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盛大に20周年祝う 日中笹川医学研修者制度 [2007年08月31日(Fri)]


人民大会堂


中国の医師や看護師が日本の大学や医療機関で1年間にわたり研修する「日中笹川医学研究者制度」が1987年にスタートして20年、これを祝う式典が8月26日、北京の人民大会堂に行われた。式典には日中双方から約1200人が参加、“日中友好の架け橋”として定着した研究者制度の20周年を祝った。同時に事業が一段落する2008年4月以降、新たな5年事業として毎年30人、計150人の医師を日本に招き、一段と質の高い医療交流を目指すことになった。

事業は日中両国の保健医療の普及向上を目的に「日中医学協会」「笹川記念保健協力財団」「中国衛生部」の3者が日本財団の助成を受けて87年に開始、92年からは、さらに高度な研究を目指して再来日する特別研究者制度もスタートした。両制度で来日した中国医療関係者は2000人を超え、指導に当たる日本の大学、医療研究機関も200ヶ所に上っている。

制度発足10年目に当たる1996年にも同様の式典が同じ人民大会堂で行われており、今回は2度目。指導に当たった教師やその同伴者ら日本側関係者約500人と日本への留学後、中国各地の医療現場の第一線で活躍する医師や看護師、医療研究者ら700人が人民大会堂3階の大会議室に一堂に会する大会議となった。

冒頭、日中医学協会の森岡恭彦理事長と中国医師協会の殷大奎会長がそれぞれ「日本の医療の現状と課題」、「SARS危機からみる医学と公衆衛生の結合」と題し特別公演した後、中国衛生部の陳竺部長が「この制度は人材育成の模範であり、中国の近代化に大きく貢献した」と日本側に謝意を表明。「木を育てるには10年、人を育てるには100年」のことわざを引用して「研修者制度をさらに息長く発展させたい」と語った。(写真:1200人が参列した式典)
                                 
次いで来賓として出席した森喜朗元首相は「文部大臣として中国を訪れた1983年、当時の中国政府幹部から“ビジネスより、まず中国人民に対する教育や学術の援助を考えてほしい”と要請された」とした上で、「この制度は世界の医学交流史の中でも稀に見る成功例。民間交流こそが健全な日中関係を支える」と述べた。(詳しくはコチラ

(英文記事はこちら
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 10:31 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
草原に定着する置き薬制度 伝統薬を積極活用 [2007年08月30日(Thu)]


大草原の中に一本の道が通る


伝統医療国際会議出席のためモンゴルを訪問中の日本財団一行は8月24日、首都ウランバートルから東へ約300キロのヘンティー県ウムヌデルゲル郡を訪問、伝統医療普及事業の現場を視察した。住民からは伝統医薬品の配備を歓迎する声が出され、郡の医療関係者も伝統医療を積極的に活用していく考えを示した。

ヘンティー県は英雄チンギス・ハーンの出生地として知られ人口7万1千人。豊かな草原に覆われ、羊、山羊を中心に190万頭の家畜が飼われている。丘陵を一直線に貫く舗装道路を走ると、青い空の下、黄緑色のなだらかな草原が視界いっぱいに広がる。途中の道路わきでは昨年のモンゴル建国800年祭に間に合わせる予定だったチンギス・ハーンの巨大な像の建設が現在も続いていた。周辺には観光客用の移動式の住居、ゲルも整備する予定という。 (写真:巨大な像が広大な草原にそびえ立つ)

ウムヌデルゲル郡は同県の北西部、ロシアとの国境に位置し人口5200人。2004年から伝統医療事業が始まり、現在、郡全体1165世帯のうち500世帯に伝統医薬品のキットが配備されている。使用分の代金回収率は100パーセントに近く、キットの配備後、住民の急病連絡で医師が駆け付けるハウスコールも10パーセント以上減少、伝統医薬品の配備が日常的な予防や初期治療にも役立っていることを裏付けている。
                                   
草原のゲルにチメドツェレンさん(72)一家を訪ねると、10人を超す子や孫が一行を盛大に出迎え。妻のエレグゼドマーさん(59)は「薬の効能や使い方を分かりやすく説明した手引書も配られ、重宝している。風邪薬などは本当に良く効く」と笑顔で語った。 (写真:住民がキットを見せてくれた)
(詳細はコチラ)

