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海底資源開発に向けて 東大海洋アライアンス [2008年07月22日(Tue)]


東大で開催された海洋シンポジウム

7月21日の「海の日」に合わせて、「海と人類との新たな接点」と題したシンポジウムが15日、東京大学で開かれた。4月に日本財団の支援を受け総合海洋基盤プログラムを発足させた東大海洋アライアンスが主催し、海洋環境技術の国際戦略や、海底資源として注目されつつある海底熱水鉱床の開発問題などについて議論した。

わが国では2007年7月に海洋基本法が施行され、海に関する総合的な課題に取り組む体制が整備されつつある。08年度の政府予算では、「海底熱水鉱床の開発に向けた調査」に5億円、「海洋資源の利用促進に向けた基盤ツール開発プログラム」に4億円が新たに計上されるなど、海底資源分野で積極的な取り組みが始まっている。

シンポジウムには海洋問題に取り組む研究者や実務家ら約280名が参加、まず浦辺徹郎東大教授が、世界に340カ所ある海底熱水鉱床のうち、日本の排他的経済水域(EEZ)内には15カ所あり、中には「伊豆ベヨネーズ海丘」や「伊豆明神海丘」など20万平方b級の大規模なものもあることを紹介。同教授は「平面的な広さは分かっているが、まだ不明である厚さを調査し、鉱物資源の埋蔵量を明らかにする必要がある」と指摘した。(写真:シンポジウム参加者)

一方で、環境に対する影響の評価や国際法の問題など、海底資源の開発には様々な課題が絡み合う。海洋アライアンスの福島朋彦氏は「これらの課題に取り組むため、多様な分野の機関、人材が総合して問題解決に取り組む必要がある」と述べ、地質学や資源工学のほか、生態学や国際法、環境行政法の専門家をメンバーに加えた海底熱水鉱床の開発に関する勉強会を同アライアンス内に立ち上げたことを報告した。(写真:福島氏らシンポジウムのパネリスト)

海洋アライアンスは、海洋国家日本を支える人材育成を目的に、09年度から大学院生や学外者を対象にした履修認定プログラムを開始し、海洋関係の講義のほか、省庁や関係機関で実地演習を行う海洋法・海洋政策インターンシップ実習などを新たに開講する予定だ。(本山勝寛)
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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 10:38 | 海と船 | この記事のURL | コメント(1)
父の国で涙の墓参 フリピン残留日系2世・外薗キクさん [2008年07月22日(Tue)]


父親の墓前で涙するキクさん

集団で一時帰国中のフィリピン残留日系2世の1人、外薗(ほかぞの)キクさん(63)=現地名グロリア・セキニア=が16日、父親の外薗秀雄さんの出身地、鹿児島市を訪れ親族と対面するとともに、亡父の墓参りをした。キクさんは戦後60年以上を経て初の日本訪問。墓前では秀雄さんに「私がここに来るまで生きていてほしかった」と語り掛け熱い涙を流した。

正午前に到着した鹿児島空港には秀雄さんの弟で叔父に当たる正見(マサミ)さん、従兄弟の善一さんが出迎えた。正見さんが「お父さんの故郷へよくきてくれた。会いたかった」と抱きしめると、キクさんは「皆さんと会えて夢のようです」と涙をぬぐった。空港内に設けられた会見場では、詰め掛けた報道陣を前に「(反日感情により)日本人ということで当時は本当に辛い思いをした。父の国、日本に来ることができ嬉しい」と語った。(写真:空港で親族と対面するキクさん)

次いで親族約20人とともに秀雄さんが眠る市内の墓地に。墓前に花と線香を供え「本当に死んでしまったのですね」と語り掛け、涙とともに手を合わせた後、「バイバイ、パパ」と声を掛け、別れを惜しむかのように墓石を振り返った。(写真:お墓へ向かうキクさんと親族)

キクさんは、戦前、鹿児島からフィリピン・ダバオに渡った秀雄さんと現地の女性との間に生まれた。秀雄さんは足が不自由で洋裁店を開いていたが、キクさんが1歳の時に終戦となり収容所に入れられ、やがて日本に強制送還され、キクさんらと生き別れになった。今年になり日本財団の支援を受けた「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC、東京)の調査で20年前に鹿児島で亡くなった秀雄さんとの親子関係が確認された。(写真:お墓参りするキクさん)

17日に64歳の誕生日を迎えることから、正見さん宅で一足早いキクさんの誕生パーティーも開かれた。手作りの地元料理や「キクさん、ようこそ、お父さんの地へ」と飾り付けられたケーキを前に、集まった親族らがハッピーバースデーの歌を贈ると「今までで一番うれしい誕生日になった。みなさんありがとう」と感謝の言葉を述べた。18日には秀雄さんゆかりの地や温泉地などを親族と回り、水入らずの1日を楽しんだ。(写真:誕生パーティー)(菅原悟志)

*キクさんと親族との対面やお墓参りなどの動画はこちら(1:49秒)

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ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 08:55 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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