阪神大震災の手記 「記録しつづける会」が英文を公開 [2007年12月25日(Tue)]
被災者手記の英文翻訳に取り組んだ 高森香都子代表(右から2人目)とお嬢さん、事務局長の高森雄三さん(左) 阪神・淡路大震災の被災者の手記を刊行して来た「阪神大震災を記録しつづける会」(兵庫県明石市二見町、高森香都子代表)が、ホームページに「英文のページ」を開設、寄せられた手記を英語でも読めるように翻訳文公開をスタートさせた。被災者の手記がこうした形で公開される例は少なく、貴重な資料になると共に、日本で暮らす外国人に有用な情報提供の場になりそうだ。 「阪神大震災を記録しつづける会」は、高森代表の夫の一徳さんが中心となって結成された。出版企画の仕事をしていた一徳さんは、神戸市内の自宅も会社も被災したが、街の惨状を見て「震災の記録を残そう」と立ち上がった。「マスコミから漏れる、ささいな記録でもいつか役に立つかもしれない」という考えからだった。外国人被災者の手記も集めたいと、被災地各所に日本語、韓国語、中国語、英語のポスターを掲示して募集を始めた。(写真:自らも被災しながら手記刊行を続け、倒れた故・一徳氏) それから年1回のペースで刊行を続け、『もう1年、まだ1年』『今、まだ、やっと・・・それぞれの4年目』『記憶の風化と浄化』と手記集は続き、目標の10年目を迎えて『未来の被災者へのメッセージ』を刊行し、出版作業は終了とした。最終巻の「あとがき」を書き終え、刊行を目前にした2004年12月、それまでの無理がたたったのか一徳さんは急逝した。57歳だった。 香都子さんや一徳さんの弟・高森雄三さんは、支援者らの協力を得ながら故人の遺志を引き継ぎ、10巻に掲載した手記434編のネットでの全作公開と、写真、英訳版の掲載に取り組んだ。写真は地域別に整理するなどして215点の掲載を完了、英文翻訳も12月に入り24編を掲載、第1期として来春までには30編程度が掲載される見通しだ。(写真:全10巻となった『阪神大震災被災者手記集』) これだけの作業を、全くの民間人によるグループが続けてきた。香都子さんは「寄せられた手記を淡々とワープロに打ち込み、出版してきました。よく10年続けられたと思いますが、過ぎてみればあっという間です」と静かに語っている。英文手記は来年にはさらに30編が追加される計画で、日本財団は翻訳にかかる費用などを助成している。 10年間で寄せられた手記は1134通。貴重な資料として研究者らの注目を集めており、神戸市の「人と防災未来センター」に寄贈・保管される。「記録しつづける会」は手記の選考委員や賛助会員が支援しており、事務局長役の雄三さんは「今後はウェブ上での手記掲載を継続しながら、阪神大震災とはなんだったのかを検証していきたい」と語っている。 |