(英文記事はこちら
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:28 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
伝統医薬品の置き薬制度に高い評価 13カ国参加しモンゴルで国際会議 [2007年08月29日(Wed)]


伝統医療国際会議


日本財団WHO(世界保健機関)の共催による「伝統医療国際会議」が8月23日から4日間、WHOをはじめUNICEF(国連児童基金)など4つの国際機関とアジア地域を中心にした13カ国の代表が出席してウランバートルで開催され、日本財団が中心になって2004年からモンゴルで進めている伝統医薬品の置き薬制度が遊牧民らの初期治療に大きな役割を果たしている点を高く評価。モンゴル政府も「伝統医療の活用を先駆的な成功例として海外に発信していきたい」(ブジン保健医療政策調整局長)と意欲を見せている。

富山の置き薬制度を活用した地域医療サービスの強化に関しては、1978年のアルマータ宣言で伝統医療・医薬品の活用を提唱したWHOもその成果に注目しており、宣言から30年、WHOの発足60周年に当たる来年には伝統医療の一層の活用に向けた国際会議の開催構想も浮上している。

ウランバートル市内のホテルで開かれた会議には、国際機関、各国代表約100人とモンゴル国内で伝統医療に携わる医師や伝統医薬品の製造業者ら約120人が参加。日常的な医療サービスが確保しにくい地方の遊牧民を対象に進められている伝統医薬品の置き薬制度の現地視察を含め幅広く意見交換した。

初日のオープニングセレモニーでは日本財団の笹川会長が「世界60億の人口のうち20億人は近代的な医薬品に接することなく死亡している。近代医薬品に比べれば安く手に入る伝統薬を、300年前に日本の富山地方で始まった置き薬制度を使って届けるのが有効と考えこの試みに着手した。世界に通用する制度に育てたい」と挨拶。  (写真:挨拶する笹川会長)

尾身茂WHO西太平洋地域事務局長も「日本財団の活動を見てWHOも伝統医療の重要さに気付いた。置き薬制度はプライマリーケアを進める上で大きな役割を果たすと確信する」と述べ、マーガレット・チャンWHO事務局長はメッセージを寄せ、伝統医療の有効活用に期待を表明した。(詳細はコチラ)

(英文記事はこちら
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 10:14 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
ニセアカシアとの闘い 札幌の森林ボランティア [2007年08月28日(Tue)]


倒木が目立つ札幌近郊の森


北海道・札幌近郊の森林の荒廃を防ごうと、定年退職をした人たちが活躍している。「NPO北海道森林ボランティア協会」(札幌市中央区南2条西2丁目)に属する約100人のメンバーだ。現役時代の職業はさまざまだが、地球温暖化対策のために森に入って汗を流している。日本財団も同協会の活動を支援しており、定年退職者のパワーに期待している。

同会理事の高野豊さんと和田功さんは、製紙会社に勤務していた。その2人の目にも最近、札幌近郊の山の植生に変化が起きていると映る。街路樹のニセアカシアがいつの間にか、山にも増え出しているのだ。街路樹の種が飛んで、例えば札幌の代表的な山である藻岩山(531メートル)でもニセアカシアが目立ってきた。他でも同様だ。2005年年9月の台風14号によって、ニセアカシアの倒木が多かったという。このまま放置すると、株の根元から何本の芽が出て、森が荒れてしまうのだ。
(写真:伐採した木材を炭焼き用に切りそろえる)

そこで、同会はいま、札幌市澄川環境緑地(25ヘクタールの市有林)で倒木の伐採し、萌芽した木を整枝する作業を続けている。伐採した材木を使って、このほど炭焼きにも挑戦した。炭にする樹木は自動式の薪割り機を使って、一定の長さと太さにし、「移動式炭化炉」という炭焼き機に入れる。通常の炭焼き釜では数日かかる炭焼きも、この機械では約12時間で終了した。火を落として1日後に会員たちが炉のふたを開けると、初めての炭ができていた。今回使った材木はニセアカシアとミズナラで、会員たちは、めいめい自宅に持ち帰り、湯沸しなどに使って、その性質の違いを調べる予定だ。 (写真:炭が焼き上がった)

