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伝統の和船「八丁櫓」が渡仏 世界木造帆船祭りで人気 [2008年10月01日(水)]


世界帆船フェスティバルで帆走する八丁櫓の和船

静岡県焼津市に「八丁櫓」(全長13b、最大幅4・3b)といわれる伝統の和船がある。NPO「焼津八丁櫓街づくりの会」は、この帆船を復元し日本財団の支援も受け、さまざまなイベントに活用している。ことし7月にはフランスのパリ近郊のブレスト市で開催された世界帆船フェスティバルにも参加し、人気を集めた。今月19日(日)に焼津新港で開催される「オータムフェストinやいづ」でも、この八丁櫓の和船による体験乗船などを企画しており、関係者は準備に追われている。
(写真下:焼津市内の造船工場で修理中の1隻)

街づくりの会によると、江戸時代、和船の櫓は軍事上の理由から最大七丁と定められていた。しかし将軍を秀忠に譲り、駿府城(現在の静岡)に移った徳川家康は焼津の船だけに限りスピードをあげることができる八丁櫓を認めたという。この和船は速力があり、小型で小回りがきくことから焼津のカツオ漁の発展に寄与したが、漁業の近代化で姿を消した。
(写真右:八丁櫓を使ったイベントを企画している斎田さん)

街づくりの会は、八丁櫓の和船の復元により失われつつある船の文化を継承し、これを活用したまちづくりのイベントを実施している。復元には木造和船の研究や復元に取り組んだ故近藤友一郎氏が全面的に協力し、1997年から98年にかけ2隻を建造した。その後、八丁櫓は引っ張りだこで、体験乗船や海の祭りに活躍、地元だけでなく横浜や四国まで遠征したこともある。
ブレスト市の第5回世界帆船フェスティバル(7月11日−17日まで)には、八丁櫓の和船1隻と漕ぎ手など総勢31人が参加した。このお祭りには世界各国の約1600隻が参加、見物客は1週間で延べ100万人に達した。参加した街づくりの会理事の斎田久人さんの話では、八丁櫓のクルーは、揃いのはっぴを着て、観客を前に木遣りを歌いながらスタート、「えんやー、そーれ」の掛け声で櫓漕ぎを披露した。港外に出ると、3本の帆柱をなびかせて帆走、周囲のヨットの人々が一斉にカメラを向ける人気ぶりだったという。(写真左:世界帆船フェスティバルにも参加した各国の帆船)

この11月1日には焼津市と大井川町が合併し、新しい焼津市が誕生するが、この合併記念として、フランスから帰った1隻がデモンストレーションをする計画だ。もう1隻は現在、焼津市内の造船工場で再塗装などの修理中だ。このため、19日のイベントには間に合わないが、来年のオータムフェストでは2隻を使った大競漕が復活できるという。昨年からは八丁櫓について勉強する「八丁櫓塾」もスタート、焼津の伝統和船を見守る人の輪も広がりつつある。(写真右:白い帆が青い海と空に映える)(石井克則)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 08:42 | 海と船 | この記事のURL | コメント(0)
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