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ベトナム政府関係者が福祉現場に 障害者基本法策定で日本の実情調査 [2008年05月19日(Mon)]


世田谷区担当者らとの説明会会場

ベトナム政府は、国内に数多く暮らしている障害者支援のために「障害者基本法」の制定を計画している。そのプロジェクトチームのメンバーが日本財団の招きで11日から18日までの日程で来日、日本の障害者福祉の現場を視察した。ベトナム戦争の後遺症もあり、510万人(2005年現在)の障害者がいるといわれるベトナムは、その支援の基本となる法律がまだ整備されていないため、日本の実情を参考に、今後法律の策定を急ぐ方針だ。(写真:障害者の自立生活センター「ヒューマンケア協会」を訪問)

来日したのは、ル・バック・ホン労働・傷病兵・社会問題省(MOLISA)副大臣(54)をリーダーとするMOLISA省、法務省、財務省などの計7人で、厚生労働省、内閣府のほか、障害者の自立支援施設などを訪問した。厚生労働省と内閣府では障害者自立支援法を中心にした日本の障害者政策を聞き、八王子市の障害者宅、日野市の知的障害者グループホーム、葛飾区の障害者就労支援センター・福祉工場、品川区の病院の医療マッサージ職場などでは、その実情について日本側関係者から話を聞いた。(写真:来日した女性メンバー)

このうち13日午後には、東京都港区の日本財団ビルで、世田谷区の本橋安行保健福祉部障害施設推進課長と、自立生活センターHANDS世田谷代表、横山晃久さんが「自治体レベルの障害者対策」について、説明した。この中で本橋課長は世田谷区の現況を説明した後、障害者自立支援法施行後の動きとして「2007年10月に自立支援協議会を立ち上げ、障害者が地域で生活するうえで必要なことを障害者自身も入った23人の委員で検討してもらっている」と話した。

53歳の横山さんは車いす生活を送っており、認定1級の重度障害者だ。ヘルパーの介助を受けて40年になり、現在24時間2交代でヘルパーを頼んでいる。大学や駅前でヘルパーを求めるチラシを配っているが、どうしても手当てがつかない場合があり「11、12日は介助者がいなかったので車いすで寝ていました」と、昨今の実情を話した。(写真:笹川会長と一行)

ベトナムの訪日団側からは、障害者手帳発行の仕組みや障害のレベルの認定方法、世田谷のヘルパー数、障害者基礎年金の支給額など、突っ込んだ質問があり、法律策定に向ける意気込みが感じられた。16日夕には日本財団の笹川陽平会長を表敬訪問し、障害者支援のために力を尽くして欲しいと激励された。(石井)


*動画はコチラ(0:41秒)



(英文記事はコチラ
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:41 | 国際 | この記事のURL | コメント(1)
長崎県民のお祭りで授産品バザー KTNの日にぎわう [2008年05月16日(Fri)]


「KTNの日」に出店した「日本財団Shop人にやさしく」

長崎県民のお祭りとして昨年から復活した「KTNの日」(テレビ長崎主催)が、ことしも10、11の両日、長崎市の長崎水辺の森公園で開かれた。この催しに日本財団も障害者の自立を応援しようと、授産施設の商品販売コーナーを開設、協力した。会場には地球環境問題に取り組む企業・自治体の紹介ブースや多くの飲食店も出店した。ステージではお笑い芸人のライブやダンスパフォーマンスも繰り広げられ、子供を連れた家族など2日間で計6万5千人が詰め掛けた。(写真:パンやクッキー、野菜などを販売)

KTNの日は、テレビ長崎開局40周年を記念して、昨年10年ぶりに復活した。このイベント責任者で執行役員・事業部長の島田総一郎氏によると、復活の目的は「長崎県民、市民に喜んでもらい、地産地消を進め、長崎を活力ある地域にすること」だという。障害者関係の様々な支援をしている日本財団は、昨年同様「日本財団shop 人にやさしく」のコーナーを設け、7つの授産施設(電脳工房さんらいずながさきワークビレッジワークショップあさひつくもの里小浦の里わかばの里)でつくったクッキーなどの商品を販売した。(写真右:「日本財団Shop人にやさしく」がテレビ中継された)