同緑地では、木を切った際に出るチップをためて、その中にカブトムシの幼虫を入れて育ており、子どもたちに遊ばせることも考えている。
緑地入り口の樹木には、会員手作りの巣箱150個が据え付けられている。半分の巣箱はシュジュウカラやニュウナイスズメなどの小鳥が利用し、雛を育てたという。 
(写真:山になったチップの中でカブトムシを飼育)

平均で年70回は山に入るという会員たちは、冬でもかんじきを履いて作業をしている。「冬の方が出席率が高いんです。さすが道産子ですね」と高野さんは言う。こうした、元気いっぱいのボランティアに支えられ、札幌の森は息づいているのだ。 (写真:ボランティアが据え付けた巣箱)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:53 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
世界の仲間とともに社会貢献を モンゴルでSYLFF15周年記念式典 [2007年08月27日(Mon)]


式典で奨学生、OB達と


将来の指導者の育成を目指すヤングリーダー奨学基金(SYLFF)が1993年、モンゴルでスタートして15年、その記念式典が8月22日、基金の設置大学であるモンゴル経営アカデミーで開催された。

SYLFFプログラムは複雑・多様化する世界の中で、国家や民族、宗教などの違いを乗り越えて諸問題に取り組む人材を育成するのが目的。日本財団が各国の大学に各100万ドルの基金を設置し、基金の運用益で奨学制度を進めている。1987年の米・タフツ大学を皮切りに現在、世界45カ国69大学に基金が設置されており、この20年間で9千人を超す学生が奨学金を受け博士号や修士号を取得。モンゴルでも15年間に約300人が奨学金を受け、多くが行政官として国政の中枢を担っている。

式典が行われたモンゴル経営アカデミーはモンゴルの首都・ウランバートルの中心部にあり、学部生、大学院生を合わせ約1800人が学ぶ。この日は10月から新たに奨学金を受ける修士、博士課程の11人が日本財団やプログラム全体の運営を担当する東京財団の一行を出迎え、笹川陽平・日本財団会長が「モンゴルの国際的地位、発言力は向上しており、皆さんの活躍の場は増える。5年、10年後に世界のいろんなところで皆さんと顔を合わせるのではないかと楽しみにしている」と激励。11人を代表してバビッシュ・ドゥナイさんが「素晴らしい機会を作っていただき感謝する」と謝辞を述べた。

この後の式典には奨学生OBら約70人が出席、アカデミーでのSYLFF15年をスライドで振り返り、ハグヴァ・トゴーチ学長は「日本財団の協力、先人の努力があってここまで来た。さらに発展させるため全力で努力する」と挨拶。笹川会長は「SYLFFの奨学金を受けた世界の仲間がビジネスや政治を越えた交流を進めてくれるよう希望している。各国の仲間と英知を共有し、人々が誇りを持って暮らせる社会の実現に寄与してほしい」と述べた。(写真:新奨学生を激励)

大学関係者によると、モンゴルの若者の日本に対する関心は米国、ロシアと並んで高く、最近は大相撲でのモンゴル出身力士の活躍もあって、日本への親近感が一層高まっているという。

21,22両日には北東アジアの安全保障などを話し合う第2回目の「ウランバートルフォーラム」がモンゴル国会議事堂で開かれ、日本、中国、韓国、ロシア、米国など8カ国が参加。笹川会長はフォーラム閉会式で講演し「北東アジアには第2次世界大戦と冷戦の残滓が現在も厳然と存在している。多国間の枠組みによる具体的な地域協力メカニズムを創設することが重要で、モンゴルがその役割を果たすことが期待されている」と強調した。
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スリランカに緊急支援第2弾 日本財団が実施 [2007年08月27日(Mon)]


緊急支援に集まった多くの避難民


政府軍と反政府組織との間で今もなお続く内戦により、住まいを追われた人々が避難キャンプでの生活を送っているスリランカ。日本財団は8月中旬、現地のNGO「セワランカ財団」を通じ、東部のバティカロア地域で避難民6、250世帯に約30万ドル相当の食料と衛生用品の緊急支援を実施した。スリランカへの緊急支援は今回で2回目。

