話の基礎が出来るとの事。更に赤ちゃんは、泣いた事で感情を受け止めてもらう、気持ちに寄り添ってもらうという経験から相手を第二者として認識し自分を受け入れてくれる存在としてアタッチメント(愛着)が形成されると仰っていました。この“泣いて、受け止める”と言うやりとりは人間関係へ繋がる一歩になるため、赤ちゃんの泣き声は言語獲得のベースになるだけでなく、その後、社会で生きる人間関係のベースにもなっているようです。

 赤ちゃんにとって泣く事は意味のある言葉であり、産まれた時から発信しています。赤ちゃんからの発信を意味あるものとして捉える事は、例えば泣くと「どうしたの?」と覗き込んでもらえる、構ってもらえる事です。些細なやり取りかもしれませんがこのようなやり取りは生まれた時から始まっており、ゆくゆくは次の前言語(見つめる、発生、表情、動作、指さし)に繋がるとの事。この赤ちゃんの泣き声で始まるやり取りを取るか、取らないか、ですが、赤ちゃんの泣き声は時に気持ちを急かされ、こちらの気持ちの余裕を無くす時もあるでしょう。先生は、自分が一番苦痛じゃない方法で子どもと共有していく、というアドバイスも添えて下さいました。

 発達には言語的なもの、身体的なもの、精神的なもの等、様々な発達がありますが、それらが色々な力の影響を受け人格的に結合され、一人の人間の発達へと結びつくそうです。先生はこの“結合”をロープのようなものだと比喩されました。所々でこぼこがあっても人間として問題は無い。しかし、ずっとでこぼこだと難しさが出てくるそうです。そして、発達には階層(階段)があります。親、子共々、色々な経験を積みながら登っていきます。中には登りやすい階段、登りにくい階段があり節目ごとに階層は三つに分けられるとの事。

@乳児期前期の階層(誕生〜6カ月まで)
A乳児期後期の階層(7か月〜1歳6カ月まで)
B幼児期の階層(1歳7か月〜9,10歳ごろまで)
 ※9,10歳ごろは話し言葉から書き言葉への移行期

 これらの節目は発達の質的転換期とも呼ばれ、節目と節目を超える力がつく時期があるそうです。例えば乳児期前期の4カ月ごろには首がすわったり手が開くようになる事がそれに当たるとの事。

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 ここで少し乳幼児健診のお話に移ります。
 乳幼児健診の「健」という字ですが、検診の「検」とどう違うか。それは、“子どもが健やかに育っているか親と確認する”という意味が込められているそうです。このような思いが込められている健診ですが、ここ10年で大きく変わっているようです。今は子どもの発達、成長を確認するだけでなく、虐待を未然に防ぐためにも親の健康状態も一緒にみたり、家族の問題にも焦点を当てることがあるそうです。人が心身ともに健やかに育つためには周りの大人、人間関係を含めた「環境」が大切だと感じます。

 いくつか乳幼児健診の時期はありますが、その中でも今回は4か月、10カ月、1歳半健診とその時期の関わり方についてお話がありました。4ヶ月健診では、生まれ持った病気(脳性まひやてんかん)は無いか確認します。平田先生からは4ヶ月頃の関わり方、姿勢・運動、生活、遊びのアドバイスをいただきました。この頃の赤ちゃんは生活リズムも整ってくるので、生活の中で目覚めている時は大人の生活の場に連れて来る事、それによって周囲の様子が見られるように過ごす事が大切とのことでした。

 10カ月頃は乳児期から幼児期へ移行する力が誕生する時期です。自閉的な傾向を持つ発達障害の場合、力の弱さとしてこの時期に把握できるそうです。例えば人の認識が弱いということが挙げられます。10カ月健診では姿勢が垂直になっているかの身体的な発達面の他、対人関係、手指操作、聞こえの確認をします。出来る事が多くなるこの時期の健診は母親も緊張するでしょうが、平田先生は母親に対して「今、こういう力が育っているから、こういう事をしたらどう?」と促されるそうです。

 対人関係の確認では共同注意(相手の意図がわかる)や発声の育ちを確認します。10カ月と言う時期は「言葉の根っこ」になる時期だそうです。そのため子どもの育ちだけでなく、母親に対しても子どもへの関わり方をアドバイスがありました。この時期の発声は後期喃語と呼ばれ、まだ言葉として確立されませんが、指差しなどに応じて何をしているのか大人が言語で返す事で言葉を蓄えていきます。その蓄えが十分に貯まった時期が来ると爆発するように言葉が出ると仰っていました。言葉が出てから言葉のやり取りコミュニケーションが出来るのではなく、この時期から言語の前のコミュニケーションができ、ゆくゆくは1歳半ごろに繋がる大事な時期との事。また、周囲の人に気持ちを伝える手段となる初語へと繋がるそうです。

