旧海上要塞で消防訓練 東京湾の人工島・第二海堡 [2007年10月31日(水)]
![]() 消防訓練の様子 旧陸軍により「帝都防衛」の要として東京湾のほぼ真ん中に作られた巨大な要塞島、第二海堡。関東大震災で廃墟となっていたその要塞跡地は、現在、海上での船上火災を想定した消防訓練場として活用されている。第二海堡が要塞跡地から消防演習施設に生まれかわったのは1977年。以来、78年に採択された船員の訓練・資格に関する国際条約(STCW条約)に基づいた船員法で定められた、タンカー乗組員の消防講習を実施する役割を担ってきた。その後、日本財団の支援によってリニューアルを重ね、1998年の全面リニューアルで、世界でも有数な総合消防演習施設となった。(写真:消防演習場として活用されている第二海堡) 第二海堡で消防訓練を実施しているのは、全国で唯一の海上防災訓練機関である独立行政法人・海上災害防止センター防災訓練所(横須賀市)。基礎的な消火訓練を行う1日コースからコンビナート火災に対する指揮者向けの5日間コースまで、目的に合わせ多彩な訓練コースが用意されている。燃焼や消化に関する理論や消化戦略の立案といった座学に加え、機関室や油貯蔵タンクの大規模火災に対する実践的な消化訓練など実技研修も行われる。(写真:横須賀市にある海上災害防止センター) 訓練は連日行われ、先日訪問した際には、出光など石油コンビナート関係職員や船舶乗組員、静岡市や市原市の消防隊員ら約20名が訓練を受けていた。訓練生は、教官の指導のもと、チーム内での役割を確認しながら、大規模火災の消火活動を実践。燃え上がる炎の熱気と目を刺すような大量の煙を前にしながら、消火方法のポイントを体で覚えていた。指導に当たる海上災害防止センターの田中遊主任教官は「消火活動は座学で学ぶより実践を繰り返すことが一番。近隣住民に対する配慮から、陸上で大規模な消化訓練は実施しにくく、第二海堡は貴重な実習の場となっている」と語った。(写真:消防演習中の訓練生)近年、船舶の火災海難事故は年間100件強で、そのうち、貨物船事故は10数件、タンカー事故は3,4件である。なかには犠牲者が出た事故もあり、流出油による大規模な海洋汚染にもつながる。第二海堡での消防訓練は、そういった海上災害を最小限に抑えるための人材育成を担っている。 |






旧陸軍により「帝都防衛」の要として東京湾のほぼ真ん中に作られた巨大な要塞島、第二海堡。関東大震災で廃墟となっていたその要塞跡地は、現在、海上での船上火災を想定した消防訓練場として活用されている。第二海堡が要塞跡地から消防演習施設に生まれかわったのは1977年。以来、78年に採択された船員の訓練・資格に関する国際条約(
第二海堡で消防訓練を実施しているのは、全国で唯一の海上防災訓練機関である独立行政法人・
訓練は連日行われ、先日訪問した際には、出光など石油コンビナート関係職員や船舶乗組員、静岡市や市原市の消防隊員ら約20名が訓練を受けていた。訓練生は、教官の指導のもと、チーム内での役割を確認しながら、大規模火災の消火活動を実践。燃え上がる炎の熱気と目を刺すような大量の煙を前にしながら、消火方法のポイントを体で覚えていた。指導に当たる海上災害防止センターの田中遊主任教官は「消火活動は座学で学ぶより実践を繰り返すことが一番。近隣住民に対する配慮から、陸上で大規模な消化訓練は実施しにくく、第二海堡は貴重な実習の場となっている」と語った。
ネパールの識字率は50%程度、国民への教育も行きわたっていない。国民一人当たりのGDPは約300米ドルと、貧困層を多く抱えている。そのうえ地方では、マオイスト武装グループによると思われるテロ、恐喝、略奪が横行し、日本の外務省は、首都カトマンズへの渡航も十分な注意を呼びかけている。


