今年も今日までです。
しかし、そんな気分ではけっしてない感じです。
慌ただしかったからかなー。
怒涛のごとく日々が過ぎ去った感じです。
今年は、自分的な感想ですが、
私自身は表面的には特に何も大きな変化があったわけではなかったですが、
精神的にはきつかった一年でした。
3.11以来、その支援として具体的に何が出来たというわけでなはい
という自責の念は拭えないでいます。
今のワタシにできることは
その思いをあきらめないで、忘れずに
ずっとあたためつづけていることだと今は自分に言い聞かせています。
加藤哲夫さんが亡くなったのも今年。
今年ってなんて多くのものを失い、そして希望を見いだすのに困難で
けれど、希望への芽はいっぱい出ていて、
今まで以上に新たな価値創造をこれほど求められている年も
なかったのではないかと思います。
2つの仕事の関係だけでなく家の方も
危うい状況はあり
山あり谷ありがけっぷちあり、綱渡りあり
しかし、綱は切れてしまい・・・
けど・・・落下途中でセィフティネットに引っ掛かった感じだったりもして・・・。
状況は状況としてあるけれど
それでも、希望を見いだすことはできるのではないか、と。
必要に応じて
その時期タイミングでなんとかなっていくのかなとも思います。
あきらめさえしなければ。
昨日、中学3年の時の同窓会が開かれ参加しました。
ワタシにとっては卒業以来、実に、30数年ぶりの再会の人もいました。
元担任の先生が退官ということで、みんなで集まろうということに
なったそうです。
ワタシへの連絡は、幹事さんがワタシへの実家に電話をくれて、そこから
今の家の電話番号を聞いてかけてきてくれて、ホント幹事さんには
お世話になりました。
懐かしさとみんなの成長ぶりに刺激を受け今も少し興奮気味で
朝を迎えているところです。
あのころを振り返って・・・
中学校のあのころ抱いていた思いって
けっしてまがいものではなかった。
純粋な思いだったなーと。
誰かに対しての思いもあるし
自分に対しても思いもあるし
それは「中学生」「15歳」のガキのころの思いではあるけれど
自分の思いにひたむきだったよなーとあらためて思ったりしました。
まーあのころは自分のことでいっぱいいっぱいで
周りは見えてなかったし、殻も固かったし、視野も狭かったと思うー
その中で真剣にひたむきにそして「自分なりに」生きていたのかなって
そう思いました。
そのときそのときではあるけれど
そのときそのときに一生懸命考えたり、悩んだりしていたんだよなー、と。
問題に直面すると真正面から向き合っていたな、と。
今ならスルーしたり、ちょっと置いといてとか
時間をおいてとか状況を見てとか棚上げしたりできるところだろうけど
そのころはできなかったもんね☆
そのもがいている様子は周りからは見えないけどね。
そんなことを振り返れた時間でもありました。
そのころのワタシと今のワタシの子どもを重ね合わせて考えることが
できました。
周りからは「何考えているのかわからない」と見える。
けど、不器用ながら自分の枠や殻の中で
一生懸命考えたり悩んだりしているんじゃないかなーと。
少し客観的に思えたんですよね。
そのころ悩んでいたことを今は悩んではいない。
プロセスそのものが人の成長につながるのだ、と。
だから、子どもを信じるしかないなーって
信じられるんじゃないかなって。
自分の人生を生きていくために
自分の時間を取り戻すのに必要な時間かなって思ったりしました。
元担任の先生とは
多分卒業以来だったのですけど
覚えておいていただけたのでうれしかったです。
中学校の時うちへ家庭訪問に来られたときに
受験時期でうちの親に
受験に関してこの若い教員で大丈夫なんだろうか的に思われた風だった
という話をしてくれました☆
そ、そうだったんだ。
まー初めてのわが子の高校受験、きっととまどいも大きく
しかも安全圏じゃない高校だったからなー。
私も思い出話の時に
〇が合格 ×が不合格 でワタシの場合 △ と元担任に言われていて
どうすりゃぁええん!てな具合でした。
受けてみないとわからないみたいな(いやいや一回しか受けれんし)
で、この元担任
ワタシも受けたいと思ったし、これでいこうと言ってくれたので、思い切って
受験し!そして、合格!倉商の卒業生になれたわけです。
他の先生だったら、安全圏の高校をすすめられていたかもしれません。
てな話をさせてもらいました☆
そんな先生でした☆思い出に残る先生でした☆
同窓生たちは、いろいろなプロセスを経て
今があって、今だからこうして笑いあって会えるんだなと思いました。
それぞれの道で活躍していて、お互い成長、成熟していて
イメージは中学校のままを残しつつ
けどすっかり忘れている面もあるから
今の大人になったイメージの部分を上書き保存していく作業のようでしたね☆
私自身は「変わらないね」と言われました☆表面的に変わっていないらしい。
成長ないってか?(-"-)
けど、明るくなったとか
(静かなイメージだったので、いやいや今も物静かですよー)
ブログとかツイッターとかFacebookとかmixiをしていると言ったら
すごいねーと言われました。
そ、そうなんだ?
しかし、ツイッターとFacebookとmixiはネタ同じですから〜、残念っ、みたいな☆
オフレコだが
ほのかに思いを寄せていたコも出席していて
けっこーいいオトコに成長していた☆
ワタシの見る目は間違っていなかったと
あらためて思ったのだ!(なんの自慢?しかも強気?)
みんな結構いいオトコ、いいオンナに成長していて
いいオトナになっているので
きっとそのコだけのことじゃないとは思うのだけど。
今年は、たくさんの出会いや再会があった年だったなー☆
人に支えられた年だった☆
10年来の活動仲間や
スピ友(Facebookでのコミュニティもできたしー)
Facebookやツイッターでのつながりも大きかったなー。
下のコのPTA活動でのつながりとか
コドモの担任の先生や元担任の先生
ひさびさにカウンセリングのワークショップ(宿泊研修)にも参加したなー(台風の日でしたねー)
カウンセリングや教育相談、NPO関係や自己啓発(←このことばあんまり好きじゃないけど)
の研修会にもたくさん行けた気がする。
社会人で大学生していたときの大学のゼミの先輩や後輩、同窓生と接点があったり・・・
夫の元職場の人とも会えたりしたなー。
10年来の子育て仲間ともしゃべったなー☆
高校生が奏でる吹奏楽に心奪われ、楽しませてもらった一年でもありました。
映画もちょこちょこ見れたような、ドキュメンタリータッチが多いけど。
ダンシャリも始めたし。
ここまで生きてくるとなんだかいろんな人と出会って紡ぎ合って
いろんなものが繰り広げられてきた気がしますー。
広がったり、狭まったり、時期やタイミングもあるし、
状況もあるし、そんな中で進んだり、立ち止まったり、
後ろ振り返ったり・・・そうやって紡ぎ出されたものが
今のワタシの人生をかたどっている。
きっと誰しもそうなのだ。
そんなことを思い起こしてみる、師走の最終日なのでした☆