 また、泣き声も同様に次に繋がる力です。なぜなら、赤ちゃんは何か不快な事があるから泣くわけです。それは裏を返すと快の前段階になることです。追視や注視について、赤ちゃんは興味があったり、何か気になるから目で追います。何か見たいから、したいから、気になるから動こうとします。それが家の中の刺激が多すぎたり、動かなくてもおもちゃが手に届いたり、不安な環境に置かれていたりすると動こうとせず、次の運動発達に繋がりません。赤ちゃんは目的を持ってハイハイし、歩行に繋がっていくとのこと。発声、遊び、運動、一つ一つが次の階層(階段)に繋がる大切なもの。それをどのように生活に無理なく取り入れるかが大事だと感じることができます。

 1歳半健診では積み木の操作や描画をしますが、これは正しく使えているかではなく、道具として捉えているかを見るそうです。また、この健診で観察するところとして、10カ月の頃から繋がる対人関係が挙げられます。極端に気が散ったり、落ち着きが無いか、大人に対する欲求が無いか、など。このような親子に関わり方の工夫を伝えるのは支援者の役目だと仰っていましたが、そのためにもまずは“子の悩みを母親と共有する”ことが大切との事。悩みや不安、自己嫌悪がいっぱいの時は新しい情報は入りにくいものです。まずはその不安や悩みに支援者が寄り添い、受け止めることで吐き出し、母親は新しい情報を入れる余裕が出来たり、子どもの気持ちに寄り添う余裕が出来るのだと思います。
 平田先生は、健診は、子どものでこぼこについていかに適格に育児支援ができるか、その時に必要な応援ができるための健診だと仰っていました。

最後に、子どもの発達と大人の役割についてお話を頂きました。人間は目標があるから頑張る生き物であり、「〜したい!」という願いが発達の芽、との事。芽が無ければ成長はしません。その芽は周囲の環境や関わり方で大きく揺れる事もあるでしょう。どんどん成長するように芽を引っ張ることが大人の役割ではありません。まだ小さい芽を引っ張っては抜けてしまいます。成長するのはどこまでいっても芽、子ども達自身です。引っ張るのではなく揺れる子ども達の芽、気持ちを受け止め、支えていくことが周囲の大人の役割だと教えて下さいました。
 人の発達の道筋はそんなに変わらないそうです。ただ、階段を上るスピードが違うだけで、その子に合わせたスピードを理解して関われるかが大事との事。
 今の姿を見ずに無理に引き上げ階段を登らせるのではなく、その時の気持ち、発達に「私(親・大人)もするし、一緒にしよう」と寄り添う事が次の階段を登れる事に繋がるのだと感じたお話でした。(青柳)
2016年度 15のまなび 始まりました。講師:中原規予さん [2016年06月22日(Wed)]
「子供の発達と子育ての今」

講師:中原規予さん(理学療法士)

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昨年度、たくさんの子育て支援の現場から参加して頂き、好評だった「子育て支援者のための15のまなび」が今年度も始まりました。今年度は昨年度同様宇治会場の他、“海の京都”でおなじみの舞鶴会場でも開催する運びとなりました。その第一回目を飾って下さったのは昨日、舞鶴会場でお話を頂いた中原規予先生です。第二回目となる今日は、昨日と同じテーマ「子供の発達と子育ての今」について宇治会場でお話を頂きました。昨日お聞きされた方は更に深まり、今日初めて聞いた方は自分の現場と照らし合わせながら話を聞かせて頂きました。
今回の宇治会場では15名ほどの参加者が来られました。京都、宇治市内だけでなく、滋賀や三重、遠くは愛知から足を運んで頂きました。子育て支援者と一口で言っても現場は様々で地域の子育て支援で活躍されている方の他、助産師、母乳育児、図書関係など多方に渡ります。
中原先生は、東京都内の子ども家庭支援センターで講話をされたり、病院内での療育、乳幼児家庭訪問事業などもたくさんされています。理学療法士の他、作業療法士、言語聴覚士は国家資格であり、医師の指示のもと、治療や療育を行っておられます。

お話の口火は「この先、子どもに対して“こういう風になって欲しいから今、こうしよう”と考えたことはあるか?」という投げかけでした。この問いは発達の一部に即して考えるものであり、理学的とのこと。特に子どもに対しての療育は遊びを通して行われます。子どもの発達と遊びについて「発達を見る七つの窓」を紹介して頂きました。
@手先の動きA親(大人)との関係B子どもとの関係C聞いてわかる言葉D話す言葉Eからだの動きF生活習慣
これらは一つ一つを取りだして発達を見るのではなく、それぞれの要素を絡めて発達を見ていく、つまり、それぞれの要素が絡み合って発達が伸びていくのだと仰っていました。
発達とは“言葉や運動を覚えること”であり、生涯続くものですが粗大な動作の獲得は1歳未満で起こるそうです。そのため、乳児期の発達は大事とされ、特に立って歩くまでがメインで考えると仰っていました。“歩く”という動作は様々な姿勢コントロールの要素が統合して成り立っており、単純な筋肉の発達ではなく合理的な動きになるとのこと。最初の振り出しの足の力に筋肉はいらないそうですが、赤ちゃんはまだその振り出しが不器用なだけなのだと教えて頂きました。この運動の獲得について、今は動き出しが遅いと言われているそうですが、中原先生の現場経験から極端に二分化しているそうです。