レセプションには防衛省、マスコミ、政界関係者ら150人が出席。久間・元防衛大臣や加藤紘一・元防衛庁長官、石破茂・防衛大臣らも顔を見せ、
さぬきっずコムシアターは、子どもたちの創造性を育てるため、演劇鑑賞や五感を活用する体験活動などを実施しており、その一環で落語教室を開催。プロの上方落語家の笑福亭智之介さんと
白鷺亭楽笑さんは「子どもたちには、落ち着いて相手の話を集中して聞き理解するよう注意し、初めと最後は正座することを徹底した。集中力は大変なもので、短時間で子どもが変わるのを実感した」と落語教室の効用を語り、高橋理事長も「普段おとなしい子が、舞台の上では自分をはっきりと出し、明るくなった。少しずつ自分自身に自信を持ったようだ」と変化に注目していた。落語を聞きに来ていた母親の1人は、「悪ふざけで目立っていた子が、落語教室を始めた後は授業をきちんと受けるようになり、国語の朗読がうまくなった」と話していた。
高座に上がった5人のうち「酒の粕」を演じた小4の池乃家こはるさん(本名:小池はるか)は、演目の内容を実体験するため、父親に実物の酒かすを買って来てもらい、自らそれを焼いて食べみるほどの熱心さだった。また、小5の井々家とも吉さん(本名:藤井智浩)は「自分が演じている時はみんなが笑っているのが面白い。将来はプロの落語家を目指したい」と夢を話してくれた。11月には、この日「お茶子」を担当した2人の舞台も予定されている。落語をきっかけに変化した子どもたちの成長ぶりが楽しみだ。 
同研究会は、同市落合町の古民家に住んでいたおばあさんが亡くなり、廃屋になったため徳永さんらが保存運動を始めたのをきっかけに1999年に結成した。徳永さんらは、こうした古い建物以外にも後世に残したい自然や景観が真庭周辺には数多くあり、これらを多くの人に見てもらうことで地域にも活力が出ると考えた。これまでに他の団体との共催を含めて「草葺きシンポジウム」(2003年)、「美しい日本の風景を語るシンポジウム」(04年)、「全国草原サミット・シンポジウムin大山蒜山」(05年)、「真庭市環境フォーラム」(07年)などを開催。ことし8月には地元で「ハンザキ」と呼ばれる「オオサンショウウオ」の生息地(同市北部)を訪ねて「シンポジウム」と「源流エコツアー」を実施し、参加者との交流を続けている。
研究会は大山蒜山地域のビューポイントとして、観光客に人気のある場所とは別に、草原や牧野などあまり知られていない数ヵ所を選定した。これらの場所では草を刈って足元を確保することで、名峰の眺めを楽しむことができるようになったという。一方、保存すべき茅葺の古民家も周辺には多数点在、このうち真庭市に隣接する新庄村の「がいせん桜通り」には傾きかけた廃屋があるため農水省の補助を得て、この家を解体して建て直し、田舎暮らしに関する写真や資料を展示する「田舎暮らし交流館」に使う予定だ。
農家と連携したもち米などの特産品販売も今後拡大していくことにしており、徳永さんはこうした一連の活動について「農業と観光と環境を一体化した地域づくりが目標です」と夢を語っている。
カキリさんはケニアの田舎育ちだが「奨学生になって人生が大きく変化した。奨学生に選ばれなかったら、あんな教育は受けられなかっただろう」と、ギャローデット大学で学んだことについて感謝していた。カキリさんによると、ケニアではろう教育が充実しておらず、ろう者が高い教育を受ける機会はほとんどない。ろう問題に対する政府の予算が少ないのが大きな原因であり、日本の支援を要請したいと強調した。
同施設は一昨年の開設時から、一般企業やほかの福祉施設との差別化を図るため「厳選した小麦粉など素材にこだわったオーソドックスなパン」を売り文句にしてきた。現在は商店街アーケードや企業向けの宅配、プロ野球の試合時の販売など、計6ヵ所で週4回定期的に販売している。急激に伸びる受注に対応するため昨年は