「ワークショップあさひ」は長崎県内で他の授産施設とともに商品を販売する「ふれあいショップ」を企画しており、以前にここで購入した人たちが、商品を高く評価して「このクッキーはとてもおいしい」と言って、買う姿も見られた。

施設長の下妻克敏さん(62)は、「障害者でもいろいろできるということを知ってもらうのが大事。福祉施設という名前だけでなく、市場で競争できるよいもの、売れる商品をつくりたい」と、今後の目標を話してくれた。今回の売り上げは2日間で合計90、760円。出店した団体の多くは6月14、15両日にも大村市の大村競艇場でも販売を予定している。(写真左:多くの人でにぎわう会場)。(森啓子)




*動画はコチラ(1:34秒)

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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:56 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
高齢者・障害者配食サービスに援軍 東京のNPOが軽自動車購入 [2008年05月15日(Thu)]


健康手作りの会を二人三脚で運営する白岩夫妻

「食はすべての原点」と、高齢者や障害者向けに手作りにこだわった配食サービスをしているNPO「健康手作りの会」(東京都江東区、白岩徳子代表)に新たな援軍が加わった。日本財団の支援で購入した軽自動車だ。これまで配達はバイクと自転車でやってきたが、利用者の増加で限界に近付いており、軽自動車は大きな力になりそうだ。(写真:配達用の軽自動車)

代表の白岩徳子さんは、1984年から調理師の夫・久夫さんと二人三脚で、同会を切り盛りしてきた。2人の人柄にひかれてたくさんのボランティアが手伝いにきており、同会は地域でも有名なNPOだ。自宅の駐車場を改造してつくった厨房では、朝の5時から料理の仕込みが始まる。食材は全国からの寄付によるところが大きい。

ある日の献立の天ぷらにはカボチャやナス、ハスのほかに新潟出身の利用者の関係者が送ってきた山菜のタラノメも入っていた。江東区全域を対象にほぼ年中無休で昼夜、合わせて約90カ所に配食サービスを行っており、これまで配達はバイクと自転車に頼ってきた。利用者が次第に増える中で雨の日の配達は大変だっただけに、配備された車への期待は大きい。(写真:ある日の弁当のおかず)

「健康手作りの会」という名称には、徳子さんの思いが詰まっている。現在の元気みなぎる姿からは想像ができないが、徳子さんは病気で寝たきりの生活を送っていた時期があったという。そのころ調理師の久夫さんと出会い、正しい食事の大切さを教わり健康を取り戻した。その喜びが原動力となって高齢者と障害者のために「健康」と「手作り」にこだわった配食サービスを始めた。(写真:弁当を車に積み込む久夫さん)

以来、24年。1食300円−500円のぎりぎりの価格で栄養価もあり、変化に富む弁当を届けてきた。この活動が評価され2人は昨年、社会貢献支援財団の「社会貢献者」に選ばれた。徳子さんは会の活動について「いろいろな人に支えられてここまでやることができた。そういう人たちを裏切ることはできない」と話し、安くておいしい弁当を久夫さんとともに届け続けることを約束してくれた。(写真:これまで配達に使っていたバイク)
(沢渡)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:23 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
「人間回復の橋」成人式 記念式典で笹川会長講演 [2008年05月14日(Wed)]


長島と本土を結ぶ邑久長島大橋

ハンセン病国立療養所がある岡山県・邑久町の長島を陸続きにする邑久長島大橋(135b)が開通して20年。開通を祝った20年前と同じ5月9日、現地で記念式典が行われ「人間回復の橋」の成人式を祝った。

瀬戸内海に浮かぶ長島には1931年、国内初のハンセン病隔離施設として長島愛生園、さらに7年後、邑久光明園が建設され、全国から1万人を超す患者が収容された。6千人を超す人がこの島で息を引き取ったとされ、現在の入所者は両園合わせて584人。長い隔離政策で社会とのつながりを失った人も多く、入所者の平均年齢は80歳を超えている。