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次に運動発達におけるポイントについてお話がありました。歩行までの発達段階として、正中位指向、追視、寝返り、起き上がり、立ちあがり、つかまり立ち、伝い歩きがあり歩行を獲得します。特にお話があったのは最初の三つ。正中位指向とは、正中線に手足が近くなる事、つまり身体が丸くなる事です。赤ちゃんがよく指しゃぶりや足しゃぶりをする姿を見ますが、まさにあのポーズです。これは寝返りに繋がる動きですが、骨盤が柔らかい赤ちゃんはおしりが上がらず、腹筋が働きません。便秘にもなりやすいとの事。最近は腹筋を使わず、逆に身体を反る赤ちゃんが多いそうです。
赤ちゃんが追視をしやすいものはコントラストがはっきりしたもので、一番は白と黒。人の顔の中で眼球がその部分に当たるため、赤ちゃんは人の目を一番追いやすいとの事。追視が180度出来るようになると首が座った状態になります。首が据わると寝返りに繋がりますが、単純に首が座れば自然と寝返りをするわけではありません。先生のお話を聞いて、“寝返りが出来る”ことと、“寝返りをする”ことは違うのだと思いました。寝返りの最初の一歩は追視から繋がり、自分で興味を持って偶然動く事です。つまり、本人がやりたいと思ってやるのです。この本人が“やりたい”という気持ちが無いと動きは定着しないそうです。先生もよく「うちの子はまだ○○しなくて・・・」という相談を受けるそうですが、しないのは、その子がしたくないからであり、その気が無いなら無理にさせなくても良いとすがすがしく仰いました。つまり裏を返せば、その子が動きを獲得したいと思う環境ではない、動く必要のない環境だということ。例えば、「はいはいしない」のであれば、ハイハイしなくても良い環境=周りにおもちゃがいっぱいある環境、と言える事が出来ます。それならば片づければ良いだけ。また、ハイハイを通り越してつかまり立ちをする子も増えていると聞きますが、一度目線を高くすると子どもは高い目線が好きなためハイハイをもっとしなくなります。そのため股関節や腕の力が十分に発達せず転びやすくなります。普段から子どもの目線が過剰に高くならないよう、自分で目線を高くするまで待つ事が必要なのです。
抱っこやおんぶも後で話していただきましたが、抱っこやおんぶはスキンシップと移動の二つの用途があります。今は色々な抱っこひもやおんぶひもがありますが、どんな抱っこひもでどんな姿勢であっても、腰が据わる前の赤ちゃんに対して締め付ける時間が長ければ自分で姿勢を獲得しないとの事。どの発達段階のお子さんと接しているかで抱き方や時間を変える必要があります。本来であれば坐骨で姿勢が支えられるとバランスが取れ、体感が固定されます。そうすると手先の動作も良くなり、腹筋も鍛えられるとのこと。腹筋が鍛えられないとお座りが出来ません。その前に座らせられると腹筋が鍛えられず、自分で座れた気になってしまい、自分で座ろうとしなくなるので、揺れ遊びや、こちょこちょ遊びで腹筋を使えるようにする事が必要なのです。
人は、自分で必要性に気付くからこそ、自分がやりたいと思い、そう感じるかどうかが大切なのだという事や、この事に繋がって、子ども達との生活で注意したい事の一つとして“サービスをし過ぎない”というお話が心に残りました。子どもの欲求がわかるとそれに応えたくなり、適切に応えると子どもも安心感を覚えますが子どもの欲求に応える事は、何でもかんでも子どもの欲求に従うことではなく、時には子どもの欲求そのままに応えない方が子どものためになることもあります。そして、子どもの欲求を先読みしすぎてサービス過多になると子どもは欲求を出さなくなります。これでは運動の発達だけでなく全体的に人としての発達、成長が阻害されると感じました。
お母さんからの質問で多いのが「うちの子は遅れてる?」という質問だそうです。中原先生はこの質問に対し、「進んでいれば良い。滞ってなければ良い。」と言葉にされていました。そして、「発達の表を見て、その子を見ていない」と仰っていました。この言葉が、心に残ったもう一つの言葉です。運動の獲得でもそうですが、ハイハイが必要な時期に子どもがつかまり立ちをしたことが嬉しくて子どものハイハイの時期を見ずにつかまり立ちを促す事がまさにそうだと思いました。