「(福祉の世界で)買い手に『お客様』と頭をさげるのには、最初は抵抗があったんですよ」と語る施設長の下妻克敏さんは障害福祉に携わって25年目。当初は建築関係の事業を営んでいたが一転、障害があっても収入を得て自立できる人材を育てるため、施設職員としてキャリアを積んだ。
当初は障害者の「(パン作りは)面白かとばい」という気持ちを引き出すことに精一杯だったが、施設長になって一年もたたないうちに障害者支援でも商売には変わりないと、ビジネスマインドが蘇った。売り上げが伸びるにつれて障害者の販売意欲も高まり、最近は出店日を心待ちにしている。自ら飛び込み営業もこなす下妻さんは、「『あさひの○○さん』ではなく『○○さんのあさひ』」と言われるくらい、自分で仕事をとってきてほしい」と、職員教育にも余念がない。
ビジネスの可能性を求めて奔走した結果、障害者に支払う工賃の総額は2年間で開設時の4倍に達した。障害者一人の収入は毎月約1万円と全国平均レベルだが、今後障害者自立支援法に対応して新規に大型パン製造機の導入やイカの塩辛などの新商品開発を行い、利用者の賃金アップを目指している。
姫路学園が精製しているのは、「バイオディーゼル燃料(BDF)」だ。用途は9割がディーゼルエンジン車で、このほかパワーショベルなどの重機、農機具用の燃料にも利用されている。車の場合、軽油と同じ程度の走行性能があり、植物系燃料のため排ガスにCO2(二酸化炭素)や硫黄酸化物(SOx)がほとんど含んでいない特徴がある。2006年4月に
この事業を担当している栄藤岩夫事業部長によると、当初1基だった装置も途中から2基に増やした。回収した油を精製装置に入れ、完成するまで5−6時間かかるが、この9月は7,800gを精製した。同学園はこのBDF精製に職員3人を充てているほか、利用者2人も回収、精製作業の補助をしているという。同学園では今年中に精製量を月1万gまで上げ、3年後には2万gに増産する計画だ。栄藤さんは「学園はあまり外とのつながりはなかったが、たくさんの事業所とつながりができ見学者も増えた。この事業を進めることで得るものが大きかった」と話している。〈詳しくは
千葉県房総半島東岸の太平洋に面した九十九里浜。日本の白砂青松100選と日本の渚100選に指定された美しい海岸線は、年間を通じて海のレジャーを楽しむ家族連れや若者でにぎわう。この九十九里浜の地元・千葉県白子町のNPO法人、
パトロールの車は、海岸線の道路をスピードを落としてゆっくり走り(1)安全面(利用者が安全で楽しく利用するための情報提供、水難事故防止の注意、けが人の対応)、(2)防災面(津波警報など災害発令時の防災情報伝達)、(3)環境面(利用者へのごみの持ち帰り呼びかけなど、マナーについての注意や大型漂着ごみや不法投棄の把握と報告)、(4)防犯面(車上荒らしの警戒と利用者への防犯啓発)−の4点を任務として活動している。助手席の会員は、各海岸の人出をカウントするのも仕事である。
井上事務局長によると、巡回範囲には一宮海岸や太東海岸のようにボードサーフィンの名所があり、こうした海岸では人出も多く、車上荒らしも多発しているという。さらに、海岸侵食が進んで、海岸近くの道路が陥没、崩壊した場所(長生村一松海岸)もある。砂浜には、突出したパイプもあったりするため、遊びに来た人たちにけがをさせないためにもパトロールは息を抜けない。しかし井上さんはじめ海に魅了された会員たちは、黙々と九十九里浜を守る活動を続けていた。
障害者の自立支援に向けて、地元名物である讃岐うどんの出張販売に積極的に挑戦する団体がある。高松市の社会福祉法人「
田村やまびこ会は、2005年に社会福祉法人として出発し、翌年、知的障害者の就労支援のための施設「