記念式典は長島側のロータリーに設けられた仮設テントで行われ、入所者や両園の関係者ら約120人が出席。来賓の石井正弘・岡山県知事は「橋を通じてハンセン病に対する地域の理解が進んだ」とするとともに、2001年には司法の場でも隔離政策の違憲性が認められ、一方で入所者が大幅に減っている点などを踏まえ「今後、施設を地域に開かれた医療・福祉の拠点にしたい」などと述べた。(写真:挨拶する石井知事)

最後に出席者全員で色とりどりの風船を飛ばし、20周年への感謝と地域交流の発展を祈念、会場を島内の恩賜会館に移し、WHO(世界保健機関)のハンセン病制圧特別大使でもある日本財団笹川陽平会長が「ハンセン病と人権」のテーマで講演を行った。(写真:邑久長島大橋)

この中で笹川会長は、世界で治療薬を無料配布する態勢が整備されて以降、1600万人の患者が回復、WHOが制圧の指標とする人口1万人当たり患者1人以下を119カ国が達成し、ネパールなど残りの未制圧国も1〜2年で達成する、との見通しを披露。世界の患者の7割を占めたインドでは1100万人の回復者が働く意欲、情熱、能力もあるのに、長い歴史の中でDNAにまで染み込んだ偏見のため、依然、物乞いに頼る生活を余儀なくされている、と報告した。その上で「(歴史的に見れば)どの国もハンセン病を患ったというだけで島の中で不便な生活を強いてきた」「皆様の長い闘いの成果を世界に広めたい」と語り掛け、会場の拍手を浴びた。(写真:式典で挨拶する笹川会長)

*動画はコチラ(1:01秒)

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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:39 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
障害者の生活支援用具を開発 訪問の家が成果展示会 [2008年05月13日(Tue)]


バウルームで開かれた展示会

重度の重複障害者(身体障害に知的障害を併せ持つ人、あるいは複数の部位に身体障害を持つ人をいう)が生きていく上で支えになる生活支援用具と設備を開発している横浜市の社会福祉法人訪問の家は、5月8日から10日までの3日間、東京都港区の日本財団ビルで2007年度に開発した品々を展示した。いずれもアイデアに富んだもので、障害者の生活支援に力になりそうだ。

訪問の家は、5年前から生活支援用具の開発を進めており、2006年度からは日本財団の支援で本格的な開発に乗り出した。06年度はトイレを着替えのスペースとして活用できる「収納式介護ベッド」や車いすの走行時に物を運ぶためのテーブル「車いす用簡易テーブル」、足で操作できるスイッチと制御装置を備えた「テレビ操作スイッチ」など9点を開発した。(写真:車いす用簡易テーブルと鎌田さん)

引き続き07年度は自傷行動を制御する「安心・安全ベルト」やワンボタンでCDの再生、一時停止を行う「CD操作スイッチ」、浴槽内で入浴姿勢が不安定な障害者の姿勢を保持できる「入浴姿勢保持クッション」、徘徊する恐れのある人の行動をピンポイントで感知する「離床センサー」など11点を開発した。(写真:展示されたテレビ操作スイッチ)

今回の展示会では、この11点に06年度の「車いす用簡易テーブル」を加えた計12点が日本財団ビル1階のバウルームに並べられた。訪問の家で生活支援用具の開発を担当しているグループホーム「きゃんばす」の支援スタッフ鎌田有二さんによると、こうした用具は構想から完成まで3ヵ月−半年を要するという。訪問の家の利用者は重度障害者が多く、用具の構想は利用者の実態を見た職員が考えている。(写真:自傷行為を抑制する安心・安全ベルト)

利用者からは、こうした用具を開発したことによって「自分でできなかったことができるようになった」「毎日の生活が楽しくなった」という声が寄せられているという。訪問の家の利用者だけでなく、他の施設利用者にも活用してもらうため、ことし6月に横浜市で開催される「福祉機器展示会」にも出展し、多くの意見を聞き改良も考える。いまのところ、開発した用具類について特許や実用新案の申請はしていないが、鎌田さんは「今後開発を続けながらどうするかを考えていきたい」と話している。(石井)
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人生の主役は自分 障害者の自立をサポート [2008年05月12日(Mon)]