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次に、愛着のための触れ合い、赤ちゃんとコミュニケーションについてお話を頂きました。赤ちゃんは抱きしめられるという行為から安心感を覚え親から離れて遊ぶ事ができます。発達には愛着形成が欠かせませんが肌に触れること、揺れ遊びなどは子どもの心身の成長発達に効果的との事。揺さぶられ症候群や抱き癖のお話もありましたが、揺さぶられ症候群は脳が強い衝撃を受けた時に起こります。脳の外側は水が張ってありカバーしてくれているので触れ合いのための揺れであれば問題はないとのこと。抱き癖も、子どもを抱きしめてあげると安心感がたまれば子どもは外に向かうようになると言われています。肌の触れ合いの他、言葉がけもたくさんすると子どもの発語が豊かになり、また、子どもの見るものを共有できると子どもは“自分を理解してくれる存在が居る”と認識するそうです。

最後は質疑応答です。皆さんそれぞれの立場から気になったことが次々と出てきましたが、その中の一つで「ある事が出来ない時、“ちょっと前に戻る”、と聞くが、どういうことか」という質問がありました。“ちょっと前に戻る”=“ハードルを低くする”ということだそうです。例えば、片足立ちが出来ないのに、そればかりやらせては嫌になります。戻る事は発達が戻る事ではなく、発達を進めるためにも“ちょっと戻す”そうです。皆さんどの質問に対しても関心が高く、3時間では物足りない様子でした。
理学療法士、という方とは今の子育ての現場でなかなか気軽に繋がれないという印象が正直なところです。しかし、今回のお話を聞き、お母さんを始め、もっともっとたくさんの子育てに携わる方が繋がりやすくなれば良いと感じました。


この中原先生の講座は、7月9日に舞鶴、10日に宇治で続きの講座があります。いずれでも、前半は座学、後半は赤ちゃんになってみての動きの確認をしますので、動きやすい服装でお越し下さい。1回の参加は2000円です。詳細はHPまたはFBをご覧ください。

2016年度 15のまなび 始まりました。講師:中原規予さん [2016年06月22日(Wed)]
「子供の発達と子育ての今」

講師:中原規予さん(理学療法士)

昨年度、たくさんの子育て支援の現場から参加して頂き、好評だった「子育て支援者のための15のまなび」が今年度も始まりました。今年度は昨年度同様宇治会場の他、“海の京都”でおなじみの舞鶴会場でも開催する運びとなりました。その第一回目を飾って下さったのは昨日、舞鶴会場でお話を頂いた中原規予先生です。第二回目となる今日は、昨日と同じテーマ「子供の発達と子育ての今」について宇治会場でお話を頂きました。昨日お聞きされた方は更に深まり、今日初めて聞いた方は自分の現場と照らし合わせながら話を聞かせて頂きました。
今回の宇治会場では15名ほどの参加者が来られました。京都、宇治市内だけでなく、滋賀や三重、遠くは愛知から足を運んで頂きました。子育て支援者と一口で言っても現場は様々で地域の子育て支援で活躍されている方の他、助産師、母乳育児、図書関係など多方に渡ります。
中原先生は、東京都内の子ども家庭支援センターで講話をされたり、病院内での療育、乳幼児家庭訪問事業などもたくさんされています。理学療法士の他、作業療法士、言語聴覚士は国家資格であり、医師の指示のもと、治療や療育を行っておられます。

お話の口火は「この先、子どもに対して“こういう風になって欲しいから今、こうしよう”と考えたことはあるか?」という投げかけでした。この問いは発達の一部に即して考えるものであり、理学的とのこと。特に子どもに対しての療育は遊びを通して行われます。子どもの発達と遊びについて「発達を見る七つの窓」を紹介して頂きました。
@手先の動きA親(大人)との関係B子どもとの関係C聞いてわかる言葉D話す言葉Eからだの動きF生活習慣
これらは一つ一つを取りだして発達を見るのではなく、それぞれの要素を絡めて発達を見ていく、つまり、それぞれの要素が絡み合って発達が伸びていくのだと仰っていました。
発達とは“言葉や運動を覚えること”であり、生涯続くものですが粗大な動作の獲得は1歳未満で起こるそうです。そのため、乳児期の発達は大事とされ、特に立って歩くまでがメインで考えると仰っていました。“歩く”という動作は様々な姿勢コントロールの要素が統合して成り立っており、単純な筋肉の発達ではなく合理的な動きになるとのこと。最初の振り出しの足の力に筋肉はいらないそうですが、赤ちゃんはまだその振り出しが不器用なだけなのだと教えて頂きました。この運動の獲得について、今は動き出しが遅いと言われているそうですが、中原先生の現場経験から極端に二分化しているそうです。