今回は日本の報道関係者(共同通信、朝日新聞、東京・中日新聞、フジテレビ)が日本財団関係者とともに現地を訪れ、政府軍が制圧したばかりの旧LTTE支配地域バティカロア州に海外のメディアとしては初めて足を踏み入れた。

引渡式はバティカロア県、カルクダ地区の「アランクラム」難民キャンプで行われ、日本財団の大野修一常務理事が避難民の代表者たちに配給物資(米、小麦粉、魚の缶詰、石けん、消毒液など)を手渡した。引渡式で大野常務理事は「スリランカの内戦は世界が注目している。避難民のみなさんの支援に今後も協力する」と述べた。集まった避難民の間からは「援助物資がもらえてうれしいが、間もなく雨季に入るので、生活が不安だ」という声も聞かれた。(写真:援助物資を受け取った子ども達)

スリランカでは、今年の2月から東部を中心に政府軍とタミル人武装府組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)の間で武力衝突が続いていたが、7月の下旬に14年ぶりに政府軍が東部をLTTE支配下から解放した。政府軍の調べでは、8月17日段階で約19万人の避難民が既に帰還しているが、まだバティカロア地域だけでも約2万7千人が避難生活を続けている。東部は制圧されたものの、LTTEによって埋められた地雷が12の村々に計16ヵ所存在することから、地雷が完全に撤去されるまで当分の間、避難民はキャンプ生活を強いられることになる。 

日本財団は2006年12月、セワランカ財団の要請を受け、度重なる内戦や地震などの自然災害の影響で住む家を追われた避難民のために緊急支援の実施を決め、ことし1月に笹川陽平会長スリランカを訪問し、援助物資を引き渡した。今回の支援は2回目で、さらに30万ドルの緊急支援を継続して実施する予定だ。スリランカへの避難民への支援は日本財団のほかに国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、世界食糧計画(WFP)や国内外のNGOも行っている。
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アジア義肢装具会議開催  情報共有を再確認 [2007年08月24日(Fri)]


会議に参加した各国の代表


アジア各地には、地雷や交通事故、ポリオ、感染症などいろいろな事情で手や足を失い、義足や義手を必要としている人が少なくない。障害を乗り越え社会復帰のためには質の高い装具が求められ、これらの人材を育成するアジアの義肢装具士養成学校関係者が参加した「第3回アジア地域義肢装具士養成学校ネットワーク会議」(SAPOS)が8月5、6の両日、カナダのバンクーバーで開かれた。会議には日本をはじめアジア13カ国・地域の35人が参加、情報共有のため、各学校での卒業試験の実施方法などについて議論を交わした。

この会議は、アジア地域の義肢装具士養成学校同士が情報を共有、ネットワークを構築し全体の義肢装具サービスを向上させようと、日本財団が企画した。第1回の会議は2006年9月にカンボジアで、2回目は同年11月にスリランカでそれぞれ開かれ、3回目の今回は「国際義肢装具協会カナダ世界大会」終了後に開催した。参加したのは日本、タイ、スリランカ、カンボジア、パキスタン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、インド、イラク、中国(香港も別参加)、オーストラリアの各国・地域。(写真:会議場)

会議では卒業試験の実施方法のほか、地域共通教材の作成について意見を交換。さらにカンボジア義肢装具士養成学校と豪州のラトローブ大学が提携して指導者を育てる取り組み(日本財団が支援)が紹介され、参加者の注目を集めた。また、1回目の会議当時運営が手探り状態だったマレーシアの学校が会議を通じて得た他校の助言などによって、カリキュラムも国際的なレベルに向上し、学校運営も軌道に乗っていることが分かった。参加者からは、会議の成果だという声も聞かれた。

次回4回目はパキスタンの義肢装具士養成学校で08年3月に開催の予定。東南アジア地域では義肢装具士がまだ足りないのが実情であり、日本財団はカンボジアスリランカの義肢装具士養成学校での義肢装具士育成タイ・マヒドン大学での義肢装具士学士号プログラムをそれぞれ支援している。より高い義肢装具のサービスの提供と質の高い人材育成のため、今後もアジア地域でこうした支援活動を続ける方針だ。(写真:つくられた義足)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:09 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
AEDを福祉支援車両に搭載 札幌のNPOホップ [2007年08月23日(Thu)]