移動用車両前の杉田代表

重度の障害を持っていても、1人の人間として生きて行きたい、という障害者の思いを実現することを目標に、さまざまな活動を続けている「NPO自立センター・ライフサポート水戸」(杉田桂子代表)は、アウトレットショッピングの企画を立て、今月半ばに実行する。こうした催しには各方面の協力が必要だが、障害者の存在を多くの人に知ってもらえる機会になるため、会員たちも心待ちにしているという。(写真:ライフサポートのメンバー)

同センターは、1995年に水戸市に住む障害者たちが「自立生活懇談会」をつくり、勉強会を開いたのがスタートで、2001年にNPOになった。活動の柱は(1)障害を持つ人の介助や付き添いなどのケアサービス(2)外出のための移送サービス(3)自立のためのセミナーや講座の開催(4)障害者福祉に関する相談−などで、移送サービスにはリフト付きで車いすのまま乗車できる車両日本財団の支援で購入、役立てている。(写真:ライフサポートが入るビル)

アウトレットショッピングは、セミナー活動の一環で、今月18日(日)にボランティアの協力を得て、茨城県大洗町の「大洗リゾートアウトレット」に買い物に行く計画だ。参加者は約20人を予定し、2つのグループに分かれてJR鹿島臨海鉄道を利用する。昨年は霞ヶ浦の遊覧船乗船のレクリエーションを実施し、18人が参加したという。このほか障害者や高齢者が住みやすいバリアフリー化を進める街づくりについての調査も行い、行政当局に提言をしている。(写真:事務所風景)

杉田代表は生まれながらの脳性まひのため車いすの生活だが、2000年に施設を出て1人暮らしを始めた。ヘルパーやボランティアの支えを得ながらピアカウンセラー(相談者と同じ心の痛みが分かる経験者として話を聞き、心の支えになろうとする人たちのこと)の仕事をしている。昨年1年間で4回も頚椎の手術をしたという杉田さんは「困難が多いが、つらい気持ちを分かち合い、障害を乗り越え自立を目指す人を支えたい」と話している。

日本財団は、全国の社会福祉関係団体に対し移動用の福祉車両の購入費用を助成しており、同センターもリフト付き車両を導入した。日本財団は2007年、中古となった福祉車両の一部を引き取り、ペルーに救急車用として寄贈した。この中に同センターの車両も含まれ、代わりに車いす2台を乗せることができる新車が配備された。その購入費用の一部が自己負担(約50万円)であるため、同センターは一般に募金を呼びかけ、4月23日現在で51万7000円が集まったという。(写真:リマに到着した福祉車両の贈呈式)(石井)
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17人が途上国で活躍 第2の人生をボランティアで [2008年05月09日(Fri)]


子どもの家スタッフと大作さん(中央)

アジアの途上国で経験豊富なシニア世代の技術を生かすために活動している技能ボランティア海外派遣協会(NISVA)が設立されて4年目に入り、現在17人のシニアがそれぞれの分野で活躍中だ。4月にはフィリピン・パンガシナン州スワルの孤児院「子どもの家」で1年間ボランティア活動をしてきた東京出身の大作佳子さん(66)が帰国、元気な姿をNISVAに見せた。

栄養士の資格を持つ大作さんは、子どもの家で食事内容の改善と洋裁の指導に当たった。マニラから車で約5時間のスワル市にある子どもの家は、ストリートチルドレンを保護し、人間として心豊かに生活できる場所を提供しており、大作さんは13人の子どもたちと生活を共にした。子どもたちからは「よっちゃん」と呼ばれ、母親のように慕われたという大作さんは、1年間の生活を振り返り「日本にいたころよりもいろいろいろなことを経験し、楽しい思い出がたくさんできました」と話した。(写真:子どもたちからお母さんのように慕われた大作さん)