次に運動発達におけるポイントについてお話がありました。歩行までの発達段階として、正中位指向、追視、寝返り、起き上がり、立ちあがり、つかまり立ち、伝い歩きがあり歩行を獲得します。特にお話があったのは最初の三つ。正中位指向とは、正中線に手足が近くなる事、つまり身体が丸くなる事です。赤ちゃんがよく指しゃぶりや足しゃぶりをする姿を見ますが、まさにあのポーズです。これは寝返りに繋がる動きですが、骨盤が柔らかい赤ちゃんはおしりが上がらず、腹筋が働きません。便秘にもなりやすいとの事。最近は腹筋を使わず、逆に身体を反る赤ちゃんが多いそうです。
赤ちゃんが追視をしやすいものはコントラストがはっきりしたもので、一番は白と黒。人の顔の中で眼球がその部分に当たるため、赤ちゃんは人の目を一番追いやすいとの事。追視が180度出来るようになると首が座った状態になります。首が据わると寝返りに繋がりますが、単純に首が座れば自然と寝返りをするわけではありません。先生のお話を聞いて、“寝返りが出来る”ことと、“寝返りをする”ことは違うのだと思いました。寝返りの最初の一歩は追視から繋がり、自分で興味を持って偶然動く事です。つまり、本人がやりたいと思ってやるのです。この本人が“やりたい”という気持ちが無いと動きは定着しないそうです。先生もよく「うちの子はまだ○○しなくて・・・」という相談を受けるそうですが、しないのは、その子がしたくないからであり、その気が無いなら無理にさせなくても良いとすがすがしく仰いました。つまり裏を返せば、その子が動きを獲得したいと思う環境ではない、動く必要のない環境だということ。例えば、「はいはいしない」のであれば、ハイハイしなくても良い環境=周りにおもちゃがいっぱいある環境、と言える事が出来ます。それならば片づければ良いだけ。また、ハイハイを通り越してつかまり立ちをする子も増えていると聞きますが、一度目線を高くすると子どもは高い目線が好きなためハイハイをもっとしなくなります。そのため股関節や腕の力が十分に発達せず転びやすくなります。普段から子どもの目線が過剰に高くならないよう、自分で目線を高くするまで待つ事が必要なのです。
抱っこやおんぶも後で話していただきましたが、抱っこやおんぶはスキンシップと移動の二つの用途があります。今は色々な抱っこひもやおんぶひもがありますが、どんな抱っこひもでどんな姿勢であっても、腰が据わる前の赤ちゃんに対して締め付ける時間が長ければ自分で姿勢を獲得しないとの事。どの発達段階のお子さんと接しているかで抱き方や時間を変える必要があります。本来であれば坐骨で姿勢が支えられるとバランスが取れ、体感が固定されます。そうすると手先の動作も良くなり、腹筋も鍛えられるとのこと。腹筋が鍛えられないとお座りが出来ません。その前に座らせられると腹筋が鍛えられず、自分で座れた気になってしまい、自分で座ろうとしなくなるので、揺れ遊びや、こちょこちょ遊びで腹筋を使えるようにする事が必要なのです。
人は、自分で必要性に気付くからこそ、自分がやりたいと思い、そう感じるかどうかが大切なのだという事や、この事に繋がって、子ども達との生活で注意したい事の一つとして“サービスをし過ぎない”というお話が心に残りました。子どもの欲求がわかるとそれに応えたくなり、適切に応えると子どもも安心感を覚えますが子どもの欲求に応える事は、何でもかんでも子どもの欲求に従うことではなく、時には子どもの欲求そのままに応えない方が子どものためになることもあります。そして、子どもの欲求を先読みしすぎてサービス過多になると子どもは欲求を出さなくなります。これでは運動の発達だけでなく全体的に人としての発達、成長が阻害されると感じました。
お母さんからの質問で多いのが「うちの子は遅れてる?」という質問だそうです。中原先生はこの質問に対し、「進んでいれば良い。滞ってなければ良い。」と言葉にされていました。そして、「発達の表を見て、その子を見ていない」と仰っていました。この言葉が、心に残ったもう一つの言葉です。運動の獲得でもそうですが、ハイハイが必要な時期に子どもがつかまり立ちをしたことが嬉しくて子どものハイハイの時期を見ずにつかまり立ちを促す事がまさにそうだと思いました。