障害者移動車に搭載されたAED


空港や駅、ホテルなど、公共の施設に最近目につくようになったのがAED(自動体外式除細動器)だ。突発の心臓疾患など、急病人の救命のために使われる装置で、札幌市の「NPO法人ホップ障害者地域生活支援センター」(竹田保代表理事)は日本財団の支援で3台の利用者送迎用のリフト車両にAEDを搭載した。NPOがAEDを設置するのは珍しいという。

AEDは、心臓の心室が小刻みに震えて全身に血液を送ることができない「心室細動」を起こし、心臓マッサージが必要な急病人に対し、電気ショックを与え、心臓の働きを戻すことを目的とする医療機器で、日本ではかつては医師だけしか使用できなかった。2003年に救急救命士が医師の指示がなくとも使うことができるようになり、04年7月からは一般の人も使用が認められ、地下鉄や新幹線の駅など公共の施設にも導入されつつある。(写真:AED本体)

ホップが設置した車両は障害者の就労支援やホームヘルプサービス、移送サービス用の車両で、これらの車両を運転する職員は赤十字の救急救命の講習を受講し、AEDの使用法についても受講を終えている。ホップの竹田代表理事は「いま障害者の移送サービスは、タクシー会社と競争になっている。障害者がAEDを搭載している車を利用することは地域の安全、安心につながるのではないか」と語っている。

竹田代表理事は進行性の筋ジストロフィーと闘いながら、障害者のために活動していることで知られている。現在47歳だが、幼い時にこの病気にかかった竹田さんは、20歳くらいまでしか生きられないといわれていたという。成長した竹田さんは、車椅子の生活をしながら札幌市内の会社でコンピューターのシステム設計の仕事をしていて26歳になった。(写真:病気と闘い続ける竹田代表理事)

この姿を地元のテレビ局がドキュメンタリー作品として制作、大きな反響を呼んだ。番組を制作した担当者は竹田さんに「おまけの人生みたいなものなのだから、これからは自分のことだけを考えず、あなたの持っている力をボランティアに向けなさい」と助言した。

これをきっかけに障害者を対象にしたコンピューターの講習会を始め、それが現在のホップの活動(訪問介護や相談支援、移送サービスなど)に発展する。このほかにも障害者を雇用する株式会社オフィスプロダクツ、身体障害者の自立用の共同住宅や生活の支援をする施設を営む社会福祉法人HOPも運営、多忙な日々を送る竹田さんは「ホップでの私の役割は終わったと思っている。これからは若い世代が福祉をつくってほしい」と、若者へ期待を寄せている。
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:37 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
よみがえれ船参宮 「みずき」で伊勢・勢田川を活性化 [2007年08月22日(Wed)]


神社(かみやしろ)港の活性化に情熱を燃やす中村理事長(背後は木造船「みずき」)


昔も今も、全国からの参詣客で賑わう三重県伊勢市。参詣のルートにはかつて「船参宮」という海の道もあった。伊勢湾を船で渡って来る「お伊勢参り」の人たちは、勢田川河口の「神社(かみやしろ)港」で上陸、伊勢の土を踏んだのだった。そうした中には荒神山に向かう清水次郎長一家や連合艦隊の戦勝祈願の一行もいたということで、勢田川には伊勢のもうひとつの歴史が刻まれている。

時代と共に陸路による参詣が主流となり、海の道はすっかりさびれた。かつてにぎわった勢田川流域の湊は役割を終え、船も商店も旅籠も料亭も、しだいに姿を消していった。河川改修の堤防で「海につながる伊勢」の面影がすっかり隠されそうになって、「しかし」と立ち上がった人たちがいる。地域の歴史を正しく伝え、街の活性化に繋げようと考える地域の住民グループだ。(写真:完成就航時の「みずき」〜2004年11月、島重氏撮影〜)

