火山灰地に緑回復を 三宅島で海岸林再生植樹会 [2008年05月29日(木)]
![]() 激しい風雨の中で行われた三宅島海岸林再生植樹会 噴火による生活の制約が今も続く伊豆諸島の三宅島で、かつて島を守っていた豊かな緑の海岸林を復活させようと、首都圏などからボランティアが集まり、クロマツやトベラの苗木500本を植樹した。島の緑は火山性のガスや酸性雨、さらには厳しい風と塩害にも耐えなければならない。参加者は苗木が力強く育つことを祈って、鍬やスコップを振るっていた。(写真:2000年の大噴火以来、立ち枯れた木々が痛々しい三宅島) 植樹会はNPO法人・地球緑化センターと社団法人・日本山岳会「高尾の森づくりの会」が共催して実施した三宅島復興森林作り交流事業。24、25の両日、三宅島阿古の東山国有林の海岸林で行なわれた。強い風雨の悪コンディションとなったが、手弁当で参加した約50人のボランティアは、苗木を支え木にていねいに固定、手際よく植樹していった。(写真:ネットで潮風を防いでいるが、すぐそこは太平洋の荒波だ)東山国有林は三宅島南部の海岸沿いにあって、かつては潮害防備保安林に指定された豊かな海岸林だった。しかし1983年、隣接する新澪池付近で大規模な水蒸気爆発が発生、大量の火山灰が降るなどして森は全滅してしまった。村からの強い要請を受け、国は海岸林回復事業に着手、林野庁東京神奈川森林管理署が15年ほどかけて植林を継続してきた。 回復事業は2ヘクタールの事業地を10メートル四方ごとにネットを張り巡らして区画し、強風や塩害に強いクロマツやトベラを植林してきた。山側の植林地では、すでに2メートル以上に育っているが、潮風に直接曝される海岸側の生育は厳しい。事業は今年度が最終年次となっており、今回の植樹会は主に最前線地域の4区画で行なわれた。(写真:年数を経て、たくましく育ちつつあるクロマツ林)植樹は下草を取り除き炭と腐葉土を投入した床に、1年生の苗木を植えて竹の支柱を添える手順で行なわれた。ネットが風を弱めてくれるとはいうものの、囲いの外は黒い火山灰が積もった不毛の地で、そのすぐ先は荒波が打ち寄せる断崖だ。苗木にとっては厳しい環境だが、それだけに大きく育ってくれれば、島の生活と自然を守る頼もしい存在になる。 潮交じりの雨にずぶ濡れになりながら植樹するボランティアたちは「好きな山歩きをしていると、日本の緑があちらこちらで痛んで来ていることが分かります。だからこうした機会に少しでも緑回復の手助けがしたいのです」と、楽しそうに植樹を続けていた。東京神奈川森林管理署の我孫子浩署長は「海岸林回復のめどが見えてきました。ありがたいことです」と感謝していた。 一行は翌26日三宅村立三宅小学校を訪問、島の子どもたちに日本人と森の関わりを考えさせる「森林教室」を開校した。2000年の大噴火で、島の60%の森を失ったとされる三宅島だけに、子どもたちはプロジェクターによる大型画面を使った芝居や木工実習を通じ、木や森の力を改めて感じ取っているようだった。地球緑化センターはこうした活動を通じ「緑のボランティア」育成に取り組んでおり、今回の三宅島交流事業は日本財団が支援した。(写真:小学校での緑の授業風景=「地球緑化センター」提供) |








噴火による生活の制約が今も続く伊豆諸島の
植樹会は
回復事業は2ヘクタールの事業地を10メートル四方ごとにネットを張り巡らして区画し、強風や塩害に強いクロマツやトベラを植林してきた。山側の植林地では、すでに2メートル以上に育っているが、潮風に直接曝される海岸側の生育は厳しい。事業は今年度が最終年次となっており、今回の植樹会は主に最前線地域の4区画で行なわれた。(写真:年数を経て、たくましく育ちつつあるクロマツ林)
一行は翌26日