次に、愛着のための触れ合い、赤ちゃんとコミュニケーションについてお話を頂きました。赤ちゃんは抱きしめられるという行為から安心感を覚え親から離れて遊ぶ事ができます。発達には愛着形成が欠かせませんが肌に触れること、揺れ遊びなどは子どもの心身の成長発達に効果的との事。揺さぶられ症候群や抱き癖のお話もありましたが、揺さぶられ症候群は脳が強い衝撃を受けた時に起こります。脳の外側は水が張ってありカバーしてくれているので触れ合いのための揺れであれば問題はないとのこと。抱き癖も、子どもを抱きしめてあげると安心感がたまれば子どもは外に向かうようになると言われています。肌の触れ合いの他、言葉がけもたくさんすると子どもの発語が豊かになり、また、子どもの見るものを共有できると子どもは“自分を理解してくれる存在が居る”と認識するそうです。

最後は質疑応答です。皆さんそれぞれの立場から気になったことが次々と出てきましたが、その中の一つで「ある事が出来ない時、“ちょっと前に戻る”、と聞くが、どういうことか」という質問がありました。“ちょっと前に戻る”=“ハードルを低くする”ということだそうです。例えば、片足立ちが出来ないのに、そればかりやらせては嫌になります。戻る事は発達が戻る事ではなく、発達を進めるためにも“ちょっと戻す”そうです。皆さんどの質問に対しても関心が高く、3時間では物足りない様子でした。
理学療法士、という方とは今の子育ての現場でなかなか気軽に繋がれないという印象が正直なところです。しかし、今回のお話を聞き、お母さんを始め、もっともっとたくさんの子育てに携わる方が繋がりやすくなれば良いと感じました。

この中原先生の講座は、7月9日に舞鶴、10日に宇治で続きの講座があります。いずれでも、前半は座学、後半は赤ちゃんになってみての動きの確認をしますので、動きやすい服装でお越し下さい。1回の参加は2000円です。詳細はHPまたはFBをご覧ください。
15のまなび 朱まり子さん「子育て支援がなぜ必要なのか」 [2016年02月01日(Mon)]
1月30日(土) 10:15〜12:15 講座
         12:50〜14:00 ランチしながら講師を囲んで話しあい

「子育て支援がなぜ必要なのか 
 親子の関わりの大切さを理解し“お母さんのお母さん”みたいな支援者になろう」
講師:朱まり子さん 子育ての文化研究所 代表

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2015年度15のまなびもとうとう最終回を迎えました。その最後を締めくくった講師は、15のまなびを始めて3年、計45回のまなびの場を生みだしてくれた朱まり子さんにお話を頂きました。皆さんもご存じの通り、朱さんは子育ての文化研究所の代表を務めておられます。当日は、20名を超える方が他府県からも足を運んで参加して下さいました。

朱さんは京都市で生まれ育ち、大学では児童文化学を専攻されました。出版社に内定が決まっていたそうですが、当時のオイルショックで内定は取り消しとなり、大学院に進学されました。その後、幼稚園勤務、結婚、転勤、子育てをされてきました。京都に戻ってからも子育てサークルやNPOの法人化、つどいの広場施設長など子育てに関わってこられました。その中で人との繋がりを感じ、また、子育ての「文化」の希薄さを感じられたようです。子育ての「文化」ということについて、抱き方、語りかけ方、遊び方、オムツ替えなど子育てにかかることは今まで学んできたようにたくさんあります。親から子へ、繰り返された事で出来てきたものが子育ての「文化」になりますが、それが今は消えかけていると言う問題提起から始まりました。子育ての現場でそのような状況になっていることが、この3年間でわかってきたと仰っていました。現在はその問題をどうにかできないかと子育ての文化研究所を立ち上げたり、地域の子ども達の育ちのための活動(NPO法人山科醍醐こどものひろば 「町たんけんチーム」)をされたり子育てプログラムのファシリテーターをされるなど、多岐にわたる現場で子育て支援をされています。

子育ての「文化」が消えかけていることの問題提起の次の問いかけは「母性って何?」ということでした。今まで子どもが生まれたら“女性は母になる”と言われたり、お腹に赤ちゃんができたら“母性が芽生える”とまで言われてきました。しかし、子どもを育てると言う行為を積み重ねれば母性が生まれるのではなく、その行為の積み重ねこそが子育ての文化なのだと先生は仰っていました。“子育て”と一言で言ってもれは一様ではなく、民族や生活様式、行動様式によって違いはあるとのこと。違いはあるものの、子育てと言う行為が脈々と続いてきた結果としての“文化”が子育ての文化になるそうです。
しかし、その子育ての「文化」が消えかけていると言う事は、子育ての「文化」、受け継がれてきた子育てが断絶されてしまっているということでしょうか。ずっと昔から祖母、母、子へと受け継がれ伝えられてきたはずですが、それも現代は意識をしないと繋がらないし繋げないのだとお話し下さいました。それこそ一昔前は意識をしなくても生活の一部、人生の一部として受け継がれたものだったかと思います。それが意識をしないと受け継がれなくなってしまったのは社会や生活様式、情報技術の変容が大きく関係しているのだと思いました。幼い子どもを伴う生活は行動範囲を制限されます。一昔前ならそれでも親は畑に働きに出てきょうだいや祖父母がみていた環境が多かったでしょう。しかし現代社会に照らし合わせるとその状況は孤立を招くのでしょう。それが現代の子育ての特徴だと仰っていました。また、情報技術、SNSが発達し、親が獲得すべき育児の知識や技術が膨大な量となり、それに比例して戸惑いや不安が生じやすくなったそうです。赤ちゃんでも1人の人、だからこそ戸惑いがあり、それが直接赤ちゃんに向けられてしまうとのこと。そして、自分が子どもを生むまでに赤ちゃんの世話をした事が無い人が増え、経験のないことを求められるリスクは高く、そのリスクを母親1人が背負っている状況にあると教えて下さいました。このように明らかに違う子育ての環境から「今」、「子育て支援」が必要なのだと話され、途中、育児休業に関する統計などを紹介される中でその必要性を語って下さいました。