神社港では「NPO法人・神社(かみやしろ)みなとまち再生グループ」(中村清理事長)が10年余の活動を展開している。地元の「海の駅」や資料館を拠点に、リタイアした年配者が中心となって土地の賑わい復活へ知恵を絞り、行動しているのだ。地域の生産者に呼びかけてのフリーマーケット開催や地域の学童クラブ運営などはその一環で、五十鈴川や二見浦をめぐる「シーカヤックマラソン大会」も主管する活躍ぶりだ。(写真:神社みなとまち再生グループの拠点「海の駅」)

そうした活動の核として期待されたのが伊勢船形復元木造船の就航。日本財団の協力で平成16年に建造された木造船「みずき」は、神社港を中心に大湊―二軒茶屋―河崎の各湊を結んで定期就航している。「みずき」は運行3年目に入って乗客数は伸び悩んでいるものの、来春には伊勢と中部国際空港(セントレア)を結ぶ高速船が就航されることもあり、かつての船参宮の風情復活に出番を期待されている。

勢田川流域では、上流部の河崎でも「NPO法人・伊勢河崎まちづくり衆」が活動、かつては「伊勢の台所」と呼ばれた街の記憶を「商人館」や「川の駅」で繋ぎ止めている。9月には「河崎まちづくり衆」が中心となって「全国町並みゼミ」が伊勢で開催される。こうした地域活動は、河川改修で消えそうになった古い町並みを復活させているばかりではなく、伊勢を支える町衆の息吹をよみがえらせてもいるようだ。(写真:復元された河崎の商人蔵)

神社(かみやしろ)港の中村理事長は「地域の記憶が失われていくとき、住民である自分たちが何かしなければとみんなで取り組んでいる。財政的には厳しいが、人の交流の場が港であり、その伝統を復活させたい」と意気込んでいる。
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:42 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
アジア5カ国伝統医療会議 国民の健康増進を模索 [2007年08月21日(Tue)]


初のアジア伝統医療会議


漢方薬やはり・きゅう、温熱療法、薬草、気功、アユルベーダ(自然の治癒力を活用したインド医学)といった西洋医学以外の治療・健康法を「伝統医療」と呼ぶ。この伝統医療が見直される中で、初めての「アジア5カ国伝統医療国際会議」がカンボジア・プノンペンのホテルで7月30日(月)から8月1日(水)までの3日間にわたって開催され、伝統医療を活用したプライマリ・ヘルス・ケアを促進し、各国国民の健康増進を図るための共同事業の立ち上げやネットワークの強化などについて意見交換した。

会議に参加したのは、開催国カンボジアのほか、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスの保健省担当者とWHO(世界保健機構)の伝統医療局幹部。会議を呼びかけた日本財団からは大野修一常務理事が出席した。

初日の30日は、WHO関係者、大野常務理事のあいさつに続き、主催者であるカンボジア政府のヌート・ソコム保健大臣が歓迎のスピーチをした後、会議に入った。この中で各国が進めている伝統医療政策の現状について報告、特に伝統医療活用に国家的な力を入れているミャンマーの国立伝統医療大学・ルウィンコー学長の報告に出席者の関心が集まった。午後からは共同事業について何ができるかを話し合い、人材育成や共同研究をすべきだという意見が多く出された。(写真:あいさつするカンボジアのソコム保健大臣)

31日は、共同事業に関する提案のうち、各国の国民が薬草を栽培する際の指導書作成が必要だとして、そのガイドラインを作ることを決めた。このガイドライン作りには5カ国が共同で取り組み、2年で完成させる方針だ。会議最終日の1日にこの方針を文書化、WHOと各国の業務分担も決めて閉会した。次回の会議は08年3月にラオスで開催する予定。その後、ミャンマー、ベトナム、タイの順で09年末までに順次開催する計画だ。

伝統医療については、WHOが1978年に出したプライマリ・ヘルス・ケアの推進を提唱したアルマータ宣言の中で「各国の医薬品の中に、有用性が証明された伝統薬を取り入れ、活用すべきだ」としており、伝統薬を含めた伝統医療について先進国では活用されつつある。しかし、途上国ではまだその取り組みは十分ではないのが実情だ。このため、メコン川の流域で国境を接し、薬草など植生が共通するものが多い5カ国に日本財団が会議開催を呼びかけ、実現した。会議で立案された共同事業には、今後財政的な支援を行う方針だ。
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:13 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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