大作さんは、栄養指導、洋裁のほかに子どもたちに時計の読み方、衛生指導もした。時計の読み方では約束を守ること、時間の大切さを教え、衛生指導では石けんをトイレやキッチンに置き、手洗いの習慣をつけさせた。しつけの面ではあいさつをする際は相手の目を見るように教え込んだという。「子どもたちは素直で明るい。本当に教えがいがあった」という大作さんは、機会があれば子どもの家を再訪することを考えている。(写真:スワルの日本人ボランティアたち)

同じスワル市では、2007年12月から、元陸上自衛隊の根〆文雄さん(61)が地元の若者たちに溶接を教えている。子どもの家での大作さんらの働きぶりに感心したスワル市長が、NISVAに溶接のできる技術者養成の指導者派遣を要請し、根〆さんが選ばれた。元自衛官の派遣はこれが初めてで、NISVAは根〆さんに続く元自衛官の登録を求めて、元自衛官の就職などを担当する首都圏の自衛隊地方協力本部援護課を回り、協力を呼びかけた。この結果、埼玉県所沢市在住の元自衛官(60)の応募があり、ことし10月にスワル市に溶接指導で派遣される予定だ。(写真:大作さんと小柳津浩之チーフ・コーディネーター)

NISVAによると、途上国に派遣されたボランティアには月額12万円の現地生活手当を支給するほか、通訳もつくので言葉の心配もないという。現在、この海外ボランティアへの登録者は261人で、NISVA は「第2の人生を途上国のボランティアとして役立ててほしい」と、登録を呼びかけている。(石井)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:13 | 国際 | この記事のURL | コメント(1)
サイクロン被害のミャンマーに緊急支援 ASEAN通じ1000万円の物資 [2008年05月09日(Fri)]


ミャンマー辺境の子供たちを支援(100校目の小学校の前で笑顔の子供たち)

大型サイクロンに襲われ、甚大な被害が出たミャンマーに対し、日本財団は、1000万円相当の緊急物資を支援することを決めた。緊急支援はASEAN (東南アジア諸国連合)事務局との間の共同事業として実施し、援助物資はタイ空軍機でミャンマーに輸送する。
日本財団は、内戦と地震の被害で住まいをなくしたスリランカの難民に対し、2006年度から3年の予定で30万ドルずつの食料・衛生用品の緊急援助を実施している。(写真:昨年夏に緊急支援に集まったスリランカの避難民)

今回の緊急支援は、ASEANのスリン・ピッスワン事務局長(元タイ外相、2008年1月に就任)の要請を受け急きょ決定した。ミャンマー政府の6日の発表では、5月2日−3日にミャンマー南部を直撃した大型サイクロン「ナーギス」により、死者2万2000人、行方不明者4万1000人以上の被害が出た。数十万人が住む家を失ったと見られ、被害はさらに拡大する恐れがある。

軍やNGOによる救援活動は始まったばかりで、食料や医療品が不足し、伝染病の流行が心配されている。日本財団は、ASEANと協議し、援助する物資の内容を決めた。援助物資はタイで急ぎ調達する。これらはタイの空軍機でミャンマーに輸送、同国政府が被災者に配布する。

日本財団は、ミャンマー北部の辺境地区シャン州で、2002年度から現地NGOの協力を得て小学校100校の建設を行い、07年5月に計画を達成した。この後も引き続きこの事業を継続、さらに100校の建設を進めている。

ASEANは、東南アジア10カ国の地域協力機構で、事務局はインドネシアのジャカルタに置かれている。域内の人口は約5億8000万人(2005年現在)ミャンマーはラオスとともに1997年に加盟している。(石井)

(英文記事はコチラ
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初の笹川杯作文コンクール 日中青少年の友好交流 [2008年05月08日(Thu)]


中国青年報に掲載された作文コンクールの募集広告

日本科学協会中国青年報人民中国雑誌社と協力して初の「笹川杯作文コンクール」を実施することになり、既に中国青年報と人民中国に募集広告も掲載、応募も始まっている。日中平和条約締結30周年を記念した「日中青少年友好交流年事業」の一環で、中国語と日本語の双方で作文を募集するのが特徴。秋には「最優秀賞」が決まる予定で、関係者は09年度以降も引き続きコンクールを実施する方向で検討を進めている。