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そこで、育児不安を解消するためのポイントについて4点挙げられました。
1点目が「母親絶対」の子育てから解放されるためには、ということ。未だに3歳児神話に縛られている親も多いようです。その背景には3歳児神話をうたう祖父母の存在もあるようでした。
2点目は、母親達が追い詰められている現実は誰がつくっているか、ということ。先ほどの統計からもわかるように父親の育児参加率は全体でみると高いとは言い難いです。この現実を打開するには父親をどれだけ変身させるか、社会の認識・見方をどれだけ変えられるかだと感じました。
3点目は、子育ての負担についてです。布おむつから紙おむつへ、ベビーフードやベビーカー、多様なおもちゃの化学製品の普及により、ある視点から見ると子育ての負担は減っているようにも見えます。しかし、それでも「辛くなっている子育て」という現実があると述べられました。
そして、「働きながらの子育て」と「子育てに専念」とではどちらの方が時間が無く、育児不安が多いのか、それはどうしてなのか考えることも重要なポイントになると教えて下さいました。専業主婦の方が子育て負担を感じる率が高い統計結果もありました。また、「育児でイライラする事は多いですか?」という質問に対して子どもの年齢が上がるほどに「はい」と回答する人が多い統計結果があることを紹介して下さいました。それは、産まれた当初は言葉がわからなくてイライラする事があっても、産まれてきた喜びがあるそうですが、大きくなるにつれイライラも大きくなっているとのこと。この事も子育ての負担について考えるポイントになると仰っていました。子育ての「負担」=「責任」になってきているようで、自分だけで育てている、という意識の高さを表しているとのことでした。

このような状況から子育てについて、昔はもう少し楽だったが、何がどう変わったのか、子育てを巡る変化についてお話し下さいました。授乳やおむつにも変化がありますが、育児常識など祖父母の子育て時と比較すると、その内容は大きく変化していました。本当はそれほど変わっていないのに「今は昔と違うから・・・」と引っ込んでしまい、祖父母が子育ての助言をしにくい状況を生みだしているようでした。また、知識の求め方も変化しており、情報源がインターネットやSNSになってきているとのこと。インターネット検索はピンポイントでわかりますが、他との関連が得にくく、全体の発達が見えにくい点を指摘されました。例えば、「歩くのが遅い」という事に関して検索すると、検索者を不安にさせないように「心配はいらない」「ハイハイはなくてもいい」というワードのみ出てくるそうです。しかし、今までのまなびをみてもわかる通り、人の育ち、発達においてハイハイは必要です。このようにインターネット検索だと人の育ちの一部分を切り取って浮き上がってくるため、初めての子どもの世話が自分の子ども、という親はたくさんの「切り取られた一部分」に翻弄され惑わされ、余計に不安になるのではないかと感じました。それにプラスして育児用品の増加も親を翻弄させる一つのようです。多様化、増加した育児用品を選ぶ基準が、その子にとって本当に必要かどうかではなく、人が持っているから(逆に持っていないから)ということになってきているのだと指摘されました。
次に女性のからだに視点を合わせて昔と今との変化をお話し下さいました。生活習慣等から出産や育児に耐えるだけの体の丈夫さを持たない女性が増大しているそうです。それは欲しい時に赤ちゃんを産む事が出来ない女性が増加しているとのこと。しかし昨今の虐待報道の中で「(子どもが)できたから産んだ」という発言が多く、その発言から子どもは簡単にできると思わせるところに問題があるのではないかと仰っていました。また、社会の変化に焦点を合わせると、祖父母世代との関わり、地域の繋がりの希薄化が大きいものでした。今は隣の部屋に住む人の顔も名前もわからない状況が多く、「ちょっとしたこと」を教えてくれる人が殆どいないとのこと。またその地域に馴染まずシャットアウトしてしまうため祖父母も助言がしにくくなり「地域文化」が消失してしまっていると仰っていました。以前のまなびでもありましたが、江戸時代までさかのぼれば食、住が一緒だったのでみんな家に居り、父親も子育てに参加していました。しかし、それがこのような変化から「子育ては母親であるわたしがちゃんとしないといけない。人に頼ってはいけない。」と思いこんでいる人が多いとのこと。

