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「親が変われば子も変わる」自然塾の小野田さんが講演会 [2008年03月26日(水)]


600人の聴衆を前に語る小野田さん

フィリピンで戦後30年間ジャングル生活を続けた小野田寛郎さんが3月20日、鹿児島市内で「生きる ―親が変われば子も変わる―」というテーマで講演をした。(財)小野田自然塾が主催したセミナーには約600人が集まり、キャンセル待ちの列ができるほどの盛況ぶりだった。

小野田さんは、戦争終結を知らずにフィリピン・ルバング島のジャングルに残留し孤独な戦闘を続けたという経験を持つ。帰国後、ブラジルに移住し農場を開拓し生活していたが、1980年に日本で起きた少年が両親をバットで撲殺するという事件に衝撃を受け、自分の経験が日本の子どものために役に立てるのではないかと帰国し、小野田自然塾を設立した。1991年には福島県塙町にキャンプ場を創設、以来2006年まで15年にわたりキャンプを開催してきた。フィリピンのジャングルでの生活体験を生かし、現代の日本の子ども達にたくましく生きる力を身につけさせたいという思いで活動している。(写真:小野田自然塾にある「不撓不屈」の文字が彫られた石碑)

小野田さんは講演の中で、ジャングルで埋められずに放置された日本兵の遺体に遭遇した時の話に触れ「一緒にいた部下に『先に死んだ方が楽だったですね』といわれた」と語った。もうあきらめようかとも思ったが、弾を使い切るまでは戦い続けようと決意したという。「やってみなきゃ分からないのが人類。初めからすべてが分かったら、だれも苦労しない。分からないからこそ苦労がある。苦労を乗り切れるかどうかは、自分の意思の強さと健康にかかっている」と、挑戦する姿勢の大事さを強調した。
(写真:会場のかごしま県民交流センター)

小野田さんが活動を始めるきっかけとなった金属バット事件から既に27年が経ち、当時子どもだった世代が親になっている。「給食費を払わずに自分は外車に乗ったり、学芸会で自分の子どもが主役じゃないと文句をいうなど、自己中心的な親が増えている」と小野田さん。小野田自然塾では、当初は子どものみを対象とし親の見学も認めていなかったが、時代の変化を受け、親子一緒に参加するキャンプを行うようになった。2006年からは、日本財団の助成を受け、体験活動のための指導者養成も行っている。

小野田さんは最後に「今の親に一番伝えたいことは、学校に全て任せるのではなく、親が責任をもって子どもを育ててほしいということだ」と注文。さらに「生んだ親が子どものことを一番良く知っている。学校は印刷物と同じで、紙も大きさも一緒にどんどん印刷してくれる。でも子どもは一人ひとり違う。それを一番知っているのは親なんです。親が変われば子も変わる。子どもが社会に立派に通用する人間にするのは自分の責任だということをよく自覚していただきたい」と、締めくくった。(写真:熱心に小野田さんの話に耳を傾ける聴衆)
 
前日に86歳の誕生日を迎えたばかりという小野田さん。3月29日には、名古屋でも講演会の開催が予定されている。自身の貴重な経験を次世代へバトンタッチするための活動は、現在も続いている。

※「生きる ―親が変われば子も変わる―」の動画はコチラ(5:56秒)

ブックマークに追加する Posted by 日本財団 広報チーム at 09:36 | 文化・教育・社会問題 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)