バイリンガルのろう学校オープン 廃校利用した明晴学園 [2008年04月14日(月)]
![]() 明晴学園の開校式会場 聴覚障害の子どものために、日本手話(手話)を第一言語に、日本語の読み書き(書記日本語)を第二言語として教える「バイリンガル」の私立ろう学校「明晴学園」(東京都品川区八潮)が開校し、9日午後保護者・支援者ら約250人が出席して開校式が行われた。これまで品川区内でフリースクール「龍の子学園」を運営していたNPO「バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター」(BBED)が民間からの寄付や日本財団の支援で設立した。日本で聴覚障害者のための言語である手話で授業をするのは明晴学園が初めてだ。 学園は廃校になった区立八潮北小の校舎を品川区から借り、建物を一部改修した。この日学園に入ったのは幼稚部(3歳−5歳)16人、小学部(5年生まで)25人の計41人で、龍の子学園から移行した。開校式は体育館で午後1時過ぎから行われ、子どもたちの代表と明晴学園の米内山明宏理事長、斉藤道雄校長(元TBS記者)によるテープカット後、ビデオで明晴学園誕生までの歴史を紹介した。(写真:入場する子どもたちに手を振る保護者ら)続いて、米内山理事長と斉藤校長があらためて手話で学ぶ学校の重要性について思いを語った。この中で米内山理事長は「これまでのろう教育にかける先人の大変な苦難やつらい思いが実った。子どもたちは大変喜んでいる。きょうからが新たなろう教育のスタートだ」と述べ、斉藤校長も明晴学園の由来を説明し「手話にすると手の表と裏を広げる形の意味だ。これはろう者の考えを基本にしたものだ」と話した。 文部省(現在の文科省)は1933年、ろう者の教育に関して聞こえない耳で聞いて、先生の口の形をまねて声を出す「聴覚口話法」を主とすると通達した。その結果多くのろう学校が手話を禁じた中で、大阪市立聾学校の6代目校長だった故高橋潔氏は手話教育の重要性を主張し続けた。式では、85歳になるという高橋校長の娘さんから届いた開校を祝う手紙も紹介された。最後に1期生の小学部の子どもたちが短い劇を披露、子どもたちは「学校ができてうれしい」「新しい学校が楽しみ」などと手話で話し、これまで、明晴学園設立に奔走してきた玉田さとみさんら関係者は、感無量の表情で見入っていた。(写真:短い劇を披露する子どもたち) ろう学校では現在も「聴覚口話法」が続いているが、手話教育を模索する親たちを中心に1999年に龍の子学園が設立された。同学園はフリースクールだったため、BBEDが独自の教育課程を認めるよう東京都に働きかけた結果、品川区が国の「構造改革特別区域計画」(教育特区)に認定され、私立学校として学校法人を設立するための準備金4500万円も確保でき、明晴学園が誕生した。(写真:式典後、風船を拾う子どもたち)(石井)*動画はコチラ(1:11秒) |






学園は廃校になった区立八潮北小の校舎を品川区から借り、建物を一部改修した。この日学園に入ったのは幼稚部(3歳−5歳)16人、小学部(5年生まで)25人の計41人で、龍の子学園から移行した。開校式は体育館で午後1時過ぎから行われ、子どもたちの代表と明晴学園の米内山明宏理事長、斉藤道雄校長(元TBS記者)によるテープカット後、ビデオで明晴学園誕生までの歴史を紹介した。(写真:入場する子どもたちに手を振る保護者ら)
文部省(現在の文科省)は1933年、ろう者の教育に関して聞こえない耳で聞いて、先生の口の形をまねて声を出す「聴覚口話法」を主とすると通達した。その結果多くのろう学校が手話を禁じた中で、大阪市立聾学校の6代目校長だった故高橋潔氏は手話教育の重要性を主張し続けた。式では、85歳になるという高橋校長の娘さんから届いた開校を祝う手紙も紹介された。最後に1期生の小学部の子どもたちが短い劇を披露、子どもたちは「学校ができてうれしい」「新しい学校が楽しみ」などと手話で話し、これまで、明晴学園設立に奔走してきた玉田さとみさんら関係者は、感無量の表情で見入っていた。(写真:短い劇を披露する子どもたち)
ろう学校では現在も「聴覚口話法」が続いているが、手話教育を模索する親たちを中心に1999年に龍の子学園が設立された。同学園はフリースクールだったため、BBEDが独自の教育課程を認めるよう東京都に働きかけた結果、品川区が国の「構造改革特別区域計画」(教育特区)に認定され、私立学校として学校法人を設立するための準備金4500万円も確保でき、明晴学園が誕生した。(写真:式典後、風船を拾う子どもたち)(石井)