このような変化を受け、先生は受け継がれてきた「子育ての文化」を子育て世代に意識的に伝える必要があると気付かれたそうです。それは虐待の未然防止になり、何より子育てが楽しくなると仰っていました。それは今までと違う視点で子育ての知識や方法を知る事であり、昔から受け継がれてきた良きものを使う事とのこと。
先生は最近出会った、電車の向かい席に居た親子(4歳ぐらいの子ども1人と母親)のお話をして下さいました。その子どもはおもちゃで遊んでいましたが、母親は全く声かけもせず目線も合わせなかったとのこと。しかし子どもがおもちゃに飽きて他のおもちゃを取ろうとするとかばんの中からさっと他のおもちゃを渡したそうです。それでも渡す際には子どもと目を合わしていなかったそうです。その母親は子育てに手抜きをしているわけではないが、子どもに向き合うこともなく、子育てへの気持ちが少しずれてしまっていたのだとお話し下さいました。
そのような「少しずれている子育て世代」が多くなってきている今こそ「子育ての文化」を再構築するにはマンパワーが必要なのだと仰っていました。その再構築のため、子育ての文化継承の道筋についてお話し下さいました。それには「つながる場(子育て支援施設)」と「つなぐ人(子育て支援者)」が必要とのこと。いろんなところでの異年齢の人達との出会い、たくさんの人間浴によって自分の子育てが認められ、“子育てをする自分”を信じられるようになるとのこと。つまり自分の子育てに自信が持て親としての自尊感情が育つのだと仰っていました。その自身は次へ繋がる一歩になり「子育ての文化」の継承と発展になるとのこと。
いくら江戸時代の子育てが良かったと言っても江戸には戻れません。その時代に合うものを取捨選択しながら「子育ての文化」を伝えてやっていきたいとお話されました。そして、子育て支援者として、みんなで「お母さんのお母さんになろう」と呼びかけられました。実の母親や義母ではなく、第三の母親として対等に出来る事を目指したいとのこと。対等さのポイントとして、正解であっても先に言わない事、と教えて下さいました。失敗は人を成長させるため、その機会を奪わず相手に「寄り添う」ことを基本にしていきたいとのこと。

子育て支援の場を考えると色々な考え方があると仰いました。その中の一つとして「社会とのつながりの第一歩の場」を挙げられました。その場に来られる事を認められる、という事が大切となりそのような配慮が必要なのだと教えて下さいました。そのような配慮は、お母さんから1人の人間としての再確認の手助けとなり、地域社会で親としての第一歩を踏み出す力を付ける場になるとのこと。そのためにも「あなたも地域の一員」と伝える事が大切だと仰っていました。家の中で孤立するのではなく、地域、社会に「必要」だと言ってもらえることが自尊感情と喜びに繋がると感じました。そのため、一人の人として認める意味でも子育て支援の場では「匿名性の排除」と、参加者が自分で考えて動く事の出来る「利用者主体」が大切だと挙げられました。その視点を持ちながら子育てを支える地域の大切さを再確認したいとお話されました。

最後に、どんな子どもを育てるのか?見通しを持って子育てできる場にしたい、ということについてお話し下さいました。まずは、子ども自身が育とうとしている力を十分に発揮できるようにすること。子どもが「どっちかな」と悩んでいる時に決めつけてしまわないこと、決めつけは子どもが努力をして到達する事を削いでしまう事だと伝え、子どもの育ちの芽を摘まないように伝える支援者でありたいとお話されました。その為には子どもをどう育て、どう豊かにするか支援者自身が考え話し合うような場が必要なのだと仰っていました。それはまさしく3年間行ってきた15のまなびのような場だと感じました。

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午後も15名ほどの方が残られ、自己紹介も含め活発な意見交換が出来ました。今までのまなびの意見も含め、抱き方など現場で技術を教える方がお母さん方に共感できること、技術を通しての方が「ちゃんとできてるよ」と受容した上で伝えられるが、それをさりげなく行うためには支援者は意識しないといけないのではないか、という意見など出ました。
毎回、本当にいろんなところから、多様な現場から来ていただき、繋がりの場にもなっていると感じます。今後、15のまなびがどのような形になるかまだ未定ですが、参加者の皆さんは15のまなびの場の大切さ、必要性を感じ、更にそこで学んだ事をどう発信していくかという課題を新たに持っておられるようでした。そのような方達の協力を得て、来年度の活動を考えていければ良いなと感じました。
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