日本科学協会は中国各大学への日本図書の寄贈や日本語を学ぶ中国人学生を対象としたクイズ大会などを実施しており、作文コンクールもこれら事業と同様、若者を中心とした日中交流を促進する狙いで実施されることになった。事業の正式名称は「笹川杯作文コンクール2008―日本を感知するー」。これまで中国で行われてきた日本に関する作文コンクールは日本語で行われるケースが多かったが今回はより深みのある作品を求めて中国語の作文も募集するのが特徴だ。

中国語、日本語双方とも応募資格は16〜45歳の中国人で字数は2000字以内。応募締め切りは10月末で「私の目から見た日中青年交流」「私が知っている日本」をテーマに日本に関係のある話題やエピソードを中心に意見や感想をまとめてもらう。併せて募集期間中、優秀作品を中国青年報(70万部)や人民中国誌上に掲載し、コンクールを盛り上げる計画。関係者は、中国語作品に関しては1万点以上の応募を見込んでいるほか、日本語作品に関しても近年、日本語を学ぶ学生が40万人を突破するところまで増加していることから「かなりの数の応募を期待できる」としている。(写真:人民中国にも掲載)

締め切り後には審査委員会が中国語関係は6点、日本語関係は同2点の最優秀賞など各賞を選考し、年明けには最優秀賞受賞者を日本に8日間招待し、交流を深める予定。日本科学協会や特別協賛する日本財団関係者は「未来志向で前向きの日中関係を築く事業にしたい」と語っている。


クイズ大会優勝者の中国人と日本人学生(浅草寺)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:00 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
海上保安庁が創設60周年 船の科学館が記念企画展 [2008年05月07日(Wed)]


防護服などを着用した海上保安官の実物大模型

四方を海に囲まれた日本。その海上の安全や海洋権益の保全を業務にしている海上保安庁が創設されてことしで60年になったのを記念する企画展「海を守る」が5月1日から、東京お台場の船の科学館3階で始まった。同館は、海洋基本法が制定された昨年7月から「海」をテーマにした常設展示をしており、2つの展示は大人から子どもまで幅広い層が楽しみながら海への理解を深めることに役立つだろう。

海上保安庁は、1948年(昭和23年)5月1日に運輸省(現在の国土交通省)の外局として発足した。企画展は、海上保安庁から提供を受けた200点に上る資料(パネルや関連資料)を基にその60年の歩みを紹介している。パネルは「海上保安庁の始まり」から「海上交通の安全確保」「海難救助」「「海上防災・海洋環境保全」「国際・内外との連携」など6つのコーナーに分かれている。(写真:パネルを見る入館者たち)

特殊救難隊を描いた人気漫画「トッキュー!!」(原作/小森陽一 漫画/久保ミツロウ)の原画や、1950、51年当時の貴重なポスターも並んでいる。また、北朝鮮の工作船とみられる不審船から被弾した巡視船の前部マスト灯も展示され、入館者の興味を集めている。このほか、東京財団が制作した「海と日本 海上保安庁24時」という48分のビデオも同時に上映中だ。

今回の企画展について森田文憲館長は「日本は海から恵みを受けている半面、領海問題やテロ、不審船などさまざまな問題に直面している。こうした海に関するすべての事柄に海上保安庁が携っている。多くの海上保安官が危険を顧みず、日夜支えてきてくれたことに感謝し、安全で快適な海を持続させることの必要性を考えてもらう一助にしてほしいと思い企画した」と語っている。この企画展は8月末まで開催中で、同館は12、3万人の入場者を見込んでいる。(写真:1950年当時のポスター)

船の科学館は、海や船に関する常設展示のほか、今回のような企画展の開催やイベントを実施しており、この10日(土)には、海上保安庁の仕事を知ってもらうため、小学4年生−中学3年生を対象に「君も、一日海上保安官になろう!」を計画、巡視船「まつなみ」への体験乗船も予定している。(写真:被弾跡がある前部マスト灯) (石井)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:19 | 海と船 | この記事のURL | コメント(0)